第25話/揺れる境界線(2)/RISA
ミトハロに来て六日目の朝。
宿にいるとグルグル頭を何かが駆け巡る。
それならと朝の光が完全に回りきり、空気が少し温み始めた頃に外に出る。
〝ドーゲンミライ道場〟に行く事にした。
一応ラグナロクも持っていく。
体動かすのって気持ちいい。
軽く走る程度のスピードで裏路地を走る。
街の中心から行くと時間がかかるのでショートカット。
裏路地は暗く、ひんやりする。
初めて嗅ぐ独特の臭いがした。
道端で寝てる人がいる。
窓が勢いよく開閉するようなバンバンという大きい音。
数歩くらいの距離、同じところを円を描いて歩き回っている人がいる。
なんか落としちゃったのかも。
オーイ!って女の声で建物の上の方から何回も声がするんだけど上を見ても誰もいない。
あたしじゃないみたい。
どこからか近くで甲高い笑い声が聞こえてきた時は驚いたけどご機嫌なんだろうと走り抜ける。
物が割れる音が時折した。
皆おっちょこちょいなのかも。
ドーゲンミライ道場に到着して引き戸を開ける。
貼ってある〝一日一善〟がとにかくでかい。
「すいませーん!」
あたしは声を張って誰かを呼ぶ。
ドーゲンさんぶちのめした時の穴はまだそのまま。
誰もいない静かな道場。
風情があった。
差している太陽の光が幻想的。
こんな風景の中修行したら強くなれそう。
「すいませーん!」
もう一度。
誰もいないのかな。
静まり返る道場。
変な音が聞こえる。
乾いた薄板同士が、風に押されて擦れ合うような音?
もう少し高い気がする。
リヴェル村で木片に穴をあけて骨片を差し込んだバードコールを作った事がある。
その音に近い。
擦り合わせた時に高い音が出なかった時の不発音みたいな。
気持ちの良い音ではない。
これどっから聞こえるの?
決して大きい音ではないけど微妙にどこからか聞こえる。
もう帰ろうと引き戸を閉めようとした瞬間。
奥の部屋から慌ただしい声が近づいてきた。
「すいません!ごめんなさい!」
奥の部屋から金髪が顔を出す。
ミライ君だった。
「あっリサさん!おはようございます!ごめんなさい!寝ちゃってて!」
申し訳なさそうに相変わらず謝っている。
「すいません、大丈夫でしたか?あの、ドーゲンさんいますか?お金もらおうかなって思って。」
「ごめんなさい!今ちょっと外出してるんですけど、すぐ戻ると思いますよ!待ちますか?すいませんせっかく来て頂いたのに!」
「じゃあどっかで時間つぶしてきます。」
「すいません!すぐ来ると思いますよ!ごめんなさい!」
街を見たかったけど、すぐ来るらしいから待つ事にした。
外でストレッチでもして待とうかと告げると中を案内されたので道場の中に入る。
道場の壁に寄り掛かり床に座った。
「ごめんなさい!飲み物とか今切らしちゃってて、何にも出せなくて!」
ミライ君が隣に座ってきた。
近くない?
あたしは姿勢を正すフリをして距離をとる。
「すいません、穴、開けちゃって。」
悪いと思っていない謝罪を一応する。
あたしに挑んできたのはそっちだ。
「ごめんなさい!すいませんこちらこそ!急に驚きましたよね!本当すいませんでした。リサさんって強いんですね!」
謝りまくるミライ君を横目で見る。
村にいた時のナギの雰囲気にやっぱり似てる。
ナギが大きくなったらこんな感じになるのかな。
「いえ、そんな事ないですよ。」
適当に笑顔でいなす。
出身や旅の理由とか聞かれたけど適当にはぐらかした。
すごいナギの事聞いてきた。
なんであいつそんなに人気なの?
「すいません、ドーゲンさんってこの街で一番強いって評判なんですけど。やられちゃった時はびっくりしました!一番強いだなんて僕が言っちゃってごめんなさい!」
(うそだろうな…。)
「たぶん、まぐれだと思いますよ。」
謙遜する。
雑に見えちゃったかも。
百回やっても負ける気はしない。
「すいません、言葉崩してもらって話してもらっていいですよ。ナギさんはお強いんですか?ごめんなさいこんな事聞いちゃって。」
またナギか。
っていうか謝られまくるのってイライラする。
ミライ君かっこいいのに勿体ない。
ナギとミライ君の性格、足して半分にならないかな。
あいつは生意気すぎ。
帰りたい。
前を向きながら適当に答える。
「いえ、全然強くないですよ。」
「ごめんなさい!すいません!そうだったんですね!そしたら、リサさんなら強い仲間とかから誘われるんじゃないですか?お綺麗ですし!なんか勿体ない気もします!守るのは誰にでも出来ますけど攻めるって限られた人にしかできないので僕はそっちに憧れます!弱い人を守って強くなった組織なんてないですし。強い人を集めた組織が、結果として誰かを守るっていうか。同じ強い人同士で必要とされた方が幸せっていうか…。ごめんなさいこんな事言っちゃって!本当すいません!ごめんなさい!」
ミライ君が捲し立ててきた。
何が言いたいの?
なんかイライラする。
あたしこの人だめだ。
無理。
「ミライさんって、なんでそんなに謝ってるんですか?あたし別に気にしないんで普通の喋り方でいいですよ。」
できる限り笑顔で答えた。
「あっすいません!気になりますよね!ほんとすいません!性格なんですこれ!ほんとごめんなさい!僕、人を攻撃したりとか戦いとか全然向いてなくて。すいませんずっとこうなんです!だから強い人にほんと憧れてて!好きなんです強い人!ほんとすいません!」
限界。
「あたしには普通の喋り方でいいですよ。ドーゲンさんも来なさそうだし、帰りますね。また来ますよ。」
来てもすぐ帰ると思う。
「すいません!全然帰ってこないですね!ほんとごめんなさい!ちょっと待ってて下さい!すいません!」
ミライ君はそう言うと奥の部屋にダッシュする。
あたしは立ち上がって出入口付近で待っている。
再び静まり返る道場。
バードコールの不発音みたいな音がまた聞こえてきた。
静まると聞こえる。
(なんなのこの音…。)
ミライ君が戻り、千エンテを差し出してきた。
「ごめんなさい!明日はドーゲンさん必ずいますから!今日のところはこれで!すいません!今日は僕も時間なくて無理なんですけど、明日だったらこの街の事とか色々お教えもできますから!あっもちろん無料です!すいません!もしお時間あったらぜひどうぞ!あと、ドーゲンさんいないとお金渡しちゃいけない事になってて、これ勝手に渡すと僕が盗んだみたいになって怒られちゃうんで明日来てもらえると助かります!すいませんごめんなさい!」
「えぇ…、じゃあ今日はいらないです。明日今日の分ももらいますから。」
たぶん笑顔じゃなかったと思う。
「すいませんすいませんもらってください!ごめんなさい!」
そう言うと強引にあたしの手を握って千エンテを渡してきた。
気持ち悪すぎ。
すぐに手を引く。
「わかりました!わかりました!じゃあもらいますんで!」
「ほんとすいません!」
引き戸を素早く閉めて逃げるように帰る。
距離感がぶっ壊れすぎてて無理。
限界。
謝罪酔いをしながら宿に戻った。
*
日が昇ったころ宿に着くと、ナギの部屋の扉の前にいた。
何やってんだろ。
別にナギがいると思って来たわけじゃないんだけど。
じゃあなんであたし立ってるんだろ。
自分の部屋戻ろ。
これノックしたとしてどうするんだろ。
別に用なんてないんだけど。
ちょっと確認したかっただけっていうか。
何を?
誰もいないのわかってるし。
昼間あいついない事多いじゃん。
もしかしたらいるかもしれない。
居たとしてどうするんだろう。
何してるんだろうあたし。
ナギは何してるんだろう。
部屋にいるのかな。
どうしたんだろう。
なんであたし立ってるんだろう。
戻ろ。
ノックしたらいるかもしれない。
ちょっと話したりして、情報交換とか。
あたし情報持ってない。
いつ帰ってくるのかなナギ。
今部屋にいるのかな。
居てどうするんだろう。
ノックしてどうする。
あたしはなんで立ってるんだろう。
戻らなきゃ。
ナギが居たとして何を話せばいいんだろう。
ナギは誰と過ごしてるんだろう。
どうしたら話せるんだろう。
今部屋にいるのかな。
あたし何してるんだろう今。
部屋の中静かだな。
そりゃそう誰もいないんだから。
ノックしても、意味ない。
用事、ないし。
話すことも、ない。
ないよね。
今日はなんか動けない。
もし今開いたら…。
何を言うつもり?どうするの?いないんだから。
ちょっと元気かなって思ったっていうか。
いないんだから意味なくない。
いやいると思って来てないし。
どうしたらいいの。
ばかみたい。
ほんとなにやってんだろ。
あたしなんでこんなことしてんだろ。
アネットとなんかしてるんだと思うナギは。
ノックしてみようかな。
ノックしても別に話すことない。
いやこんなに静かなんだから別に誰もいないって。
昼の宿は静かだ。
じゃあなんでこんなにうるさいの?
開かないの分かってる。
まだ帰ってないだけかもしれない。
それ待ってるってこと?
何回これ繰り返してるの?
今日はなんか足が動かないな。
疲れてるのか。
戻ろ。
ちょっと部屋で寝ようかな。
そう、疲れてるんだと思う。
戻ろう。
そうしよう。
今日はちょっと体調悪いっていうか。
ミライ君も意味わかんなかったし。
散々だっただけ。
戻ろう。
ノックだけしていこうかな。
でもいないだろうな。
ノックだけしてどうすんの。
誰とどこ行ってるんだろう。
戻ろう。
誰もいないんだから。
ほんとに?
誰か来た。
戻ろう。
*
帰ってきちゃった。
いや、帰るでしょ。
じゃなくて。
なんで行ったの。
ナギって私の知らないところでもう変わってたのかな。
元々そうだったのかも。
昨日話した時話しにくかった。
何が変わったの?
アルセナでは普通に話せてたのに。
なんでこうなったの?
人ってこんなにはやく変わるの?
どこで変わったの?
なんか落ち着かない。
ミトハロ着いて最初にごはん食べたときは二人とも仲良かった気がする。
キューとも仲良くなってた。
最初から知り合いだったの?
あたしだけが知らなかったの?
でもナギから砂浜に誘ってくれた事もあったし。
そう、誘ってくれた事もあった。
あたしが成長した時もすぐあたしって気づいてくれたし。
ジェル状のモンスターと戦った後も大丈夫?ってラグナロク持って来てくれた。
魔法って想いの強さだってアネット言ってたから、あたしが成長しちゃったのってナギの想いの強さの可能性あるし。
詐欺なのに〝ずっとも〟したら笑ってくれたし。
じゃあなんで砂浜で話がしにくかったの?
毎日あそこにいるの?
今日何してるんだろう。
ミライ君も今日ナギの事聞いてきたな。
なんでそんな人気なんだろう。
村でも人気だったのかな。
あたしが知らなかっただけ?
あたしなんかした?
キューはあだ名で呼んでるし。
あたしはあだ名じゃない。
比べるものじゃないと思う。
じゃあなんで比べてるの?
あたしのせい?
別に関係なくない?
なんで今思い出したんだろ。
でもドーゲンさんぶっとばした時うれしそうだった。
アルセナで新しい洋服着たらきれいって言ってくれた。
ドーゲンさんの時は応援もしてくれた。
帰り道話しかけてくれた。
目は合わなかった気がする。
目合った気がする。
でも応援してくれた。
話したい。
話してどうするの?
村ではナギは話してくれてた?
話してなかった?
あんまり話してなかった?
でもそれって今とどういう違いなんだろ。
なんか変。
あたしが変なの?
あたしのせい?
周りは普通なの?
あたしが気にしているだけかも。
そうそう、別に何も変わってないかも。
いつも通りだと思ってた。
今日もいつもと同じ。
今何してるんだろう。
特に気にすることない。
気のせい。
何が気のせいなの?
ちょっと疲れてるのかも。
寝よう。
疲れてるだけだから。
はやく明日が来ないかな。
明日が来てどうするの?
あたしがおかしいの?
周りがおかしいんじゃなくて?
寝よう。
この日の夜はナギの部屋をノックしなかった。
ミトハロに来て六日目が終わった。




