第36話/初めてのラブレター/Limited_NAGI
ミトハロ到着から十七日。
ナギは日が昇った頃、ダガヤ・クルーの拠点に向かっていた。
(ダガヤに行くのちょっと日があいちゃった。パルの足大丈夫かな。)
昨日、魔法の練習をしようと砂浜に行ったがアネットとリサの事が交互にちらつき集中できなかった。
何もしない事を〝する事にした〟。
考えたい事を考え、頭に浮かんだ事を浮かばせ、泣きたい時に泣き、お腹が空いたら適当に露店でサンドイッチを購入し、店主の冗談が面白ければ笑った。
不愛想な人間なら挨拶だけして黙った。
買ったサンドイッチをキューの宿で食べたければ戻り、木の上で食べたければルントに教えてもらった場所で食べた。
アネットの笑顔が頭にちらついたら好きなだけ脳みそにちらつかせた。
初めて会ったポニーテールのやかましさを思い出したら笑い、寂しくなったら泣いた。
〝同調〟をしたくなったら行い、疲れたらやめた。
リサの部屋をノックしたければ通りすがりにした。
いなければどうしたら話せるかを純粋に考えたりしていた。
飽きたら考えるのを辞めた。
キューやドワンが話しかけてくれたら立ち止まり、他愛のない話に花を咲かせた。
話したくなったら自分から話しかけ、眠くなった時に寝た。
昨日、少年は一人で過ごしていたが独りにはならなかった。
リヴェル村で静かに一人で過ごしていた日々と、ミトハロに着いてからの濃密な日々の中間くらいの一日。
流れる時間に身を任せて過ごしていた。
アネットが出発してから三日目の本日。
自分でも信じられないくらい前を向いていたナギ。
(アネットがいないのはとてもショックだけど、僕も頑張らなくちゃ。)
少年はとても穏やかな気持ちで中心街を駆けていた。
*
ダガヤ・クルーに到着するとカウンターに座っていたパルが猛ダッシュして抱き着いてきた。
レイシーに嫌悪してもう来ないかと思ったらしい。
マークは背の高い椅子に座り笑ってナギを見ていた。
パルはなかなか離れない。
フロアは閑散としていた。
「もう来ないかと思ったああ!よかったあ!」
声が響く。
パルは少し涙目のようにも見えた。
「いやいや、ナギは来るでしょ~。」
フライパンを腰に付けたマークが笑いながら言う。
カウンターに行くと物置部屋から出てきたレイシーに挨拶をする。
「レイシー、日があいちゃってごめん。今日よろしくお願いします。」
「おう。」
スキンヘッドはナギを一度見て言った。
「おいナギ、今日もどうせ暇だからさ、時間あったらレイルやりに裏行こうぜ。」
ナギが笑顔でマークに言う。
「ボスのレイシーが良かったらいいよ。」
パルがずるいと叫んだ。
「ナギ、おまえよ。あとで奥の部屋来い。」
カウンターに背を向けたスキンヘッドからドスの利いた声が飛ぶ。
「レイシー!もうそういうのほんとやめて!」
カウンターから身を乗り出したパルが声を張る。
「ちげぇよ。話したい事があんだよ。その間、おまえら二人ちゃんとしてたらナギと遊んでいいからよ。ナギ、後で声かけるからな。」
「うん、わかった。」
パルとマークの弾けた声。
(話したい事?八つ当たりか…殺しの依頼か…。)
テーブルを拭きながら考え込むナギ。
パルも一緒になって拭いていた。
二人で端から拭いていく。
フロアの中央のテーブルでちょうど合流した。
「レイシーになんか言われたら教えてね。また蹴るから。」
真剣な表情だった。
笑いながら返す。
「ありがとう。でもレイシーはそういう人じゃないと思うから大丈夫だよ。」
「ふーん。」
パルは雑に手を動かしながらテーブルに目を向ける。
「パルはなんだと思う?レイシーの話って。」
「うーん。全然わかんない。あんまチームの人に自分の話しないし。」
「そっか。仕事の依頼かな。」
そのまま椅子に座る少女。
「それはないと思うよ。なんか依頼する時は上の人通さないとダメだし。プレーノとか。」
(プレーノは上の人だったんだ。)
グアポリがレイシーを真面目だと言っていたのを思い出す。
殺しの依頼でもなさそうだ。
「あの流れで殴る蹴るはないと思うんだけどな~。」
首を掻きながら少し口を尖らせて言っていた。
「真剣に言わないで。笑えないから。」
「えっどういう事?」
何気ない表情でこちらを向くパル。
冗談ではなかったらしい。
(そんなに殴る蹴るあるの!?)
ナギはため息をついた。
*
その日は人が全く来なかった。
レイシーから踏み台を借りて、パルとマークの三人で壁の掃除までしてしまった。
手の届かない場所に埃が残っているが諦める。
綺麗になった部分だけを眺めて達成感に身を委ねていると後ろからドスの利いた声。
「おう、いいか。」
「あっ、うん。」
物置部屋へ向かうレイシーを追った。
「誰か来たり、なんかあったら呼べよ。」
カウンターで休んでいるパルとマークから、はーいと気のない返事が二つ聞こえてきた。
部屋に入るとナギを睨みつけるスキンヘッド。
たくさんのピアスに威圧される。
時間が止まる。
「え、なに!?」
ナギは止まった時間を強引に動かした。
怖すぎる。
「ナギ、おまえよ。あ、ちょっと待ってろ。」
入り口を見たかと思うと物置部屋から足早に出ていくレイシー。
怒鳴り声と喚き声が聞こえてきた。
マークが盗み聞きしていたのだろう。
ぬるりとスキンヘッドが戻ってきた。
「あのよ、おまえ、数日前、女と居ただろ。手繋いでたろ。緑の髪の女。」
アネットとのデートを目撃されていたらしい。
「あっ、うん。」
「付き合ってんのか?」
どんどん目が鋭くなるレイシーに焦るナギ。
眼光で怪我しそうだ。
「そういうのじゃないよ!付き合ってないよ!」
眉間に皺が寄るスキンヘッド。
様子がおかしい。
「お、おまえ、付き合ってないのに手、繋ぐの?おまえ、、、あ~んはできねえのに?」
「あ~んは関係ないでしょ。デートの時は繋ぐものって言われたんだよ。僕も嫌じゃなかったし。」
「お、おまえあれデートなの?」
「そう言われたんだよ。僕もよくわからないよ。何がデートで何がデートじゃないかなんて。」
飛び出しそうな程、レイシーの眉間に皺が寄る。
「ぜっっっっったいに誰にも言わねえって誓えるか?」
「うん。」
「あのよ、相談があんだよ。笑ったら…。」
「ぶっ殺す。」
先回りナギ。
レイシーは頷いた。
「女へのプレゼントって何が良いと思う?」
後転しそうだった。
「レイシー。それは僕に聞く事じゃない。」
ナギも鋭い目つきになる。
「ああ?なんでだよ。」
「僕はね、気になってた女の子に釣り餌の虫をプレゼントした事があるんだ。次の日から他人になったよ。」
「おまえ、釣り好きなの?」
レイシーの眉が上がる。
「うん、それなりに好き。」
「ああ?っていうかなんだよその話。意味わかんねぇな。キマッてんじゃねえか。自分が好きなモンあげて何が悪ぃんだよ。そんなんで他人になる女がわりぃだろうがよ。うぜえな。」
ナギは一瞬で視界がぼやけた。
油断した。
今にも泣き出しそうだ。
アネットの別行動による寂寥感。
執着という殻にいきなり閉じこもるギャル勇者への混乱。
一人ではどうしていいかわからない自分の無力さ。
レイシーという人間の暖かさ。
しかし彼がフラれた理由も一発でわかりそうな言動への憂い。
自分は独りじゃなかったという充足感。
スキンヘッド生まれてきてくれてありがとうという感謝。
キマり過ぎているレイシーの今後の不安。
ナギの言動次第では今回のプレゼントが虫になりそうな〝ピュア筋肉〟へのプレッシャー。
あらゆる感情が全て涙となって放出される。
色々と一気に押し寄せた。
「いやっ…虫、は、だめ、でし、ょ!」
嗚咽とともに否定する。
ここ数日、ずっと泣いている気がしたナギ。
シャツで目を擦る。
「泣くなよ。おまえもおまえで一回他人になったからって諦めてんなよ。こっち向け。」
涙目をレイシーに向ける。
相変わらず鋭い目つきだ。
スキンヘッドは自分の耳のたくさんのピアスを指差して言った。
「俺のこのピアスはな、フラれた回数だ。誰にも言ってない。バラしたらぶっ殺す。」
「あっはい。」
涙がピタリと止まった。
「おい、励ましてやろうとしたのに涙引っ込んでんじゃねえよ。おまえ涙腺どうなってんだよ。」
「いや、引いてないけど、なんか…、感情出しちゃ悪いかなって思って。」
話しながら耳の輪郭を視線でなぞり無言で穴を数える。
視線の動きに気付いてスキンヘッドは目を見開いた。
「数えてんじゃねえよ!」
「数えてない!」
(九!)
「で、おまえはなにがいいと思う?プレゼント。」
ドスの利いた声。
「レイシー。僕が適当な事を答えたらぶっ殺されるんだろうけど、リスクだけがでかいのに情報がなさすぎるよ。」
「たしかにな。」
命がかかっている事は否定しなかった。
ドスの利いた声で丁寧に説明をし出した。
話を聞きながらナギは頭の中で整理する。
またしてもスキンヘッドに命を握られた。
(お相手は〝カイバ・ネリュー〟二十二歳の女性。ミトハロ出身。
レイルをしている人が大好きなちょっとミーハーな人。価値観の違いとかなんとかの理由でフラれちゃったらしい。パルとマークがこないだ言っていた人?価値観でフラれるってどういう事?ウインクした顔でレイシーはノックアウトされた。レイシーが魔法使えない事もダガヤ・クルーに所属してる事も話している。好きな物はグレープフルーツ。赤っぽい茶髪のセミロング。ちょっとギャルっぽいらしい。魔法は使えない。おしとやかなんだって。レイシー十八歳!?その存在感で!?アネットのひとつ上!?ほんとに!?うそでしょ!?ぜったいうそ!!!)
説明を終えたレイシーの顔は赤い。
「ごめん、僕には無理だ。手に負えない。僕には虫しか思い浮かばない。」
棒立ちで断る少年。
「ああ?なんもしないうちから諦めんなよ。次で十回目なんだよ。ミスれねえ。」
「えっ!そのピアス全部カイバさんなの!?」
「ああ。」
大きな声を出してしまった。
口を塞ぐ。
えらい事になった。
レイシーの目を見るとキマッていた。
(記念すべき…十回目…。)
暖かい言葉をもらった恩を返そうとするナギ。
「……今、僕の周りには二人ギャルがいるんだ。一人はかなり気合入ってるよ。年はカイバさんと同じくらいなんじゃないかな。その人に聞けば何か手掛かりがわかるかもしれない。」
「ほんとか!もう一人は!?」
「もう一人、もう一人は…。」
虚ろな表情のリサが浮かぶ。
「ちょっと人生の休憩中です。だからもう一人の方は無理。自分の気持ちさえわからない状況だから。下手したら虫って言うと思う。」
「よくわからねえけど、人生の休憩中なら仕方ないな。邪魔できねえ。」
「ありがとう。聞いとこうか?」
「いけるか?」
「うん。今日にでも聞いておくよ。」
「今日!?じゃあよ…。あの、そのよ、ネーリ…カイバに、、手紙、書いたんだけどよ、その、添削してくれねえか。」
視線が忙しくなり途切れ途切れに話すレイシー。
「どういう事?」
「チェックだよチェック!そいつに見せていい。おまえも見ていいから。」
「チェック!?」
後転したかった。
「ああ、帰るとき渡す。」
「わかった。もし落としたら…。」
スキンヘッドを見上げながら委ねた。
「ぶっ殺す。」
阿吽の呼吸。
無表情なのか睨みつけているのかわからないレイシーは滑らかにそう言った。
ギャルの話をしなければナギだけに見せるつもりだったのかもしれない。
ナギが人生で初めて手にするであろうラブレターのドキドキはときめきではなく動悸だった。
命がかかっていた。
「ねえ入りたいんだけどいい~?」
カウンターからパルの声がした。
*
レイシーからのお許しを得てパルとマークと遊ぶ事になったナギ。
全員で行くなと言われたので一人ずつ交代で相手をする事になった。
建物の裏で丸太に座るパル。
ナギは借りたエーテルシューズに履き替えている。
〝墓場〟のものだ。
「レイル禁止になったからほんとヒマ。あれ見て。穴。」
パルが建物を指した。
大きな穴だった箇所が見える。
「背中から突っ込んだ時に壊したところ?けっこうでかいね。」
修復してあったが隙間があるのが見えた。
かなり雑な修復。
押しただけですぐ壊れそう。
シューズを履き、パルに手を持ってもらい立ち上がる。
「まだ滑れないの?」
「あれから全然やってないんだよ。一回履いただけ。ほんの少しだよ。」
滑る足の感覚がない。
初めて履いた時のように膝が笑う。
以前とまったく同じダメ出しをされ続けながらパルに手を引かれる。
ゆっくり滑りながら足が慣れるのを待った。
「ナギ、なんかあったの?」
「どうして?」
踵に違和感がある。
後ろを不安そうに覗き込むナギ。
「いや、なんとなく。なんか違うから。」
「そう?なんもないよ。」
「ふーん。ねぇ、宿ってどの辺りに泊まってるの?」
「南の大通りを登り切った辺りって言ったらいいのかな。ハイビスカスがたくさん着いてるからすぐわかると思うよ。」
パルに顔を向けた。
頭につけたハイビスカスを見られていた。
「じゃあ今度その辺り遊びに行くね。」
「僕あんまりいないと思うよ。」
放り投げられるのを警戒して繋いでいる手を少し強めに握った。
「いつもどこにいるの?」
「どこだろ…。近くの砂浜か、森?宿の東に行った所に木が少し生えてる所。あとはダガヤに来てるんじゃない?」
目線を宙に漂わせて話す。
「ふーん。」
「なんかお勧めっていうかさ、ここ楽しいよって所、ある?」
パルに聞いてみた。
「バシナリーが使えればなああ。」
目を瞑り首を傾げながら口を大きく開けて言った。
ナギの足元がふらついた。
「うん。あそこ広かった。広かったっていうか滑りやすそうだよね。」
「そうそう。わかってんじゃん。」
壁の穴を見つめているパル。
「いつまでレイル禁止なの?」
「ダーガが戻ってくるまで。さいあく。」
口を尖らせながら言った。
(いろんな顔するなあパルって。)
ナギは少し笑った。
「はやく戻ってくるといいね。でもあの穴は…禁止って言われても仕方ないと思う。」
乱暴に前に放り投げられたが転ばなかった。
「出発してから七日くらいだからまだまだ。」
パルが近づきながらそう言った。
差し出してくれた手を繋ぐ。
「でも十日で帰ってくるかもしれないって言ってなかった?」
「どうだろね。」
斜め上を見てしばらく唸り出した。
「でもさ、ほんと人いないね。今日なんて十人、来てないんじゃない?」
「うん、楽でしょ。もう何にもしないでいいから。」
悪い笑顔だ。
「突っ立てると殺されるよ。」
爆笑パル。
「あ、回復する?痛い?」
「して!痛い!」
足に回復魔法をかけるが何も起こらなかった。
完治である。
顔を見合わせる二人。
パルの視線と手元が忙しく自分の体を移動した。
「腕も頭も背中も腰も痛いんだけどやってみてくれる?」
老人のような事を言うパル。
回復魔法をかけたが何も起きなかった。
少女は細い目をして口を尖らせていた。
それからの練習は放り投げられる機会が異様に増えたのだった。
*
「と、いう事でして。ちょっとラブレターを見て欲しいんです。感想とか直す所とかを教えてほしいとの事です。本気の男性からお願いを受けまして。」
丁寧に話すナギ。
宿屋一階のオープンスペースのテーブルをキューと囲んでいた。
にやついたキューはナギの顔とテーブルに置かれた布の袋を交互に見ている。
両手を擦り合わせていた。
「面白そうじゃん。いいよいいよ~。」
宿屋のギャル店員はノリ気であった。
サンドイッチとフルーツが皿の上に並ぶ。
カウンターにはドワンが座っていた。
「ではいきます。ちなみにこれは確認用らしくて、清書はまた別にするらしい。」
カットされたリンゴを口に放り込んで説明した。
噴き出すキュー。
レイシーから渡された布の袋からラブレターを取り出す。
二つ折にしてあった愛の束をテーブルの端に置いた。
「えっ多っ!!あ、ナギナギどんどん食べて。」
すぐさま白のネイルがラブレターに急接近。
目が輝いていた。
爪についた小さな宝石達もキラリと光る。
(二十枚くらいはありそうだな…。)
ナギはサンドイッチを頬張った。
キューが読み終わったものがナギに渡されていく。
黙々と読み進める二人。
ナギは読んでもよくわからなかったので適当に流し読みした。
サンドイッチに夢中。
最初の数枚は目尻を緩ませて読んでいたが、進むうちに目つきが鋭くなるギャル。
目を丸くしたり細めたりと忙しそうだった。
読み終わった瞳は潤んでいた。
オレンジとリンゴを同時に口に入れながらそれを見るナギ。
本日のフルーツがいつもより甘く感じ、終盤にキューから渡されたラブレターは布袋に直行した。
「ナギナギ、これ…すんごいわ。幸せになってほしい。」
最後の一枚を渡しながらキューは言った。
頬が赤い。
少し声が震えている。
「うん。どうだった?」
「正直に言うよ?」
「お願い。」
前のめりになる少年。
キューは布袋に視線を送りながら大きな息をすると口を開く。
気怠そうな声ではなかった。
「最初はさ、引いた。引いたっていうか、この人これ十回目でしょ?告白するの。回数に引いたんじゃなくてさ。十回目なのにこんなに文字いるの?って思ったんよ。相手を全く知らない人ってわけじゃないんだろうしさ。」
小刻みに瞬きをするキュー。
「うんうん。」
「この枚数、気持ちのゴリ押しなんかな~って思ってたし。でも読んでみたら全然違った。引き込まれたね。」
キューは鼻を啜った。
目を見開き指を目尻に当てている。
「こんだけ想って、それを伝えてもダメな恋愛ってあるの!?って感じ。ちょっとすまんむり。涙。」
立ち上がるギャル。
「あの!つまり感想は!?」
「売れる!」
涙袋を抑えてカウンターに走るキューはそう叫んだ。
にやついたドワンが近づいてきた。
キューの座っていた場所に腰を下ろすとオレンジを口に放り込んだ。
バトンタッチしたようだ。
「俺も見ていい?」
「ダメだけど、誰にも言わないならいいよ。言ったら僕が殺されるから言わないで。あと、この人真剣だからちゃんと感想教えてね。」
「わかった。黙ってるから。男の目線も大事だと思うし。本気で読むわ。」
ナギは布袋から愛の束を取り出した。
*
目の前で泣き崩れるドワン。
テーブルに二の腕を置き、その上に額を乗せて突っ伏して泣いていた。
(大人の男の人でもこんな泣くんだ。)
最近泣きすぎて自分を泣き虫だと卑下していたナギは勇気づけられた。
なかなか感想を言わないドワン。
待つ事にした。
肩に手を置かれる。
振り向くと立っていたキューから水を差し出された。
ドワンを見て微笑んでいる。
御礼を言って水を受け取った。
「ドワン、それやばいっしょ。」
キューが号泣するドワンに布を渡す。
「会いたい…。」
布を受け取りながらそう呟いていた。
目が真っ赤だ。
「会いたい!?どういう事!?」
できる限り具体的に欲しいナギ。
泣いてるからって逃がさない。
「うぅお…俺…これ書いた人に会いたい…抱きしめてあげたい…。」
ドワンは配達業と関わりたがっていない。
ナギが見た感じ手紙にはレイルだとかダガヤとかは書いてなかったので安心した。
余計な事を言わないように気を付けた。
〝売れる!〟〝これを伝えてもダメな恋愛ってあるの!?〟〝書いた人に会いたい。抱きしめてあげたい(男・号泣)〟ナギは三つの感想をゲットした。
入口から見た事のある茶髪が入ってきた。
執着の回廊を彷徨うギャル、リサだ。
歩きながらナギ達を一瞥すると足早に部屋に戻ろうとしていた。
「リサおかえり!ちょっと相談したい事があるんだけど!」
笑顔で駆け寄る。
「あーごめん、疲れてるからまた今度ね。」
低い声。
「わかったありがとう!お疲れ様!」
リサは前を向いたまま低い声で言った。
笑顔のまますぐ引き下がるナギ。
リサの視界から自分が外れると、ナギは目を細くして階段を上るリサをじっと見続けた。
*
階段を上がった踊り場で丸椅子に座るドワン。
カウンターに一番近いテーブルに移動した気合入ったギャルとナギ。
「ナギナギごめんね~、雑な感想で。」
キューは両肘をさすりながら腕を机に置いた。
「いえいえ。ありがとう。」
「修正とか指摘?そういうのないから。失礼だから。うまくいってほしいな~。」
再び涙目になるギャル。
「価値観でフラれちゃうってどういうこと?何?」
椅子を数回引きながら聞く。
「なんてったらいいの、生き方とか?考え方とか?お互いに大事にしてるものとか?人生観?そういうのが違うみたいな?違うと一緒にいても満たされなかったり?違うのが良いって人もいるし。人によって違うからうまく言えん。話や考え方が合う人と付き合いたいって人にとっては、違うと苦しいかもね~。」
布で目尻を抑えながらギャルが言う。
「ふーん。」
残り僅かなフルーツに手を伸ばす。
「でもさあ、九回も会ってくれてたんでしょ?女の人が。」
「うん。」
「だったら、なんか他の理由があると思うけどね~。」
「世の中にこんな男がいるなんて…。俺、自分の気持ち大事にするよ。ナギも大事にしろよ。」
上から震えた声がした。
ドワンが目頭を抑えている。
唇が歪んでいた。
(すごい破壊力だよレイシー!)
「この二人の事情わかんないから一方的な事言っちゃうけどさあ。ここまで思われてるのに断るって女の人の方がなんか不幸な感じするけどね~。ウチとドワン、もうこれ書いた人に感情移入しちゃってるから今のはアテにしないで。」
「うん、わかった。最初の感想だけ伝えとくよ。」
「そうして~。あとプレゼントでしょ?」
「うん。」
「ルーピアは辞めたほうがいい。ミトハロの人だからこの手紙の人も知ってるかもしれないけど。」
上からドワンの声がした。
笑いながらキューが被せた。
「あ~、ルーピアはやめたほうがいいね~。ルントも言ってるよ。ウチもそう思うわ。」
「なんで?」
「定番過ぎてヤバい。たくさんストック持ってる人もいるくらいだからさ~。家にある白身魚あげるようなもんじゃん?ルーピアが悪いっていうんじゃなくて、関係性とタイミングの問題かな~。」
「あぁ……」
白身魚をもらうと嬉しかったナギ。
あうあうしてしまう。
「あんま重くない方がいいと思うけどね~。十回目ならもうこの手紙と気持ち勝負っしょ。身に着けるものとかさ、ポケットとかポーチに入るくらいのものがいいんじゃん?もうすでに三回目とか四回目あたりで相手の女の人が超喜びそうなものリサーチしてプレゼントしてそうだし。」
「参考になります。」
残り一個のリンゴをもらう。
「ナギナギはさ~、女の子になんかプレゼントあげた事ないの?」
「虫」
何気ない表情でリンゴを口にしながら答えるナギ。
なぜか恥ずかしさはなかった。
手を叩き天井に顔を向け、口を大きく開けて笑い出すキュー。
凄まじい勢いで立ち上がり腹を抑えている。
「どういう系の虫?」
キューは横目でナギを見ながら、笑い泣きで絶え絶えの声で聞いてきた。
「釣りで使う系。」
謝りながら爆笑するキュー。
別のテーブルに突っ伏してしまった。
「ナギ!」
呼ばれた方を向くとドワンが目を瞑って大きく一度頷いていた。
ナギも精悍な顔つきで頷いた。
キューが会話不能に陥ってしまったので御礼を言って部屋に戻る。
ドワンとすれ違う時に優しい笑顔でハイタッチを要求された。
理由はわからなかったが嬉しかった。
ナギにはラブレターの中身はよくわからなかったが、ドワン号泣には驚いた。
そんなに自分の気持ちに向き合っても実現しないものがあるなら、執着に逃げてもいいのではないか。
少しそんな気持ちが芽生えていた。
(あっ!頑張った時に実現するかしないかなんてやる前からわからないから、やっぱり向き合った方がいいのか。頑張っても報われないっていう不安も言い聞かせになるのかも。)
〝執着を持っている事が問題なんじゃない。自分の人生で完結できてる内は良い。呑まれて溢れ出して他人にぶつけ出す事が問題なの〟
アネットの声色を思い出しながら魔女の反芻と同調をこなす。
(リサは今、気軽に話せる人いるのかな。)
キューの爆笑が遠くに聞こえた。




