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第59話/卑しいアネット(5)/Limited_ Annette



ミトハロを出発してから八日目。

殺したドミヌス達を一ヵ所に集めながら考える。


(ここまで来たドミヌスの部隊数は五つ。大体七から十人くらいの部隊で来る。とりあえずは最初襲われた時以外、全滅できてると思う。昨日も来てたから明日も来るかも。)


頭部を纏めて発火させる。


(口調が荒い、手が早い、すぐ暴力、プライドが高い、ルールが厳しい、ナギ君へのカツアゲ。)


サファの人格を考えながら足を振り落とす。


(さっき命乞いしてきた男は、〝気が強い〟〝セグイドと裏で繋がってる〟って言ってた。)


動かなくなった人間に目を落とす。


(ここまで大体五十人弱くらい?なんで一斉に来ないの?戦う様子を影で誰かが見ていてリーダーに情報持ち帰るとかしないの?してるのかな?してるとしたら戦い方雑過ぎない?サファはどんな指示出してるの?)


目の前で死体となっている部隊を一瞥する。

今までと比べるとまだ統制が取れていた人間達だった。

終盤、三対一の均衡がほんの少しだけやりにくく続いていた。

誰かが恋仲だったのだろうか、とある女を殺してから一気に乱れたのだった。


(こんなに人数が居て今になってやっと連携?サファは頭が悪い?頭が悪くて二百人集まる?集まるか。じゃあなんで集まってるの?)


ネームプレートを漁り、纏めて燃やす。

マナリーフを口に入れていると二の腕の裏の浅い切り傷が目に入り魔法で回復する。

逸れた志向を戻す。


(本当この人たち身体の回復薬持ってないよね。なんでこんな大人数いるのに一斉に来ないんだろ。指示する人いないの?)


人に命乞いをされる経験は今回のドミヌスが初めてのアネット。

燃えるプレートに視線を注ぎながらゆっくりと思い起こす。

サファを予想する。


(相手がまさかこんなに強いと思ってなかった…?)


ブローチと接敵した直後の自分が浮かぶ。

出発直後はあまり思い浮かべたくなかった自分の弱った姿が容易に想像できた。

真下にいる女の足を軽く蹴る。


(こんなに強いと思いたくなかった…?)


頭の中の弱った自分の姿がリサの虚ろな表情に変わっていく。


(それ以前の話か…。知りたくない。わかりたくない。向き合いたくない。)


少し目を見開いて手を打った。

蹴った女のブーツに視線が固定される。

誰かが落としたナイフを拾い、素早く一人の男の上半身の衣服を剥ぎ取る。

上半身にナイフで文字を刻んだ。


〝さっさと追って来い 臆病者サファ 来なければこちらから行くぞ〟


(なるべく異様な感じがいいよね…。)


文字を刻んだ男を街道のわかりやすい位置に置く。

その周りに円状に死体を並べた。

異様さを演出したく、その辺の花を大量に添えようか考えたが植物が可哀そうだったのでやめた。

シューズに履き替えてその場から離れる。

見た事もないサファの輪郭がアネットの中で仮説となった。


(サファって人は、極端に怯えているのかもしれない。追撃はちゃんとあるのに状況を取ろうとしない。指揮っぽい事はするのに中身がすかすか。頭が悪いだけかもしれないけど…。)


アネットはこの二日間、新たに二つの魔法を閃いていた。

昨日は〝かぜ〟

今日は〝まりょくちょうだい〟

どちらもすぐに実践で使えるものだった。


(またとんでもない魔法を閃いちゃった…。もしかしたらこれ、人の魔力測れんじゃない?魔法使いやめたのに…。)


大きく呼吸をする。

少し加速すると後方を向き宙返りをする。

着地すると流れるように前を向いた。


(この力は、今はリサとナギ君のために使う。何人来ても負ける気がしない。)


ナギが自分にナイフを向けてきた日。

砂浜で泣きじゃくる少年の横顔を目にした時にドミヌスに抱いた感情が胸に広がる。

魔法で地面を掴んで急加速する。


「〝かくね〟〝が〟〝もえろ〟」


体の横に突き出した右手から火の帯が勢いよく後方に流れていく。

炎の軌跡を残しながらアネットは進んでいった。





ミトハロ出発から十四日目。

アネットはあえてゆっくりと街道を北上していた。

日は高く昇っている。

鳥の鳴き声が長閑(のどか)だった。


(さすがにそろそろやばいかも…。)


木の太い枝の上でドミヌスから奪った携帯食を手にする。

息が浅くなる。


(サファって頭悪いからそこまではしないか。いやいや、襲ってきた人が頭いいかも。おなか減った。ごちそう。でも食べたら死ぬかも。でもサファ頭悪いからそこまでしないかも。おなか減った。)


干し肉とパンを鼻に近づける。

特に変わった匂いはない。

追撃部隊に目的を悟らせたくなく死体から何かを纏めて奪う事はしなかった。

必要なものは数個だけ、なるべく複数人からちょっとずつ補給するようにしていた。


死体のメッセージでサファに挑発をしてから四つの部隊が襲われる。

書いた二日後に一部隊。

今日までの三日間は毎日一部隊ずつ。

部隊によっては笑みも出ないくらい弱かった。

自分の旅を応援するお茶目な補給部隊くらいに考えていたアネット。

しかし、それは襲撃序盤までの話。


(まだ死体のメッセージはミトハロに伝わってないと思うけど、そろそろ残された物に何か仕込まれていてもおかしくない…。)


手に持った干し肉とパンを恨めしそうに眺める。


(目立った奪い方してないから、誰かに死体を見つけられたとしてもあんまり情報は行ってないと思うんだよね。食事に困ってるってのは知られてないはず。でもなあ~。サファって人頭悪そうなんだけど執念は多分それなりにあるよなあ…。)


単なる臆病者、何かに怯えている程度の仮説では執念の程度までは想像できなかった。

徹底ぶりによっては食事に何か仕込まれていてもおかしくはない。


(食事の場合は一発で命ロストなんだよね~。生きるってきっつ~。)


パンを握り潰す。


(これ以外となると、ナギ君からもらった干しフルーツとナッツ、あとは野草か。)


アルセナまでの道中、初めて盗賊に襲われて荷物を全ロストした経験から荷物を持つ事に抵抗があるアネット。

ティルから教わった野草知識などが活き、十分食べる事は出来たため気軽に旅をしていた。

そのためドミヌスの携帯食はご馳走なのだ。

女の一人旅が珍しかったのか、アルセナまでに出会って護衛の名目で食料を分けてくれた商人達が恋しくなった。


(魔法をバンバン閃いても目の前にある干し肉とパンが食べられないなんて…。)


手に持った干し肉とパンから目が離せない。

下唇を突き出して目を瞑り、泣く泣く放り投げる。

ナギからもらった干しフルーツを口に放り込む。


(うわっ、あまっ、…大好き。)


甘みが体に沁みた。

体の芯から火照り、細目で太腿を手で強く掴んだ時だった。

地鳴りのような細かい、弱い振動。

本当に些細なものだった。

尻から伝わった。

目を見開き体制を整える。

転ばぬようにエーテルシューズを履く。

耳を澄ます。

目を瞑る。

鳥が飛び立つ羽音。

複数の蹄が地面を叩く音が大きくなってきた。


(たくさんいる。)


アルセナまでの道中であれば飛び出して確認していたかもしれない。

しかし今の立場は殺人鬼である。

迂闊に前に出れない。

ゆっくりと魔法で着地する。

腰に結び付けてあるブーツを地面に置いた。

街道が見える位置に行く。

会話ではない、断片的な人間の声。

地面の振動も大きくなる。

馬の鼻息やいななきが聞こえた。


(撫でたい…。)


アネットは馬の目が大好きだった。

音の種類が増える。

金具の触れ合うような短く高い音。

剣や槍が揺れる音。

そこに荷物が揺れる音が加わったと同時に馬に乗った集団が目の前に現れた。

アネットの来た道、ミトハロ方面に走り抜けていく。

咄嗟に身を隠した。

目だけ木陰から出すと鎧を着ている人間が騎乗している。

相当人数がいた。

雑草で荒れ果てた街道に舞う砂埃。

堪らず外套で口元を隠す。


(三十…五十はいる?)


馬の目も確認できないほどのスピードで集団は通り過ぎて行った。


(なんだったんだろ。どっかの国の人っぽいけど。)


ブーツを拾いながらミトハロ方面に体を向ける。


(ま、勇者って立場をカミングアウトすれば最悪大丈夫でしょ。殺されはしないよね。)


外套を手ではたく。

ポーチからハイビスカスを取り出して頭に付ける。


(髪切ると旅が楽だね~。)


〝かくね〟で空中にハートマークを量産しながらアネットは北に進むのだった。





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