第50話/初めての勇者バレ/Limited_NAGI
化け物が去った。
カウンターを見ると布の袋が置いてある。
数日分の金だろうか。
何度も息を大きく吸って吐く。
拳を強く握っては開くと身体感覚が戻ってきた。
足に力も入るようになった。
顔面に血液が循環するのがわかる。
口の中がカラカラだった。
奥の部屋の扉が静かに開く。
体が跳ねる。
尻が一瞬椅子から離れた。
出てきたキューは何気ない表情だったが少し疲れているようにも見えた。
カウンターの上の布袋を手に取ると、奥の部屋に持って行く。
普段の雰囲気とは全く違う、静かなものだった。
戻ってくるとナギのいるテーブルに着き、腰を下ろした
二人分のコップをテーブルに置いてくれた。
御礼を言って即座に口につける。
喉を鳴らして飲んだ。
「接客やってるとさ、無理難題行ってくるお客さんとか、何故か急に怒り出すような客っていんのよね。とにかくしつこいんよ。あと、要望がわかんない。そんな怒鳴っても出禁になるだけなのにそれやって意味ある?みたいな客ってそれなりにいるんよ。もう会話が成立しない。」
低い声でキューは言った。
少し声が震えていた。
ナギは自分がダガヤ・クルーで行っていた接客とキューを重ねかけたがうまく脳みそが動かなかった。
コップに口をつけた。
キューもコップを手に取る。
持ち上げられたコップは口までいかずに大きなため息をついて言葉が漏れた。
「殴られるかと思った~。」
コップをテーブルに戻し、両肘をテーブルにつき掌で顔を覆うキュー。
「ごめん。」
ナギは謝る事しか出来なかった。
反応せずにキューが口を開く。
「緑の髪の子、アネットちゃん?彼女が出る前くらいかなあ~。」
ナギはまっすぐ様子の違うギャルの顔を見た。
キューは手で顔を覆ったまま言葉を連ねた。
声が籠っている。
普段の気怠さが少し残る話し方。
「リサがナギの部屋の扉、叩きまくってんのよ。なんか喧嘩したんかな~って思ってたんだけど、一緒にレイル教えた時も別にそういう感じなかったから。リサ、ナギナギの手、自分から掴んでたしね~。」
「リサが!?扉を!?叩きまくってるってどういう事?」
目を見開いた。
前のめりになる。
キューは顔から手を放した。
手を組んで額に当て、目を瞑ったまま背もたれに大きく寄り掛かった。
深く呼吸を一度して続ける。
「ノックの音じゃなかったね~、あれは。ウチは音しか聞いてないけど。ドワンがナギナギの部屋の前ですごい顔して立ち尽くすリサ見てんだよね。で、それからドワンがあそこに座ったらパタリと音が止んだ。」
キューは階段の踊り場を指差した。
「立ち尽くす!?」
(だからドワンは階段の踊り場にいたのか!あの化け物どんだけ迷惑かけてるんだ!)
おそらく自分が普段ウォッチにされているので監視という行為はしっくり来た。
情報量が多すぎて頭に浮かぶ言葉と口から出るそれがなかなか合わない。
「そ。ドワンが話しかけたみたいだったけどね。近くまで行ってるのに気づかなくて、話しかけたらはっとした感じで部屋に戻っていったって。しばらくしたら扉を少しだけ開けてドワンがいるか何回も確認してたんだってさ。」
(サディナの家で読んだどの恐怖物語よりも怖いよ。)
沈黙ナギ。
「絶対に余計な事言えないけどさ。ウチ、最初恋のもつれ?そんなんかと思ったんよ。まだその可能性あるけど。」
組んだ両手を額に当てながら目を開くキュー。
少し口角を上げてわざとらしくナギを見た。
「よくあんのよ。仲間内で好きだ嫌いで壊れていく人達。宿やってると色んな崩壊を見んのよね~。」
(なんかいつもより喋る気がする。たぶんキューもさっきのリサが怖かったんだ。)
血色が徐々に戻っていくキューの顔を見つめてそう思った。
「外にごはん行った時は別に普通だったんだけどな~。ウチ誰でもごはん行くわけじゃないからね~。リサとだから行ったし。年も近いし。元気あっていいじゃん、リサ。話してて急にかわいくなんのもいいよね。ナギナギの事は連れ出したりしてないっしょ?男と女って難しいしさ~。」
男と女の難しさをナギは細部まで理解できなかった。
自分がダガヤ・クルーのメンバーである事を他のチームに誤解されて面倒事に巻き込まれていくのを回避したいといった心境と似てるのだろうと納得した。
キューはコップに口をつけて続ける。
「だからさ、こう言っちゃ悪いけど。アネットちゃんがいなくなって、別に喧嘩でいなくなる感じでもなかったから、うまくいくんかなって見てたんよ。」
ナギはリサの行動にとてもショックを受けていたが別の頭を働かせていた。
思考の一部は〝次〟に進んでキューの話を聞いていた。
「キューは、その時に僕たちの何を見てたの?普段、キューはどういう所を見ているの?」
意外そうな顔をされた。
ルントと話してから気になっていた。
〝人を見る人〟は他人の何を見ているのだろう。
「ん~、顔つき、歩くスピード。階段を上がる時の足取り。物の置き方。声のトーン。そんな感じ?そういうのの、〝普段との違い〟。こそこそ人間関係を観察するのが趣味なんじゃなくて、そういうので接し方変えるのが仕事だからね~。ウチの場合は気遣い。あ、顔っていうか目!目だね。けっこう見るな~。かっこいいとかかわいいとかって外見の話じゃなくて〝普段との違い〟ね。そこ重要~。」
キューはコップに口をつけた。
グローブ・Kから帰ってきた時、服に付着した血に反応するタイミングが早かった。
たしかに首周りにそれなりの量が付いていたのだがそれでも早いと思った。
あまりにも細部だったのでナギは脱帽しながら納得する。
キューは話を戻した。
「だからアネットちゃんいなくなって柔らかくなるかなって思ってたんだけど、そうじゃなかったから。恋のもつれじゃないのか~、ってウチもよくわかんなかった。ナギナギ帰って来なかった日あんじゃん?あの日焦ってリサに聞いたんよ。そん時はもうあんな感じだったね~。心配はしてたと思うけど。」
ナギはテーブルとキューを交互に見る。
「あ、ウチ、リサの事全然嫌いじゃないから。最初はクールな人なのかなって思ったけど、会話してみると話しやすいし反応もかわいくて。最初からずっと大好きなんだよね。さっきは驚いたけどね。」
キューは茶化さずに手元で回しているコップを見ながら言った。
アネットが抑揚なく話した〝木箱〟の話が何故か浮かんだ。
「最近、一階によくいるのって、リサと会おうとしてたんでしょ?」
少し笑いながら聞かれる。
「あっ。うん、まあ、そう。全然、話せないと思ったから。」
視線が泳ぐ。
途切れ途切れに言った。
「手伝いもそうっしょ?」
ナギは黙った。
キューは優しく微笑んだ。
髪を耳にかけながら言う。
「ナギナギ優しいね~。最初は好奇心旺盛な溌剌男子かと思ってたけどなんかちゃんと考えてんだ。手伝いをしたいって言ってきた時はウチ感動したね。」
「別に。そんな。そんな事はないよ。」
手が太腿の上でそわついた。
ブーツの中で足の指を動かす。
「でもさ、目にクマ作ってまでするのは違くない?」
キューの顔を見るがすぐ俯いた。
「大事にするのと、しがみつくのって別だと思うな~。ウチは。」
ナギは強く瞬きを二回してコップの水に口をつける。
一人客が来て、キューはカウンターに向かっていった。
目の前から人がいなくなると床が抜けるような感覚がした。
漠然と湧いてくる寂しさを思考で塗り潰す。
(リサは決断した。経緯も何もわからないけど、僕も決断しないといけない。なんでずっとわからないって言ってるのかわからないけど、あのタトゥーが全てだ。キューの言う通り。しがみついちゃいけない。アネットも言ってた気がする。)
少し大きく息をする。
キューが戻ってきた。
いつもの明るい声だった。
「ナギナギ宛にラブレター預かってんだよね~。モテるね~。」
眉を顰めてキューを見上げる。
手に持っているものをひらひらさせていた。
「死にそうな顔の時に渡せたら渡してくれって言われてて。目の下のクマを見つけてから、最近渡そうか迷ってたんだけど、今だね。それは。」
そう言いながら得意げに着席する。
細い紐できつく巻かれた薄い板を渡された。
板の側面には折られた紙が縛られており、紐の上から封蝋がしてあった。
「開けていいの?」
「うん。っていうかナギ宛てだし。」
コップを口に近づけながらキューは言った。
封蝋を雑に剥がし、紐を解く。
板と紙を分離させる。
板の裏表を一瞥する。
特に何も書いていなかったのでテーブルに乗せた。
紙を開くとナギは目を丸くした。
ルントからだった。
++++++
勇ましい人間、ナギ。
背負わされたものがだるくなったら全部捨てて一緒に商人やろう。
おまえが勇ましい人間でよかったよ。
ヤバい奴が勇ましくなったらヤバいからな。
エーテルカードで支払いをする時は、残額部分を指で隠せ。
アストゥート・ルント
++++++
力が抜けた。
胸が熱さを感じたと思ったら目から次々に涙が溢れ落ちた。
抑える事ができなかった。
(ルントは、僕が勇者だって気づいていたんだ…。)
勇者に関する情報はまだミトハロで聞いた事がない。
おそらくルントは自力でたどり着いたのだ。
ナギは一度アルセナの名を口走りそうになった事がある。
しかし文面を見る限り、エーテルカードを翳した最初の違和感からルントは気づいていたのかもしれない。
十二歳の少年が持つ金額でない事。
海路が使えないミトハロへわざわざニルディーノ大陸という遠方から旅で来たという違和感。
〝情報は掘り尽くすものじゃない、必要な地点まで辿り着ける分だけでいい〟
ルントの言葉を思い出した。
ゴビポップに飛ばされた事実などルントには必要ないのだ。
暖かいものが胸に溜まり、涙となって溢れる。
アネットが出発してからできる限り泣くのを我慢していたが、止まらなかった。
この手紙には勇者と書かれていない。
第三者に見られるリスクを考慮したのかもしれない。
しかしナギには立場関係なく、自分自身を見てくれたルントからの文章として響いた。
言葉にならなかった。
自分が勇ましいかどうかなんて話、今までルントとした事もない。
後半の文面から抱く違和感がナギの胸をさらに熱くさせた。
ミトハロに来てから負けてばかり。
最近はボコボコにされる毎日。
自分の弱さを感じない日はなかった。
特訓中の師の煽りの一言さえ夢に見る。
必死に寄り添おうとしていた〝仲間だった女〟にも指摘されたばかり。
ここ最近の毎日は無力感を直視しなければならない機会が多かった。
ナギはなんのために生きているのかわからなかった。
〝おまえが勇者でよかった〟などと、ナギは今後一生言われる事がないと思っていた。
その一文で我に返り、自分が思っている以上にギリギリな状態だったのだと溢れる涙で気づく事が出来た。
視界が歪み目の前が見えない。
その内、声が聞こえてきた。
低い声だが優しい声だった。
気怠さは一切ない話し方。
初めて聞くキューの声だった。
「ルントから詳しくは聞いてないけどさ。あいつの所でけっこう買ってくれたらしいじゃん。ありがとね。」
ナギは泣きながら首を何度も横に振った。
「話しやすいでしょ。あいつ。」
ナギは泣きながら首を何度も縦に振った。
「あいつ、頭の回転はやいよね。」
ナギは泣きながら首を何度も縦に振った。
「何歳まであの髪型で行くんだろうね。あいつ。」
ナギは泣きながら首を何度も、激しく縦に振った。
「頭の回転はやいんだけどさ、あいつ自分の事になると急にバカになるんだよね。ガードが甘くなるというか。」
ナギはただ泣いていた。
「ストレートに伝えてくれても良かったのになぁ。」
ぽつりとそう聞こえてきた。
ナギは嗚咽を漏らしながらしばらく泣いていたがキューはずっと同じテーブルに居てくれた。
人間への初めての勇者バレ。
それはナギにとって忘れられないかけがえのないものとなった。
涙を拭った時に目に入ったランタンの影は、先ほどよりも小さく感じたのだった。




