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第41話/狂犬リサ/RISA



ミトハロ到着から十九日目、ドミヌスハウス。

普段は閑散としてる三階の広い部屋に入ると、何人かの人が見えた。

けっこう多い。

八人くらい?

突然の老人の叫び声。


「挨拶せい!」


直後に野太い声を一斉に浴びる。

立ち止まっちゃった。

目を合わせないようにする。

漠然と声の方を向いて会釈した。


壁際を通って隅のテーブルまで行く。

荷物がたくさんある。

なんで座らないのに荷物が占拠してるわけ?


「あの!これ邪魔なんですけど!」


そう叫ぶと再び野太い声でまばらに謝罪が飛んできた。

何人かの男がダッシュしてきてテーブルの上の荷物を壁際にどかす。

その後あたしの前に来てお辞儀をされたので会釈する。


広い室内はまだがらんとしてるけど、男達を前に張り切ってるドーゲンが見えた。

入会した人っぽい。

一人女の人もいる?

どうでもいい。


あたしは背もたれを深く使って座る。

足をつま先の辺りで組んでテーブルの下に投げ出すように伸ばした。

テーブルに積んどいた本を目で上下させて今日の暇潰しのお供を選ぶ。

ゲシュタリーゼは言ってる事わかんなさすぎてダメ。

書き方がむかつくし。


〝トマト太郎〟が目に飛び込んできた。


これにしよ。

トマトから産まれた少女のトマト太郎が役に立たない能力に目覚めた中高年を駆使して高みの見物で悪に立ち向かっていく話。

群像劇。

ちゃんと読んだ事ないから良い機会。

いろんなシリーズが出てるよねこれ。

メロンヒールとかアップルパイ男爵、実は敵だったオレンジ姫のあたりで読むの辞めちゃったんだよね。


メロンヒールの迷路攻撃はドキドキしたけど、オレンジ姫の超洗脳攻撃で萎えて辞めちゃった。

一気に敵キャラ出し過ぎで読むの疲れるのよ。

あたしなんでこんな事してんだろ。

何しに来てるんだろ。

目次を見ていると近づいてくるドーゲンが視界の端に見えた。


「ほほほ。リサちゃん効果で入会者増えたよ、ほほほ。」


「そう。よかったね。」


ドーゲンを見て適当に返す。


「リサちゃんもやる?スロウスパー。有名人がやるとまた増えるかも。」


あたし有名なの?

なんか乗り気がしない。


「今日はいいや。やりたくなったら声かけるよ。」


ノリノリの老人はほほほと笑って去っていった。

あたし何しに来たんだっけ。

野太い声が時折聞こえる中でページを読み進める。


本の導入部分が終わった頃、二つのブーツの足音が遠くから聞こえてきた。

あたしの近くまで来るとカラフルなシューズをそれぞれ床に置いてるのが視界の向こうに映る。

多分エーテルシューズだ。


二人の男女が椅子に座ってきた。

あたしは特に視線を上げず本を読む。


「あなたがリサ?」


低めの女性の声。

顔を上げると目の前に青い髪のショートカットの女、左側に黒髪の男が座ってる。

二人から様子を窺うような視線。


「そうだけど。」


何?


「コロンをやったのってほんとに君なの?」


男が淡々と聞いてきた。


「向こうから突っかかってきただけ。」


あたしは感情ない声で返す。

報復だろうかと少し身構える。


「ナイス!」


男があたしの左手を両手で握ってきた。

表情を変えずに繋がれた手と男の顔を交互に見る。

指輪がたくさん見えた。

口元に薄く笑みを浮かべ、瞳を輝かせている。

右手の親指を栞みたいにして持ってた本が閉じた。


「シェア、辞めなさいよ。その子本読んでんじゃん。」


「ごめんごめん。ついね。あいつうざかったから。ネリもそうでしょ?」


男は手を離すと女に弁解していた。


「これから有名になるね〜。狂犬リサ。」


男があたしの名を呼んだ。


「狂犬?」


なにそれ。

あたしは開きかけた本を置く。


「不本意かもしれないけど、仕方ないね。コロンやっちゃったんだから。」


ネリと呼ばれた女が少し笑いながら言う。

続けてあたしに聞いた。


「あなた、ドミヌスじゃないって噂で聞いたけど、これからドミヌス入るの?」


「そのつもりはないよ。あそこにいるドーゲンと、あとサファと知り合ってスロウスパーやりに来ただけ。」


ドーゲンを顎でしゃくる。


「ふーん。じゃあ道場生だ。」


「違うよ。道場にも入ってない。」


あっけにとられた表情で二人は顔を見合わせた。


「まあでもここにいたら挑戦者とか入門者わらわら増えるだろうね。かなり有名になってるよ。コロン一派が騒いでる。」


機嫌がよさそうな手振りでゆっくり瞬きをしながら話す男。

一派?

察したかのように女が口を開いた。


「コロンとシオン。派閥があるのよ。私達はシオン派。ハウスの火元だとか、管理系が多いかな?もちろん配達にも出るわよ。」


「コロンは配達が多いね。外のイザコザとかにも首突っ込んでるみたいな感じ。お察しの通り武闘派。」


男が口を挟む。

あちらこちらから情報が飛んできて視線が忙しい。

本読ませてほしいんだけど。


「考え方の問題だから組織内でやり合ってるわけじゃないんだけど、偶にめんどくさかったのよね。ドミヌスって言ったら武闘派みたいなイメージで見られる事多いから。」


女が言った。


「仲間割れって基本禁止だけど、シオンもわかってて止めなかったよね。」


男は女を見て悪戯に笑って言う。

少し笑って頷く女。


「あなた、いつまでここにいるの?」


女が聞いてきた。


「わかんない。」


あたしは返す。


「最近さ、北の方で怪しい動きがあるのよ。ウチの人間がやられてて、調査チームが何隊か行ってる。」


「おい!いいのかよ話しちゃって!」


男の慌てる声。

あたしは女を見た。


「いずれ街中に回るわよ。これ話さないでどうやってこの子に伝えるの?じゃあシェアが話しなさいよ。」


冷静な女の口調に黙る男。


「殺し方が残酷過ぎて殺人鬼って言われてるけど、もしかしたら魔女?魔王?魔物なんじゃないかって話もある。面白いわよね。」


「魔女はさすがにないでしょ。御伽話でも最後に聞いたのいつか思い出せないよ。」


男は嘲笑っている。

あたしはなるべく表情を変えずに二人を見る。


「でもほぼ全員の頭潰すとかまともな人間のやる事じゃないでしょ。あなた、出来てもやる?その可能性もあるって事よ。」


女は片方の掌を上に向けて男を見て話す。


「特徴とかわかんないの?」


あたしは女を見て聞いた。

ブローチかもしれない。


「私たちは知らない。チームが揺れるから具体的な事は上の人も話さない。追跡中に関係者には明かされてると思うけど、まだ戻ってきてないからね。」


「ドミヌスのメンツもあるもんね。プライド高いから。ウチ。っていうかさっちゃんが。」


背もたれに大きく寄りかかりながら男が軽快に言った。

さっちゃん?

ああ、サファね。

男の足があたしとぶつかった。

あたしは座り直す。


「全部隠すのは無理よ。いつかは漏れるわよ。」


「シャース!!」


突然複数の男達の叫び声が男の後ろからした。

あたし達は体が跳ねた。

三人同時に声の方向を向く。

室内にいる男達が並んでこちらにお辞儀している。

ドーゲンが近寄ってきた。


「リサちゃん、この道場で神だから。礼儀は必要ね。ほほほ。」


あたしは神になった。

こいつがやらせたんだろう。

鼻から短く息が漏れた。

始まりと終わりにそれあたしにやるわけ?

余計な事言わないでほしいんだけど。

こちらに背を向けて入会者に何か話しているドーゲン。


「さすが狂犬リサね。あの人たちは子分ってとこ?あのおじいちゃんは誰かわかんないけど。まあこんな感じなのよ、ウチのチームって。強さが全てではないけれど強い事が重要なチーム。」


上品な感じの落ち着いた声。

あたしは女を見た。

女は腕組をした手をテーブルに乗せて少し身を乗り出してた。


「ドミヌスに入ってないのにリサ派ができるなんて相当だよ狂犬リサは。」


男から明るい視線を感じた。


「で、その強さがシオンの目に留まったってわけね。リサ、仕事受ける気ある?」


「仕事?」


眉を顰める。


「ノードの警備ね。いつもは交代制で一人なんだけど、北で起きた殺人の件で人を増やすらしいのよ。バシナリー広場に私達と一緒。さっちゃんは外回ってて忙しくしてるらしいけど落ち着いたらバシナリーに常駐するらしいわ。」


「狂犬がいれば安心だね。」


男が笑った。


「仕事って言いながらシオンの囲い込みよ。来て数日で一派ができかけてる女の子なんて仲間にしたいものね。あなた凄いわよ本当。私、強い人好きなの。」


女が腕組を崩すのが見えた。

顎を手のひらで支えていた女と目が合った。


「おまえ話し過ぎ!」


口を手で塞いで高笑いする女に焦る男。


「この子から仕掛けたわけじゃないなんて話せばわかるじゃない。どうせコロンから吹っかけて返り討ちにされたんでしょ。無様よね〜。熱心にトマト太郎読んでる女の子がチームの乗っ取りとか派閥争いに興味あると思う?」


「いやわかんないでしょ。ほら、トマト太郎って群像劇だし。頭の中で想定っていうか、練習してんのかもよ。」


「トマト太郎読んで組織纏められるならこの世はみんなさっちゃんよ。」


あたしは少し噴き出した。


「面白いよね。それ。」


女は少し笑って本を指差してきた。


「うん。あたしちゃんと読んだ事なくて。」


「ノードの警備って言っても暇だろうし、私もなんか物置から持ってこようかしら。」


女は積まれた本を眺めていた。


〝カイバ・ネリュー〟


女はウインクしてそう言った。



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