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第39話/初めての裏事情/Limited_NAGI



目を覚ますと、いつもとは違う寝心地の布が体に触れていた。

体を起こすと全く知らない壁。

左手に髪の感触。

見るとパルがベッドにもたれかかるように寝ていた。

横から聞き覚えのあるドスの利いた声。

顔を振り周囲を見渡す。

部屋の隅の椅子に座るレイシー、寝ているパル。

以前酔っぱらって絡んできたベゼフェリが扉の横の壁に立っていた。

臍は出していなかった。


「大丈夫?」


ベゼフェリが言う。

記憶が戻ってきたナギ。

頭がぼんやりした。

少しドスの利いた涙声が何か騒いでいるのが聞こえる。

ベゼフェリに応じる前に思い出したように体に片っ端から回復魔法をかける。

魔法は発動したが何故か痛みはなかった。


「怪我してるとこ、全部はわからなかったから、ジュース。四、五本頭からかけておいたよ。」


ベゼフェリが体重をかけている足を組み直して言った。

低い声だったが優しい声。


「あ…ありがとう。」


ベッドの布がもぞついている。

寝ているパルに視線を落とす。


太腿を刺された傷を思い出した。

焦って動かすが問題なさそうだった。

大きく息をする。

頭が働いてきた。


「荷物は!?」


レイシーの方を向きながら聞く。


「大丈夫だ!何も盗まれてねえ!盗まっれたけどよ!持ってっかれたのはダミーだ!だから安心しろ!」


泣きじゃくるレイシー。

話を聞きながら耳のピアスを数える。

増えていなかった。

結果を聞きたかったが言葉を飲み込んだ。


(ベゼフェリに話していないだろうな、豪華な服装でバレてるかもしれないけど。)


扉の方から女の声。


「あたしが来た時には物置部屋の前で気を失ってたアンタだけだった。太腿にヤバそうな傷。あとは両腕と何本か指が折れてた。動く?あたしも魔法使えるから言いな。」


念のため指だけ動かした。


「大丈夫。痛みはないよ。ジュース本当にありがとう。太腿思いっきり刺されてたから。」


肩でひとつ息をするベゼフェリ。

泣きじゃくりながら謝るレイシーに気にしないでと伝え、寝息を立てるパルを見るナギ。


「ねぇ、二人に聞きたい事があるんだけど。」


扉に立つ女に向いた少年の目つきは鋭く、力強かった。

パルとナギを交互に見ると、女は扉を顎でしゃくった。

御礼と謝罪を繰り返すレイシーの声が部屋に残る中、ナギはベッドから無言で降りる。

ベゼフェリがパルをベッドの上に丁寧に寝かせていた。



一階フロアの真ん中のテーブルに座る三人。

テーブルはふたつ破壊されたらしい。

隅には破壊された木材が積まれていた。

フロアのテーブルの配置が変わっている。


ランタンが天板の中央に心もとなく灯る。

周囲は暗い。

カウンター付近の血痕が視界に飛び込んだ。


(こんなに血、出てたんだ…。)


薄暗い中で見るそれは不気味だった。

気を取り直してテーブルの上のランタンに視線を戻す。


(悪者のアジトみたい。これからする悪い事を相談する感じ。)


今は襲われた当日、深い夜のようだ。

キューとドワンが心配しているかもしれない。

座りながらそう思っているとレイシーが飲み物を置いてくれた。

二人は酒らしい。


ナギは今回のドミヌスの襲撃で分かっている事を二人に説明した。

スウォーム商人連盟のシュヴァルム・ヘルデ、ドミヌスのコロン。


大量に仕入れた回復薬にまがいものが相当あったという主張。

逃げるパルにドミヌスが魔法を撃ち、その後コロンがパルの髪を掴んだ事。

小綺麗な恰好をした人間の言葉から、暴力までは考えてなかったんじゃないかという予想。

商人らしき中年は焦っていた事。

治安維持隊は来ないとコロンだけが余裕だった様子などをなるべく細かく話した。


ランタンをぼんやり見るベゼフェリ。

静かだが目に力があった。

テーブルに置いた拳を強く握りしめていたのが見えた。


商人連盟の人間の名前の言い間違いをベゼフェリに指摘され、共有が終わる。

ナギにはどうしても気になっている事があった。

好奇心からではない。

ルントの深入りするなという言葉を思い出したが、今のナギには知らねばならなかった。

ナギは覚悟を決める。


「二人に聞きたい事っていうのは、打倒ドミヌス感の理由っていうか…。危ないっていうのは僕もたくさん聞いた。レイルをする場所がなくてパルやマークみたいな友達が困っているのも知ってる。ミトハロの問題じゃなくてセグイドとかウィクアック、クラックラーとかそれ以外の国が関わってるのも聞いた。」


「ウィキアーク。クラックラン。」


椅子に浅く座り、背もたれにだらしなく身を預けているベゼフェリがランタンに顔を向けたまま訂正した。

御礼ナギ。


「僕が知りたいのは、ダガヤ・クルーがドミヌスと揉める理由。揉めて何がしたいの?ドミヌスの何が問題なの?っていう。僕はさっちゃんにカツアゲをされた事がある。殴られたし。今回みたいな事にも遭遇したしさ、ドミヌスが乱暴だっていうのはもう分かってる。最初レイシーも乱暴だったけど、レイシーは通行人を言葉なくぶん殴る人じゃないと思うし。こんなアジt…事務所を襲うなんて事、たくさんあるの?」


「ねぇよ。」


ドスの利いた声。

レイシーを見ると歪んだ唇を噛み締めていた。


「じゃあなんで揉めたいの?」


ハッタリだ。

揉めたがっているかはわからない。

とある違和感を口にしただけであった。

逆のパターンもあるかと思いつき付け加える。


「大きなトラブルがないのにドミヌスってなんでわざわざ他のチームを攻撃するような事をするの?ドミヌス〝も〟揉めたがってるような気がするんだけど。ベゼフェリはドミヌスがこの街を仕切ってるって言ってた。なんで仕切ってるのにわざわざ問題を起こすんだろ。」


「あたしそんな事言った?」


ベゼフェリが座り直す。

目を丸くしてナギを見た。


「打ち上げの時な。おまえ酔ってたろ。」


「大量の回復薬ってムルルクから仕入れたんでしょ?」


レイシーの後を追うナギ。

赤面するベゼフェリ。

誤魔化すように酒をあおる。

深呼吸をして髪を掻き上げた。



「レイシー、キレないでよ?」


そう言って再び酒に口をつけると言葉を並べる。


「この街の回復薬の値段を吊り上げてるのはドミヌス。吊り上げたいって言ったほうが正確かもね。これからまだまだ上がると思う。今までは〝おそらく〟とか〝たぶん〟とか〝とはいえ〟とかって漠然としたものだったけど、あたしは今のアンタの話で確信した。」


ベゼフェリと目が合った。

打ち上げの時とは違う、真剣な表情だった。


「だから回復薬の流通ルートをドミヌスは独占したい。自分達以外のチームが安く仕入れちゃったら値段を高く設定したドミヌスだけ売れなくなっちゃうでしょ?だから。まあ今もほとんど独占みたいなもんだけど。

その動きは前からあったんだ。各町の配達情報、客からもらえる情報とかね。あ、レイシー。酒おかわりね。そういうのが段々ともらえなくなったり、ウチのチームの根も葉もない悪い噂が何故か他の町で蔓延してた事もあった。今もそれはある。客も減ってる。やたら配達事故…バンディアとの遭遇が多い時期もあったんだ。ルートを変えると収まる。ルートが売られてるんじゃないかって言われてる。」


(以前、墓場の整理をしてて聞こえてきた事かもしれない。)


ナギは知らないフリをして聞いた。

レイシーは席を立つ。


「大量の回復薬ってのはムルルクの事ね。ミトハロの連盟にも卸したから。ミトハロでの信用の失墜。今回のそれがウチへのトドメなのかな。ムルルクとドミヌスが元々繋がってたって事ね。」


「ムルルクからわざと偽物を持たされたって事?」


「そうだと思う。」


ベゼフェリはそう言いながらナギに手を伸ばす。

肩についた埃を払った。


「なんで回復薬の値段を吊り上げたいの?上げすぎちゃったら誰も買わないじゃん。」


ナギは聞く。

レイシーが見た事もない大きなコップをテーブルに置いた。

酒が満タンまで入っている。


「えっ!これいいの?レイシーって話がわかる奴だったんだね~。知らなかった。もちろん今日は無料だよね。ナギが無料って言ったら無料ね。」


それで最後な、とベゼフェリに告げるレイシー。

ナギの質問に答えた。


「漁業の停止。海上で怪我すると最悪そのまま死ぬからよ。必要なんだよ。漁業に。」


ドスの利いた声は続けた。


「回復薬の値上がりなんて今に始まった事じゃねぇ。じわじわ来てんだよ。俺がここに入る前から言われてる。最近の値上がり幅が異常なだけで。昔はそれ言うと〝DR〟っつって嘲笑われてたけどな。」


「DR?」


初めて聞いた。

酒に夢中のベゼフェリを尻目に聞いてみる。

レイシーはその様子を見ながら続けた。


「ダークリサーチャー。陰謀とか、どデカイ闇が後ろにあるみたいな、そういう噂話を好き好んでる奴。根暗みたいな感じで言われてたな、前はよ。」


「ああ。そういう事。」


十四歳病(中二病的なやつ)みたいなもんかな?)


「なんで漁業を停止させたいの?ドミヌスだってミトハロの人達なんだから損じゃん。この街の白身魚、僕大好きなのに。」


言い終わって気づいた。

ぽつりと呟いた。


「セグイド…?」


ベゼフェリがナギに顔を向ける。


「ちなみにアンタが好きな白身魚。ミトハロのもんじゃないから。どっかの国か街のもんだよ。」


ナギはショックを受ける。

落ち着かせるようにパインジュースに口をつけた。


「なんで漁業を停止させたいの?美味しい白身魚がこの世から減るだけじゃん。」


同じ質問をする。


「目先は金。街独自の漁業の集まりよりもパイプがあるドミヌスの方が管理しやすい。アンタもウチに出入りしてんならドミヌスとセグイドの金の話くらい聞いた事あるでしょ?」


「目先〝は〟って事はそれ以外にもあるの?」


反応できた事を〝一文字に拘る師匠〟に感謝した。

ベゼフェリは酒に口をつけるとレイシーを見ながら前置きを話した。


「ここからは〝DR〟ね。まあこれまでの話も別になんか証拠があったわけじゃないけど。ダーガはなんか掴んでるかもね。さすがにあたしはもうドミヌスが黒って思うだけで。ボコボコで放置されてたアンタがあたし達に嘘つくメリットもないし。」


二人の視線がナギに集まった。


「クラックランは取り締まりたいけど、未だに成果を挙げられてない。だから万が一セグイドと手を組んじゃったら取引されるのよ。ここまでの流れだとドミヌスは見逃してください。ダガヤ、ヤマカミから捕まえましょう。みたいなさ。売られるの。配達人口を維持しつつの尻尾切り?目先〝は〟って言っちゃったけどこれは別問題かもね。まあでも、漁業がない方が街をコントロールしやすいのも事実。」


「じゃあどうするの?黙って売られるの待ってるの?」


ナギは核心を突く。


「今はどうもできないんじゃない?ドミヌスとやり合っちゃうとその後にヤマカミが黙ってないし」


(前にダーガから聞いた事だ、本当なんだ。)


「じゃあヤマカミって所と手を組めばいいじゃん。ヤマカミだってよく思ってないんじゃないの?」


知らないフリをして質問するナギ。


(ルントありがとう。)


「グローブ・Kってとこがあんだよ。うち含めた三チームを辞めた奴らの集まりって言われてる。前にいたうちの奴ら、何人かいるかもな。」


〝墓場〟の方をちらりと見るレイシー。


「あー!なんか聞いた事ある。歓楽街が拠点なんだっけ?歓楽街の近く?」


「歓楽街の先の東の方。はずれにある。」


ベゼフェリが答える。

これも知りたかった。

以前ダーガから聞いた気がするが忘れていた。

歓楽街を無暗にうろつきたくないので助かった。


「あ、ねえ。ちょっとわかんなかったんだけど。漁業を停止させたら街をコントロールしやすくなるってどういう事?」


ベゼフェリがコップから口を離して得意げに話す。


「じゃあ、あんたがさ、餓死寸前だったとして。あたしと一晩過ごせばお腹一杯食べさせてあげるって言ったら、来るでしょ?身の危険はない前提としてね。」


優しい声のベゼフェリ。

肘をテーブルに置き頬を掌で支えている。


「行きません。」


「なんでよ!ミトハロの〝いやすね〟でお馴染みのあたしよ!?」


目を剥いて食い気味に言った。


「何されるかわからないから。」


俯いたレイシーの肩が震えていた。

途切れ途切れに小さい声が漏れている。


「はあ?だから〝いやすね〟って言ってんじゃない!っていうかあたしからなら何されてもご褒美でしょ。そこは来なさいよ。」


頬を支えていた手がテーブルを軽く叩いた。


「行きません。」


「来なかったら餓死すんだけど!あたしと一晩過ごしてごはん食べれるなんてダブルご褒美じゃん!」


「行きません。」


断固ナギ。


「餓死でいいの!?」


「はい。死にます。」


レイシーの笑い声が漏れた。


「あんた年いくつ?」


「ナギ十二。」


(治安維持隊が来る年齢差じゃん。ってツッコんだ方がいいのかな…。)


「名前は知っt…あー。思い出したわ。もういい。」


ツッコみは不要のようだった。

激烈に低い声。


「いつも飲みすぎだ。」


少し笑ったレイシーが言った。


「でもなんとなくわかった。わざと困らせて解決できてるような感じでそっちに話をもっていくんだね。」


「まあそんなとこ。ナギは例え話として成立しなかったけど、みんなあんたみたいに強くないのよ。」


(僕が強い!?)


「おまえ、強ぇよな。」


(自分の筋肉見えてないの?)


「僕は弱いよ。強かったらコロンに勝ってる。」


細い目をしてレイシーに言った。


「ばかやろう、そういう事じゃねぇよ。」


目を逸らすスキンヘッド。

ナギの横でベゼフェリが酒を喉を鳴らして飲み、豪快に息を吐き出した。

細い目をした美味しそうな表情が印象的だった。


「ナギ、泊ってけな。さすがに。」


背もたれに寄りかかり伸びをするレイシーが言う。


「うん。ありがとう。」


「さっき寝てたとこはパルが使ってるからよ。隣の部屋空いてっから。」


「おっけい。じゃあ行こうかな。」


席を立ち、椅子をテーブルの下に収める。


「あ、パルと言えばさ。」


ベゼフェリが見上げてきた。

顔がほんのり赤い。


「パルとマークに明日御礼言ってあげてよ。あいつら逃げてないから。パルはあたしを探してた。すんごい顔してたよ。初めて見たわ。マークはレイシーを探してたんだって。息ぴったりだよねえ、あの二人。あたしとパルは会えたからよかったけど。マークは会えなかったらしい。あんた、どこ居たのよ。」


レイシーに二人の視線が注がれる。


「か、歓楽街の近く…。」


「歓楽街!?ここが襲われてる時に!?はあ!?きっも!」


身を乗り出すベゼフェリ。

応戦するスキンヘッド。


「歓楽街の近くだって言ってんだろ!メシ食ってたんだよ!ツレといたんだ。向こうの話が長引いてちょっと時間かかっちまったんだよ。いつもは向こうからサクッと終わってこんな事ねえのによ。」


普段よりさらに目つきが悪くなるレイシー。

顔が赤くなった。

両方の掌を天井に向けナギを見上げるベゼフェリと目が合った。


「あたししばらくレイシーとカウンター入るよ。また奴ら来るかもしれないし。どっかのエロハゲが歓楽街行っちゃうと困るし。」


少し笑う少年。

レイシーは大騒ぎで否定しまくっていた。


「じゃあ、おやすみなさい。」


ナギは階段を上がっていった。

スキンヘッドを問い詰める酔っ払いの声が背中から聞こえた。


(そういえば、僕の荷物は盗まれてないのかな。今着ているものもダガヤ・クルーのものだし。

明日キューやドワンになんて説明しよう。回復薬、ルントは仕入れてないかな。大丈夫かな。

もしもリサが急に心を開いて今日部屋に来てたらどうしよう。)


ダガヤの人達の件が落ち着くと自分の周りの事が頭を駆け巡る。


(疲れたな…。)


とりあえず少年は眠る事にした。

ベッドは決して良いものではなかったが、ぐっすりと眠る事ができたのだった。




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