第44話/独りぼっちの人間関係/Limited_NAGI
グローブ・Kへの往来を開始してから三日目。
朝に砂浜で魔法の練習をして日が高くなる少し前から向かう。
(ちょっとダガヤ行こうかな。)
行かない方がいいと思うと頭に過る。
グローブ・Kの人間と話す度に足を運びたくなっていた。
おそらくあのチームは情報が早い。
バレるとややこしい事になる。
もうバレているのをナギに隠されているのかもしれない。
そう思うと余計にダガヤ・クルーには行けなかった。
ナギは唇を噛み締めながら走る。
行ってしまったらそれ以降、気持ちが流されそうでもあった。
パルやマークとレイルをしたり、レイシーと恋の行方について答えのない論議を交わしたかった。
複雑な心境でポケットの千五百エンテを握り締め、地面に落ちているゴミを蹴り飛ばす。
歓楽街を駆け抜けた。
キューの宿からグローブ・Kのアジトは何回か葛藤するには充分な距離だった。
(毎日この距離走るとなるとエーテルシューズ履きたくなる気持ちもわかるなあ。)
パイナップルの行商人はいなかった。
*
ブーツ越しに伝わる感触がより柔らかいものになる。
雑木林に突入した。
頭の上から枝の揺れる音がする。
ウォッチだろうとそのまま走り抜けた。
グローブ・Kのアジト付近に差し掛かるとわらわらと人が集まってきた。
誰かが着地する音が後ろから聞こえ、走るのをやめた。
振り向くとウォッチが黙ってこちらを見ていた。
(おっしゃ~!今日もやるぞー!ワンパン入れたいですね~!)
道中の葛藤を潰すように拳同士を軽く数回打ち付けた。
にやつく集団に囲まれて歩を進める。
後ろからついてくる集団を見ると親分になったような気持ちだった。
全員敵である。
そう思うと笑えてきた。
今日何回?とどこからか聞かれたので上を向いて三と叫んだ。
以前に集会を行っていた所の近くまで行くと下品な声援の円がすぐさま出来上がった。
ナギを取り囲む。
(あっブーザーどこだ!?ブーザー!あいつ突っ込んでくるぞ!探せ探せブーザー探せ!)
忙しなく左右に首を振る。
人混みの中をしゃがんで後ろに回り込んでいるタンクトップが人々の隙間から見えた。
挑戦権を独占するものだから他の参加希望者から恨まれているのかもしれない。
ナギが向くと不自然に人が少し退いた。
ブーザー丸見え。
(いた!あいつめ!)
姑息な動きのブーザーに正対して〝いつものアレ〟を叫ぼうと指を三本立てた時だった。
後ろから髪を掴まれ引っ張られる。
視界に地面が広がった。
片足を引き摺っているのが見えた。
(昨日のチェックシャツの人!?いたい!レイシーになっちゃう!)
地面を向いて進行方向に足をしゃかしゃか動かす。
視界に足が増えた。
人混みの中を通っている。
ブーイングの嵐。
困惑する声も聞こえる。
怒り狂っているのは本日の挑戦希望者だろうか。
誰かに頭付近をはたかれると背中、お尻にいくつもの衝撃が続く。
たまに腹を蹴り上げようとしてくる人間、足を引っ掛けようとする人間もいた。
振り払い、時にはジャンプで避ける。
忙しかった。
(ミトハロ配達業のはぐれ者達~!さすがです!)
意味不明な状況にハイになる。
ドン、ドンド、ドンドア。
男はそう叫ばれながら罵詈雑言の中ナギを引っ張った。
「ウォッチ!」
男は集団から抜けると大声でそう叫んだ。
*
集会をしていたスペースから離れた廃屋の裏。
木箱がいくつか並んでいた。
ドンと呼ばれていた男は厚手の布を地面に投げ置いた。
地面に衝突する時に小さい正方形の布がさらに二枚散らばる。
何かに布が巻き付けられているのだろうか。
音は布のそれではなかった。
輪っかがついていた。
「おまえこれ着けろ。」
ドンがお団子頭のギャルに言い放つ。
「なんで私が!?あんたがこいつ見るならゲートしないとなんだけど!」
前傾姿勢で眉間に皺を寄せたギャルが声を張る。
ドンは黙って木箱に腰かけた。
ため息をついて廃屋の正面に回ろうとするウォッチ。
訝しげな目でお団子頭を追うナギ。
「エヴィ!」
両腕を地面と平行に広げて気持ちよさそうに滑っている女を呼び止めた。
避けるのが上手な女だ。
何やら二人で話している。
地面に転がった何かの道具に視線を落とすナギ。
(なんですかねこれは。)
ややハイが残る。
その内ウォッチが叫んだ。
「おい!今日の千五百!全部吐き出せよ!」
ウォッチに視線を戻す。
道具を見た感じカツアゲではなさそうだ。
顔の周りに両腕で大きな丸を作って向けた。
エヴィの弾けた声が聞こえてきた。
飛び跳ねている。
ナギ達の来た道を猛スピードで戻っていった。
(シューズ履いたまま飛び跳ねるってすごくない…?よくバランスとれるなあ。)
ウォッチが手を差し出しながら近づいてきた。
(握手したらぶっ殺されるでしょうね。)
大人しく千五百エンテを渡すナギ。
「おまえ、利き足どっち?」
ウォッチが聞いてくる。
あうあうしていると甲高い怒気を孕んだ声。
「おまえそんな事もわかんないで喧嘩してんの!?」
あうあうを継続する。
「多分右足…。」
膝をついて燃えていた師匠を思い出す。
弱ってる相手にぶち込みたくなるのは右足だったのでそう答えた。
ため息ながらに厚手の布を左の太腿に巻き付けるウォッチ。
正方形の小さいものは両手につけている。
片方はドンに付けてもらっていた。
(何やるのかわかってきました…。)
「で?これからどうすんの?」
道具を付けてナギの目の前に立つウォッチ。
掌を空に向けてドンに聞く。
「ずっと蹴ろ。ブーツは脱げ。ウォッチは受けろ。」
端的に告げられた。
「だってさ。はい、どうぞ。」
舌打ちをつくと左足を前に出して構えるウォッチ。
樽輪バトルの時よりも体は開いていた。
「ここね。ここ。他、蹴るなよ。」
腿の横から裏にかけて厚く巻き付けられた布を手で叩くギャル。
掌に付けられた正方形と衝突し埃が舞った。
無言で一度蹴るとウォッチが掌についた布で頭をはたいてきた。
「あのさ、そんな弱いの練習にならないから。もっと本気で。付き合ってやってんだから。」
「えっいいの?痛くないの?」
「そのためにこれ付けてんだよ。いいから。はい。」
腿を出すウォッチ。
ドンは黙って二人を見ていた。
(練習してくれてんのかなこれ。でもなんで?あれ痛くないのかな。僕はちょっと痛かったんだけど。布の中に板の棒ない??何あれ。本気って言われてもな…どうしよう…。別に恨みもないし…。)
考えている最中、ギャルの金髪お団子頭が視界に入る。
閃きナギ。
(いたいたいたいた!今一番のストレスの原因!僕最近あんまり眠れてないんだよ!初めてだよ寝つきが悪いとか!しかもなんで僕グローブKに殴り込みきてんのさ!毎日帰れるかすら危ういんだぞ!あいつのせいだ!全てアイツのせい!イライラしてきたああ!)
ウォッチの顔が徐々にリサに変化した。
顔の温度が上がり息が少し荒くなる。
無事、胸がむかついてきた。
大きく息を吐く。
「いきます!」
リサを見据えて叫ぶ。
足に力を入れるお団子金髪ギャル。
「しね!」
叫びながら右足をぶん回す。
リサの腿に当たる。
(きんもちいいいいいいです!)
素足なので自分も結構痛いが中々いいのが入った。
恍惚とした表情で自分の右足の安否を確認していると顔面に衝撃が走った。
よろけながら視線を向ける。
お団子頭のギャルの顔はリサからウォッチに戻っていた。
「おまえさ!練習してもらってる相手に死ねとか言ってんじゃねえよ!むかつくんだよ!」
目を剥いている。
手でナギを何回か指した。
(いや…本気でって言いましたよね…僕の今の本気はそれくらいイライラしてるんですよ…。心が伴って本気ですよね?っていうか僕こんな事、頼んでませんよ!)
不服ナギ。
あまりの気持ち良さにハイだった。
敵の本拠地なので絶対に口には出さない。
「おい、死ねはやめろ。そういう事言うな。」
感情のない声。
チェックシャツのドンにも怒られた。
「本当にすいません!それ以外でいきます!」
「無言でやれよ!」
食い気味にウォッチが言った。
樽輪バトルの際、お団子ギャルが息を吐いて拳を振っていたのを思い出した。
マネをして蹴る瞬間息を吐く。
ひたすら蹴り続けていた。
途中、ウォッチの顔が再びリサに変わってしまい〝ぼけ…〟〝あほ…〟と蹴る瞬間に漏れてしまった。
すかさずウォッチから反撃が来た。
反撃も避けろとドンに言われ、ナギのストレスは公認となったのだった。
しばらく振り続けると休憩となった。
後ろに手をつき荒い息で足を広げて座る。
右足に回復をかける。
「黙ってないでフォームとか教えてやれば?めちゃくちゃじゃん。」
木箱に座ったウォッチがドンに尋ねる。
「おまえやれ。金もらってんだろ。」
はあ?と食い気味の甲高い声が続く。
声の高さがリサと一致した気がして目つきが鋭くなるナギ。
奥歯を噛み締める。
廃屋を見ながらガルルした。
横から舌打ちが聞こえる。
「おい、ほら。」
ウォッチがナギを見て自分の腿に巻いている布を叩く。
(再開だ!)
気合を入れた返事をして起立するストレス少年。
即座に構える。
「回復だって!おまえがしろよ!」
鋭い目つきで呆れ顔のウォッチ。
ああはいはいすいませんと回復をする。
通りすがる人が何事かというようにちらちらと見ているのが目に入った。
*
意外にもウォッチは丁寧に教えてくれた。
掌の道具を外し、自分がやって見せる。
いきなり打ち込みに行かず大体を理解するまでポイントを教えてくれたのだ。
打った後の事までかなり細かく指導してくれた。
全ての把握は難しかったが打った後の事なんてドンと対決するまで意識もしてなかったナギは新鮮だった。
その後の打ち込みでたまに若干歪むウォッチの顔に気づく。
リサの顔に変換すると胸がスッとした。
日が傾いてきたのでドンとウォッチに丁寧にお辞儀ナギ。
帰宅する事にする。
例によって歓楽街まで見送りに来てくれるらしい。
(たぶん監視でしょこれ。)
滑っているウォッチに質問する。
「ねえあの男の人なんて言うの?ドンドア?」
「ドンドラ。」
ぶっきらぼうに言い放つウォッチ。
(あ、〝ラ〟ね。了解しました!)
「おまえ明日も来るの?」
「わかんないけど、たぶん。」
「じゃあ二千。エヴィが私の代わりにゲート見てて。私と分けてるから。ツースプで。」
「ツースプ?」
「半!々!」
声が大きくなった。
ゲートとは入口の雑木林の事だろうか。
明日もやってくれるらしいが値段が吊り上がる。
「ウォッチ…僕そんなにお金に余裕あるわけじゃないんだ…。ごめん。」
少し口調をドーゲンに寄せる。
ウォッチは舌打ちした。
「じゃあいいよ、千五百で。」
(自己顕示欲ムンッムン!)
明らかに使い方は間違えているだろうとナギは思ったが、語感がいいので想起した。
雑木林から歓楽街に景色が変わる辺りで、上から明るい声がした。
「よわよわのザコのお帰りだね!ママの所に早く帰りな!たくさん慰めてもらって!きっしょ!」
「エヴィ!ウォッチ!今日ありがとね!またね!」
ナギは二人に笑顔で手を振って走り出す。
「エヴィって呼ぶな!」
背中からそう聞こえた。
歓楽街は帰り道も通常営業だった。
リサのような虚ろな瞳をした人間を何人か見かける。
行商人の数が増えた気がする。
いつも声をかけてくる行商人の扱う果物が〝パインパイン〟から〝メロンメロン〟になっていた。
(ミトハロって色んな果物あるんだな。)
軽快に断ると、怪しさ満点の歓楽街を猛ダッシュで通り過ぎる。
リサは、その日も帰って来なかった。




