表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/78

第61話/初めての憤怒/Limited_NAGI


ナギは様子を窺っていた。

サファに襲われた直後、広くない部屋に連れられた。

アースの口ぶりや態度が、今居る場所がヤマカミのアジトであることを物語っていた。

円卓を囲む四人。

右にいる女がテーブルのランタンに火を灯す。

ナギの左前に上腕にバンダナ、濁ったルーピアを付けたダーガが座る。

その後ろの壁際にプレーノが立っていた。

ダーガはナギに顔を向けて口を開く。


「ナギ、急に悪い。味方だから安心して。」


「うん。」


ナギの正面にはショートツインテールの女性が座った。

結んだ髪が両肩に少し触れている。

髪色はベージュだろうか。

茶色よりもかなり明るい。

左目に泣きぼくろ。

右腕には黒のブレスレット。

ネイルはしていない。

半袖のシャツ。

胸元が開いている。

少しゆったりめのズボンを履いてるのがここに来るまでに見えた。


ナギの右前には全く同じ顔、ほくろの位置。

髪色も型も、ブレスレットの位置も、シャツの色、ズボン、ブーツ。

あらゆる特徴が正面の女と同一の人間が座っていた。


「ナギの正面に座ってるのが〝ヤマ〟ね。」


ダーガにヤマと紹介された女性はカミと名乗った。


「ダーガ君、私、カミね。さっさと覚えて。」


細目でにやつきながらカミは言った。

ごめん、とダーガがたじろいで謝る。


「〝って事は〟ナギの右前にいるのがヤマ。」


ダーガは雑に紹介する。

ヤマと紹介された女は雑な紹介を指摘するとピースを作った手を目元に当てナギにウインクした。

死んだ目つきで会釈するナギ。


(ダーガ…雑になる気持ち、わかるよ…。双子のヤマカミ…。双子とは聞いてはいたけど、なんで全く一緒の特徴なんだ…。そういうファッションが好きならいい。好きなら。双子だからあえてそうなのかもしれないし。それは全然いいんだ。個人の感性の問題だ。でもその姿を自分達からしているのに間違えたら注意されるの!?なんかやだ!なんか納得できない!ダーガは謝ってた。大人だね、ダーガは。せめてヤマは髪を上に結ぶとか。ヤマカミって名前なんだから席を左から〝ヤマ〟で座るとかしてほしい。ノーヒントで覚えないといけないの!?間違えたら怒られるの!?やだ!)


ナギは大きく息を吸ってしまった。

背筋を伸ばし、ため息をキャンセルした。


「こっちはナギ。フリーで手伝ってもらってる。信用は出来るから。コロン一派の襲撃を一人で逃げずに耐えてくれた。自分はボロボロだったのに荷物の被害なし。」


荷物の被害がなかったのはダミーを用意していたチームの功績だ。


(ダーガが話を盛った…。)


目の前にいるショートツインテールが目を丸くして口角を上げる。

口笛を吹いた。


(あれ??この人どっちだっけ…。カミ??ヤマ??)


忘れてしまった。

ナギも適当に自己紹介をした。


ナギの後ろには扉がある。

ヤマカミのボディーガードのような存在なんだろうか。

男が一人壁際に立っていた。


「ダーガ、俺、事務所戻るから。」


「ああ、悪い。」


ダーガの後ろに立っていたプレーノが言う。


「プレーノ、さっきはありがとう。」


ナギが声をかけると、通りすがりに微笑んだプレーノに肩を優しく叩かれた。


「さっそく話すよ。ナギ。ヤマカミの二人も急に悪い。ナギがサファに襲われてて。」


「いいよ。もう一人会ってほしいってこの子だったんだね。」


右前にいるヤマカミのどちらかが言った。

ダーガは頷いた。


(元々僕の名前は出てたのか。)


「ナギ、ダガヤはヤマカミと一時的に手を組む事にしたんだ。順番に説明するよ。」


ナギは黙ってダーガの話を聞いていた。


「最近、北の方で魔女とか殺人鬼とかが出たって噂、聞いた事あるか?」


「そうなの?知らない。」


知らないフリをした。

話の内容が十中八九、殺人鬼、魔女の話が絡んでいると踏んでいたナギ。

ルントから聞いてからミトハロに引かれるであろう〝線〟になり得るとずっと思っていた。

ナギはルントに感謝する。


(ルントは殺人鬼、魔女の話を入手した時…ドミヌスがそれとやり合ったのを知った時。きっとこの状況を読んでいたんだ。チーム同士の均衡が崩れるから。)


旅に出発する上でこの情報だけは自分に関係があった。

安全性に繋がる。


「少し前から、北の大通りの先にあるレモメ街道の方で派手な殺人があって。ドミヌスが今もやり合ってると思うんだけど、応戦したやつらが惨い殺され方してるんだ。ドミヌスは執念深くやり合っちゃってて、かなりの人数をそっちに割いてるって話がある。」


「どんな殺され方?」


ナギは聞いた。


「全員頭潰されてるらしい、燃やされてたり、手足が欠損してるのもある。腕とか手足は不自然な場所に投げられてたり。その割に頭だけは律義に潰されてる。人間のやる事じゃないな。」


「ダーガそれ誰から聞いたの?信用できないっていうんじゃなくて、なんか見たような言い方だから。」


物怖じせずに言うナギをヤマカミの二人が見る。


「ああ、この出張の帰り道で死体を先に見た。全部見たわけじゃないけど。異様な殺され方だってのはわかる。で、ミトハロ戻ってきてから大体情報は集めた。それからすぐヤマカミに来て話を持ち掛けたんだ。」


「その殺人鬼?魔女?見てないの?ただの盗賊って可能性はないの?」


ナギは矢継ぎ早に質問した。


「俺が見た死体は金盗られてなかったんだよな。ポーチの中の道具もあった。もちろん犯人は見てない。そんなヤバい奴相手にしたくないからな。」


「ダーガ君、気持ち悪!死体漁ったの!?まさか女の…?」


目の前の女が自分の肩を抱くように腕を組み、わざとらしく身震いした。


「男!漁りたくて荷物見たわけじゃねえよ!自分のチームの人間かと思うだろ!エーテルカードもあったんだ!」


ダーガが反論する。

濁ったルーピアが揺れた。


(ヤマカミって飲み物出してくれないのかな…。ダガヤって意外と丁寧だったな~。)


ナギは二人の女をチラ見した。


「俺が見たのはもうひとつ。頭が吹っ飛んでる上半身裸の死体が目立つ場所に置いてあって〝臆病者サファ!追ってこい!来ないならこっちから行くぞ!〟って胸に刃物で刻まれてた。」


「へー。それ初めて知った。こわ。」

ナギの右にいる女が低い声で言った。


「だからまあ、ドミヌスとどっかがやり合ってんなってのはミトハロ着くまでになんとなくわかってて。なんかのヤバい集団の可能性もあると思うけど、それにしては死体が点々としてたから。少人数同士なのかもなって考えてた。どっちから始めたのかはわかんないけど、明らかに狙い撃ちだと思う。」


ダーガはナギを見て続けた。


「ドミヌスも情報統制してるみたいだけど、死体の数が多すぎるのと、殺され方が惨すぎて上が緘口令敷いても間に合ってない。」


「かんこうれいって何?」


白目ナギ。

背もたれに寄っかかり伸びをしながらダーガが答える。


「他言無用。誰にも言うなよって事だな。」


右にいる女がナギの肩を優しく叩く。

顔を向けると笑顔で人差し指を唇に当てていた。


(ダメ。全然区別つきません。ごめんね。)


心の中で謝罪ナギ。


「そんだけ派手にやり合うと無理だよね~。他のチームのメンバーにも見られちゃうし。北ならクラックランとかにもう情報回ってんじゃないの?」


目の前の女がダーガを見る。

腕組をして言った。


「あり得ると思う。逆にドミヌスがセグイドになんて説明してんのか気になるな。ドミヌスじゃなくてレイルをしてる奴らが狙われてるって情報も回ってるらしいから〝そういう事〟にしたいのかもしんない。中心街でレイルしてる奴がかなり減ったのもそのせいだと思う。ちょっと街が混乱気味だよな。」


「バシナリーから中心街までの北大通りって、ドミヌスけっこう流れてきてたからね。」


ダーガと目の前の女に交互に視線を送りながら話を聞く。


(あれ?この前の人ってカミだっけ?ヤマ?紛らわし~。)


ナギは判別を諦めた。

話に集中したかった。

ダーガが本題に入る。


「で、ドミヌスの人数がすんごい減ってる今がチャンスって事で、ダガヤとヤマカミで手を組んでドミヌスを潰そうってわけなんだ。」


「ダーガ君のとこが今ヤバいからでしょ。」


右にいる女が反論した。


「ヤバいって何が?」


大量の回復薬の一件だと思うが聞いてみるナギ。


「あのコロンの件だよ。大打撃なんだ。金額がでかい。ムルルクから仕入れた回復薬にかなり偽物が混じっていて、商人連盟から賠償金を求められてる。うちには払えない。ざっと三百万エンテ。無理だな。」


「それってなんで発覚したの?」


右にいるショートツインテールが質問した。


「客が使ったらしい。」


「客って誰?」


ナギが聞く。


「そこまでは今はわからない。相手の〝アラ〟を立証させる事も可能なんだけど、うちには後ろ盾がない。現状はミトハロ内で販売不可の烙印を押されたようなもんなんだ。ムルルクの方にも勿論確認で人を送ってる。

ただ、俺が外に出てた時間が長い関係で後手に回ってる。時間がないんだ。」


「でもさあ、ちゃんと検品処理してないダーガ君のとこにも責任あるんじゃないの?」


目の前の女が問い詰めた。

テーブルに肘を置き、掌で顎を支えている。


「さすがにしてる。トライアルでもらってるよ。もちろんそれは卸してない。うちで使って確認してから仕入れてる。それにムルルクの商会も長い付き合いのとこなんだ。先代からの付き合いだから。」


(先代いるんだ。)


気になる単語を聞いてみる。


「ダーガ、トライアルって何?」


「ねえ、この子何も知らないけど大丈夫なの?」


正面の女が噛み付いてきた。

どうせ旅立つので関係ないけど立腹ナギ

目の前の女にカウンターパンチを入れておく。

ルント、ベゼフェリ、レイシーから聞いた情報を統合した上で抱いていた〝シンプルな疑問〟を改めてぶつける。

今のナギにとって不要な情報だったがコロンの異様さから不思議に感じてはいた。


「でもさ、その商会?商人?連盟が売った客って誰なんだろうね。〝ニセの回復薬を使った人〟って誰なんだろう?使わないと偽だってわかんないよね?ミトハロの回復薬って凄い値上げしてて買う人があまりいないって話じゃない?今は漁業もやってないみたいだしさ。誰がそんなに纏めて使ったんだろうね。一本二本じゃないんでしょ?ヤマはどう思う?誰がそんなに大量の回復薬をこの街で使うの?」


正面の女がヤマだと賭けて質問した。


「え…、そ、そんなの!誰かいたんでしょ!その時の客で!あ、あと私、カミ!」


嘲笑ナギ。


「まあナギの言う事も一理ある。俺はほぼドミヌスが絡んでいると思ってるし。賠償金の他に取引してる客の情報も差し出せって言われてるから圧力だと思う。」


(パルありがとう。)


正確な情報提供に感謝した。

ダーガは一呼吸置いて続けた。


「でも勝負を仕掛ける理由の一番は人数の均衡が崩れたから。タイミングを逃したくない。ムルルクの件は悔しいけど、それはそれでちゃんと対応したいんだ。喧嘩でうやむやにしたくない。配達した奴のプライドもあるから。」


ナギは濁ったルーピアの揺れを見ながら、なんとなくタリフと比較した。


(ダーガって人の気持ちけっこう考えるんだよね~。なのになんで墓場が出来るんだろう。)


配達から帰還した人間からの〝お土産文化〟と〝墓場〟を思い出す。

ナギへの仕事の依頼も丁寧なものであった。

墓場の清掃をした後に御礼を言ってきたレイシーの複雑な表情が浮かぶ。


「人数の均衡ってどれくらい崩れてるの?」


ナギが核心を聞く。


「ドミヌスが二百くらいいたのが今回で百五十くらいになりそうって話は聞いた。うちが百三十、ヤマカミの所が百。百五十対、二百三十。」


(ヤマカミなんか増えてない?前は百いなかった気がする。グローブ・Kは何人なんだろう?)


我慢できずに聞いた。


「グローブ・Kは?」


ヤマカミの二人の視線がナギに集中した。

正面の女とちらりと目が合う。

右の女が目を丸くしていたのが視界に入った。


「五十か六十。だから後から来ても問題ない。ちなみにグローブ・Kの所へは明日ヤマカミ達と行く。」


(なんで?わざわざ教えちゃっていいの?)


ダーガの言葉で疑問が霧散する。


「で、ナギ。ちょっと言いにくいんだけど。俺のチームに参加して欲しいんだ。事務所にいるだけになるかもだけど。」


「無理無理。僕弱いしさ。足手纏いになるに決まってる。」


目の前の女が鼻で笑った。

ナギは気にせず続ける。

ダーガが口を開きそうだった。


「僕さ、ミトハロを出発しようと思ってるんだ。だから協力できない。ごめん。」


ダーガは言葉を引っ込めた。


「そうか。」


少しの沈黙。

右にいる女がダーガに向かって口を開く。


「ま、ドミヌスに攻めるまでまだ日にちあるし。気が変わったら入ってもらえばいいんじゃないの?ウチのアエスからもお誘いあったでしょ?ナギ君の名前は聞いてるよ。」


軽快な口調だった。


「そうなのか?」


ダーガがナギに顔を向ける。


「ああ、うん。最近誘われた。今日断ろうとしてたんだけどその前にサファに襲われちゃったんだ。アースにも僕からちゃんと伝えるよ。いつもアースってここにいるの?」


ヤマカミに質問したがダーガが遮る。


「そもそもなんでナギがサファに襲われてんだよ。なんかしたのか?」


(リサの名前をサファが叫んでたのってアースに聞かれてるよね…。)


素直に話す事にした。


「わかんない。前に絡まれた時以来だし。〝仲間だった奴〟がドミヌス入ってたから、そいつがなんか言ったんじゃない?サファは僕の名前知ってたしさ。」


三人の視線が集中したのがわかった。

左の瞼がひくついた。


「裏切られたんだ?っていうかドミヌスと君って繋がってるんじゃないの?スパイ?」


目の前の女が嬉しそうな声で言った。

こめかみがぴくりと動く。

アネットの笑顔が浮かぶ。

感情を抑えながらおどけて言った。


「なんでわざわざ自分の仲間がドミヌス入った話なんてするの?じゃあ僕がスパイだったらサファから僕を助けたダーガもスパイじゃない?ヤマ、どう思う?」


テーブルと正面の女を交互に見るナギ。


「わかってるよそんなの!っていうか私、カミだっての!わざとやってるでしょ!?」


右に座るヤマがカミを制止した。


(僕にケンカ売ってくる方がカミね。)


心は静かだった。

ダーガが口を開く。


「ナギ、俺、ダガヤの事務所にいなかったらここにいると思うから。なんかあったらいつでも来て。コロンの事、ありがとう。本当に助かったんだ。パルの怪我の事も。色々ありがとな。」


「わかった。僕の方こそ色々ありがとね。ヤマとカミも今日はありがとう。」


少年は握手は求めず、静かにそう言った。

日はとっくに暮れていた。

ヤマカミのアジトからキューの宿は遠いわけではなかったが、サファに襲われた当日という事もあったので〝友好的なヤマ〟と何人かのメンバーに送ってもらった。

ドミヌスやグローブ・Kのような威圧感などはない。

アースといつも会う場所を通り、出会った経緯などを話していた。

明日改めて、アースには挨拶をしにいく事になった。


(アースに御礼を言ったらすぐに買い物して遅くても明後日には発とう。出来れば明日出発したい。それにしてもルント判断早すぎでしょ。)





宿の近くでヤマと別れ、宿に入った時だった。

荒れ果てたフロアが目に入ってきた。

息を呑んだ。

カウンターの天板が何かを叩きつけたように凹んでいる。

テーブルのいくつかが破壊されている。

背筋が凍る。

目を剥いた。


猛スピードで奥の部屋に行く。

頭から血を流し、そこら中怪我をしてそうなドワンが壁にもたれ掛かって床に座り、呆然としていた。

ナギをぎろりと睨む。

初めて見る表情だった。


「ドワン!どうしたの!?」


後ろで手を縛られている。

慌ててナイフを取り出し、紐を切る。

回復をしようとすると手を払われた。

立ち上がるドワン。


「ナギ、悪い。出てってくれ。」


「どうして!?何があったの!?」


顔が歪むナギ。

ドワンの言葉は生気なく、しかし静かに震えていた。


「キューが連れてかれた。」


血の気が引いた。

卒倒しそうだった。


「誰に!」


「ドミヌスのタトゥーしてたぞ。チームの名前話してるのも聞こえたな。」


震えた声でドワンは続けた。


「俺は差別はしない。だから別にタトゥーしてようが仕事で配達してようが気にしない。マナーさえ守れば誰でも泊める。」


突然ドワンが壁を思いっきり殴りつけた。

体が跳ねるナギ。


次の瞬間、ドワンの声が部屋に響く。

グローブ・Kで聞いたどの叫び声よりも迫力があった。

勇者の剣を引き抜いた時の歓声よりも。

心臓が内側から激しくノックするみたいにはやくなる。


「でもなんなんだよおまえんとこのあの女は!夜中ガンガンガンガン扉叩きやがって!他の客からもクレームあるんだよ!ちょっと扉開けてわざわざ確認しやがって!気味悪ぃんだよ!途中から挨拶しても無視だ!挙句の果てにドミヌスに入りやがって!見てんだよ!キューが!タトゥーをよ!ちょっと注意したら全然会話にならねぇって言うじゃねえか!で、すぐ暴力だろ!?会話も通じねぇまともに泊まれねえ理解力もねえ!気に入らなかったらすぐ攻撃的になる!いくつだよアイツは!五、六歳のガキじゃねえだろ!なんかの病気だろもう!まともじゃねえんだよ!気持ちわりぃんだよ!なんでキューが連れてかれなきゃならねえんだ!あいつ!見つけたらぶっ殺すからな!」


ドワンは獲物を前にした肉食獣のような顔つきで部屋の中にある机に何度も拳を叩きつけた。

瞳からは理性が抜け落ちていた。


ナギは歯を食いしばり、涙目で見つめる。

叫び終わるとドワンの声のトーンが低くなった。

息が荒い。

拳からは血が滴っていた。


「ナギ、おまえには色々してもらって悪い。出て行ってくれ。もうここに近づかないでくれ。他の客は全員別の宿紹介した。今日から休業する。あのクソ女の分の荷物も持って出てってくれ。悪い。」


言葉が出なかった。


「ごめん。ドワン。せめて回復だk――――」


「いいから。はやく。」


ドワンの低い声がナギの胸に刺さった。

動けなかった。


「ごめんなさい。」


ナギは頭を下げると自室に行き荷物を纏める。

サファのカツアゲ以降、バックパックを購入していなかった。


(まさか追い出されると思わなかった。買っておけばよかった。)


衣類や回復アイテムを両手に抱えてリサの部屋に行く。

鍵は開いていた。

ドワンが開けたのだろう。


入ると異臭がした。

何か腐ったような、酸っぱい臭い。

首を振り、臭いの元を探る。

両手に抱えた荷物を簡易的な作りの小さな机の上に置く。


(くっさ!なんだこの臭い!)


部屋はがらんとしていて荷物がない。

ベッドの上には以前ナギがあげた果汁煮の干しフルーツが手つかずで置いてあった。

傷んで匂いを発していた。


(狂ってる…。)


ベッドの下、部屋の隅。

机の周り。

それぞれ入念に見るが何もない。


机の下に置かれているゴミ箱を手に取ると重さがある。

何かが中でがらんと移動した。


手に取ると、ブレスレットだった。

後頭部が熱くなり息が荒くなる。

爪が掌に食い込む痛みだけが妙に鮮明だった。


ブレスレットを自分の左手に嵌める。

頭に沸騰したような熱さを感じた瞬間、首から上の感覚がなくなった。

瞼の痙攣。

壁を殴りたい。

頭をどこかに打ち付けたい。

叫びたかった。

奥歯の力が抜けない。

鼻から呼吸が止まらない。

ナギはこんなにもリサに会いたいと思ったのは初めてだった。


視界が一階のカウンター奥の部屋にジャンプした。

ドワンは床に座り込んでいる。

頭が熱い。

リサの部屋からどうやって来たのかわからない。

回復ジュースといくらかの金を多めに机の上に置いた。


「ドワン、これ。置いておくから。本当ごめん。」


返事はなかった。

そのまま部屋を出る。


「おい。」


呼び止められた。

扉から空の布袋が飛び出した。

ドワンが投げたのだろう。

視界がぼやける。

受け取ると大きな声で御礼を言い、宿を後にした。


ナギは胸の中のどろつきを抑える事を辞めた。

触れた夜風まで高温になったかのように頭が冷えない。

外の暗闇を全て吸い込みそうな目で少年は彷徨った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ