表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/78

第40話/嘘と自己顕示欲/Limited_NAGI



ミトハロ二十三日目の朝はダガヤ・クルーで迎えた。

目が覚めるとナギは床で寝ており、ベッドには何故かパルとマークが寝ていた。

落とされたのだろう。


自分の着ていた洋服が近くにあった。

太腿の部分に血の跡がべっとりと付いている。

着替えて一階に行くとレイシーがキッチンを向いて料理をしていた。

背の高い椅子に座りながら挨拶する。


「おはよう。レイシー。」


「おう。体、大丈夫か?」


レイシーが体をナギに向けた。


「うん。ありがとう。」


フロアには誰もいない。

パルとマークの声が響かないフロアは不思議な感覚だった。

今しかない。


「昨日、どうだったの?」


ナギには聞く権利があるのだ。

言い淀むスキンヘッド。


「保留。」


「保留!?どういう事!?」


「前向きな保留…。」


「前向きな保留!?どういう事!?」


全く理解できないナギ。


「なんかよ、タイミングが悪いとかなんとか。しばらく経ったらたぶん大丈夫とは言ってたんだよな。詳しいことは聞けなかった。」


「相談に乗ってくれた人に話していい?」


カウンターに飛び散っている血痕を見ながら聞いた。


「あたりまえだろ、御礼言っといてくれよ。」


レイシーはあっけらかんと言った。

とりあえずOKなのではないか。

ナギはそう考えた。

レイシーは煮え切らない様子だった、何か言いにくそうな事があるような。

複雑な表情をしながらキッチンの方を向いた。


前向きという事はおそらく大丈夫だろう。

全く根拠のない安堵感に身を委ねる。

ナギは作ってくれた目玉焼きをパンに挟んで頬張った。


「うんめぇ~。」


あまりの旨さに言葉が崩れた。

目を瞑りながら呟いた。

背を向けたレイシーが少し笑った気がした。


朝食を摂ると起きてきたパルとマークに御礼を言う。

泣きじゃくるパル。

マークから朝一のレイルを誘われるかと思ったが、意外にも精悍な顔つきで見つめられ御礼を言われるだけであった。

静かに朝食を摂っていた。


(二人とも怪我がなくて本当に良かった。)


自分の荷物を確認すると長い刀身のカランビットナイフが無くなっていた。

アイテムポーチは無事。

エーテルカードも奇跡的に盗られていない。

少し汚れたハイビスカスがカウンターの上にあった。

テーブルの上に広げた荷物の中身の確認が終わるとダガヤの人間に挨拶し、拠点を後にした。


(お金目当てじゃないのかな。あいつら何しに来たんだろう。)


そんな事を考えながらキューとドワンの元に帰宅した。

カウンターにはドワンが座っており、服に滲む太腿部分の血を見てかなり心配をされた。

嘘をつきたくなかったが配達業の件を伝えても良くないと思い、

何故か輩のケンカに巻き込まれてその辺で伸びてしまっていたと伝える。


キューが来るまで待つように言われた。

ズボンはかなり前の客の忘れ物を貸してもらえたのだった。

リサの部屋の前を通り過ぎながらその日も適当にノックをする。

自分の部屋に戻った。


ナギは反省をしていた。


(僕はミトハロに到着した時に本当に何もわかっていなかった。ダーガと話した時に、チーム同士で揉めてないって言ってた。でも実際にはなんかあればいつでも揉めます。って状況だったんだ。僕は都合の良いように考えた。自分が安心しやすいように。その後、パルから揉めてるって話を聞いた時もカツアゲ程度の話だと思っていた。いや、きっとそう思いたかったんだ。パルがどの程度を言ってたのかはわからないけれどあの時も都合のいいように解釈していた。楽な方に意味づけていたんだ。ミトハロの事情は複雑。なんとしてもリサと話さないと。でも、色々考えるとこの街にはもう関わらないとだめかも。関わらなくてよかったならラッキー程度に考えておかないと。〝準備〟しなくちゃ。揺らがないように。こんなに一人って怖いのか。こんなに心細いんだ。でもやらないと。)


大きく深呼吸をした。


(ミトハロに到着した時たしかに僕は軽率だった。でも、ブローチと会って死んだから。見えてるものや自分の事が徐々に変わっていって。その結果いろんな人とも話せたりしたんだ。知り合いも信じられないくらいたくさん増えた。怖い事も多いけど、死んじゃった時に色々考えなければ、多分そういう姿勢になれなくてアネットの部屋に行くなんてできなかったはずなんだ。たくさんアネットと話せたから今こうして色々考えられるんだ。知らない人と話すのだって前は億劫だったのに今は怖くない。だから悪い事ばかりではないはずだ。マイナスに考えすぎるのはやめよう。勇者の剣を抜いた後だってそうだ、なんとかして考えたら売却する事ができたじゃないか。余計な事を考えるのはやめよう。落ち込んでる暇なんてない。アネットから教えてもらった魔法に関する知識も一人で練習していると矛盾がたくさんあるんだ。そういうのを考えないといけない。僕はコロンにすら勝てなかった。だから落ち込んでる暇なんてないはずなんだ。)


思考が切り替わり、少しは建設的なものになった。

ナギはこれからの事や最悪のパターンを考える。


(もう一日も無駄にできないぞ。)


そう思い、少し考えた時、扉が鳴った。

ベッドから立ち上がる。

開けるとキューがいた。

抱きついてきたキューは泣いていた。

よかったよかったと背中をさすってくれた。

ミトハロに来た当初のナギであれば適当に大丈夫と答えていたかもしれない。

しかしレイシーやベゼフェリから事情を聞き〝治安が悪い〟という本当の意味を知った気がしたナギはとても嬉しかった。

しっかりとありがとうと御礼を伝える事が出来た。

治安の悪い場所には行かないよう、泣きながらキューは言っていた。

気を付けるとだけ少年は答えたのだった。

持ってきてくれた布やお湯で体を拭き、ナギは宿を出る。

中心街でズボンと肘までの裾のシャツを購入し、ルントの道具屋に向かう。


(洗う時にシャツ破くって、アネットは相当怪力なのかな。)


中心街でレイルしてる人間がいつもよりも少なかった。



店の前に着くと、ルントがしゃがんで作業をしていた。


「ルント、何してるの?」


「おおお!ナギ!会えてよかった~!俺からキューの所行こうかと思ってたんだよ!入れよ!」


扉が板で補強されていた。

塞いでいると言った方がいいかもしれない。

足元の方はこれからなのだろうか。

アネットと来店した時の礼を伝えながらしゃがんで店に入っていくルント。

ナギもそれに続く。

店はどこか商品の数が減っているように思えた。


「どうしたの?」


ナギは聞いた。


「ああ、ムルルクにちょっと行こうと思ってさ。いつミトハロに戻るかはわかんねーんだ。」


「ムルルク!?えっいつ!?」


「すぐだなあ。三日以内には発とうかなと思ってる。で、今日どうしたんだよ。」


ナギは言い淀む。

簡単に情報を売る人間だとルントに思われたくなかった。

なんと言おうか考える。



「ルント、ムルルクからきた大量の回復薬って仕入れた?」


「いや、全然。関わる気がなかったけど興味がないわけでもなかった。様子見してると他に出し抜かれるからちょっと悩んだな。こないだナギと話した時に絶対に関わんねーって決めた。ありがとな。助かったわ。その顔だとまたなんか知ったんだろ?」


笑いながら言った。

ツンツン頭が揺れる。


「よかった~。」


胸を撫でおろす。


「おいおい、俺を誰だと思ってんだよ。仕入れてたら売りつけてるっつーの。」


肩の力が抜ける。

ナギは素直に話す事にした。


「僕は情報を簡単に売る奴だってルントに思われたくないんだけど、ルントには良い思いをしてほしいから言うよ。」


「たすかる~。いいぜ~。」


ナギは昨日あった事をルントに話した。

ドミヌスと商人連盟が回復薬の件で押し掛けてきた事。

一緒にいた友達の髪を掴み、なぜか話し合いにはならなかった事。

レイシーとベゼフェリから聞いた事を話していると案の定ストップがかかった。


「もういいもういい。ありがとな。でもその後半の情報はぜーんぶ知ってるよ。」


「やっぱり。」


「大変だったな。とりあえず無事そうでよかったよ。まあ真っ黒だろうなあ。手出さなくてよかった~。自信着いたわ。都合良すぎんだよ。ムルルクもセグイドの息が相当かかってんだろ。キャンディとか回復薬とか偽証すんの相当やべーから。大追放。」


「そうなんだ。」


「ああ、説明めんどくせーからしないけど、表歩けない。」


「ふーん。」


「じゃあ、ナギの気概に応えて俺からもひとつ教えてやる。もうしばらく会えないし。」


胸が少し傷んだ。

そんな感情吹き飛ぶ言葉がルントの口から出た。



「この街に魔女が出たらしい。魔王かもしんねーな。」


咄嗟にブローチが浮かぶ。

ナギの眉がぴくりと動いた。


「殺人鬼って噂もあるらしい。街の北にあるレモメ街道…街道っつーかもう林道みたいな感じに荒れてるけど。

そこでドミヌスの奴らが頭吹っ飛ばされてんだってよ。あいつらやり合ってんだと。かなりの人数死んでる。やめときゃいいのにな。すげープライド高いよな~。これ、超シークレットの超有益情報ね。ドミヌスに所属してる奴らでも知らない人間多いから。」


雄弁に話す。


「ほんとだよルント。ありがとう。」


「いよいよ変わっちまったなあナギ。もっと驚けよ。」


乾いた笑いで言った。


「ムルルク行きはそれが関係してるの?」


「元々ムルルクかトゥオックへは行こうと思ってた。今回の殺人鬼の情報が決め手って感じだな。」


(グアポリを追いかけるのかな。)


「キューの事はいいの?」


「痛いとこ突くね~。悩んだよ~、悩んだ、俺にしてはすんごい悩んだの。すげー好きなんだよな~、でもあいつは兄貴と宿やってて、これからもやってくってのも聞いてるしな。気持ちを伝えりゃいいってもんじゃねーと思うから。かえって困らせたくもないんだわ。ま、まずは命優先だな。アネットさんにもよろしく伝えといてよ。」


ルントにしては張りがない声。

手が顎や頬、首に触れていた。

どこかせわしなかった。


「うん、伝えとく。ルント、全然関係ないんだけど聞きたい事があって。」


「どんと来いよ。今日店開けてねーからいくらでも付き合ってやる。」


「じこけんじよくって何?」


「自己顕示欲?なんで?」


意外そうな顔でナギを見るルント。


「ルントが前に僕に言ってたんだ。レイルしてる奴は自己顕示欲ムンッムンだな!って。ルントの言い方からなんとなくはわかるんだけどよくわからなくて。」


ナギはミトハロの人間を理解しようとしていた。

絡んできたさっちゃん、コロンのようなミトハロの人間とルントは明らかに違うと感じていた。

情報の扱い方、今回のムルルク出発。

彼はミトハロを冷静に利用しているように見えたのだ。

そういう人から見た情報、目線が欲しかった。


「おまえすげー覚えてんな。自己顕示欲ね~。」


ルントは少し顎を上げ視線を天井に向けた。

商品の整理漏れを確認するかのように棚に視線を這わせた後、ナギを見て口を開く。


「周りの人に〝すごいね〟って言ってほしい気持ちかな。」


眉を上げて話す。


「褒めてほしいの?なんで?」


疑問ナギ。


「自分に価値があるって感じてーのよ。人は誰でも自分が大事な存在だって思いてーの。」


「思えばいいじゃん。」


爆笑ルント。


「自分でそう思えてたら苦労しないんだなーこれが。」


ベゼフェリが浮かんだ。

笑いを落ち着けてルントが言葉を重ねた。


「自分に価値がないって認めたくない奴ほど自分に価値があるって感じたいものなのよ。」


白目ナギ。

それに気づくルント。


「ははは!わかったよ。じゃあ、おまえの好きな食べ物何?」


「この街では、白身の魚が好き。」


「いいね。うめーよな。ナギが料理人でさ、客に出してる自分の白身魚が世界一うまいはずだってお前が思いたいとしたら、確かめられるか?」


「確かめられるわけないじゃん。この世にある全部の白身魚なんて食べられるわけない。」


「そう、確かめられないんだ。そんな時だ。なんて他人に言ってもらったら嬉しい?」


「世界一うまい。」


「それでお前はどう思う?」


「とても嬉しいしこれからも頑張ろうって思うけど、世界一かはわからないよなって思う。でも世界一になりたいんだったら頑張るよ。」


「ま、そーだよな。でも自己顕示欲ムンムンの人間はそうは思わない。思えないんだ。」


首を傾げるナギ。


「世界一だ!って思っちゃうのよ。調子に乗るってやつだな、そのうち世界一だ!って意見以外は聞けなくなっちまう。それ以外の意見を聞くと怒り出す。認めたくねーから。」


傾げた首を戻して小さく頷く。


「もう自分の店の白身魚が世界一うまいと思わないと…言ってもらえないと?気が済まないの。狂っちゃう。これが自己顕示欲がデカくなり過ぎた状態だな。」


「なんか気持ち悪いね。」


ナギがそう言うとルントが目と口を大きく開いた。

声が大きくなった。


「おーっと!ナギ、それは違うぜ。人は多かれ少なかれそれを持ってる。じゃあよ…」


裏の小部屋に入るルント。

足早に戻ってくると回復サプリを五つカウンターの上に置いた。


「世界一うまくないと気が済まない暴走料理人ナギさん、このスパイスを砕いて白身魚にかけると世界一うまくなります。ぜひ買ってください。どうする?」


「買っちゃう…。買わずにはいられない…。」


口が半開きのままルントを見た。


「そういう事よ。でも、その自己顕示欲を言葉にする人間はほとんどいねー。だから商人は〝人を見る〟んだ。相手のしたい事を考えるっつーの?それを探すんだ。だからそういうのがなくなっちまったら俺は困る。もちろん自己顕示欲だけじゃない。それ以外にも考える事はあるからな。」


「かっこよ…。」


口が塞がらない。


「でも、落とし穴がある。」


声が少し低くなる。


「何?」


「人を見るなんて言っても確かめられないんだ。予想でしかない。」


「それはそう。」


「だから、俺自身が〝俺の観察が全て正しい〟って勘違いしちゃうと〝俺の仕入れた商品は全部売れるはずだ〟って考えちまう。そうなるとうまくいかなかった時に〝俺〟以外の理由を求めちまうのよ。

今度は俺の自己顕示欲がデカくなっちまう。頭ごなしに客が悪いとかって考え出すと終わりだな。

そん時は商人辞めようと思ってる。誰でも持ってるからな。これ。」


回復サプリを見ながらルントが言った。


「たしかにたしかにたしかに。じゃあどうしてんの?明らかに失敗したって思った時とか。」


小刻みに頷きながら質問する。


「キューにお土産買ってって慰めてもらう。あ、ドワンがいない時な。」


二人の爆笑で店が覆われた。


「まあそんなとこ、自己顕示欲教えて下さいなんて聞いても教えてくれるわけない…っていうか自分自身の自己顕示欲なんてわかんねー事の方が多い。だから相手の事を考え続けんのよ。でも相手のそれが自己顕示欲だなんて確かめる方法はねーから、自分のもデカくなんねーように気を付けないとな。こういう考え方、商人の醍醐味。おもしれーぞ。」


(なんでリサの話に似てるんだろう。)


「ちょっと話逸れちまったけど。レイルしてる奴ら全員が自己顕示欲の塊とは思ってない。黙って配達してるだけでじゅーぶん立派なのに、チームの小競り合いまでやっちまって、肩で風切って街を歩いてる一部の連中だな。」


ナギは細目で聞く。


「どんな自己顕示欲があると思う?」


「自分は支配される人間じゃないはずだ。支配する側のはずだ。かなあ。支配された人間には価値がないって勝手に思ってんじゃねえの?ほら、セグイド絡みで上の奴ほどそういうの感じる機会多そうだしよ。人間なんてすでにみんな恋の奴隷なのにな。」


ナギはよくわからなかったが笑って頷いた。

自己顕示欲の輪郭もクッキリしたわけではない。

よくわからない部分が多かった。

しかし、アネットの執着の話に似ている気がした。

ナギは聞き入ってしまった。

時折交える、おそらく本気で思っているだろうルントの冗談はいつも面白かった。


「こういうの考えるの、おもしれーだろ。商人やりたくなった?」


眉と口角を上げてルントが聞いた。


「うんうん。なった。」


拳を握りしめ短く叫ぶルント。

カウンターに手をついてナギに聞く。


「おまえは旅してるけど、なんかしたい事とかあんの?自己顕示欲とかそういうめんどくせー小難しい話は抜きにしてよ。」


ブローチから聞かれた問いが浮かぶ。

少し視線をカウンターにやったが穏やかな表情でルントを見るナギ。


「わかんない。」


少年は素直に答える事が出来た。


「見つかるといいな。」


ツンツン頭は少し笑ってそう言った。

小さく頷くナギ。


「ルント先生、もうひとつ聞きたい事が…。」


少し言い淀む。


「聞け聞け。」


「人を騙す方法ってどんなのがあるの?」


ルントの目が細くなる。


「違うんだよ!僕が人を騙したいわけじゃない!僕、この街に来て舐められる事とか見下される事が多いんだ。でもそれはこないだルントが言ってくれたみたいに警戒されないって事だから。そういうの利用して知りたい情報を集めるのに使いたいというか…。この街で詐欺にも遭遇しかけたから、逆に知っておきたいなって思って。相手を騙してお金を盗ろうとかそういうのは全然考えてないよ!」


少し考えこむツンツン頭。

ナギは売り場の通路から踏み台を持ってくる。


「嘘をついちゃいけないってよく言われるけど、なんでかわかるか?」


腕組しながら聞くルント。


「人に迷惑がかかるから?」


「間違っちゃいない、でも俺の見方は少し違うな。」


「詐欺とかは犯罪だから?」


「じゃあ犯罪にならない嘘はいいのかよ。」


沈黙ナギ。

カウンターに視線を漂わせる。

店の入口を封鎖するための木材に目をやりながらルントは話し出した。

口調に軽快さはなく、とてもゆっくりと落ち着いたものだった。


「嘘つくとさー、人ってどんどん一人になってくんだよな。」


ナギはルントの目をまっすぐ見た。


「嘘って自分しか知らない自分が増えんだよ。〝嘘をついてる自分〟って自分にしかわかんねーだろ?」


「うん。そうだね。」


「ひとつ嘘つくと、その嘘を覚えてるのは自分だけ。二つ三つって増やすと、今度は辻褄合わせしないといけねーしな。誰に何を言ったか覚えてなきゃなんねーし。そうやって本当の自分を知ってる奴が減っていくんだ。」


ナギの顔を見る。


「そうなってくと不思議と、人って人と繋がりたくなるんだよ。でも本当の事を話せなくなってるからまた嘘に頼る。本当の事を話すのが怖くなって嘘に頼っちまう。そうやってるうちに、どうやって本当に人と繋がってたかを忘れちまう。最後は自分に嘘ついて自分を見失う。それ悲惨だぜー、ナギ。」


少年は小さく頷いた。


「たくさんの人に囲まれてても、なんだか一人みたいな気分になんだよな。嘘って壁なんだよナギ。自分で勝手に積み上げる壁みてーなもんなの。」


ルントは後ろの棚に両手をついて天井を見上げた。

声のトーンが少し高くなる。


「まあ…嘘をつくなっつっても無理だよなー。俺だってつく。」


「どんな時につくの?」


「命を守る時と、誰かを守る時だな。」


ナギは胸がチクッとした。


「うん。」


カウンターを見ながら弱々しく頷いた。

ナギの顔を見てルントは微笑むと核心に切り込んだ。


「でも、綺麗事を言うつもりもねー。相手も騙してくる時あるもんな。今回のムルルクの件みたいによ、相手を信頼しきっても危ない。」


ナギはルントを見据えた。

力強い目つきだった。


「嘘は、ホントの中に紛れてるんだ。誰かと話した時にこの人は嘘つきか正直者か?なんて完璧に区切れるものって中々ないぜ。だから断片的な情報でも色んなルートから持っておく必要がある。ムルルクの回

復薬も全部が偽物ってわけじゃなかったと思うしな。」


以前聞いた話とふんわり繋がったナギ。


(だから細かい情報でも役に立つのか。)


「うん。連盟の人もそんな言い方だった気がする。」


「おう。今のこの会話で、なんか掴んでくれてる事を祈るわ。俺、おまえに嘘つきになってほしくねーもん。変わらないで居てくれよ~、ナギ~。」


おどけて見せるルント。

ナギは少し笑う。


「多分お前も色々考えてると思うから、嘘つくなとは言わねーけどよ。自分だけが得したい時につく嘘はなるべくやめといた方がいいぜ。本当に一人になっちまうと取り返しつかねーから。」


「うん、わかった。」


穏やかな声で言った。


「ナギ、これ。このサプリやるよ。全部持ってけ。」


カウンターの上にある五つの回復サプリをルントは顎でしゃくった。


「このサプリは本物?」


ナギは悪戯に笑って言う。

目を瞑り天井に顔を上げるルント。

口を大きく開けて半笑いで声を張った。


「ばかやろう!俺は商品が関わったときは嘘つかねーって決めてんだよ!誰かに俺を選んで欲しい時に俺は嘘はつかねー!」


「かっこよ…。でも本当にいいの?高価なのに。」


「いいから。その代わり、お前が旅をする先で俺を宣伝してくれ。ウエスタール大陸の南に〝アストゥート・ルント〟ってキレ者の商人がいるってよ。あいつはやべえぞってな感じで。」


ルントは得意げな顔で言う。


「うん、わかった。僕はルントの事、本当にやべえと思ってるよ。」


ナギは笑いながら回復サプリをポーチに入れた。


「とんでもなく大袈裟に宣伝してもいいぜ。本当にしてやるよ。」


「もし本当にできなかったら?」


「キューに慰めてもらう。」


二人は大笑いした。


「あ、そういえばよ。自己顕示欲うんぬんの話。俺はおまえにそういうの考えて売ってたわけじゃねーからな。キューからの紹介とはいえ、人としてのおまえは見るぜ?でもな、俺がおまえに売りてーから売ったんだ。勘違いすんなよ。俺は売りたくなかったら売らねー。ただ媚びて金が欲しいだけなら連盟入ってるぜ。」


落ち着いた声。

首の後ろを掻きながら少し笑ってルントは言った。


「ありがとう。」


他にもあるか聞かれたので首を横に振るナギ。


「おう、じゃあ、がんばれよ。つってもあと数日はミトハロいるけど。キューの所にも顔出すし。」


「うん、バンディアに気を付けてね。本当に色々教えてくれて有難う。」


ルントが手を差し出した。

迷わずその手を握るナギ。

二人はお互いの目を見て握手した。

外がやけに静かに感じたのだった。



早めに宿に戻るとキューとドワンの安心した表情が嬉しかった。

宿の手伝いをドワンに申し出たが今日はいらないと断られる。

一階に居たければいくらでも居ろと言ってくれたのは有難かった。

レイシーの件を報告すると〝前向きな保留〟についてキューとドワンが熱論を交わす。

ナギはそれをにこやかに聞いてリサの帰りを待っていた。


(ルントは何かを伝えたがっていたと思う。)


〝情報は集め過ぎず、必要な地点まで辿り着ける分だけいい〟というルントの教えを試されている気がした。

主観の鍔迫り合いに発展しそうなキューとドワンの恋愛熱論を横目でヒヤヒヤしながら、ルントの言っていた事を何度も何度も考えた。

アネットに引き続きルントとの別れはナギにとって耐えがたいものだった。

しかし考える事がたくさんあり、落ち込んでる暇がなかった。




リサはその日、帰ってこなかった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ