第51話/ひとりぼっちの誕生日/Limited_NAGI
リサのドミヌスネーター加入発覚の翌日。
ルントからの手紙を何度も砂浜で読み返すナギ。
読む度に目尻が緩む。
自分を気にかける人間がいると思うと、心が軽くなった。
(僕が勇者でもいいのかなあ。)
視線の先に広がる波のように穏やかな表情。
アネットとの対話から調子に乗るものではないと思っていた。
しかし今日だけは手紙を見てにやつこうと決めていた。
細目になり、口角がどんどん上がる。
本日、ナギは誕生日であった。
十三歳となる。
(昨日誕生日だったらリサのせいで散々な誕生日になるとこだった!あぶな~!今日生まれて本当よかった!昨日のリサとの出来事が今日じゃなくて良かった!独りぼっちでちょっと寂しいけどさ、キューとルントのおかげで最高の誕生日だ!)
ふふっと笑いが漏れる。
ルントからの手紙をポーチに入れた。
頬が緩みっ放しだ。
*
(もうグローブ・Kに行かなくてもいいんだ!うわー!やったー!)
近くを通る蟹の傍に寝転がる。
指でつつくとダッシュで離れていく蟹。
優しい笑顔で見つめていた。
体術の訓練で通っていたグローブ・K。
その先の想いがあった。
レイシーのラブレターをキューとドワンに見てもらっていた時だ。
すれ違ったリサの衣服に付いた真新しい血痕を見てしまっていた。
(赤い血だったからやっぱり人間の血だよなあ、あれ。)
万が一リサが悩んでいるとしたら助けになりたかった。
執着のように無意識の事ではなく。
自分がカツアゲされた時のように、もしも言い出せない状況だったとしたら。
すぐに参戦したい。
ナギはリサと一緒に戦いたい。
そう思っていた。
少しでも足手まといにならないように足を運んでいたのである。
グローブ・Kにリサがいる可能性、情報が集まる可能性も考慮していた。
各チームの離脱者から構成されているという事は、各チームに一番詳しいだろうとも考えていた。
結果はリサのドミヌスの加入。
考えはしていたが、起きてほしくない〝最悪のパターン〟だった。
あの血痕はおそらく〝ドミヌスのリサ〟として誰かに向けたものなのだ。
そう思う事にした。
(すんごいショックだったけど…、今までありがとう!リサ!もう他人だね!)
昨日ナギはかなり落ち込んだ。
この十余日のストレスか、自分でも驚く程に涙が止まらなかった。
キューに頭と背中をなでなでされてしまった。
(まだ十二歳だったから別になでなでされてもいいよね。もう十三歳はダメかもな。でも、ルントも失敗した時はキューになでなでされて慰めてもらっていたのかもしれないし。)
ミトハロの大人びた友達が浮かぶ。
掌に汗が滲んだ。
やたら客観的な視点のパル、八歳。
視座が高いアース、十二歳。
なぜか突然落ち着いた、大人の階段を上ったであろうマーク、八歳。
呼吸が少し浅くなった。
(住んでた環境が違うんだからさ、別に十二歳でなでなでされてもおかしくないでしょ。おかしいの?っていうかなでなでに年齢は関係なくない?別に何歳でもされていいじゃん。僕はなでなでされたいって言う人が何歳でも馬鹿にしない。だから僕は何歳になっても、なでなでされたいと思う事にする。)
うつ伏せと仰向けを交互に繰り返し、体を回転させた。
離れていく蟹を追う。
観念したのか立ち止まる蟹を真剣な表情で見つめていた。
(二十歳くらいまでならいいかなあ。)
あまりの安らぎにナギはなでなでに味をしめていた。
(特に背中なでなで!)
呼吸が深くなり全ての悩みがどうでもよくなるようだった。
今はアネットにされたい。
蟹はナギを向いて口から泡を吹いていた。
*
気分は落ち込むことを知らない。
もうリサの事を考えないでいい。
嬉しくて海に叫び出しそうだ。
勇者候補になって一緒に過ごした期間よりも、別行動の期間がすでに長い。
たいして記憶にないが、村で一緒にいた日数を合算してもそれは変わらないだろう。
ドミヌスのタトゥーを入れた時点でリサはもう他人だった。
(執着に呑み込まれた人に向き合うってほんとに苦しかった。アネットの言う通り。拒絶されるし、挨拶すら無視されるし。ずっと顔色窺い続けて攻撃に怯えながら暮らすってそもそも無理なんだ。なんで勝手におかしくなった人間の面倒を見ないといけないのさ。ちゃんと気持ちを伝えたり相手と会話するって大事なんだな。リサから学べた。もうこれで終わり!あー疲れた。もう悩まなくていいんだ!)
飛び跳ねそうだった。
ひとつまみした砂を蟹にふりかけた。
(リサは宿を出入り禁止になった。正確にはまだ禁止ではないけれど、あれはキューとドワンの優しさだ。扉を夜にドンドン叩くなんてイカれてる。寝てるって僕。バケモノだあれはもう。お金を払っているだけで部屋を不在にするから追い出されるんじゃない。図星を突いてリサが怒り出すのがめんどくさいからああ言われたんだ。扉を薄っすら開けて確認してるくらいヤバいんだ。何しでかすかわからない。昨日も怖かった。人の顔じゃなかった。全然出ていかないんだもんな。)
冷静になるとリサと一緒にいるのが恥ずかしくなってきた。
アルセナの宿屋でセーフポイントを点けて出禁寸前になった経験を棚に上げた。
機嫌が良すぎて〝棚に上げてる自分〟というものを認知したまま棚に上げた。
(アルセナでは宿の店員さんは不愛想だったけどさ。今なら理由わかる。リサみたいなバケモノと仲良くなったら大変だもんね。いつ矛先が自分に向くかわからない。キューとドワンは会話能力高いから成り立ってたんだよ。きっとね。そんなキューからも見放された!仕事とはいえ!)
ナギは匍匐前進で蟹を追いかける。
笑顔で優しくデコピンを一発。
蟹が両方の鋏を上げた。
(アリエさんとサルドさんに報告する機会があっても気が楽だなあ。リサは勝手にドミヌスネーターに加入しました。その後は知りませんって言えばいいだけだもの。犯罪者集団ってのは伏せておこう。さすがに可哀そうだよ。)
手を頭の上に伸ばして寝転んだ状態で砂浜をごろごろと回転しながら考える。
ちょっと軽薄かもと思い直し、思考を調整した。
(僕の回復魔法で年をとっちゃった事、もうちょっと向き合えたかもな。毎日話してもよかったかもしれない。リサからしたらプレッシャーになっちゃうかもしれないけど、そう言うのも伝えてねって言えばおっけーだしさ。考えてくれる人がいるって心強いもんね。僕もルントの手紙をもらってとても励まされたし。そこは今後しっかり反省しよう。これから仲良くなった人で実践しよう!ごめんね!リサ!)
ま!でもわざとじゃないしな!と思考を中断した。
反省よりも〝回復したらリサが加齢しちゃった事案〟と向き合わないでいい解放感が勝る。
執着に呑まれたリサにも向き合わないで良い。
同時に悩みがふたつも消えた。
(グローブ・Kにも行かないでいいから三つか!)
立ち上がると腰に手を当てて体を反らせた。
思考が弾む。
(でも行き着く所がドミヌスはヤバイでしょ~!勇者から犯罪者集団になっちゃった!まだグローブ・Kでしょ~!ギャルのウォッチもいるしさ!エヴィはむかつくけどリサとは仲良くなれそうだと思うし。いや、どっちもどっちか~!タリフ!多分あいつ危ないし!)
両手を空中に翳し、お尻をふりふりしながら〝すな〟を発声する。
毎日の同調の成果か高揚感からか、出現する砂の量はそれなりに増えていた。
足元で山になった砂をいじくりながら〝これからの事〟に思いを馳せる。
*
(ルントのいるムルルクに行こうか迷うね、手紙の御礼言いたいな。でも、ひとまずアネットを追う事にしよう。)
行き先はなんとなく予想が着いていた。
(ニルディーノに戻ればきっとアネットに会えるぞ。アルセナで僕達に会えなかったらエレメリカに行くって言ってたしね。ちゃんと覚えてる。絶対にアネットは魔法使いをやめないはず!ミトハロ出発してからだいぶ経っちゃったな二十日?二十二?うわ…会えるかな…。エレメリカにいなかったらミレバルに行こう!ニルディーノ大陸の南にエレメリカはあるって言ってたから、多分ミトハロから海挟んだ西の方か。でもミトハロからの出航手段はないから…。)
クラックラン王国。
そう考えた。
ウィキアーク王国とセグイド王国は論外だった。
権力者がドミヌスのような人間なのだろうと完全なる偏見があった。
(ノード反対派のクラックラン王国に行こう。船あるかもね。僕もちょっとレイルしちゃったけど、ドミヌスの悪口をたくさん言えば入国させてくれると思う。でも、ダガヤ・クルーの人達みたいに良い人もいるってちゃんと伝えてあげよう。この街で出会った人から周りの国の事情は聞いたから大体の方角はわかってるつもりだけど。地図買った方がいいね。あとは食べ物!携帯食と果汁煮の干しフルーツを買おう。白身魚買いたいけど保存できないだろうなあ。)
魔法で出現した砂が細かい光の粒になる。
周りから搔き集めた。
アルセナに引きこもり、骨を埋める覚悟だった自分が今は旅立ちに胸が躍っている。
自分自身に少し驚いた。
執着に呑まれたリサの相手をしたストレス地獄の十余日がそうさせた。
(僕はまだまだ本当に弱いけど、アネットやルントみたいに自分の人生を送ってみたい。執着に呑まれた人間なんて放っておいて一生懸命過ごしてみたい。二人とも僕の前では楽しそうにしてるけど見えない所で悩んでる時もあったんだ。僕も自分の気持ちを大事にして生きてみたいな。クラックランに着くまでに死んじゃうかもしれない。でも執着に呑み込まれたバケモノの相手をして一生ミトハロにいるよりもそっちの方が全然良い!すぐ行こう!)
アースが浮かんだ。
少し寂しくなった。
(アースにちゃんと断らないと。ミトハロ統一できるといいな。ヤマカミがどういうチームかわかんないけど誘ってくれて嬉しかった。あんなに喋れる友達初めてだったし相談にも乗ってくれた。)
蟹を砂の山のてっぺんに乗せてあげようと周囲を見回すが見当たらない。
(ダガヤ・クルーはどうしよう。ムルルクの回復薬の事で大変だろうし、グローブ・Kに出入りしちゃったから迷惑になりそうで怖いんだよな。あのチームの人達、そこら辺に散ってる気がする。多分、ダガヤは今チームが続けられるか際どい状況だ。ドミヌスが絡んだ賠償金っていうのはやばいと思う。レイシーにベゼフェリ、パルやマークにとても会いたい。グアポリはまだミトハロにいるかな。会いたいな。我慢しよう。出発する時にちょっとだけ顔出そうかな。あっあと街への買い物も気をつけよっと。アースに挨拶して出発の前日とか、最悪当日でもいい。一度に買いにいこう。二チーム出入りしちゃったらさすがにどっかで見られると思うから気をつけないとね。特にグローブ・Kでは目立ち過ぎた。ドンドラとウォッチは別に友達じゃないし、なんもしないでいいか。向こうもそうは思ってないでしょ。あ、あとドーゲン!あいつに会ってもキレちゃだめ。絶対に我慢。もう僕はこの街には関係ないんだから。キューとドワンには出発が決まったら伝えよう。本当に色々してくれたな。有難かった。果汁煮の干しフルーツ、いっぱいプレゼントしよ。)
立派になった砂の山の中腹を手で押し平地を作る。
どこかに行った蟹を立ち上がって探す。
捕まえて中腹に置いた。
鋏を振り上げる蟹がさようならの挨拶をしてくれているみたいだった。
海面には三匹の鮫の大きな背びれが右往左往していた。
ナギは鮫に気づかずに砂浜を後にした。
*
いつもアースと会う魔法の練習場所で日が傾くまで待っていたが会えなかった。
帰り道、宿の前でパルと会う。
ダーガやプレーノらが帰って来たらしい。
数日後街を出る事を伝えると涙目になっていたが、それまでは毎日来ると言ってくれた。
日が暮れた後にも来そうだったので治安が悪くなっている事を力説した。
了承はしていたが馬力のあるパルだったら来てしまうだろうと半ば諦めるナギ。
しかし、自分の事を考えていてくれる人がいるというのは嬉しい事だ。
そう思いながら自室に戻り、掃除と整理をしながら少し泣いてしまった。
大方終わると日課の〝同調〟と〝ブローチ反芻〟を行い、穏やかな気持ちで何十回か殺された。
リサの帰宅確認などもう頭になく、心底どうでもよかったのだった。




