第43話/初めてのストリートファイト(2)/Limited_NAGI
「僕に殴り合いでまいった!と言わせれば五〇〇エンテー!武器なし魔法なしー!今日も三回!」
高く昇った太陽に向けて、三本の指が立てられた少年の手が高々と翳される。
昨晩、衣服についた血飛沫がキューとドワンに見つかった。
出かけしなにドワンに危険な場所に行くなと念を押されたばかりだった。
本日はミトハロ到着から二十五日目。
アネット出発から十一日目。
(キュー!ドワン!心配してくれてありがとう!でも今はこれしかない!)
盛り上がる集団の中でウォッチが呆れた顔をしているのが見えた。
タリフは見かけていない。
「僕に殴り合いでまいった!と言わせれば五〇〇エンテー!誰もいないんでs―――――」
横からブーザーが突っ込んできていた。
タックルで押し倒されて馬乗りで殴られまくった。
洗礼を再び受けた一戦目。
睨みつけながらタンクトップムキムキ男に五〇〇エンテを支払う。
(今に覚えてろよブーザー!)
卑怯なブーザー、張り合いの無いナギ。
どちらに向けられたのかわからないブーイングの嵐。
(勇者の剣を再封印した時の方がすごかったよ!)
臆さず叫ぶ少年。
「僕に殴り合いでまいった!と言わせれば五〇〇エンテー!武器なし魔法なしー!」
前後左右を警戒していると坊主頭の男が手を挙げた。
どよめきが轟音となる。
昨日、尋問を受けた時にいた男だ。
アブロスと呼ばれているのが耳に入った。
二十代前半くらいだろうか。
半袖にズボン、ブーツ。
動きやすそうな服装。
掌には布が巻かれている。
(坊主の人ってなんか年齢わかりにくいんですよね!)
レイシーを想像した。
新しい挑戦者にハイになりかけるナギ。
ウォッチの構えの真似をする。
「俺には先に金渡さないの?勝てるって事?」
低い声。
不機嫌そうだ。
ああすんませんと渡しに行くと低い蹴りが飛んで来た。
足を後ろに滑らして避けるナギ。
地面がただの土だったら当たっていた。
砂に助けられる。
(めんどくさ!リサ状態だこの人!)
聞いたら怒る、聞かなかったら宿の契約を残したまま意味不明に失踪する。
そういうよくわからない素直じゃない状態。
〝とにかく逆〟。
中途半端な拒絶状態を〝リサ状態〟と少年は揶揄していた。
特に線引きせず、むかついたらリサ状態と称するくらい少年は苛立っていた。
何かの事件に巻き込まれてしまってリサに万が一の事があったら毎日祈ってあげようと適当に開き直っていた。
アブロスと呼ばれていた男は慎重だった。
距離をじわじわと詰める。
間合いに入ると腿や膝裏を狙った低い蹴りからの拳。
リズムよく飛んでくる。
膝裏に入ると痺れるように痛い。
速かった。
蹴りを嫌がって追いつめられると周囲の人間に背中をどつかれて中央に戻ってしまう。
(昨日のブーザーの方がやりやすかったような…。)
成す術がなかった。
左足が痺れてきた。
(ジリ貧!なんかしようなんか!目標は五百エンテで〝三つなんかに気づく事〟!)
ギリギリまで近づいてアブロスが蹴る瞬間に一気に間合いを詰める。
鳩尾目掛けて拳を突き出すが正面から顔面に一発。
なぜか横から二発。
気づくと目の前からアブロスが消えており死角から打撃が飛んでくるといった大惨事であった。
結局腿が痺れて片足でぴょんぴょん跳ねている所に倒れるまで殴られた。
倒れるとすぐにまいったした。
アブロスはノーダメージ。
回復をしながら潔く五〇〇エンテを渡す。
目は合わなかったがアブロスは握手をしてくれた。
*
三戦目。
ショートボブ寄りの濃い茶髪。
ハーフアップの女が元気よく手を挙げた。
掌に布を巻いている。
軽そうな足首までの靴。
ウォッチと同様にタイツのような黒い脚衣の上から短パンを穿いている。
長袖を肘まで捲っていた。
近づいてくると身長がそんなに変わらない事に気づく。
何故か大歓声。
「ねぇ、殴り合いだけでもい?当てていいのは拳だけ!蹴りなし!掴むのとかタックルなし!もちろん寝技なし!きもいから!」
回復しながら応じるナギ。
腿の痛みが中々引かない。
「じゃあおいで~。いつでもいいよ。」
ハーフアップの女が拳を前に構え前傾姿勢になる。
痛みが引いてないがなりふり構わず突っ込むナギ。
拳を振り回すが全然当たらない。
女の体はウォッチのように動く。
体が綺麗に連動して一斉に動いたと思ったら、上半身と下半身がそれぞれ別々の動きをしている時もあった。
突き出された拳を避けれたと思うとすでに女は遠い。
正面にいたかと思うと横に回り込まれている。
周囲の人間を背にさせ追い詰めたと思ったら顔面に一発入れられてる間に回り込まれていた。
(なんで当たんないんだろ。)
当たらなさ過ぎて逆に冷静になる。
大歓声がクリアに聞こえた。
ナギへの罵声。
女の手数は少ない。
様子を見ていると話しかけてくる。
「疲れちゃった?ザコすぎない?旅してんでしょ?こんな弱いのにできんだね。お金もったいな。」
引き笑いしながら声を張る女と目が合った。
ナギは違和感を抱く。
挑発に乗るどころではない。
(あれ?今までって目が合ってなかったっけ?)
その後適当にウォッチの真似をして打ち込んでみるがやはり当たらない。
女が頭を小刻みに動かしているのもあるが、目が合わない。
リサのような虚ろな表情でもなかった。
鋭い目つきでナギの顔を見られているようだが目が合ってない。
右の拳を突き出そうとするが間合いが足りず途中で止める。
女が反応していたのが見えた。
(殴る瞬間にもうバレてるんじゃ…。)
当たらなさ過ぎて思考が回る。
何かを確認するようにフォームを大小試していた。
いつ反応していて何を見られているのかがわからなかった。
アブロスにやられたコンパクトな右拳を見様見真似で二回放つ。
拳の外側にふらりと女が避けた。
左拳を振りながら体を回転させて距離を詰める。
体が開いて丸出しになったナギの顎に女の左フックが綺麗に刺さった。
視界がぐらつき尻もちをつく。
上から振り下ろされた拳が顔面に当たり一瞬視界が暗くなったのでギブアップした。
敵地のど真ん中で意識を失うわけにはいかなかった。
目の前に迫っていた拳がピタリと止まる。
(僕は普段、相手のどこを見てるっけ?)
ぼんやりとした意識の中考える。
敗北とは思えない、何かを指導されている錯覚すらする一戦だった。
グローブ・Kが指導なんぞするわけない。
ナギなんぞさっさと倒して五〇〇エンテを颯爽とゲットすればいいものを。
散々時間をかけられたのが気になった。
ルントの顔が浮かぶ。
(自己顕示欲…ムンムン?)
考え事をしながら座っていると女が手を伸ばしてきた。
御礼を言って掴もうとすると素早く手を引く女。
「は?違うから。お!か!ね!」
再びナギに差し出した手をリズム良く上下させ、女は声を張った。
口角を片方だけ持ち上げた引きつった表情が見えた。
「ああ、ごめん。ありがとう。」
立ち上がって五〇〇エンテを渡す。
触られたくないのだろうと握手は求めなかった。
細目の暗い表情で、きもっと言い捨てて女はスキップしている。
どいてどいてと言う女に道を作るように集団が動いたのが見えた。
呆然と女の後姿を見るナギ。
ゴミが目の前に飛んでくる。
目を開いてはっとした。
回復しながら叫ぶ。
「今日終わり!今日終わりです!ほんとごめん!ごめんって!投げないで!」
ブーイングと共に放物線を描き次々と向かってくるゴミ、木のコップ。小石。
(気持ちはわかる!すんごいわかる!僕もフルーツ串買ってフルーツ刺さってなかったら怒るもんね!でもこの状況はまずい!)
今日は喧嘩らしい喧嘩が出来ていない。
まともに攻撃を当てていないのだ。
相手が丁寧に強すぎて闘争心を出す暇もハイになる瞬間もなかった。
これはまずいと演じるナギ。
囲まれるのは容易。
それを解散させるのが難しい。
少年は〝さっちゃん〟に絡まれた経験からそう思っていた。
「悔しい!ほんっっとうに悔しい!負けた!今日はなんも出来なかった!悔しすぎ!」
膝をつき地面を殴る。
思ってもない敗者の嘆きを演じた。
「昨日もだろ!」
笑いが混じった怒号が飛ぶ。
段々と投げ込まれていくものと罵声が減ってきた時だった。
「無料でいい。俺やる。エヴィと同じルールでいい。」
男の声が聞こえた。
ボリュームが多い黒髪。
前髪が長い。
目までかかっているように見えた。
目は見えているのだろうか。
チェックのシャツ。
エヴィとは先ほどの女の事だろう。
願ったり叶ったりナギ。
「無料でいいの!?やるやる!お願いします!まいったって僕が言ったら終わりね!」
歓声が起きる。
体格はがっちりしているが少し細い印象。
肩幅がけっこうある。
脱いだら凄そうだ。
男は片足をかばって歩いているようだった。
(怪我してるの?)
「ハンデやる。おまえが三発殴ったら俺から一発。」
無機質な声で男が言った。
(なにそれ。ま、いっか。)
両手を顔の前に構えるチェックシャツの男。
掌に布は巻いていなかった。
もちろん身長はナギよりも高い。
顔は狙えなさそうだ。
三発殴るまでは殴られないとの事なので突っ込んだ。
間合いに入った瞬間に腹に拳を突き立てると手の甲をはたかれる。
拳を受けるのではなく触れて軌道だけをずらす。
そんな動きだった。
勢い余った体だけが男に衝突する。
両手で押されて距離ができた。
ウォッチがしていたように脇を締め、肘を畳む。
鎖骨あたりを目掛けて右拳を出すとまたはたかれる。
次は脇腹。
ナギの左の拳が当たったかと思うと男の左拳が顎に当たっていた。
驚いて衝撃のまま後ろに数歩たじろいだ。
膝が笑う。
(当たるの早すぎない?)
再び間合いに入ってポカポカ殴る。
三発目を打った瞬間に体のどこかに男の拳が当たっていた。
痛みはあるが今までで一番弱い力。
足の怪我のせいだと思っていたが何かおかしい。
速いのに弱い。
ここが空いてるぞと言わんばかりの適度な強さ。
(自己顕示欲ありがとうございます!)
ならば反撃は怖くないと大振りナギ。
三発目を打った途端に息が止まった。
膝から崩れ落ちる。
接近されないよう翳す手は気休めにもなっていない。
先ほどのような適度な強さではない。
体の中身が全部どっかに飛んでったようだった。
ブローチに〝つかまれ〟ながら殴られた感触を思い出す。
さすがに魔女よりかは弱いが腹にある臓器が固まったような感覚。
息ができない。
のたうちまわる。
追撃はない。
男の足が見えた。
誰かが腕と肩を持ち無理やり起こしてきた。
まだやれという事だろう。
ナギもそのつもりだ。
足を引き摺っている男がじわじわと近づいてくる。
息を整えたい。
大きく息をしようとするが肺が反応しない。
体が重くなる。
できる限り距離を取るナギ。
退路を断つようにジグザグに迫る男。
簡単に周囲の人間を背負ってしまった。
これ以上下がるとギャラリーからの攻撃が待っている。
酸素が少し入る。
さらに脇を締めた。
肘をこれでもかと畳む。
出来る限り顎とあばら骨を守る姿勢。
脇腹が腕で隠れないのが怖かった。
目の前の男が間合いに入り止まる。
(そういえば僕が三発殴るまではこの人、攻撃して来ないじゃん。)
ラッキー!と横に逸れようと重い足を動かす。
進行方向に体と腕を入れてくる男。
足同士が衝突して距離が縮まるだけだった。
男は足を怪我しているのだから強引にダッシュすれば脱出できる。
しかしそれでは意味がないと思い留まった。
相手がコロンだったら掴まれて終わりなのだ。
一瞬で距離を詰めてくる〝例の存在〟然り。
一、二歩下がるチェックのシャツの男。
遠くからナギへの野次が聞こえて思考が具体性を帯びた。
(この距離に向き合わないと!息が出来なくなるの怖くて逃げる事ばっかり考えてた!)
拳を顎の前に出し男の顔を見据える。
静かで暗い目が髪の向こうに見えた。
ナギはどこかでこの目を見た事がある。
(リサじゃない。誰だっけな。っていうか手!出さないと!)
右拳を出すとはたかれて軌道をずらされる。
左拳で脇腹を狙うが男の二の腕にあたる。
いなされなかったのでつい右拳を出してしまった。
(あっこれ三発目!)
相手に触れたと同時にすぐに右拳を引いて顔の前に両腕を出す。
残念でしたと言われているような左の脇腹への弱い衝撃。
(目瞑っちゃってた!)
「おい!見えねえよ!」
チェックシャツ男の後ろの方からツッコみのような大声。
タリフにされたように首を両腕で掴まれたかと思うとぐるんと回転し後ろに投げられた。
膝蹴りが来るかと思いひやっとした。
中央に飛ばされるナギ。
自分から距離を詰める。
右拳を突き出すと弾かれながら流される。
顔の前に手を出してきた。
チェックシャツの男はナギの顔の前に出した手をふわふわ動かしている。
(じゃま!)
イライラナギ。
(アネットもたまにやってたけどさ。はたかれ続けるとむかつくんだよね。どうやってんの?)
左拳を一瞬動かすと男の右手がぴくりと動いた。
(お)
その後も左右の拳をぴくぴくとさせると男の掌が反応した。
戦慄ナギ。
(このタイミングから反応されてるの!?)
全然当たらなかったエヴィという女性もそうだ。
頭を小刻みに動かしていた。
何かに反応していた。
(この人達どこ見てるの?)
左右の拳を細かく動かしながらチェックシャツの男の目を見る。
前髪で見にくいが目を見られているようで目が合わない。
右手を二回細かく動かすと同時に間合いを詰める。
流れるように左拳を出すと、今までのようには弾かれなかった。
そのまま視界が暗転した。
*
瞬きで小刻みに昇降する黒い幕の向こうに空が広がっていた。
焦って起き上がる。
目の前の木箱にチェックシャツの男、ウォッチが座っていた。
何かを話していたが起きたナギを見て黙る二人。
男が口を開いた。
「頭打ってる、今日と明日は休め。」
ナギは無言で体を見回して頭、胸、足の順に回復魔法を発声する。
「なんでおまえ魔法使わないの?」
ウォッチの声。
「僕、魔力弱いから。」
適当に言っておいた。
「ふーん。」
ふと目をやるとウォッチは木箱の上で上半身を前後に動かしていた。
「ウォッチ。」
男が雑木林を指差した。
頷くウォッチ。
「じゃ、お子ちゃまは帰りな。」
言われながら立ち上がるように促される。
ゆっくり滑るウォッチについていく。
周囲にいた人間だろうか。
またなと面白がる声が聞こえた。
ナギは会釈した。
まだ日は高かった。
歓楽街に差し掛かるとウォッチと別れ、その日はアエスと話して帰った。
リサはその日も帰って来なかった。




