第52話/さっちゃん襲撃/Limited_NAGI
「おいナギ、聞けよ。果汁煮の干しフルーツ、新作出るかもしれないぜ。」
意気揚々とアースが話す。
リサのドミヌス加入発覚から三日目、アネット出発から二十四日目。
日が傾きかけた頃。
いつもの場所でアースと会う事が出来た。
ナギは出発の件を切り出せずにいた。
「新作って?どんな?」
木の幹に寄りかかり座るナギ。
枝の上から降りてくるアースを目で追った。
「丸ごと煮込んで売るらしい。干さないかもしれないって。果汁煮が売れてきてるから新しいの考えるんだって。」
「干さないの!?」
(それってただのフルーツなんじゃ…。)
出発の事が頭の片隅にこびりつきあまり話に集中できない。
枝に両手を翳し魔法の狙いをつけるアース。
「おう。めちゃくちゃ甘いぜ。甘さが詰まってんの。ひとかけらもらったんだ。お試しでさ。ほっぺ落ちたぜ。オレンジもらってよ。後から広がるすっぱさも凄かった。」
そう言いながら近くに座る。
唾を飲み込むナギ。
「あっそうか、ひとつのフルーツを煮込むから、成功すれば甘さが濃くなるんだ。」
「そうそう!」
アースの声が上に昇っていく。
「それいつ出るの?」
枝に登ったアースを見て声を張る。
「わかんねー!味にばらつきがあるんだと!煮込む時の果汁もたくさん使うらしいから!」
アースの声が降りてきた。
「高そうだね。」
「なー。間違いなく千エンテはするな。それ以上かもしんねー。」
「高―!」
思わず声が出る。
リサの顔がつい浮かんだ。
(リサのネイル代と一緒じゃん…。)
振り払う。
「有益な情報をありがとう。」
「ああ、いいぜ。おまえはなんかないの?そういうの。」
「あるよ。」
リサ問題が解決し、ナギが今ミトハロで一番気になっているものを伝える。
「アース、聞いて驚くなよ。もし知ってたら詳しい事、教えてね。あのね。」
「うんうん。はやく言えよ。」
魔法の照準を合わせている手を放しナギを向いた。
「チューチューできるパインがあるらしい。知ってる?」
「…知らねぇ…。それほんと?」
目を丸くしてナギを見つめた。
お尻をつけず膝を曲げて屈んでいた。
「うん。ほんと。僕もちょっと聞いただけなんだけど。多分、フルーツに直接管を刺して吸うやつだと思うんだよね。ジューシーの極み。」
「どうやって作るんだよそんなの…。神様からの贈り物としか思えねーな…。」
「でしょ?すごいよね。メロンもあるらしい。」
「メロンも!?メロンがあるの!?ミトハロに!?」
搔き集めていた落ち葉を握りつぶすアース。
「うん、そう言ってたけど。」
「誰が?」
真剣な表情で聞かれた。
〝チューチューできるパインパイン〟の全てを親友に託す。
「歓楽街で聞いた。」
「おまえ、あんな危ない所行ったの…?」
アースの肩がぴくりと跳ねた。
「歓楽街には行ってないよ。お酒臭いの嫌いなんだ僕。通った時にたまたま聞いただけ。」
「あんま行くなよあの辺。ほんとあぶねーぞ…。」
「まあ、人生は冒険でしょ~。」
得意気ナギ。
一緒に〝チューチュー出来るパインパイン〟を追い求めたかった。
アースともっと過ごしたかった。
しかし、言わなければならない。
「あのさ、アース…。」
そう言いながら手持無沙汰に干しフルーツを袋から取り出そうとした時だった。
手首に三つの魔法の帯が見えた。
「ナギ逃げろ!」
上に昇っていくアースの叫び声が聞こえた。
顔を上げようとすると二つの衝撃が体に走る。
遅れて一発。
腕に圧力。
地面が近づいてきた。
土、草の匂いがしたかと思うと顔に痛みが走る。
頭を地面に抑えつけられる。
背中に重さがかかった。
手は無理やり左右に広げられた。
(乗っかってる奴…ブーザー程じゃない…。でも多分男だ。三人?四人?)
身動きが取れない。
突っ伏すナギ。
「動くなよ。」
低い声が上から聞こえてくる。
視界を確保しようと顔面を捻った。
自分の抑えられた手と地面が横向きに映る。
「こっちも捕まえましたよー。」
どこからか別の男の声がする。
藻掻くようなアースの呻き声。
少し離れた草むらからどこかで見た事のある一人の女が近づいて来た。
二人の男を連れてこちらに向かってくる。
エーテルシューズ。
両腕にブレスレット。
ミディアムヘアの黒髪。
後頭部が一気に熱くなる。
首の感覚が痺れてなくなった。
呼吸が浅い。
腕にこれ以上ない力が入る。
歯が砕けるかと思う程、奥歯を噛み締めた。
女は腕を掴まれているアースに近づいた。
凝視すると一発腹に蹴りを入れる。
アースの呻き声。
二の腕に宝石模様のマーク。
〝さっちゃん〟だった。
全身の毛が逆立つナギ。
後頭部の熱さが全身に広がった。
上半身がどす黒い色で埋め尽くされる。
「サファ!てめえ!離せよ!」
つい言葉が出た。
言葉が荒れる。
無理やり男に起こされるナギ。
両サイドの二人に腕を掴まれている。
後ろの一人に頭髪を掴まれる。
「てめぇ。久しぶりじゃねぇか、ナギ。探したぜえ。俺の名前知ってくれてんのか。」
(なんで僕の名前知ってんだ!?リサか!?)
サファはナギからちょっと離れた位置で中腰になる。
にやついていた。
「このままドミヌス来てもらうからな。」
「はあ!?何言ってんだよ!」
藻掻くナギ。
ガッチリ捕まえられている。
頭に血が上る。
「うぜえんだよ!てめぇ!」
サファはそう叫び、腹に一発蹴りを入れる。
グローブ・Kの人間に比べるとそこまで痛くない。
サファの周りにいた男が肩と頭、腕をさらに掴んできた。
完全に体が固定される。
(僕一人に何人がかりなんだよ!)
「なんなんだよおまえ!やめろ!」
むせながら叫ぶ。
「おまえ無様だよなあ!弱ぇからリサに見捨てられてよ!何にも守れねえじゃねぇか!弱すぎんだよてめえはよ!」
サファはそう言うとナギの顔面を何発も殴る。
口の中に鉄の味が広がった。
時折顔面に当たらず鎖骨、肩へとサファの拳が逸れる。
腹への蹴りが入る度に体を曲げようとするが自由が利かない。
サファの顔は歪んでいた。
しかし下卑た笑顔。
「なんにもできねぇ癖に調子乗ってんじゃねぇよてめえはよ!反撃してみろよオラ!ははは!弱すぎんだよてめえは!リサ一人も守れねえじゃねえか!はは!あいつウチの仲間と仲良くやってるぜ!毎日楽しそうだぞ!なんか言えよほら!謝ったら許してやるよ!!弱すぎんだよ!なんもできねえじゃねえかよ!」
顔から腹部へと連続した痛みが移動する。
頭が冷えてきた。
冷静になるナギ。
「こんだけ弱ぇんだから捨てられたんだよ!もうおまえなんかいらねえってよ!生きてる価値あんのかよおまえ!全然戦えねえじゃねえか!リサがよ!おめえの存在が迷惑だってよ!ここで終わらせてやるよ!ドミヌスに入れてやる!おまえの人生終わらせてやる!朝から晩まで痛めつけてやるよ!はははは!」
サファの拳が止まらない。
腹への衝撃に備え腹筋に力を入れるが偶にある顔への衝撃で力が入れにくい。
血で見にくかったがまっすぐサファを見据えるナギ。
変わらず下卑た笑顔だったが眉間に皺が寄っていた。
「見てんじゃねえよ!弱いくせによ!なんだよその目は!生意気なんだよ!死ね!ほら!殺さねえけどな!今日から苦しい苦しい毎日が待ってるぜ!はははは!リサの目の前でボコボコにしてやるよ!無様だな!弱いとなんにもできねえ!」
(ブーザーはもっと迫力あった。それにしても随分時間かけるんだな…。さっさと連れてけばいいのに。)
衝撃を感じながらサファの言葉を漏らさず聞く。
表情を見続けた。
サファの左足の前蹴りが腹部を直撃した時だった。
草むらの激しく揺れる音。
大きな声が響く。
どこか聞き覚えのある声だった。
「離せ!連れてくならこのままハウスまで追いかけてくからな!サファ!」
サファは連打を止め、声を向いた。
ナギも向く。
銀メッシュ髪の男。
プレーノだ。
すぐ後ろにダーガも居た。
上腕にバンダナを巻いている。
頭の上から何かの音が立て続けに聞こえた。
ウォッチを思い出しながら視線を正面に戻す。
サファはダーガを睨みつけていた。
さらに頭上から音がする。
かなり多い。
十人ちょっとはいるだろうか。
「そいつ、ウチの恩人なんだ。離せよ。」
ダーガが口を開いた。
静けさの奥で怒りが滲み、声帯がわずかに震えたような声で続ける。
「おまえのとこのコロンから荷物守ってくれたんだ。なんも盗れなかったろ。」
「てめえがあん時の!んだよ!ダガヤ入ってんじゃねえか!コロンの奴…!」
サファがナギを見て声を震わせる。
(入ってないし、っていうか、だったらなんなんだよ…。)
ナギは黙ってサファを見据える。
血か腫れか視界は狭かった。
ダーガとプレーノが近づいてくる。
「おい!そいつら離せ!いくぞ!」
サファが叫ぶと体にかかる圧がなくなった。
もの凄いスピードでその場を後にするドミヌス達。
ナギは違和感を抱きながら離れていくサファ達をまっすぐ見ていた。
殴られ慣れているナギ。
サファが去ると背中にあるアイテムポーチを大急ぎで腹に寄せ、サプリを一粒口に入れる。
目を瞑り、顔面に手を当てる。
〝いやすね〟を発声した。
触りながら痛みが引いてる事を確認する。
(よかった…一回で引いた。エーテルシューズってやっぱり踏ん張れないよね。)
崩れ落ちて座っているアースに近づき回復をした。
「大丈夫?」
一瞥するが目立った怪我はないようだった。
「大丈夫、何発かだけだから。お前の方こそ大丈夫か?」
うん、とだけ返した。
「周り見ろ!」
プレーノが上を向いて叫ぶと頭上の音が騒がしく散る。
ダーガがナギの目の前に来た。
「大丈夫か?コロンの日の事、ありがとうナギ。逃げずに守ってくれたんだな。」
両耳のルーピアは濁っていた。
上腕のバンダナに目が行った。
プレーノがナギの肩に優しく手を添える。
顔を見ると微笑んでいた。
「こっちこそ助けてくれてありがとう。いつ戻ったの?」
ダーガとプレーノを交互に見ながら笑顔で言う。
「四日前かな。ちょっと長くなった。」
少し笑ってダーガが答えた。
「ナギ、レイシーどうやって手懐けたんだよ。ずっとおまえの話してるぞ。」
「なんもしてないよ。」
プレーノが笑う。
ダーガがズボンをはらっているアースに目をやった。
アースはどこか落ち着きのない様子。
「おまえ、たしかヤマカミんとこの。」
「ダーガさん!有難う御座いました!」
深々と頭を下げるアース。
顔を上げると目を丸くしてナギを見た。
「ナギ、おまえダガヤだったの!?」
「入ってはいない。フリーで仕事受けてただけ。黙っててごめん。隠してたわけじゃないんだけど。」
「すげーじゃん。」
精悍な顔つきでそう言った。
「ナギ、話があるんだ。」
ダーガが声をかけてきた。
「何?」
「ここじゃアレだから…。」
「ダーガさん。ウチ、多分入れます。」
普段と違う顔つきで言うアース。
(線が引かれちゃった…。)
ナギは背筋がすっと伸び、唇を固く結んだ。




