第32話/独りだけの砂浜/Limited_NAGI
ミトハロ到着から十四日目。
いつもの砂浜にナギは一人で座り込む。
昨日アネットから離脱を告げられた時の事を考えていた。
手はそわついている。
砂を掴んでは零す。
普段はぼんやり眺める目の前の波、視線は泳いでいた。
アネットに告げられてから今後の事を話そうとリサを誘ったが予定があるようだ。
(リサもショックで気持ちの整理が必要なのかもしれない。)
アネットは明日の朝にミトハロを出発するらしい。
残る二人で見送りをする事になっている。
今日は夕方アネットとリサで個人的に話すようだが、ナギはアネットの部屋に行くのを控えるよう本人から伝えられていた。
昨日話されたアネットの離脱の理由は挫折だった。
ブローチの一戦からどうしても前向きになれないと涙ながらに話していたのを思い出す。
執着から心が安定しないらしい。
接敵後から心が折れ、ミトハロ到着から最初の五日間ほど自分と向き合ったがどうしても立て直せなかったと涙ながらに言っていた。
その数日の間に離脱を決意していた事を聞いた。
これ以上いると二人に迷惑がかかってしまうとひたすら謝っていた。
リサは何も言わなかった。
ナギは止めなかった。
ミトハロに着いてからの彼女の違和感、時折見せる涙がなんとなく理解できた。
〝自分からは教えない〟と言っていたアネットが何故か色々教えてくれていた。
その時に決めたのかもしれない。
(アネットは強いから、ブローチとの一戦で色々考えちゃったんだ。今までたくさん我慢したり特訓したりした事があるから逆にショックが大きいんだと思う。執着なんて持ったまま旅をすればいい。僕なんて勇者の剣を抜いてもずっと執着まみれだった。一昨日の特訓の時だってそうだ。アネットがいなければ僕は戻ってこれなかったと思う。アネットは執着に身を任す事をしなかったんだ。)
少年は自身が経験した事で執着の理解度が上がっていた。
アネットは自分の気持ちに見て見ぬフリをしなかったのだと、少年は考えた。
彼女の立場に立ってみた。
自分がパルとマークと一緒に旅をしていて、もし自分が一番強かったら。
自分がアネットの立場だったらどうしていただろうか。
(僕がもしアネットだったら。一番強い状態で年下の二人と旅をしていたのなら。
自分の挫折なんて気持ちに見て見ぬフリをするね。ブローチなんて勝てるわけないよ、あんな強いの仕方ないよ。ってパルとマークに言う。二人のためじゃない。自分が傷つかないために言うね。泣きながら挫折しましたなんて言えないよ。パルやマークにどう思われるか怖いからね。恥ずかしいし。仲間を離脱してもパルやマークからどう思われていたか怖くてずっと考えちゃうから、僕は自分の気持ちから逃げて自分の見映えを優先しちゃう。特訓なんて付き合わないね。おいしい白身魚のお店を二人と巡る。でもアネットは自分の気持ちを話す方を選んだ。正直に挫折を僕達に言う方を選んだ。これはすごい事だ。格好悪くなんてないよ。)
目の周りが熱くなる。
砂浜に落ちている小石を波に向かって投げた。
(こんなに弱い僕が。上達しなくても、色々上手くなれなくてもなんとか毎日続けられてるんだ。アネットになんて一回も勝った事ない。一昨日のは不意打ちだったしさ。ミトハロに着いてからは自分が嫌になる事なんて毎日だ。でも練習は毎日出来てる。ブローチを想像するのだって嫌だ。毎回負けるし。でもやってる。だから強いアネットなら絶対に戻ってくるはずだ。アネットならきっと大丈夫だ。)
ナギはアネットの離脱を認めなかった。
別部隊、分隊、同じ仲間の別行動。
考えつく限りの言葉をアネットにかけていた。
諦めるのも、鍛錬をやめるのも構わない。
しかし絶対に離脱は認めなかった。
ナギは砂を強く握りしめた。
(そもそも僕とリサの方がアネットよりも弱いんだからあっちが本隊だ。それを言ったらアネットは泣きながら笑ってリサは口を尖らせていたけど、絶対そうに決まってる。それに僕が一昨日執着に呑まれかけた時、自分の気持ちから逃げた時アネットは助けてくれた。だから今度は僕が相談に乗ってあげるんだ。今は、無理かもしれないけど…。)
ナギは後悔していた。
勇者の剣を抜いてからでももっと自分と向き合っていれば。
リヴェル村にいた時からたくさん何かを経験していれば。
何かアネットの力になれたかもしれないと感じていた。
弱いままだったとしても、心は強くなっていたかもしれない。
アネットの話を何か聞いてあげれたかもしれない。
アネットが旅を辞める、魔法使いとしてもこれから努力する事はないと言っていたのを思い出した。
(本当に諦めるならわざわざ自分から挫折したなんて言わない。一昨日の特訓で僕を煽ってたみたいに、僕が弱いからとか。周りがどうだとか。自分以外のせいにすればいい。そういう風に僕達には言えばいい。きっとまだ向き合ってる最中なんだ。もし本当に挫折なんだとしても、自分の気持ちを見つめていれば大丈夫。アネットが僕にそう言ってたじゃないか。大丈夫だ。アネットは絶対に戻ってくる。)
涙目をシャツの素手で擦る。
リサが気になった。
(リサはどう思ってるんだろう。てっきりあの手この手で止めると思っていたけど、結局何も話さなかったな。困っているようにも見えたし混乱しているようにも見えた。目がうろうろしていた気がする。大丈夫かな。そういえばハイビスカスも付けていなかった。いつから付けてなかったっけ?自分から配ったのにそういうのしないの珍しいな。)
頭についているハイビスカスのアクセサリに触れた。
自分の事に精一杯で最近あまり話せていない事に気づく。
アネットの件で落ち込んでいるかもしれない。
(僕が横で気絶しててリサが成長しちゃった時に守ってくれた事も御礼を言っておきたい。リサはなぜか話したくないみたいだから慎重に話さないと。)
これからどうしたらいいのか不安だった。
そして同時に、今まで先の事があまり不安ではなかった自分を恥じた。
アネットに寄り掛かっていたのかもしれない。
その分、負担にさせてしまっていたのかもしれない。
しかしとりあえず出来る事をやるしかない。
アネットの離脱は認めないとはいえ明日からは別行動である事は決まっている。
今は節目。
まずはリサの気持ちもしっかりと聞かないといけないとナギは考えた。
(とにかく行動しよう。勇者の剣を抜いた時みたいにだらだらするのはナシだ!)
砂を波に向かって投げた。
その日の波は音が全くしなかった。




