表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/78

第34話/手を差し伸べる葛藤/Limited_NAGI



遠くなっていくアネットが見えなくなるまで宿の前に立つナギ。

〝つかむ〟で負けた。

ついに不意打ちでも勝てなかったナギ。

振り向いた時にはもうリサはいなかった。

師に勝てなかった悔しさを抑え、急いでリサの部屋に向かう。


カウンターにいるドワンに声をかけられて二、三とりとめのない会話をする。


(ドワンと話すと爽やかで元気が出る、最高の一日のスタートだ。アネットの出発の日じゃなければ!)


ナギのそわつきを察したのかドワンが話を切り上げてくれたような気がした。

ダッシュで階段を駆け上がる。

扉を優しくノックすると虚ろな無表情のリサが出てきた。

視線が定まらずおよいでいる。

髪は少しだけぼさぼさな気がした。


「何?」


か細い声だった。


(これがリサ…?)


「ちょっと話したいなと思って。」


ナギは口角を少し上げて話す。

目は合わない。


「出かけようとしてたんだけど。」


食い気味だった。


「ちょっとでいいよ。」


ナギは笑顔で言った。


「あっそう。入ったら?」


部屋の中を顎でしゃくるリサ。


「うん、ありがとう!」


精いっぱいの笑顔でそう言うと部屋に入っていった。

リサは扉を閉めベッドに腰かけた。

ナギはそのまま立っている。


「で、どうしたの?」


先ほどよりかは少し丸い声だが低かった。


「これからどうしようかって事を相談したかったんだ。」


少しの沈黙の後、リサが口を開く。


「…わかんない。」


「そうだよね。突然だもんね。」


返事はない。

動悸がした。


「僕達もミトハロ出ようか。」


「わかんない。もう少しいようかな。」


リサとは目が合わない。

壁を見つめている。


「なんかしたい事あるの?」


「いや、別に。」


会話が発展しない。


「疲れるよね。わかる。僕も疲れたよ。意味わかんない事ばっかりだし。」


「わかんない。」


食い気味でそう言った。


「リサ、なんかあった?大丈夫?」


「別にないよ。」


「ミトハロで、何するの?」


「別にどうでも良くない?」


(口調が強くなった。ここら辺が限界だ。)


「あっごめんごめん、そうだよね。わかった。」


無言のリサ。


「リサ、じゃあ僕待ってるからね。」


返事はない。

ひたすら壁を見つめている。


「リサが成長しちゃった時さ。僕気絶してたじゃない?」


膝の上に乗せているリサの片手がぴくりと動く。


「僕さ、魔物の血を見る機会があって。あの時にラグナロクに付いてたのと一緒だったんだよね。〝もしそうなんだとしたら〟あの時に僕を守ってくれてありがとう。違ったら気にしないで。」


「別に、そんなんじゃないから。」


視線が少し泳いでいた。


「うん、じゃあ僕は部屋に戻るよ。気を付けてね。入れてくれてありがとう。」


リサから返事はなかった。

ナギは部屋を後にした。





いつもの砂浜にナギは向かった。

部屋で考えようとしたが気が滅入る。

堪らず外に出たのだった。

脈は速く、波の音に癒されるどころではない。

素足になったが足首に触れる砂の感触の心地よさもなかった。

拳に力を入れたり緩めたりした。


(リサは、間違いなく執着に呑まれてる。)


先ほどアネットと握手をしていたリサを思い出す。

わざとらしく目を合わせず、アネットが握るリサの手はほとんど開かれたままだった。


(いくら執着だとしても、あれは失礼だ…。ミトハロでどれだけあの二人が話していたのか知らないけど、アルセナであんなに丁寧に僕達に魔法について教えてくれたじゃないか。会ってすぐに自分の魔法まで教えてくれたんだ。アネットは僕達を騙そうなんて一切思ってなかった。)


砂を握る手に力が入る。

深呼吸をする。

リサの事を考えると出てきた胸のどろつきを抑える。


(僕だってアネットに〝あれ〟をしたんだ。特訓中に戻ってこれなければ今日僕もアネットにああいう態度を取っていたかもしれない。さっきのリサの行いは良くない。でも僕がリサを憎むのは違う。落ち着け、落ち着け…。)


目を瞑りもう一度大きく呼吸をした。

思考を整理する。

鼓動が大きい。

気持ちが落ち着くと自分の頬に手を添えてくれたアネットの強さに愕然とした。

執着に呑まれ切った人間に対してアネットが接しないと断言していた理由がわかった。


今まで言葉が届いていた人間から拒絶される孤独。

どの瞬間で攻撃に転じてくるかわからない恐怖。

何かをして欲しそうな虚ろな表情だが〝何か〟をピンポイントに当てると堅牢に閉じこもる理不尽さ。

ナギは自分はタイミングが良かっただけだと思い返す。


(こんなに怖い事をアネットは僕にしてくれたんだ。僕が〝あっち側〟に行ってしまったのもわかった上でそれを伝えに来てくれた。)


自分が執着を経験し、間髪入れずに他者のそれを見る事で曖昧だった執着の理解が深まるナギ。

アネットとの会話で理解が出来ていなかった言葉が次々に理解できた気がした。

腑に落ちすぎて世界の見え方が変わりつつある事に混乱したナギは目を瞑る。

昨日のアネットとの会話を思い出した。





アネット出発の前日。

日が暮れた深くない夜、ナギが部屋で〝同調〟をしていた時だった。

扉が優しく二回鳴った。

立ち上がり扉に手をかける。


目が少し開かれ、口は半開き、視点が少し忙しいアネットが立っていた。

今にも泣きだしそうな師匠。

まるでブローチにでも会ったかのような顔つき。


「どうしたの?」


声を潜めて聞く。


「入っていい?」


静かな声。


「うん、いいよ。」


アネットを部屋に招き入れた。

散乱していたアイテムやブーツを一か所に搔き集めるナギ。


「ベッドどうぞ。」


ナギから拳一つ分の距離にアネットは座る。


「今日、来ないでって言ったのごめんね。あと、借りたシャツ破いちゃってごめん。」


弱々しい声だった。

ナギが貸したシャツを洗っている時に破いてしまったと昨日聞いていた。


(そんな事か…。よかった。)


「大丈夫大丈夫。全然気にしてないよ。」


穏やかな表情でアネットに体を向ける。


「あのね。」


言い淀むアネット。

途切れ途切れに話し出した。

少年の唇に少し力が入る。


「リサが、多分呑まれてる。」


ナギは目を丸くした。


「リサが!?どうして?」


「わかんない。でも、多分。私は、そう思うってだけだから、断定はしないでほしいけど。おそらく。」


(アネットは簡単にそういう事を言わない。きっと何か確信っぽいものはあるんだ。)


「わかった。決めつけはしないよ。アネットとの特訓の時、僕は〝慕ってたアネットを攻撃してしまった自分〟から逃げた。それ以外にもあるけど…。」


「うん、それは言ってたね。」


「リサは何から逃げてるの?何に向き合えずにいるの?あっ、、、ごめん。そうじゃないか。」


ナギは聞きながらはっとして言葉を止める

それが周囲にわからないのが執着。

自身の出来事に照らし合わせた。

行動からおおよその見当はついても本人が〝ハイ、そうです〟なんてなるわけないから執着なのだ。

弟子は質問を変える。


「アネット、どうすればいい?どうしたらリサを助けられる?」


アネットは少し黙ると目の前の壁を見ながら静かな声でぽつりと話し出した。

とても言いにくそうだった。


「そもそも救えないって事をまずは理解する。救えなかった時の自分をまずは許す気持ちを持つ事。」


「うん。」


「ナギ君は私の心、コントロールできる?」


「できない。」


「そうだよね。私にもナギ君をコントロールする事はできない。それは相手がリサでも同じ。だから救えなかった時の自分は絶対に許してあげて。」


「うん。」


「その上でやれる事は、相手に向き合う事。相手の執着に向き合う事、どんな事で悩んでるんだろうって考える事。わかってもそれを教えない事。相手に突きつけない事。相手が認められた時に、できれば傍にいる事。」


アネットは大きく呼吸した。


「私は大体これじゃないかなって見当がつくけど、それだけじゃ全然意味がない。ここでナギ君に教えても解決にはならない。逆に遠のく可能性がある。相手が素直に話してくれないと、認められないと始まらないし終われない。」


「どうして目を背けてる原因が分かっても本人にそれを教えてはいけないの?僕の時は言ってたじゃない?」


「ナギ君の時は全然浅かったから。執着先を探していた段階だったから。」


自身の経験を〝浅い〟という言葉で表現されナギは更に理解する。

ミトハロに到着して三人で夕飯を食べた時のアネットの話が浮かぶ。


「補強…。言い聞かせ…。」


ぽつりと呟いた。


「そう。多分もうその段階には入ってると思う。直視したくないんじゃなくて〝直視出来ない状態〟だから補強するの。だから―――。」


「言い聞かせてる時は、執着って言葉すら頭に浮かばない…。直視してないっていう考えすらないのか…。むしろ直視してるって言い聞かせてるのかもしれない。」


ナギは以前に受けた説明を復唱した。


「そう。直視してるって言い聞かせてるってのは執着の核心だね。」


アネットは涙目だった。


「じゃあ〝これが原因で悩んでるよね?〟って聞いたとしても〝悩んでない〟って言われておわりなんだ。」


「うん。」


師匠は一度鼻を啜った。

壁を向いている。


「ナギ君の時は〝ナギ君が戻りたい。素直になりたい〟ってほんの少しでも思えたから戻ってこれたの。」


「人間って気づきたくないって思ってる人は絶対に気づけないように出来てるから。それが無意識でも。」


アネットにナイフを向けた自分を思い出す。


「たしかに…。僕が呑まれちゃった時、素直になりたくない。とは思ってなかった。なんかもやもやしただけ。その発散先を探してた気がする。」


「うん。」


「じゃあどうすれば…。」


頭がごちゃごちゃしてきたナギ。

わかるがわからない。

そんな感じだった。

どうしても呼吸が浅くなる。

少しの沈黙を挟み、アネットが口を開く。


「だから、相手が〝気付きたい〟と思えるまで寄り添う事。」


ナギの目じりが緩む。

表情の力が抜ける。


「それなら僕にも出来るかもしれない。」


安堵する少年に現実を突きつけるアネット。

抑揚のない声が部屋を支配する。


「執着は死ぬ寸前まで続くケースもある。だから死ぬ間際に、激しく後悔する人がいるの。もっと〝自分に素直になっておけばよかった〟って。前にも話したけどそういう心の状況は魔法どころじゃない。」


声に優しさはなく無機質、一切の感情がない質感。

何か暗記しているものを唱えているかのようだ。


(木箱の話の時のアネットもこんな感じだったな…。)


師匠は大きく息を吸った。

ナギの表情から安堵が消え失せる。


「目を逸らして足搔いて足掻いてそれでも逃げ切れなくて世界を彷徨って、やっと〝死〟で終われるって思って人生を受け入れた瞬間〝じゃないと〟素直になれない人もいる。〝死〟がないと人生を受け入れられない人もいるの。良し悪しの話じゃない。その人がいつ気付けるかなんて他人にはわからない。」


血の気が引いた。

手が痺れた気がした。

背中を汗が伝う。

鳥肌が立つ。

アネットが言っている事が完全に理解できたのだ。

〝自分がそうだった〟のだから。

無機質で温度のない声が部屋を支配する。


「それまでの間、ずっと会話が成立しない相手、脈絡なく何故か急に怒り出すかもしれない相手と、さらに無視される覚悟を持ってずっと会話をする事。それがここで言う〝寄り添う〟って事。相手が気付きたいって状態になるまで横にいる覚悟。勿論、本人がすぐに気づく可能性だってある。でもそれがいつかなんてわからないし他人にはコントロール出来ない。」


アネットが肩で息をする。


「怖いのはここから。」


(えっ!?ここから!?)


目を剥いてアネットの顔を二度見する。

瞬きが止まらない。


「仮にナギ君が一生リサに寄り添ったとして、その途中でナギ君も執着に呑まれていく。自分に向けられた執着を浴び続けると〝連鎖〟する事が多い。〝立ち直らせるために自分がいるんだ〟〝これは使命、運命なんだ〟〝リサには自分が必要なんだ〟とかって自分を正当化…自分は正しいんだって事を途中から考えるかも。会話が通じない相手と話すのは無視されるよりもずっと苦しい事。」


「失うと自分が自分じゃなくなるから正当化で言い聞かせる…。」


ミトハロに到着した直後、夕飯の時にアネットが話した内容と繋がった。

動悸がする。

ナギはぼんやりと床を見た。


「そう。直視できない状態の苦しみは…苦しんでるって自覚もないかもしれないけど…。それはその時に傍にいる誰かに連鎖する事がある。」


抑揚のない声に耳を塞ぎたかった。

顔を両手で何度か擦る。

救えない自分を許せ。と冒頭で言われた意味が腑に落ちた。


「その上で、寄り添い方を話す。」


ついに師匠の口調までもが変わる。


「相手を否定しない。プレッシャーをかけない。原因がわかっても突きつけない。過度な…行き過ぎた拒絶行動が出たら引く。でもなるべく傍にいる。」


「行き過ぎた拒絶行動って?」


「怒り、攻撃。その予兆は…返事の曖昧さ、無視の順で出てくる事が多い。ここは私も師匠から習っただけでたくさん体験してるわけじゃない。私は素直になれない人に手は差し伸べないからそもそも確認できないし。」


目を強く瞑り大きく息をした。

自分がアネットにした事だった。

本当に紙一重だった。

寒気が止まらない。


「ナギ君、人は誰でも多かれ少なかれ執着を持ってる。私にもある。だから今回も離脱する。」


「離脱じゃない。アネットが本隊。」


目を開けて訂正した。

壁を見つめるアネットに顔を向けた。

師もそれに気づき目を合わせる。


「そうだね、ごめん。執着を持っている事が問題なんじゃない。自分の人生で完結できてる内は良い。呑まれて溢れ出して他人にぶつけ出す事が問題なの。」


「ぶつけ出すってどういう事?」


「大体は攻撃的になる。周りにはその人が突然怒りだしたように見える。怒りじゃなくて優しさとして世界に関わっていく場合もあるけどそれはあくまでも攻撃に向かう通過点みたいなものだから気にしないでいいと思う。途中で気づければその人の中でその優しさは本物になるし。それに優しさって関わり方なら世界は良い方に向かうから、私は問題だとは思わない。」


(攻撃されるのか…。)


師匠と床に視線を往復させる。

アネットは一呼吸置いて続けた。


「優しさを信じられない人になって欲しくないから言いました。世の中に執着は間違いなく蠢いているけど全部が執着だって決めつけちゃうのだけは絶対に違うから。」


声に温度が戻る。

肩の力が抜け、ナギは涙が出そうだったのを我慢した。


「うん。ありがとう。」


「いえいえ。」


部屋に入ってきた時と比べて表情が柔らかい。

優しい目、いつものアネットだ。

落ち着いてきてるのだろうと考えてほっとするナギ。


「アネット。」


「何?」


「言い聞かせ、補強ってなんなの?わかってるようでわかってなくて。朝、目が覚めると忘れてそうで怖いんだ。」


小さく頷きながら考えこむ師匠。


「私は直視できない事から目を逸らすために〝言い聞かせに無意識に魔力を流した結果が執着〟って比喩…例えで理解してる。例えだから実際に流しているかは別ね。」


「どういう事?」


眼球だけ天井に向ける。


「〝こおれ〟に魔力を注げば凍結範囲は大きくなる。」


「あっそういう事か。」


話の途中で理解する。

眼球の向きが戻った。


「うん。それと同じ。〝言い聞かせ〟に魔力を注げば執着は膨れだす。期間は関係ない。一度にたくさん魔力を流せば一気に膨れるし、少しずつでも長年注げば気づかない内に膨らんでる。」


「でも魔力を〝言い聞かせ〟に注いでる事に自分で気づけない。」


「そう。今のナギ君に言うなら、正確には〝とても気づきにくい〟だね。一回膨れると気づく事が無意識に怖くなるの。自分が自分じゃなくなる感じがするから。気づいちゃえば次も気づきやすいんだけど。最初がとにかく地獄って事が多い。」


アネットがちらりとナギを見た。


「ミトハロに来て三人で夕飯食べた時にアネットが話してた事がクッキリした。」


「よかった。ありがとう。本当よく覚えてくれてるんだね。ありがとね。」


御礼を言う声は震えていた。


「リサの事は、やるだけの事をやってみるよ。」


体を壁に向け、唇に力が入る。

静かだが力強い声で言った。


「うん。気づけなくて、ごめ、んなさい。」


横から嗚咽混じりの声。

顔を向けるとアネットは泣いていた。


「こっちは全然大丈夫だから。たかがリサだし。僕、村で長いから。」



嗚咽を漏らし頷く師匠。

つられて泣きそうになった。


向こうはどう思ってるかわからないが、村でリサと話した記憶などあまりない。

話し出したのは勇者候補になってからだ。

少しでも安心させようと強がる弟子。

師匠に寄り掛かり過ぎた自分を恥じた。

アネット自身も何かと戦っているのだと感じていたナギは、師匠に笑って出発してほしかった。


「アネットが心配してくれてる、救えなかった時の自分を許す事ってのはさ、全然大丈夫だと思う。僕は世界平和が託された勇者の剣をその場で売り払った自分を許せるからね。リサを救えなかった自分を許すなんて、世界平和に比べたら余裕だよ。」


弟子は少し明るい声を出す。

さらに強がった。

ナギはランタンの火に視線を向けた。

泣きながら少し笑う師匠に呼応するかのように火が大きく揺れる。

少しの沈黙の間、揺れを見ていた。


涙が落ち着くと鼻を数回啜る音が聞こえてきた。

アネットが口を開く。

少し低い声だった。


「実はリサの事、もう一つあるの。元々そっちを話さないとって思ってて。ナギ君の魔法で成長しちゃった件なんだけど―――」




波の音が大きくなる。

ナギは目を開けた。

アネットからもらった緑色が混じった麻のミサンガをさする。

足首に付けていた。

リサにはブレスレット、魔力がちょっぴり上がる腕輪をあげたらしい。

師匠から告げられた話を思い出す中でふと考えが過る。


(アネットって僕の理解度を見て、話す内容を変えてる...?)


気づきたくない人は気づけない。

それはナギにも体験から理解出来た。

実際に勇者の剣を抜いたばかりのナギに魔力だ執着だと説かれても耳を塞いでいただろう。


違和感はその逆。

気づきたいナギが気づきとして理解出来るように、アネットは説く情報をコントロールしていたのかもしれない。

記憶の中のアネットを探る度にその予想は事実としか思えなかった。


(僕がアネットを神様みたいに思わないようにしてくれていたのかもな。アネットの言う事なら間違いないみたいな、そういう思考をずっとアネットは制限してくれていた。そうだとしたらとてつもない人だ…。)


魚を獲っているのか、鳥が遠くで海中に急降下した。

少し潜って飛び立った。


(おそらくリサを助ける…リサが向きあえるようになる手段は他にもある。でもそれはアネットにも出来ない事。違うか…アネットが〝あえてしない事〟。関わっていく人にリスクがあるのかな。知識が必要?いや…アネットはとっても優しいからリサにリスクがあるのかも。)


ナギが呑まれていた時に優しく頬に手を当ててくれたアネット。

その時の言葉が浮かんだ。


〝それでも呑まれていく人間を私は助けない。助けられないの。そういう人は助けない事にしてるの。手も差し伸べない。私に矛が向いても面倒だし。絶対にお互い幸せにならないから〟


(両方か…。そうなると、僕が今からやろうとしている事はアネットでもしない事だ。)


風が冷たく感じた。

リサの虚ろな表情を思い出す。


(リサが素直に気持ちを話せば別行動を延期するくらい簡単に決断して寄り添ったはず。アネットは優しすぎるから。出発の感じを見る限りリサが拒んだんだろうなあ。きっと近づけさせなかった。)


リサのアネットへの態度を思い出すと後頭部が熱くなる。

歯を食いしばった。

波に向かって砂を思いっきり投げつけた。

とばっちりを食った蟹が素早くナギから離れていった。

しかし少年は感情を掴んだ。


(このリサへの怒りはきっと執着だ。僕は自分がアネットを拒絶したあの日をなかった事にして、リサに押し付けたいんだ。〝言い聞かせ〟ってこんな身近にあるの…。勝手に湧いてくるじゃん…。)


頭が冷える。

日々漠然と取り組んでいた〝同調〟の理解が更に進んだ気がした。

〝目を開けている時でも〟周りで起きた出来事に流されない特訓なのではと推測する。


(心をフラットに保つって難しすぎでしょ…。)


自分もアネットを激しく拒絶した。

しっかり受け入れると、認めたくない事を認めたはずなのに少年の心はとてつもなく晴れていた。


とはいえであった。

心が晴れようが胸のつかえが取れようが、リサに接する具体的な方法がわからない。

アネットの前で強がったはいいものの、ナギには方法が全く思いつかなかった。


(考えたくない。絶対にそんな事起きてほしくないけど、僕が一人で旅をする事も頭の中に入れておかないといけない。攻撃されたくないな…。)


拒絶行動に攻撃性が含まれていたのが浮かび、身震いする。

〝成長したリサ〟に攻撃されたらひとたまりもない。

さらにはラグナロク。

武器の事はよくわからないがオウ王様が大事にしていたという事は攻撃力的な何かが凄まじいのかもしれない。


ブローチとの戦いやドーゲンへの一撃でリサが相当強くなっている事は知っていた。

成長してからのリサは偶に何故か堂々としている事も。

ラグナロクに魔物の血液が付着した出来事に繋がっているのかもしれないと、本人に伝えるのは避けていた。


ナギは、リサの事を意外と見ていたのだった。

小石を波に向かって適当に投げた。


(でも、死ぬ寸前まで気付けないかもしれないから、さっさと僕だけで旅をしましょうなんて、なんもしないのも嫌だ。それだけは違う。リサを助けたい!)


ナギはリサとの美しい思い出達を想起した。

自分を鼓舞する。


(リサはむかつくし僕の事を茶化してくるし。僕がなんか言うとすぐタックルしてきたり肩どついてきたりする。何故か僕の事叱ってくるくせにお姉ちゃん呼びを他人にされると怒る。勇者の剣を抜く時に僕に嘘ついて行列を抜け出してネイルとかエクステしてくるようなギャル。ギャル見習い…腐れギャル!女神様が出てきた時も僕が覚えてないのを嫌味ったらしく突っ込んできたのに自分だって覚えてなかったし。女神様にぶっ飛ばされたってなんだよ!僕の魔法でリサが大人になっちゃった時にアルセナで渡した五万エンテのお釣りもまだ返ってきてない。盗まれた!盗賊!〝リサディア〟じゃないかそんなの!セーフポイントのプレゼントってそのお金で買ったって事!?僕のおねしょの話も知ってるし、裏で母さんとどんな恥ずかしい話をしてるかわかったもんじゃない!!アネットと初めて会った時なんて即座に僕をダシにして!イジッてさ!オウ王様との謁見でもあいつがネイル隠してるから僕が支度金を取りに行ったんだ!あっ!その時の手数料の四万エンテ!まだ催促してない!)



あれ?これ別に助けないでよくね?


少年の頭に過ぎる。

ひとつ過ると次々に巡る。


リサの体は健康なんだからよくね?

むしろ執着に呑まれ過ぎたヤバイ人だってこっちがある程度看破してるんだから向こうから拒絶されるってラッキーじゃね?

はいわかりました!勇者解散っすね!って感じでこのままアネット追いかければよくね?

逃げてないじゃん。むしろアネットと攻めてるじゃん!


思考にならないくせに勝手に湧いてくる〝何か〟を少年は振り払う。

少し離れた所で蟹が立ち止まっている。

見られている気がした。


(良いとこだってあるはずだ。いいとこ…リサのいいとこ、、、、)


一転してストップする脳みそ。

湧いてこない。

もうなんか疲れてきたナギは半笑いになった。


(あー!そうだ!僕が気絶してた時に助けてくれた!あっでも本人が否定してるんだからこれはノーカンか………。リサにいいところなんてある……?あっ元気!!!元気!リサは元気!!バカだけど明るい!あっ!僕にご飯をちょっと分けてくれる時もある!フルーツ串だって奢ってくれた事もある!アルセナでリサの部屋に行った時もけっこう綺麗だった!整理出来るって長所じゃん!運動神経も良い!マメなのかガサツなのかよくわからない人だけど、リサは元気!)


両手で頭を掻き毟る。


(ぅんぁああ後は…あ、最近はお腹空くって言ってた!お腹空くのは生きる事!ちゃんと生きてるじゃん!そう!生きてる!リサは生きてる!生きるって長所じゃん!あー!気配り!ハイビスカスを買ってみんなに配ったりしてたじゃないか!)


何もしてないのに息が荒い。


(さっき、ハイビスカスつけてなかったな。)


ため息をひとつすると、何か遠くで海面から跳ねたのが見えた。

少年は宿に戻る事にする。

強く握りしめた砂が指の隙間から溢れていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ