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第4話/初めてのファインプレイ/NAGI.pov



王様は衛兵に前後を挟まれ歩き出している。

豪勢な椅子の脇に通路があるのだろう。

脇に逸れていく王様と衛兵達。


「王様!いえ…オウ王様!!!」


僕は振り返り二、三歩進むと同時に叫ぶ。

壁際の衛兵が反応したのが視界の端に見えた。

オウサマ気づけ気づけ気づけ出るな出るな出るな。


「すいません!ひとつよろしいでしょうか!」


続けて叫ぶと衛兵が僕に詰め寄ってきている。

オウサマ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ。

衛兵が目の前に陣取り、進路を塞ぐ。

ちょうどその時、脇に逸れていた王様一行が立ち止まるのが見えた。


さすがオウ・サマ。

いや、〝オウ王様〟

衛兵のざわつきに気づく。

部屋中のあらゆる視線を僕が独占してしまったのがわかる。

息が浅く、早くなる

顔が突っ張り、瞼が痙攣し過ぎたのか、目の周りの感覚がじんわりとなくなってきた。


オウ・サマは立ち止まって僕の方をじっと見つめた後、

豪勢な椅子に再び腰かけて衛兵を制止する。

無事、状況は振出しに戻った。





血液が沸騰しているように体が熱い。

剣を抜いた時とは打って変わって脳みそもフル回転していて、

僕の全身の細胞が勇者を拒否してる。


〝交換〟〝勇者がふたり〟〝代わりにラグナロク〟


なんでもっと早くに気づかなかったんだろう。

どこかで自分が勇者でいる事を受け入れていたのかもしれない。

〝勇者は複数いる〟

きっと僕たち以外にも。

実のところ、いなくてもいい。

重要なのはその可能性だ。


「オウ王様、勇者の剣をお返ししたいです。」


この部屋がそんな名称かはわからないけど、一気にどよめく謁見の間。

オウ王様の眼光に鋭さが宿る。

少し気圧されるが、このまま勇者として生活したってどうせ命が危険なのは変わらない。

やるだけやってやる。


「勇者の剣をせっかく抜いたのに、封印してしまったのはすいませんでした。

でも僕とリサが勇者の剣を抜いたという事は、

ほかにも勇者の素質を持った人がいると思います!」


オウ王様の眉間の皺が迷路みたいに難解になっていくのが

少し離れていてもわかった。


「勇者の選抜会を再開してほしいんです。僕たちよりも強い人達がいるかも。いや、絶対います!」


結局、大人達なんて誰が勇者でもいいのだ。

何人いてもいい。

もっと言ってしまえば〝剣が抜けたら勇者判定〟なんて曖昧な基準を採用してるのだから。

勇者の剣が足りないからラグナロクで頑張ってね、なんて行いを平然とする人間達なのだから。

別に勇者の剣である必然性もないのだ。

もし所有する剣が〝勇者のそれ〟でなければならないなら、

僕とリサは今頃、勇者の座を賭けて決闘となっているはずだ。


オウ王様の眉間にできた迷路の道が少し広くなっているのを目つきで感じた。

きたきたきたきたきた。


「認めよう。」


少し考えてオウ王様は言った。

ほらね。

オウ・サマ、ふたつ返事ナイスナイスナイス。

見たか、過去の僕。

ありがとう過去の僕。

やってやった。

君が勇気を振り絞った封印で、

希釈したぞ、責任を。

適当にリサと〝勇者ゴッコ〟してやる。

アルセナ城に入り浸ってやるんだ。


「ナギよ、武器はどうする?」


〝髭もじゃ〟の声のトーンが柔らかくなった。

僕はあっけにとられる。


「はい?」


「武器だ。勇者の剣を返却するなら代わりの武器が必要だろう。

あいにくこの城に今ある名刀はラグナロクのみ。何か希望はあるか?」


僕の腰あたり、勇者の剣に視線を落として〝髭もじゃ〟は続ける。


「〝ロングソード〟はやはりその背丈では難しいかもしれんな。〝ダガー〟〝レイピア〟〝ショートソード〟でも。なんでもいい。希望を申せ。」


全く考えていなかった。

〝だがれいぴやショートソード?〟

武器に詳しくないので何を言ってるのかわからない。

だが、れいぴや?

なぜそこで〝だが〟がくるの?

〝れいぴ〟って何?

少し考えたけど知らないものは知らない。

こういう時、どうすればいいのかもわからない。

僕は何故か母であるナエラの料理姿を思い出した。


「あ・・・あの!僕、フライパンでいいです!アルセナにあるいっちばん高級なフライパン!それでいいです!」


王様の眉間の迷路が難解になる。


「あっ・・・でも・・・その・・その代わりに支度金を追加で増やしてほしいです!そう!!・・・装備を整えたりとか・・・そうです!それ!」


「いくらだ?」


「じゅっうまっ・・に・・・じゅ・・・・・ンッ!・・さ、・三十万エンテがほしいです!フライパンなら!三十かな・・・ははっ」


緊張し過ぎたのか乾いた笑いが飛び出す。

生活の相場だってわからないし、武器の名前もピンとこないのだから

装備品も見た事あるわけない。

(きら)びやかな勇者ライフ。求めているのはそれだけだ。


オウ王様は衛兵を顔で呼び、何やらひそひそと話していた。

目が離せなかった。

次の瞬間には怒られるかもしれない。

フライパンあたりから明らかに雲行き怪しくなっており、

〝世界のため〟という大義名分よりも

〝勇者の剣を返すから三十万エンテ追加でよこせ〟という主張に自分でも聞こえる。

僕の手先に焦りが現れてもじもじし始めた時、もじゃもじゃ様は口を開く。


「認めよう。」


もじもじが止まり〝もじゃもじゃ〟に向かってやったー!と叫びそうだった。

リサのネイル色ではないけど、僕の未来も桃色だ。

初めてネイルをしたギャルもこんな心境だったんだろう。

三十万エンテで何泊できるんだ。

フルーツ串いくつ食べられるんだろう。

〝なんもしないでいい期間〟を爆発的に得る事が出来た。

オウ王様、わたくしナギはアルセナに骨を(うず)めます。

二度と城から出ません。


近づいてきた衛兵に未練なく、片手で呪いの剣を渡した。

この日一番深いお辞儀をした。

アルセナ最高だ。

色々お世話になりました。ありがとうございましたほんと。





しばらくして、部屋に入ってきた衛兵が諸々を王様に手渡した。

今までと同様の立膝の姿勢で受け取る。

力強さと存在感が段違いにあったに違いない。


本当にフライパンが出てきたのは笑いそうになった。

とっさに家にあったものを叫んでしまったけど

案外良いかもしれない。


叩けるし、ちょっとした防御もできる。

なんか投げつけられても打ち返せるかも。

目玉焼きだって作れるし。


こうして僕は、アルセナの未来、世界の未来を盾にして

勇者の剣をオウ・サマに〝三十万エンテ〟で売り捌いた。


もうちょっと増額出来たのではと過ったが、

〝じゃあ別にラグナロクもいらないよね〟となってしまっては困る。

ラグナロクは必要だ、格好いいから。


その後、大勢の衛兵に囲まれて勇者の剣を封印した。

封印といってもぷすっと刺すだけだ。

刺した後は呼び止められるかヒヤヒヤして、御礼を言って逃げるように離れた。

その間、頻繁にリサに声をかけられたけど、自分の動悸の音で聞こえなかった。

色々あったけど、僕の戦いはついに終わったんだ。





-アルセナ城 城門前-


ジョージおじさんと合流して、リサと一緒に見送る事になった。

おじさんとリサは僕の前を歩く。


城門前は賑やかだ。

衛兵が慌ただしく移動しているのがちらちら目に入る。

それぞれの衛兵が色んな人々に話しかけている。

勇者の選抜会が再開するのでそのお知らせかもしれない。


謁見の間の静寂が嘘のよう。

そのコントラストで僕は一気に気が抜けた。


人の往来が多いからだろうか、少し埃っぽい気がする。

空気がガビガビしてる。

声を出しても周囲の音に紛れて注目されないのは有難かった。


視線を感じない事がこんなにも素晴らしかったなんて。

持っているのがフライパンではなく勇者の剣だったらと思うとぞっとした。

城門に到着し、おじさんとリサがこちらに振り向く。


「いやあ!まさか二人とも抜くとはねえ!気を付けて頑張ってね!二人の家にはちゃんと伝えておくから!たぶんお城の方からも家には正式に知らせが行くと思うから安心して行ってきてね。」


僕はずっとアルセナにいるよ、おじさん。

ジョージおじさんは僕のフライパンには触れずに感情をさらに延ばす。


「リサちゃんかっこいいねえその剣!あんまり無理しないでね!髪もかわいい!いやあ見違えた!」


リサはいつものように笑顔で返事をしておじさんと小話をしていた。

僕はじっとおじさんの顔を見つめる。

話が尽きたのか僕の視線に気づいたのか、それじゃあと馬車へ向かうジョージおじさん。

この二日間本当に目が合わなかった。

離れていくおじさんに僕は声を張り上げる。


「ジョージおじさーん!」


足取りが一瞬ぴくりとしたような気がしたが

ジョージおじさんは振り向かない。


「ジョージおーじーさーん!」


さらに声を張る。

挙動不審におじさんが振り向く。


「いろいろ!ありがとうねー!」


僕は手を振る。

リサも振っている。


おじさんは何か申し訳なさそうな、早くその場を離れたさそうな。

そんな引きつった笑顔に見えたので、僕に手を振ってくれたんだと思う。

最初に声を張った時には

すでに気づいていたんだろうなあとしみじみ思った。


となり村の女性と歩いている所を目撃してしまったあの夜を境に、

ジョージおじさんの僕に対する態度、様子はおかしくなってしまった。

お互い仲良くしたいと思っていても、

そうはできない理由が生きているとあるのかもしれない。

剣を返却し、心に余裕しかない僕はおじさんを気遣った。

どうか奥さんと仲良く過ごしてほしい。


「剣、抜いちゃったね」


リサが嬉しそうに話しかけてくる。


「うん、そうだね」


「これから旅するんだね、よろしくね」


大衆の前で叫んだギャルとは別人かのように

茶髪女子は柔らかい声だった。


「うん」


こんなにも穏やかな気持ちでリサと剣の話題ができる日が来ようとは。

しかし旅になんて出るつもりはない。

僕は勇者だが、そんな事はもう関係ないのだ。

まだ選抜会は続く。

たくさん勇者になりたい人がいるんだから。

世界は誰かがどうにかするはずだ。

解放感でどうにかなりそう。

すれ違う人に片っ端から挨拶しそう。


「ナギ、せっかく勇者になったし、記念に何か買いに行かない?」


リサが顔を覗き込んでくる。

城門付近は特に衛兵がうろついているから

あんまり記念とか言わないでほしかったけど

僕も浮かれていたのでもうどうでもよかった。

気持ちの良い返事をした自分に驚いた。





-アルセナ城 市街 道具屋-


初めて入った道具屋は新鮮だった。

身に纏う防具、壁に掛かっている武器、ずらりと並ぶアイテム。

どこに視線を移しても胸が躍って、脳みそが眼球の移動を急かしてくる。

壁伝いの武器を物珍しく眺めていると〝だがれいぴ〟の正体もわかった。


「ダガー!レイピア!そういう事。」


「何が?」


「ううん、なんでもない。」


スッキリした。

でも武器なんて不要だ。

僕には〝高級なフライパン〟があるのだから。

壁を見つめて快感に身を委ねていると、リサがお店のカウンターの方から声を上げた。


「ナギ!魔法売ってるよ!」


カウンターに行くと、いくつか球体が並んでいる。

リサの爪、ふたつかみっつくらいのサイズで、茶色や青色をしている。

売り場で商品にせっせと触れていた女性が近づいてくる。

二十代くらいだろうか、お店の人だろう。

かなり温和な雰囲気だ。

リサが話しやすそう。

その女性は販売している魔法をテンポよく教えてくれた。


・もえろ

・こがせ

・こおれ

・みず

・すな

・つよくなれ

・はやく

・いやすね


〝魔法キャンディ〟らしい。

どうやら魔法は食べるのだ。

初めて見る綺麗な色合い。

食べても使えない人もいるらしい。

勇者になったなら使えるんじゃない?と店の女性は軽いノリだった。


勇者である事を告げていないのになぜわかるんだろう。

剣を抜いたのを見ていたのだろうか。

それともリサが持っているラグナロクが有名なのか。

支度金が出ている事も察しているだろう。

勇者なんて肩書はあれど、お店の人からしたら右も左もわからない、ただの子供。

僕たちは、いわゆるカモだ。


少し警戒したが、鼻息荒くなく接してくれるのは気が楽で有難かった。

大人の凄さと怖さを垣間見た。


「あたし〝つよくなれ〟がいいな!強くなりたいから!」


選ぶ基準が前向きなリサ。


「でも使えないかもしれないよ?」


「どんなものか試してみたいだけ!」


「僕は別に強くなりたくないから〝いやすね〟にしておくよ」


リサのテンションに僕も欲しくなってしまった。

〝つよくなれ〟は筋力アップ。

〝いやすね〟は言葉通り回復魔法だとお店の人が教えてくれた。

効果も聞かずに選ぶあたりリサらしい。


「おそろいでもうひとつ買おうよ!ナギ選んでいいから!」


「えぇ~・・・」


「あたし〝もえろ〟がいいなあ!」


うろたえていると、にこやかに笑うお店の人と目が合ってしまった。

購入の動機が〝おそろい〟である事に眉をぴくりともさせなかったのは驚いた。

絶対にそんな客いないだろう。

プロとはすごい。

勇者のプロ意識ってなんだろうと浮かんだが

〝自分を犠牲にしてでも世界を救う〟と過ってしまったので

思考停止して目の前の現実に頭を使う。


追加では買いたくなかった。

僕には戦う予定なんてないからだ。

優美で優雅な勇者ライフが短くなるだけだ。

僕にとっては〝いやすね〟が記念。

正直に言うと、リサのはしゃぐ笑顔にどきりとしてしまって断れなかった。

店員の笑顔の圧と怒涛のギャルに観念し、買う事にした。


〝もえろ〟は火事になりそうで怖かったので〝こおれ〟をふたつ買う事にした。

リサはすでに燃えている事だし、きっと問題ない。


「エーテルカード、使いますか?」


店の女性から質問されたが意味が分からなかったので断った。

二人で支払いをすると店の奥に消えていく女性。

品物を持ってくるのだろう。


驚いたのは金額だ。

〝こおれ〟がひとつ二万エンテ。

〝つよくなれ〟〝いやすね〟がそれぞれ一万五千エンテ。

なんと合計〝七万エンテ〟が吹き飛んだ。


村ではお金をもらう方が機会として多かったし、

そもそもお金として認識する機会があまりなかった。

使っても母ナエラのおつかい程度だ。

おつかいなんてお金を渡すだけの出来事なので〝金額〟として認識していない。


宿泊代が〝約五〇〇エンテ〟。

ジョージおじさんと合流する時に噴水広場でちらりと見たフルーツ串は一本〝十五エンテ〟だった。

そう考えると七万エンテは子供が支払う金額ではない。

今までの現実が変わっていく事に少し胸の奥がどろついた。

さらに、万が一魔法を使えなかったら七万エンテを用水路に捨てた事になる。

考えたくなかった。


オウ王様よ、当初の〝五万エンテ〟ってやっぱり少なくない?

リサはその半分以上を、使えるかもわからない魔法で放出した事になる。

このままでは僕の〝三十万エンテ〟をアテにされてしまう。

どこかで釘を刺さねばと焦った。

それにしても、勇者の剣を売り捌いといてよかった。


女性が奥から出てくる。

魔法キャンディを渡してもらったがすぐに食べるだろうとポケットにしまう。

こんな高価なものをポケットに入れるなんて。

入れてから緊張した。


渡されるとギャル勇者はアクセサリコーナーに一目散。

アクセサリの前から微動だにしない。

〝石の魔法〟がこの世に存在するならこんな感じなんだろう。

お店の人のにこやかな笑顔で、しなやかにエンテを吸い取られる気がしたので

リサの腕を引っ張って店を出た。

あまりに動かなかったのでエクステを引っ張ろうか迷った。






-アルセナ城 市街 噴水前広場-



噴水前広場は衛兵の数が多かった。

引き続き階段を登り切った所が選抜会場なのだろう、再度整えている。

それ以外の人達はまばらだ。

衛兵が〝選抜は明日から再開〟を叫んで知らせている。

少し慌ただしい雰囲気の中、リサと二人で噴水前に放射状に広がる階段の端に腰掛けた。


「ナギ、魔法キャンディ食べてみようよ」


「うんそうしよ」


お店では少しげんなりしていたが興味はあった。

僕はポケットからキャンディを取り出し眺める。

それぞれ透明な球体に色が滲んでいる。


〝こおれ〟は青色がふんわり滲んでいる。

〝いやすね〟は緑。


リサの手にしているキャンディを不意に見ると、そのひとつは白っぽい。

〝つよくなれ〟だろう。

よく見ると同じ〝こおれ〟でも滲み方が違う。

店頭に並んでいた茶色はなんだろう〝すな〟だろうか。


見ていると吸い込まれそう。

この世のものとは思えない独特さ。

初めて見る色合い。

透明と各色の境界線は曖昧だ。

綺麗な池に泥水を少しずつ流し込んだ時みたいな

ふわふわした色の広がり方をしている。


特に魔法名の明記はない。

似ている色だと自分がなんの魔法を食べたのかもわからない。

ただのキャンディを売りつけられた可能性もある。

ちょっと心配になったが、

色合いが独特だからという事にして一旦置いといた。

アルセナ城に構えている道具屋だし大丈夫だろうと言い聞かせた。

不安よりも期待と高揚感が勝った。


「食べてみよっと。」


そう言うとリサは〝つよくなれ〟から口に放り込んだ。

よほど強くなりたいのかも。


「どう?おいしい?」


そう聞きながら僕も〝いやすね〟を口に入れた。


「あたしの方は味しないし、全然体にも変化なし。」


エクステが残念そうに垂れたのが見える。


「僕の方もそんな感じ。パワーも(みなぎ)ってこないし、別にやる気も出ない。いつもと同じ。」


拍子抜けだ。

僕はキャンディを噛み砕いて飲み込んだ。


「あっ、もったいな。なんか起こるかもしれないのに。」


リサは頬をキャンディの形に膨らませながら噛み砕く音に反応した。


「こういうものなんだと思うよ」


無機質な声でそう言うと、

階段の上からおーいと人を呼ぶ声が聞こえたので振り向いたが

衛兵同士の呼び声だった。

噛み砕いた回復魔法を飲み込み〝こおれ〟を放り込んでしばらく口にふくむ。


「同じだね、何もなし。ひんやりもしないし、味もしない。」


「なーんだ。」


勢いで買ってしまったが、魔法が使えなかったら大損だ。

二人で合計七万エンテ。

泣くに泣けない金額。

できればもう魔法を使いたくない。

このまま、使えるかもしれないし、使えないかもしれない。

そういう曖昧な状態を維持したい衝動に駆られる。


拍子抜け過ぎて芽生えた焦燥感を抑えるように周囲を見回していると

選抜会場の再設営を通行人が見かけて何か話しているのが見えた。

耳には商店の呼び込みの声が飛び込んでくる。

活気がある。

噴水を見つめてしぶきの音に癒されているとリサが口を開く。


「あたしさあ。」


「うん。」


「昨日宿屋に一人でいる時、開放感すごかったんだよね」


「うらやましい。僕は憂鬱だった。」


「村にいた時は常に〝お姉さん〟だった気がして。弟…リルの視線っていうか。ちゃんとしなくちゃいけない感っていうの?お姉さんなんだから。みたいな。」


「ふーん。」


複数の衛兵がふざけて勇者の剣の柄を持って力を入れているのが見えた。

そのまま抜けてしまえ。


「だからさあ、昨日の時点では、今日帰る予定だったけどさ、なんていうか、一瞬解き放たれたというか。別にお父さんやお母さん、もちろんリルにも不満はないんだけど、すごくテンション高かったんだよね。昨日。」


「そのテンションのまま今日が来ちゃって、さっきは嘘ついて待ち時間にネイルしてしまったと。エクステも。」


「いやほんとにお腹痛かったの!落ち着いたし行列も凄かったからいけるかなと思って。」


「いけるかなじゃないよ。」


「いやいけたし。合流できたじゃん。」


「だからそういう事じゃなくて。」


衛兵が剣を抜くのを諦めたようだ。

心の中で舌打ちした。

こちら側に来ればいいのに。

自分がさっきまであそこにいたなんて信じられない。


「勇者の剣、返しちゃってよかったの?」


「いいんじゃない?」


「なんでフライパンなの?」


リサは笑いながら〝こおれ〟を口にふくむ。


「いや、武器の名前言われてもわからないし。」


「まあたしかに。うわ、これも味しないね。」


「でしょ。そういうもんなんだよきっと。」


「何味なのか楽しみだったのに。あーあ。もう明日から旅に出るわけ?あたしたち。」


「まさか。」


「じゃあ何するの?」


「僕は明日は休みたい。ほんとう今日は色々あり過ぎて疲れたよ。」


「ナギが疲れてなかったらでいいから、一緒に街回ろうよ。明日。」


「うん、いいよ。」


一人の衛兵が近寄ってきて、邪魔だからと立ち去るように言われる。

僕は勇者だぞ。

オウ王様とは知り合いどころか、勇者の剣を買ってくれた顧客だぞ。

世界の命運がこのフライパンにかかっているんだぞ。

礼儀正しくその場を去った。


「リサ、ラグナロクと交換して」


「やだ。っていうかフルーツ串食べいかない?」


「うん、いく。」


リサとフルーツ串を食べながら再び封印した勇者の剣を見上げていた。

抜いた瞬間に返却し〝後任の誕生を願う勇者〟ってのは異端だけど、

勇者選抜会の延長を提案するというのは

世界にとって結果的に超ファインプレイだったのではと自画自賛した。

初めて食べるアルセナ城のフルーツ串はとっても甘くておいしかった。



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