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第58話/卑しいアネット(4)/Limited_ Annette



「ゆ、許してくれ!金なら払う!なんでもする!頼むから!許してくれ!」


「これ食べてみて。」


四肢を折られ、仰向けで命乞いをする男に冷たく言い放つ。

男の口元にマナリーフの端を摘まんで差し出した。

口に触れるとすぐに手を引く。

髪の毛を手で掴み、男の状態を起こした。


「食べた!食べたぞ!助けてくれ!」


「マナリーフ〝が〟〝もえろ〟。」


男に正対し小さな声で囁いた。

何も起きない。

黙ってもう一枚口元に差し出す。

男は困惑した表情で口にする。

マナリーフが口内にある状態で発声する。

悲鳴と共に一気に燃え上がった。

口の中の物を吐き出す男。

衣服に燃え移る。


(口の中はいけるんだ…。)


ミトハロ出発から四日目。

三部隊目となるドミヌス七人を殲滅したアネット。

初めて閃いた魔法〝ふよ〟を検証していた。


(とんでもない魔法…。手を翳す必要がない…。なんか成功しない時ありそうで怖いからできる限り翳すけど…)


魔法で引いた線や自分自身を指定する事での命中率の大幅な向上。

組み合わせにより増した自由度。

アネットの師、ティルがギャグ魔法と揶揄していた〝かくね〟が条件次第で使い勝手の良い広範囲魔法に変貌していた。


(まあたしかにおかしいよね。手を翳しなさいって教わった魔法の中で〝かくね〟だけ指一本で発動するんだもん。文字を書くときは魔法の線が思った通りに引っ込んだり出せたりするし。ティル、これ絶対に知ってたでしょ。発動に視認が必要なのに〝はなれて〟で自分が加速する時は背中に両手を当てれば前に飛ぶし。多分魔法って思ってるよりずっと自由なものなんだ。…もしかしたらティルの事だから、同時にいくつも使えるのに黙ってる可能性あるな。)


細目になりながら師の顔を思い出した。

強化した足をマナリーフで燃えた男に何回か踏み落とす。


〝かくね〟〝が〟〝もえろ〟の同時発声で炎の線が指から出る事を発見していたアネット。

何もせずに書くとそのまま指に燃え移るが、シューズの加速を利用する事でリスクなしの魔法となっていた。


(二つ使えたら大大大賢者になれるってナギ君にふざけて話した事あったけど、三つ発動しちゃってるじゃん…。閃いた魔法の効果は上がるらしいけど、この魔法を同時に唱えた魔法も効果が上がってる気がするし。)


横たわる他の死体に近づく。

ナギと初めて部屋で話した時の記憶が蘇る。


(ナギ君のおかげだね。初めて部屋に来た時に教えてくれた。同時に発動させるって無理だと思って諦め気味だったから。あれ聞いた時嬉しかったな。あのやりとり関係してるだろうなあ。)


片っ端から足を踏み落とす。

リサとのやりとりが浮かんだ。


(リサの相手、ナギ君大丈夫かなあ。多分無視されまくってるだろうな~、あの感じだと。見捨てて旅をしようなんて言えないし...さすがに私、思ってもない...)


踏み落とそうとした足が止まる。


(もうそういうのやめよう。自分で自分を取り繕うのやめよう。私は卑しいんだから。私は卑しいの。はい、思ってました。私は思ってました。執着に呑まれた人は放っておいてナギ君と二人だけで旅をしたいって思ってました。)


踏み落とす足に力が入る。


(しかも言いそうでした。そういう選択肢もあるんじゃない?って。出発の前の日、提案しそうでした。認めます。私は卑しいです。今朝目が覚めたらナギ君が横にいて「リサの執着行動すごいからアネット追いかけてきちゃった」って笑顔で言われる夢見ました。はいはい私は卑しいです。起きて一人だった時はちょっと泣いちゃいました。私は卑しいです。)


認めると胸がスッとした。

動かないドミヌスに近づいて笑顔で頭部を燃やす。

自分に弁解した。


(卑しいも何も本当に大変じゃんあれ。執着に呑まれた人の相手するって。すぐ喚いたり同じ事繰り返しちゃったり、駄々こねて赤ちゃんみたいになるし。)


執着の塊の老人男性の仕事を手伝わされていた事がアネットにはあった。

研修と称され、ミレバル内で最も執着深いとティルが判断した男性の元に強制的に送り込まれたのだ。


(本当嫌だったあれ。〝職人〟だからって酷い事言っていいと思ってんの?対人の価値基準おかしすぎ。自分が長年やってきた事は無条件で今の時代を否定していい理由にならないし。あの時、毎日泣いてたと思う私。愛の鞭だとか言ってすぐ怒鳴るし。仕事は見て盗めとか言って教えてくれないし。私が上達したら機嫌悪くなるし。怒りたいから怒ってるだけでしょあんなの。新しい事学ぶ勇気がないから〝職人〟っていう自分に縋り付いてるだけでしょ。それに縋り付くために怒ってるだけじゃん。まあでも、その経験のおかげで今回私は〝ナギ君に教える事で芽生えた執着〟を見抜けたわけだけど…。ティルめ。)


してやったりのティルの悪い笑顔が頭に浮かぶ。

顔が歪んだ。

気づけば何度も何度も足を踏み抜いていた。

〝飛び散った赤いジャム〟で我に返る。


(っていうかさ、執着の説明、ミトハロ着いた時に私丁寧に二人に説明したよね?なんでその上でいきなりリサ呑まれてんの?あそこまで丁寧に説明して呑まれるなら無理でしょ。たしかにナギ君の方が危ないなって読みはした。リサは会話能力高いし、ミトハロはギャルっぽい人が多いから大丈夫じゃないかなって、リサが話せる人多いんじゃないかなって思ったの。その読みが外れたのは事実。でも聞くでしょ普通。執着に呑まれる時って反芻思考が止まらないはずだから、次から次に湧いてきちゃうはずなの。悩みの核心を言えなくても、頭がグルグルして止まらないの、苦しいの。くらい言えるでしょ。)


辺りが暗くなりかけてきた。

〝かくね〟で空中に〝✕〟を書いてしばらく魔法で燃やす。


(便利過ぎ!)


魔法で照らされる。

死体がよく見えた。

繰り返し足を踏み落とす。


(結果的には逆だったのかも。ナギ君が死と向き合って活発男子になっちゃって。ギャルのリサが、あの明るさ自体が実は殻?木箱?になってて世界と自分が曖昧だった可能性あるね。ミトハロ着いてから何日?たしか十四日とかそこらでしょ?あんな別人になる?執着ならなるか。でも、私が出会った時にすでに自分から目を背けていたんだとしたら。リサの執着は相当、かなり根深い。)


〝人の行動の意味は執着で反転する〟ティルからの教えを想起した。

ナギとリサに初めてアルセナで出会った時の会話の断片が思い起こされる。


(もし出会った時に、すでにリサの行動が執着的なんだとしたら。もしかしたら彼女は人数優位を作る癖がある。一人慣れしてないというか。癖って言うほど話してないけど。初対面の私を前にしてナギ君イジりまくってたのは、初対面だからこそ気になったの。とにかく私を引き込もうとしてた。行動だけじゃわからない。行動だけじゃわからないんだけど、もしもあれが執着的な行動なんだって仮定したら相当根深い。)


女の死体のアクセサリが見えた。

上げた足が止まる。

ハイビスカスを思い出した。


(ミトハロ到着してすぐのごはんの時にもらったハイビスカスのアクセサリ…。元気づけようとして渡してくれたんだろうなって思って嬉しかったけど。もしあれが執着の裏返しの行動なんだとしたら…。〝仲間の証〟みたいのが欲しかったのかもしれない。不安の裏返しだったのかな。ブローチとの遭遇でリサも何かあったのかも。考えれば考えるほどハイビスカスに違和感を持っちゃう。でもたしかにいきなりハイビスカスはタイミング的におかしいよね。いや、そう見えるだけかも。……仮定とはいえ、あんまりこういうの考え過ぎるのってよくないな。)


止まっていた足を振り落とした。


(でももしそういうのが執着が反映された行動なんだとしたら、リサは自分ってものがずっと前からすでに分からなくなってると思う。誰かといないと安心できないというか、誰かが自分寄りだってわかる出来事がないと安心できないというか。孤独感を抱く閾値が低すぎる。)


右足のブーツは鮮血に塗れていた。

踏み抜いた時に別の言葉が過る。


(閾値が低すぎるんじゃなくて、溢れるギリギリ、限界だった可能性もある。アルセナでのあのやりとり。ナギ君と関係性が取れてるわけじゃないとしたら相当よくない状態。それを省みてあの会話の後とかにナギ君に軽い謝罪でもあれば別なんだけど、そういう風に素直になれる時点で執着じゃないし…。)


敵のアイテムポーチを探る。

マナリーフを噛み千切る。

もぐもぐ口を動かし燃える〝かくね〟をじっと見つめた。


(私のせいかなって思ったの。ナギ君と急に一緒に長く居過ぎたのかなって。でも、ナギ君にもリサと付き合ってるのかちゃんと確認したし。リサとごはん行った時、気持ちの確認もしたよね?魔法学の説明もちゃんもしたしなあ。)


ちょっと待てよ...アネットは思考の発展を逡巡した。

論点を分岐させる。

世界が反転した。


(執着の説明をあそこまで丁寧にして執着に呑まれる人間が、魔法学の話をして理解できてるのか....?二人でごはん行って気持ちを確認した時にすでに執着に呑まれてたんだとしたら、〝別に全然大丈夫〟とか〝わかったよ〟って返事がそもそも怪しいぞ...)


マナリーフの咀嚼のペースが落ちる。


(魔法学についての説明は一応わかったって言ってたけど、ほんとに?これ私のせいなんじゃないの?ナギ君と毎日魔法の練習してたから、私の部屋にも度々ナギ君が来てたから、なんか変な妄想してリサは壊れちゃった可能性ある?私が執着への閾値最後の一押しみたいな。でも魔法学の説明も相当丁寧にしたぞ?危険性まで話したよ?精神学も跨いでるから恋愛的に見える事もあるかもしれないけど一切そういう気持ちないからね。みたいな。けっこう具体的に言ったんだけど…。まあ今は恋愛感情あるけどね、当時の話。)


考察と感情の整理で混線する。

崩壊アネット。

〝砂浜のガチ喧嘩〟を思い出す。

唇を指でなぞる。


(私、そう言えば特訓とは言えナギ君とキスしたんだよね。あの時は私の気持ちに執着が混じってたのを掴んでたから気にならなかったけど、今思えばあれ、たぶんナギ君のファーストキスだよね。私、大好きな人のファーストキス奪っちゃった、、、本当に幸せ。凄い勢いで衝突してきて。血の味がしたの。激しかった。宿出る時もさ、〝つかんで〟くれて嬉しかった。)


内省台無しアネット。


(しょうがないよ。本当に好きだなって気づけたの離脱した後なんだから。ああ、本隊か。私勇者のパーティ本隊なんだった。卑しいけどいいのかな。まあいいか。でもさ、じゃあ私が全部面倒見ないといけないの?手取り足取りあれは執着ですこれは欲望ですこの街は危ないです。とか言わないといけないの?私だっていっぱいいっぱいなの。)


マナリーフを飲み込む。

手にある残りを口に押し込んだ。

〝かくね〟を燃やした火が消える。

卑しさが溢れ出す。


(アルセナ出発して初戦ブローチって何?二人に良いとこ見せたいなって思ってたんだから落ち込んだっていいじゃん。逆に二人が私の〝落ち込む読み〟してほしい。私勇者じゃないし卑しいから。どっちでもいいから私の事を抱き締めて欲しい。…でもナギ君は考えてくれてた。〝落ち込む読み〟してくれてた。自分だって大変なのに変わらず一緒に居てくれた。待ってくれてた。大好きなの。そう言えば体術の特訓の時、胸も触られたんだ。)


唇と鎖骨をなぞる。

マナリーフを飲み込んだ。

集めたドミヌスのネームプレートを纏めて燃やす。

少し周囲が明るくなった。


(っていうか、なんで私がリサにあそこまで言われないといけないの?もっと早く仲間抜ければよかったのにとかさ。何様なの?さすがにあれはないでしょ。呼び出して砂浜で殴り合いすればよかった。私の方が強いし。アルセナでは「本当に色々教えてくれてありがとう!キャピキャピ!」って感じだったじゃん。出発する時も何?あの態度。握手はしないし、目も合わせない。ロクに会話もしてくれないじゃん!遠慮する必要なかった。ビンタでも一発してやればよかったな。それで我に返る事だってあるしさ。ないか。)


燃えるネームプレートを力強く踏み抜いた。

金は一人当たり千五百エンテから二千五百エンテ程を所持していた。

着々と貯まるドミヌス貯金。


(今日で三部隊目か。二日空いた。また三日後かな。)


エーテルシューズに履き替えて加速して進む。

適当に寝床の木の枝を決め、地面にある大きい石に膝を抱えて座る。

揺れる焚火を見つめながら考え込んだ。


(リサと、親友になれたよね。体術も私の方が勉強になっただろうし。ナギ君の回復魔法で成長しちゃった事ももっと力になりたかった。あんまり本人は話さないから怖い事もあるかもしれないけど、絶対に恩恵も多いはずだからゆっくり話聞いてあげたかった。)


目の前の焚火が滲んでぼやける。


(勇者の剣を抜いた時、取り押さえられるまで叫び続けるなんてぶっ飛んでるよね。私そういう人大好き。私も勇者になりたかったな。そしたら三人でいれたのかな。勇者になれてたなら、多少様子がおかしくなっても勇者だからって理由でなんとかなったのかなあ。)


アネットには勇者の剣が抜けなかった。

特に拘っているわけではなかったが、二人と一緒にいて〝勇者かそうでないか〟という考えが弱気になる度に顔を出していた。


(私、リサともっと仲良くなってギャルを教わりたかった。一緒にエクステもネイルもしてみたかったし。街でナンパとかされたら二人で愚痴ったりして。戦闘関係ない洋服とかお互いで選び合ったりとか。ごはん楽しかったなあ。ブレスレットつけてくれたかなあ。)


膝の上に乗せている二の腕に水滴が落ちる。

故郷に全く友達がいないというわけではなかったが、魔法の修行ばかりだったアネット。

周りとは距離が出来ていた。

リサはなんでも話せる同年代の初めての友達になれると思っていた。


故郷の家族の顔が浮かぶ。

焚き火は輪郭が曖昧な橙色の塊となり、少しだけ嗚咽が漏れた。


(お母さんもお兄ちゃんも応援してくれたのに。諦めちゃった。早過ぎ。人のために頑張るわけじゃないけど、やっぱり苦しい。でもブローチに全然立ち向かえる気がしない。あれよりも強い存在がいるって言ってた。多分魔王だよね。私には無理だ。私、条件次第で魔法が同時に撃てる人殺しになっただけだ。これからどうしよう。)


ミレバルからアルセナまでの道中では、翌日のためにと毎日早く休んでいた。

馬車が通り商人と分かると積極的に声を掛けていた。

馬は胸が躍る存在でとても癒された。

そうでなくとも徒歩ですれ違う人間と挨拶が出来た。


今は特に休む理由がない。

この地域では馬車も馬に乗った人間も通らなかった。

徒歩の人間も見ない。


(リサとも旅したかったなぁ…。)


ドミヌスの追撃が無ければ、一日を通して全く言葉を発さない。

アルセナまでの旅よりも夜が長く感じた。

暗闇の先の物音にやたら体を反応させていた。

ひとしきり泣くと焚き火から少し離れた木の枝に登り、アネットは眠りについた。






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