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第33話/揺れる境界線(7)/RISA


日がちょっと昇った頃。

気づけばあたしはドーゲンミライ道場にいた。

道場の引き戸は鍵がかかっていたので壁に開いた穴から覗いてみる。

サファが破壊したのでもはや穴というよりも扉がない出入り口だ。

〝一日一善〟の真下で壁にもたれかかって虚ろな表情をしているドーゲンさんが見えた。


「あの~。」


少し声を張るがドーゲンさんは反応しない。


(死んでる…?)


道場に入る。

静まり返った道場に床の軋む音が響く。

不発したバードコールみたいな音はしない。

ドーゲンさんの近くまで行くと、顔を上げてこちらに気づく。

さすがにずっと気づいてたと思う。

とりあえず生きてた事にほっとした。


「リサちゃん。どうしたの。ほほほ。」


顔は笑ってないのに笑い声を出してる。

癖なんだろうな。


「あの、スロウスパー…でしたっけ、体動かしたかったしあれちょっと教わろうかなって思って…。ドーゲンさんこそ何かあったの?」


ため息をつく派手な老人。

真っ赤なシャツに緑のパンツ。

派手な服装のせいでため息がなんか嘘くさい。


「リサちゃん、あのね。道場畳む事にしたから。」


ドーゲンさんはあたしを見て言った。

表情に覇気はない。


「えっ!?どうして!?」


「昨日、空き巣入ってね。壁さっさと修理しておけばよかった。リサちゃんにお金渡した後でよかったね。ほほ。」


これまでとは別人のような表情の老人。

因果応報というやつだろうか。

凹むドーゲンさんにはあまり同情はしなかった。


「これからはまっとうにちゃんと生きていこうと思う。リサちゃんにも負けちゃったし。いい機会なのかもね。これからって言ったって、もう年だから遅いかもしれないけどね。」


「そんな事ないよドーゲンさん。そっちの方がいいと思う。詐欺はよくないよ。何人くらい騙したの?」


ドーゲンさんは視線を床に向けた。


「ゼロ。」


「え?」


変な声がでちゃった。


「ゼロ。誰も騙せなかったよ。騙す才能すらないのよ。ほほほ。」


そりゃそうでしょ。

なんか盗まれたのかな。

別に荒らされた跡もないし。

そもそもこんなボロい道場…。


「じゃあ猶更辞めた方がいいよ。空き巣って何か盗られたの?」


「うん、盗られたっていうか、もうそれは平気。ほほほ。」


平気ってなに?


「そう。これからどうするの?」


「サファに世話になる事にしたよ。サファの所の新人とか若い子を教えるの。セグイドもいつ攻めてくるかわからないから。やりがいありそうだね。最初からそっちにしておけばよかったかもしれんね。ほほほ。ドミヌスに入るわけじゃないけどね。」


なんで最初からそうしなかったんだろう。

唇の端に傷がある男を思い出した。


「そう言えば、ミライ君はどうなったの?」


「ああ、ミライ君ね。彼はしばらく顔見せないと思うよ。なんかあったら会うかもしれないけど。好きなの?ほほ。若いね。」


ないない。

冗談でも言わないでほしい。


「いや、苦手で…。」


派手な老人は大笑いした。


「道場を畳む事は話したからどっかで適当にやるんじゃないのかな?ミトハロに残るのかもわからない。サファの所には行かないよ。彼、配達は興味ないらしいから。今日ワシはこれからサファの所行くけど、リサちゃんも来る?ワシが真っ当になる一歩目にリサちゃんを教えられるってのもなんかいいね。ほほほ。」


「あたし、別にドミヌスには入らないよ?ただスロウスパーしたいだけだし。」


「そうね。旅してるんだものね。じゃあワシの道場の生徒って事にしとこう。」


「生徒ってのも嫌だなあ。」


サファにも会ってるし大丈夫でしょ。

回復魔法で年をとっちゃった自分の事、なんか勝手に体が動く事がわかるかもしれない。

あたしはドーゲンさんと一緒にドミヌスに向かった。





日が傾いた頃、宿に戻る。

部屋で休んでいると扉が鳴った。


扉を開けると申し訳なさそうな顔をしたショートカットのアネット。

髪は昨日ナギと一緒に街に出た時に切ったみたい。

部屋に入るよう促した。


「隣、座っていいよ。」


ベッドに座る。


「うん。ありがとう。」


アネットがあたしの隣に座った。


「リサ、ごめんね。」


「何が?」


「旅を一緒に続けられなくて。」


あたしは目の前の壁を見てた。


「ああ、うん。いいよ。」


「ごめん。」


「ナギには事前に伝えてたの?」


「えっ、いや、リサと同時だけど。」


「ふーん。」


「あの、これ、ブレスレット。この街で昨日買ったんだ。あげるね。魔力ちょっとだけ上がるから。剣と魔法の両立って大変だと思うし。」


「いや、いらないよ。」


「えっ、どうして?」


どうしてだろ


「つけて邪魔になるものでもないから、もらってほしいな。リサやナギ君の事が嫌いになって離れるわけじゃないから」


何を言ってるの?

じゃあなんで抜けるの?

どういう事?


「うん。わかった。」


「ありがとう。」


「あとね、ドーゲンミライ道場なんだけど、あそこ行かない方がいいかもしれない。ちょっと様子がおかs―――」


「あのさあ、もうアネット抜けるんでしょ?関係ないんだからどうでもいいんじゃない?それは。」


「えっ。」


「そもそも、早くに決めてたんだったらもっとはやくに抜けてくれればよかったのに。」


「リサ、なんでそんな言い方するの?何を怒ってるの?」


「別に、怒ってないよ。」


「そう。ならいいけど。」


「いや、よくないけど。」


アネットは黙った。

なんであたしがこれまで色々考えなくちゃいけなかったの?

せっかく色々考えたのに別に意味なかったじゃん。

あんなに考えさせておいてなんで今更抜けるの?

もっと早くに抜けてくれればあたしは考える必要なかった。

っていうかナギと仲良いんじゃないの?抱き締め合ってたじゃん。なんで抜けるの?

もうよくわかんない。

考えるの疲れるからはやく出てってほしい。

もう関係ないんでしょ?


「どうしたの、リサ?何かあった?」


「そういうの大丈夫だから。」


肩を掴んできた手を振り払う。

もういいって。

よくわかんないし。

早く出てってほしい。


「もう特にないなら、これでいいかな。」


そう言うと涙目のアネットが視界の端に見えた。

なんで?

あたしが悪いの?

なんで泣くの?

別にあたしなんもしてなくない?

勝手にアネットが抜けるんでしょ?


「うん。そうするね。リサ、頑張ってね。」


あたしは何も言わずに壁を見つめていた。

扉の閉まる音がした。





「じゃあ、行くね。短い間だったけどありがとう。」


「アネット!気を付けてね!そっちが本隊だからね!本隊!」


「うん。わかった。ありがとう。ナギ君も気をつけてね。命かけちゃだめだよ」


緑髪の出発の日。早朝。

宿屋の前まで見送る。

あたしの前にいるナギが大きな声を出してた。

頭にハイビスカスを付けた二人は握手をしてる。


あたしの前に〝緑髪のショートカットの女〟が立つ。

あたしは短くなった髪の耳辺りを見ていた。


「リサ、頑張ってね。きっとリサなら大丈夫だから。」


「うん、アネットも気をつけて。」


ショートカットの女は手を差し出してきた。

あたしも手を出す。

手が握りしめられた。

視界の端に笑顔でこちらを見る緑髪。

ナギが交差した手とあたしの顔を交互に凝視していたのがぼんやりと映った。

あたしは繋がれた手を見ていた。


「じゃあ、行きます。」


「うん。」


ナギが返事をする。

手が離したショートカットの女が前を向いた。


「またね!」


ナギは声を張る。

女が振り向いて手を振ろうとした時だった。

ナギが魔法で手を掴む。

すかさず女に引っ張り倒され、前のめりに飛び転んでいた。

手を差し伸べ、起きるのを手伝っている。

ナギに何か話しかけていた。


あたしは宿に入った。

ドワンがカウンターにいた。

あたしは部屋に戻った。




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