第46話/初めての〝クマ〟/Limited_NAGI
「ナギ、おまえ目の下やばくね?黒。クマ?それ。」
ルントから聞いた魔法練習の穴場でアースと話していると心配そうに聞いてきた。
早朝から魔法の練習。
昼間はグローブ・Kで体術の実践という名の喧嘩、ウォッチらとのトレーニング。
夕方から夜間にかけては宿屋の手伝いをしながらリサを待つ。
その後自室で〝同調〟〝その日の喧嘩、魔法の復習〟さらにブローチに殺されに行く〝反芻〟。
合間にリサの事で悩まなければならない。
悩みたくなくても浮かぶ。
ナギの体の重さ、怠さは日に日に酷くなっていった。
リサ失踪から五日目。
最後にリサと対話にならない会話をしてから約十四日が経過していた。
アースへの返事が遅れた。
「えっ、うそ。クマ?」
「おおう…、返事の反応もおかしいもんよ~。俺らの年でクマってできんのな。最近眠れてる?」
顔を覗き込んでくるアース。
「いや、あんまり…。寝つきが悪くなってて。」
「こないだ言ってたあの仲間の?」
「それ大きいね~。宿に帰ってこなくなっちゃった。」
「やば。いつから?」
「五日くらい前かなあ。その人強いからさ、事件とかは考えにくいんだけど…。」
「夜逃げみたいな?」
「それが、宿の契約自体はあるんだ。料金払ってるみたい。」
溜息ナギ。
「女だったっけ?その人。」
「そう。」
「彼氏でもできたんじゃねーの?」
右手で落ち葉を投げるアース。
(右利きなのかな。)
「それだったらいいんだけどさあ。僕、旅を再開できるしね。何も言わないの怖すぎるよ。これもし事件に巻き込まれてたら、アースだったらどうする?」
「ナギさ、その前置きが意味わかんないって。」
ナギを横目で見るアース。
淡々とした指摘が飛んできた。
「どういう事?」
目を細めるナギ。
「事件だってわかってたらやる事はハッキリしてんじゃん。事件発生元に行くとかだろ。
もし事件かどうかわからん今、俺がどうするかって話なら俺は待つね。それしかできん。」
「うわぁ~たしかに。僕何言ってんだろ…。」
俯いて額を片手で擦る。
「おまえ考える力なくなってね?やばいよ。休めって。今のおまえさ、事件かもって焦って街中探し回ってお前が事件に巻き込まれそうな感じしてるよ。誘拐されたりとか。」
「あるあるあるあるある。」
「あるのかよ。ナシでいけよ。」
鎖骨の辺りを掻きながらアースは行った。
「うん、ありがとう。」
「じゃあナギ。練習しようぜ。」
「え?なんの?」
アースを向いた。
「もしおまえがそいつに会ってさ、ちゃんと会話できるかわかんねーじゃん?」
「うん。」
「怒ってる理由もわからないんだろ?たしか。理由を聞いても怒られるし。当てても怒られる。そんな感じじゃなかった?」
目を強く瞑って思い出しながら話すアース。
言い終わりにナギを向く。
「そうそう、そんな感じ。」
「じゃあやろ。俺がその女の役やるから。ナギが一番聞きたい事、いきなし聞いていいぜ。」
得意げな顔をしながら言った。
リサ役のアースに話しかけるナギ。
「うん。一体これからどうしたいの?って一番聞きたい。」
「ミトハロ統一。」
背伸びナギ
吐息交じりに声が大きくなった。
矢継ぎ早に言う。
「んあああぁぁ!もう!してよ。さっさとして。いいよ。どんどんミトハロして。僕関係ないし。そこまで野望が固まってるならさっさとしなよ。なんで今までわかんないわかんない連発してた人が急にミトハロ統一とか言い出すの?逆になんでミトハロで収まるの?世界に打って出なよ。感情の切り替わり方が心配だけどそこまで聞けたなら僕はもう一人で旅に出ます。相手にしたくもない。頑張ってください。有難うございました。」
「終わっちゃったじゃん。」
爆笑アース。
「アースのせいじゃん。」
干しフルーツをゆるやかにアースに投げる。
アースナイスキャッチ。
「でもいろんな可能性あるぜ。ミトハロ統一の可能性もなくはない。」
「そうそう、ほんとそうなんだ。どこまで考えを広げればいいんだよって感じ。じゃあ逆やってみようよ。」
(周りの人はどんな感じで話すんだろう。)
興味が湧いた。
「おっいいね。気になるわ。」
アースの眉が上がり声が弾む。
「吐かないでよ?」
「は?なんで吐くんだよ。」
「ストレス。」
「意味わかんねー。大丈夫だよ、じゃあやろうぜ。ナギちゃんはこれからの旅どうしたいの?」
「わかんない。」
「わかんないって何?」
「わかんないものはわかんない。」
アースの眉間に皺が寄る。
「旅したくないの?」
「いや、別に。そういうわけじゃないけど。なんか少しミトハロ残ろうかなって。」
「いつまで?」
「…わかんない。」
「なんで残りたいの?何かする事あるの?」
「別に。」
「別にってなんだよ。なんか言えって。」
声を少し荒げるアース。
「別に言わないでよくない?あたしの勝手じゃない?」
「そんなんで仲間って言えるの?」
「わかんない。仲間って何?」
アースは吐瀉した。
「ごめん吐いちゃった。これひどいわ。人間じゃねえ。これもし会話相手が俺じゃなくてドミヌスだったらボコボコに殴られてるぜ。」
布で口を拭きながらナギを見ている。
「それは言い過ぎだと思うけど、気持ちはわかるよ。」
「おまえこれどうやって解決すんの?」
「今考えてる。」
片方の頬を膨らます。
ぼんやり地面の落ち葉を見つめるナギ。
「そりゃ眠れなくなるわ。」
「うん。急にイライラする事が増えた。前までそんな感じじゃなかったのに。」
「疲れてんだよ。絶対にそう。」
両手をはたきながらアースは言った。
立ち上がり足で虹色のキラキラに砂をかけている。
「うん。」
「っていうかこれもう絶対に相手に答え出てるだろ~!なんか背中押してほしいだけで。」
「押す所がわかんないのよ。どこを押したらいいか当ててもダメ。こっちから当てましたって相手に伝わったらダメ。引いてほしい可能性もあるじゃん。」
アースを見上げて言う。
「無理だわ。やめやめ。そういやよ、ナギ。おまえ最近ハイビスカスつけてないのな。初めて会ったときはつけてたよな。」
「ああ、あれね。意外と気に入ってたんだけど、一旦外してる。」
「ふーん。」
近くの草むらから音がした。
白黒のぶち猫がひょっこり顔を出す。
太腿に差してある短い刀身のカランビットナイフを抜き素早く立ち上がるナギ。
少しびくついてナギを向く猫。
にゃあんと鳴いて去っていった。
(ゴビポップかと思った…。)
「どうした?ミトハロの街中はさすがに魔物でないぜ。見た事ねーもん。」
「ごめん、疲れてるんだと思う。」
溜息と共に木にもたれかかるように座り込んだ。
*
「あいつはカルチョ。足が強い。接近した方がやり易い。足が強いが速くない。」
罵声と野次が舞う賑やかな円の中。
周囲の人間の傍で木箱に座ったドンドラに顔を近づけて聞く。
集団の円周に居るので声が音が大きい。
ドンドラの声が聞こえにくかった。
頷いて聞きながら相手を見るナギ。
(レイシー以上あるんじゃないのあれ…)
短パンで半袖。
足だけムキムキの男が仲間と歓談している。
配達帰りなのか上半身にはベルトが色んな角度で巻き付けられているように見えた。
円の内側に物が投げられる。
何故か周囲の人間から脇腹を一発殴られた。
背中をドンドラに叩かれ上半身を起こして一歩離れる。
隣にいるお団子頭を見据える。
「私がアドバイスするわけないだろ!」
顔を近づけて怒鳴るウォッチ。
ナギから顔を話しながら逸らす。
進行方向にある投げられたゴミを外に蹴り出しながらゆっくりと中央に歩き出すナギ。
鋭い目つきで両方の拳を軽く数回打ち付ける。
ウォッチが手に巻いてくれた布がクッションになり痛くない。
周囲の音が大きくなる。
カルチョも前に出た。
この瞬間は何も聞こえない。
お互い構えるとカルチョが右足で低い蹴りを出してくる。
両足を滑らせ下半身を後ろにスライドさせて避ける。
堪らず距離を取る。
(当たったら下半身なくなりそう怖すぎ!)
こちらに歪な筋肉が走ってくる。
太腿目掛けて足を出すナギ。
当たるが人間を蹴ったとは思えない。
大木や建物を蹴ったような。
ブーツ越しでも蹴った足が痛い。
カルチョの顔が一瞬歪みかけるのが見えたがそのまま突っ込まれ気づいたら馬乗りでボコボコにされた。
*
「エヴィ!ゲートはいいの!」
中央で意気揚々とバク転しているハーフアップの女に大声で聞く。
「チームの安全より目の前に落ちてる金でしょ!」
嘲笑し、弾んだ大声。
両手の中指だけを立ててナギに向けながらエヴィはそう言った。
笑いが起きる。
隣に居たドンドラが少し立ち上がりナギの首を掴んで引き寄せた。
「エヴィとは蹴りナシなんだろ。じゃあとにかく見ろ。当てるな。とにかく見て近づけ。周りはどうでもいい。」
「それだけ!?」
黙るドンドラ。
顔を離すナギ。
お団子頭のギャルを見つめる。
「だから!アドバイスなんかしないって言ってんだろ!あいつ私のダチだぞ!」
ウォッチに胸を強く手で押される。
よろけながら中央に出ると周囲の音が増えた。
振り向くとエヴィの拳が迫っている。
顔面を掠る。
そのまま左足に体重をかけ右足を上げかけて止める。
表情が変わり飛びのくエヴィ。
「足ナシだって!ふざけんな!」
「ごめん!ムカついちゃっただけ!」
ナギへの苛烈な大ブーイング。
「ガキ!一回死ね!」
周囲からそう聞こえた。
ブローチの顔が浮かぶ。
(こないだもう殺されてるよ!)
限界まで脇を締め、顎に拳を当てる。
ゆっくりとエヴィを見ながら歩を進める。
拳に布は巻いていなかった。
ドンドラの時のようにぴくぴくさせると小刻みに揺らしている頭が機敏になった。
見られているようで目が合わないあの視線。
(どこ見てるんだろこれ。)
何回か微かに手を動かして体から突っ込む。
左拳を出すと頬骨と耳の中間に衝撃がありエヴィが消えた。
右方向に見つけて向き直る。
再び両方の拳を顎に密着させる。
イライラナギ。
少し手を広げこっそり〝いやすね〟を発声する。
右の頬がぼんやり光っているのが見えた。
(あっ光って遠く見にくっ。)
「はあ!?おい!おまえそれ魔法だろ!ふざけんなよ!」
エヴィが怒鳴る。
大ブーイングが大歓声となり、なぜかナギを応援する声が聞こえた。
じわじわ近づく。
回復が終わる前にエヴィが近づいてきた。
右の脇腹に拳が刺さる。
目の前のエヴィをひたすら見るナギ。
左足に体重を乗せ右足を上げるフリをして一歩近づいた。
明らかに一瞬顔が青くなるエヴィ。
(なんで僕の蹴りなんて焦るんだろ。)
ちょこちょこと色々と試していると、激昂したエヴィに左右の脇腹と鳩尾、腕が下がった所の顎への連打で地面に座り込んだ。
*
「エヴィの。なんかわかったか?」
「わかりません!」
ドンドラの耳元で元気よく叫ぶ。
一瞬顔を引かれ腹をこずかれる。
ドンドラの静かで暗い視線の先に目をやると金髪のモヒカン頭。
ルントのように頭髪が立っている。
長いモヒカンを手で気にしながら仲間とお茶らけている。
「アドハレ。別に特徴ない。食えない奴だけど弱い。」
「勝てますかね!?」
耳元で大声を出そうとするナギの額を手で抑えるドンドラ。
特に返事はない。
立ち上がり、鋭い目つきのウォッチと視線を合わせる。
睨みつけてくるだけで何も言わない。
「いってきます!」
手をぴっちりと腰につけた直立不動の少年。
ハイである。
顔を背けるウォッチ。
近くにいる人間が繰り出してきた前蹴りを手で払うナギ。
円の中央に向かう。
音が大きくなった。
反則を野次る声が多かったが全体の音に掻き消された。
アドハレも近づいてくる。
間合いに入った瞬間、腿めがけて蹴るナギ。
顔を歪めるアドハレ。
左拳で追撃を入れようと近づく。
モヒカンがナギの鎖骨辺りに豪快に刺さった。
そのまま頭を腹に押し付けてくるアドハレ。
髪が解けていく。
前が見にくい。
相手の態勢が低すぎて体が動かしにくい。
頭、後頭部を殴るが距離が近すぎる。
力が入らない。
そのまま左右の脇腹を殴られまくるナギ。
足を引っかけられバランスを崩した。
馬乗りになってきたアドハレにボコボコに殴られて終了した。
崩れたモヒカンで吠える姿が印象的だった。
*
「おまえさ、こんな事やってて楽しいの?」
雑木林に向かう帰り道、ウォッチが話しかけてきた。
「どういう事?」
「せっかく旅してんだろ?なら他に、楽しい事あんじゃないの?」
「例えば?」
少し間を開けて答えるウォッチ。
シューズへの体重移動を辞めて考え込んでいた。
「うまいもん食ったりとか、気になる女、見つけたりとか。」
「ウォッチは気になってる人いるの?」
「い、いやいないだろ。」
顔を背けるウォッチ。
「あ、あとな。ドンドラ。あいつ弟亡くしてんだよ。だいぶ前。」
「ふーん。」
興味無さそうな声でナギは言った。
「なんか最近ずっとお前の面倒見てるけど、重ねてんだろ。だから味方になれたとか思うなよ。」
「うん、それは大丈夫。」
ナギは精悍な顔つきで近づく雑木林を見つめていた。
目の光は消えかけていた。
リサはその日も帰ってこなかった。




