第60話/卑しいアネット(6)/Limited_ Annette
木の幹を蹴る。
勢いで後ろにバク宙した。
真下に突っ込んでくる一人の男が視界に飛び込んでくる。
空中で〝まりょくちょうだい〟と声に出す。
赤黒い球体が現れた瞬間に爆ぜた。
たくさんの粒になった赤黒い魔法が男に一斉に襲い掛かる。
男の体に当たると消えた。
雑に突撃したため、男に世界脱落までのカウントダウンが襲い掛かる。
(それ、動けなくなるまで吸い取るからね。)
滑らかに着地する。
街道に飛び出した。
突っ込んできた男に目をやりながら後ろ向きで滑る。
〝かくね〟を囁いた。
(発動すれば別の魔法もいけるの強すぎ。)
アネットの右手から魔法の線が引かれていく。
自分のものではない魔法の帯が地面に現れた。
視線を上げ帯の先を見る。
右方向から木の枝を蹴っている人間がいた。
突っ込んでくる。
体を捻り右に切り返して滑り避ける。
自分に〝はなれて〟を撃つ。
後ろに少し加速したが思ったほどではない。
右手から引かれる線も薄くなった。
前を向き直し滑る。
街道に魔法の線が引かれていく。
(発動中に唱えられる魔法でも、さすがにひとつひとつがけっこう弱くなってる。)
左から〝おちろ〟の声が耳に飛び込んできた。
アネットと同じ雷魔法。
発動まで遅いだろうが警戒する。
右前に見えた枝を魔法で掴みジャンプする。
枝を手で掴むと腕を起点に一回転して手を離す。
落下中に適当な木を魔法で掴んで街道に着地した。
相手の魔法を避けながら位置を入れ替える。
〝おちろ〟を唱えた人間は右前でまだ手を翳していた。
街道に引かれた線の上にはそれとは別に四人。
右手をちら見する。
〝かくね〟の線は手から出ていない。
魔法の線を対象にして広く落雷させた。
閃光と同時に線上にいた四人が一斉に痙攣しながら崩れ落ちる。
(発動が遅くてどっちの雷かわかんなくなっちゃった。ってかあの人の発動したの?)
枝を掴んで一回転した木にも雷が落ちていた。
直撃と同時に火花が散ったのに気を取られる。
(感電して心臓止まりそうになる感覚気持ち悪いよね)
右方向から衝撃。
別の人間の突撃だった。
脇腹が熱くなる。
よろけそうになるアネット。
抱き締めて自分に雷を落とす。
女だった。
辺りが光ると女は力なく膝をついた。
背中を踏み、うつ伏せにする。
すかさず肘に足を乗せ相手の手を引き上げた。
枝を無理にしならせて限界を越えたような感触。
倒れた四人の方を見ると白煙が噴き上がっている。
いくつかの破裂音がし、さらに濃くなっていく白煙。
(何これ!)
〝かくね〟を声に出す。
蹲る女の背中に軽くタッチして加速した。
地面ギリギリに線を引きながら煙の中に突っ込むアネット。
誰かとすれ違う。
仲間を心配する声が一瞬近くなりすぐに離れていった。
煙を抜け反対側に出ると後方を向きながら滑る。
踵を地面に擦り付け減速しながら〝かくね〟に風魔法を発動させた。
煙が晴れる。
落雷を受けて倒れている四人。
駆け寄っているのは二人。
その内一人は魔法の発動が遅かった人間。
左腕を折った女は一番奥。
(七人?こんなもんだっけ?)
少し後ろに距離を取り魔法の線に雷を落としまくる。
耳をつんざくような雷鳴が閃光と共に続く。
〝かくね〟の線を目指した稲妻は寸前で近くにいるドミヌス達に突き刺さる。
軌跡だけが映る。
直撃を免れたのか、一人が屈んで耳を塞いでいる。
(いきなり全滅してるって怖いよね。)
ほくそ笑むアネット。
自分に加速魔法を撃つ。
耳を塞ぎ、屈んでいる人間へ近づいた。
距離が足りなく再度撃つ。
左右から聞こえる呻き声を通り過ぎる。
屈んで怯えている人間のこめかみを右足で蹴飛ばした。
少しだけ吹っ飛んだ。
右の脇腹に痛み。
(シューズ履いた時の体術ってほんっっと弱い!)
苛立ちを顎の力に昇華させる。
歯を食いしばった。
脇腹に刺さっているナイフを勢いよく右手で抜く。
顔が歪んだ。
「ナイフ〝が〟〝もえろ〟!」
右手とナイフの周りに炎が躍る。
蹴りで倒れた人間が立ち上がろうとしていた。
そのまま喉に突き立てる。
フィンガーレスグローブに備え付けてあるマナフィルムを奥歯と頬の間に捻じ込んだ。
ポーチから回復ラムネを取り出し口に入れ、噛み砕く。
耳を澄ませる。
自分の咀嚼音と燃えながらのたうち回っている人間が出す音が煩い。
腹を蹴る。
何回かナイフを突き立てると静かになった。
少し体が気怠い。
グローブに嵌めてあるマナリキッドを口元に持ってくる。
火の粉を払いながら体を回して周囲を確認した。
腕を折った女がいない。
(逃げた。今までもそういう人居たのかもね。)
脇腹に回復魔法を唱えたいが我慢。
しばらく周囲を警戒した。
(ラムネあと何個あったっけ。この人達ほんと身体の回復持ってないの困る。)
ミトハロを出発してから十六日目。
ドミヌスの追撃部隊は十部隊目であった。
葬った人間は百人に到達しようとしていた。
(まだその辺にいる。魔法は使えない。)
いつもは概ね安全確認が出来ると早々に燃やして足を踏み落とすが、逃げた一人が気になった。
落ちているナイフを拾う。
ハイビスカスを確認するように頭に触れる。
一人ずつ確実にとどめだけ刺していく。
後ろから草の揺れる音。
素早く振り返り両手を翳す。
一人が手を後ろにやり、立っていた。
「降参しまーす。仲間にしてくだ―――」
雷をひとつ男に落とす。
呻きながら倒れる男に近づくと四肢を折った。
片腕を燃やし、強化した足で肘を踏み抜いて潰す。
仰向けにした。
叫び声を上げる男の顔面を力いっぱい踏む。
腰のポーチの中身を漁った。
名を聞くと男は息を絶え絶えに〝スクレイド・シオン〟と名乗った。
荷物の中のネームプレートにもそう書いてある。
茶髪。
赤い筋が入っている。
エクステだろう。
ブレスレットと指輪をしている。
武器はない。
周囲から音は聞こえない。
アネットは分離した肘から先を遠くに投げると男を見下ろした。
「仲間になりたいの?」
無機質な声で話しかける。
「なりた、いですけど、こんな、なっちゃったら、もう無、理っすよね」
地面に落ちている片腕を見るシオン。
「私、欠損も回復で元通りに出来るから。」
男の目の色が変わる。
(うそだけど…。)
「なんで、もします。情報も、渡します。」
「私を殺そうとしてきたのに、それ信じるの無理じゃない?」
冷ややかな目つきでそう言った。
「俺は、攻撃、しませんでしたよね」
「守ってもなくない?」
黙る男。
(すぐ黙る!)
周囲に耳を澄ませながら肘から先のない腕に回復魔法をかけ止血する。
「私を襲った理由は?」
「命令、です、命令。」
「その命令を受け入れたのは誰?」
黙る男。
顔を振り、周囲を警戒するアネット。
男を探るように言葉をかける。
「私の事、なんて聞いてる?」
少し柔らかい口調で話しかける。
「殺人、鬼とか、魔女と、か。襲われ、たから報、復って聞いてます。」
「そっちのチームが絡んできたんだけど。報復も何もなくない?」
「そんな事知らな、かったんです。」
「確認しないの?仕掛ける前に叫んだり出来たよね?」
男の腕への回復魔法が切れた。
「そんな事したら、こっちがやられ、るかもしれないっじゃないっすか」
「〝だから〟仲間を使って優勢になる事に賭けたんでしょ?〝もしかしたら〟なんとかなるかもしれない。〝もしかしたら〟助かるかもしれない。そうやって自分は何もせずに漠然と期待するだけの人生だったんでしょ?で、土壇場になってやっと初めて行動を起こす。でも支離滅裂。それで信じてくれってキツくない?」
アネットはシオンに背を向ける。
「シオン〝が〟〝もえろ〟」
小さな声で囁いた。
何も起こらない。
「スクレイド・シオン〝に〟〝おちろ〟」
続けて囁くが何も起こらない。
(ダメか…。)
振り向き直して淡々と言う。
「戦う前にもしかしたら確認出来たのにしないし、もしかしたら一人で逃げられるのに逃げない。結局ノーリスクで勝ちだと自分が思える側に居たいんでしょ?〝そっちのもしかしたら〟に賭けたんだから、潔く死ねばいいんじゃないの?」
「別に、賭けてない、っす。」
目を丸くするアネット。
シオンは目を逸らす。
「何にも判断しない事もひとつの決断だって知らないの…?」
返事はない。
「仲間になりたいなら黙っちゃだめじゃない?自分に都合が悪くなったら沈黙なんて仲間、信用できないよ。私に対して沈黙してるんじゃなくて、自分の声を聴きたくないだけだよね。そうやって貴方は今まで自分から目を逸らしてきたの。シオン、貴方は私の仲間になりたいんじゃない。次に寄りかかる場所が欲しいだけ。自分を見つめずに済んで、なんとなーく自分が納得できる、〝勝ちだと思える側〟にいたいだけ。そうやって自分の声も聞けずに意味もなくこのまま死ぬんだね。産まれてから死ぬまでずっと指を咥えて死んでいくんだ。ちゅぱちゅぱ。さようなら。」
頭の上の方に少し離れながら言葉の火力を上げた。
感情のない声で言い捨てる。
シオンの顔が歪んだのが見えた。
「じゃあどうしろって言うんすか!セグイドやウィキアークにも囲まれて、クラックランも居て!さっきも大軍とすれ違ったし!サファの命令に背けばミトハロに居れなくなるし!どうしろって言うんですか!皆アンタみたいに強くないんですよ!」
(別にあれは大軍じゃないでしょ。)
シオンを視界に入れながら落雷を〝ふよ〟しようと囁く。
何も起きなかった。
手を翳し、シオンが履いているシューズに対して同様に囁く。
何も起きなかった。
(視認してもだめ。本音を聞いたり相手を少し知っても無理か…。知り足りないのかな。だとしたら敵に指定は出来ない。)
肩を落とす。
「じゃあ強くなればいいじゃん。君、強くなろうとしたの?」
見下ろしながら近づいてアネットは聞いた。
顔を歪ませながらシオンは声を出す。
「したさ!ドミヌスの二大派閥!俺はシオン派のトップだ!コロン派はもうダメだ!新人にやられたからな!ははは!俺だって強くなろうとしたんだ!」
歪ませた顔に笑みが混ざる。
(ドミヌス〝村〟の話をされても困るんだよね。)
「他の人から見た〝環境〟の話じゃなくて、貴方の話をしてるんだけど。〝君は〟何をしたの?〝君自身は〟どう強くなったの?どういう弱さを乗り越えたの?」
顔を見据えて二人称を強調しながら質問する。
シオンの顔が瞬く間に曇った。
唇が歪んでいる。
言葉が返ってこない。
両手を翳す。
「やめて!仲間にして!助けて!おねがいしますおねが――――」
シオンに単体の落雷魔法が命中した。
閃光で辺りが一瞬照らされる。
木陰からアネットを覗き見る一人の男と目が合った。
すぐさま男は耳に触れると粒上の細かい光が小さく耳元で弾けた。
上腕にバンダナのようなものを巻いている。
男は気づくと即座に飛びのいた。
手を翳し〝まりょくちょうだい〟を声にする。
ミトハロ方面に木の枝の激しく揺れる音が遠ざかっていった。
(あれ、ルントが言ってたルーピアだよね多分。魔法当たった?当たってれば途中で死んでると思うけど。この魔法有効距離とかあるのかな。〝かくね〟で色々する戦い方バレちゃったかも。)
潰していなかった他のドミヌスの頭に足を順番に振り落としながら考えを巡らせる。
ネームプレートと少しばかりのアイテムを手にして、シオンを見下ろした。
(命乞いは本心だろうけど、どうしていいかわかんないからどっかの物語で見たようなテンプレートを使うしかないんだよね。でも命乞いしながら武勇伝はさすがにないなあ…。もう何話してるか自分でもよくわかってないじゃん。)
アネットは何気ない表情でネームプレートを呻くシオンの頭に投げ置いた。
魔法で纏めて発火させる。
しばらく燃えるそれを見ると、マナリーフを口に含みながら強化した足で踏み抜いた。
あっ、と手を口に当てる。
(煙の事聞くの忘れた!)
命乞いの途中、武勇伝を語り出してしまったシオン。
アネットの新魔法の被検体となった。
最後まで素直になれずに世界から脱落したのだった。
*
日が完全に落ちた頃。
アネットは焚火の前で足を伸ばして座っていた。
(さすがに殺しすぎた。位相がブレそう。)
手元にあった木の枝を焚火に放り投げる。
(シオンって男と話した時、快感だった。殺した事にじゃない。無抵抗の人間に対してへの気持ちじゃない。本人が見つめられない自分に話を誘導する事に快感を抱いちゃった。これ厄介かも。無理やり気づかせるの気持ちよくなっちゃった。)
ブローチの顔が過る。
(このままじゃほんとに魔女になっちゃう。)
干しフルーツを口に放り込む。
シオンの強がった顔が歪んでいき、言葉すら出なくなった姿が思い起こされた。
問答から世界への八つ当たりを封じられ、嫌でも自分を見つめなくてはならなくなった瞬間のシオンの表情。
頭皮がぞわりと粟立つ。
アネットは身震いした。
片手で太腿を握りしめる。
(しょうがない、私は卑しいんだから。自分を許そう。散々殺しまくった後にナギ君に会いたい自分も許す。私はもうこれでいこう。)
目を瞑ってナギ君と自分を想像した。
アイテムポーチから〝ナギ君の破れたシャツの一部〟を取り出す。
雑に口元に近づけ大きく息を吸った。
肺を埋め尽くす思い出の数々。
アネットを優しく包み込む〝脳内のナギ君〟。
鼻血が三、四滴ほど衣服に垂れるのに気づくまで少年に浸った。
はっとして鼻の下を拭う。
気づけば頬は緩んでいた。
淀みない一直線な雑念は去っていった。
ナギのシャツの一部をポーチにしまい、深呼吸する。
(私は卑しいから仕方ない。卑しくてもいいの。自分と会話できてるって事だから。でも世界とのバランスはとらないとダメ。快感は仕方ない。今私は自分が思っている以上にストレスが溜まってる。あまり眠れてもいない。でもそれは私が決めた事。ナギ君とリサの力になりたい。いや、違う。違わないけど、ナギ君を襲って金を奪ったドミヌスへの怒り。それをぶつけたい。私の進行方向を変えず、虫を払うみたいに全滅させたい。むかつく。)
卑しい自分を認めると言葉ほど怒りは湧いてこない。
焚火だけが燃えていた。
アイテムポーチに顔を突っ込もうか逡巡する。
考え直し、ティルの教えを反芻した。
(〝位相は心の状態〟。毎瞬変わるもの。人は見つめられない自分を無意識に世界に映し出そうとする。意志を持った時の自分がそれに気づいて揺り戻しが来ないように、世界には三種類の位相の地図みたいなものがある。世界を彷徨って自分を投影し続けてしまうのを防ぐためにそれは存在する。)
物音がした。
焚火から目を離し暗闇を見る。
何も見えない。
火を踏み消すと、目を慣らすために高い木の太い枝の上に膝を立ててしゃがんだ。
暗闇を見据える。
耳に神経を集中し思考を巡らせた。
(騎士なら〝ゲシュタリーゼ〟魔法使いは〝サリタージュ〟それを包括したものが〝トリシュール〟。あれ?トリシュールって上位概念だっけ?まぁいいや。もし私の心に何かあってもそれと照らし合わせれば大丈夫。堕ちるのはいい。心の現在地がわからなくなるのが一番ダメ。焦ってわかってるって言い聞かせるのもだめ。ミトハロに到着した時の私と同じ状況になっちゃう。むしろその地図が使えなくなってもいい。私は魔法使いを辞めたんだから。自分の気持ちを大事に出来れば私は、卑しくていいからね。)
師の教えを反芻していたはずだった。
気づけば胸に手を当て、自分にそう告げていた。
途端に呼吸が深くなる。
世界がクッキリと映り出した。
虫や野鳥の断続的な鳴き声、風の音。
昼夜の温度差で発生しているであろう木々の乾いた高音。
たちまち心が静かになった。
複数の人の声が聞こえる。
夜襲だろう。
ぼんやりとした光が少し遠くに見えた。
目が暗闇に慣れてきた。
今までと違った思考が頭を過ぎる。
(あれは敵じゃない。ミトハロで自分を律せなかった私。ナギ君に縋り付いて自分を見失った私の未来。)
「おい!焚火がある!まだ熱い!」
すぐそこまで来ている。
呼吸が浅くなる。
十五人、二十人はいるかもしれない。
アネットがいる木の幹に二つの足音。
うろうろと探し回っている様子が見える。
男女だろうか。
ぼんやりとした光を持っている。
息を一度大きく吸った。
(私、勇者本隊任されてんのよ!負けらんないの!)
鼓舞と同時に魔法を使わず落下する。
二人のドミヌスの肩を組むように後頭部に腕を絡め、倒れるように着地した。
自分を発火させ二人に延焼させる。
奪っていたナイフで素早く絶命させた。
〝もえろ〟は発動後、少しの間だけ別魔法が使えない。
全身が発火し自身が明るすぎて周囲が見えないアネット。
敵の魔法の被弾だけは防ごうとエーテルシューズで木々の間をゆらゆらと彷徨い滑る。
それを見た敵の驚きの声、金切り声ともとれる悲鳴が夜の街道に響いていたのだった。
以降の六日間。
連日、執拗な追撃を迎え撃つ事になる。
シオンへの落雷で目が合った男が偵察部隊かと勘繰っていたが〝かくね〟を警戒されている様子はなかった。
死体のメッセージがサファに効いたのか、追撃部隊の人数は多かった。
途中、ミトハロ方面に走り抜ける魔物の大群に遭遇した。
余裕がなくなったアネットは殺した人数のカウントを止める。
しかし、実に百八十人のドミヌスを葬っていた。
ミトハロ出発から二十二日を境に、ぱったりと無くなる追撃。
〝武闘派ドミヌスネーター対アネット〟はドミヌス半壊で幕を閉じたのだった。




