表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/24

第1話/理不尽な出発の日/Limited.pov


早朝、ナギが腹いせのように食卓の上で大きめのリュックに荷物を押し込んでいると、

母親のナエラの張りのある声が背中からする。


「忘れ物ないようにね、ちゃんと全部持った?」


手と視線は止まったが思考は動く。

勇気と覚悟以外はちゃんと持ったよ。母さん。

そう言いかけて口をつぐむ。

八つ当たりはクッション性の高い衣類までだ。


少年の思考は止まらない。

行き場を失った感情が皮肉となり、脳内を占拠する。


(母さんはどっちがいい?家庭円満に向けてやる気たっぷり、そこそこ準備の出来てる夫。

家庭崩壊を全面的に視野に入れてるけど何故か準備万端の夫。)


そんな事言えたもんじゃない。

肩でひとつ息をして、世界崩壊に向けてパッキングを再開する。

虚無感に包まれ、あらゆるものに温度を感じない。


〝多分やる気はある夫〟

ナギの父、キャスターの機械的な声が少し遠くからした。


「リサちゃんにあんまり迷惑かけるなよー」


体中の穴という穴から皮肉が噴き出しそうになる。


(僕がリサに迷惑をかけるだって?世界平和よりも自分の爪が重要な、あの茶髪ギャルに?)


喉で言葉が止まる。

違う言葉で取り繕わねば別人になってしまいそうだった。

焦って口を開く。


「二人は、僕に勇者になってほしいの?」


ナエラとキャスターは顔を見合わせる。

いつも言葉はナエラが早い。


「そりゃあ、ナギが勇者になったら胸を張るわ。」


外から聞こえる少し早起きの鳥達の鳴き声がそうだそうだと言っているようで辟易としたナギは、

とりあえず、ふーんとだけ返事を置いた。

キャスターが問いかける。


「村の入り口まで見送ろうか?」


「いや、勇者にならないんだし、いらないよ。勇者にならないんだし、すぐ帰ってくるよ。抜けないし。剣なんて。」


乾いた笑みと共に浮かんだ言葉をそのまま並べるナギ。


「じゃあ日が昇ったら、アリエさんとサルドさんとこ挨拶行ってくるよ。」


「もし会ったら伝えとく。」


リュックサックを背負い、ナギは深呼吸をしてドアの近くから二人に言った。


「じゃあ、いってくる。」


無機質な声だった。

決意など微塵も感じられない、何故かすでに世界を恨んでいる、

執着まみれの小さい勇者候補は家を出た。

背中から二人の声が聞こえた。





少年の足取りは重い。

外はまだうす暗かった。

ひんやりとした空気を感じながら視線は虚ろ。

時折ふざけて白目でふらふらと歩く。


村の入口に近づくと馬車と人が数人、目に入った。

リサの母アリエ、父サルド。弟のリル。

リサもいた。


「ナギ、おはよう!」


澄んだ声の茶髪女子に挨拶を返すと、

その応援団の一人、サルドが続く。


「ナギくんおはよう。気を付けて。リサをよろしくね。」


「おはようございます。こちらこそ。」


やや冷たい声のナギ。


「最近ナギくん見かけないから心配してたのよ。頑張ってね。」


アリエだ。


「ありがとうございます。」


言葉が見つからないので偶々浮かんだ謝意を述べる。

パジャマ姿のリルは欠伸をしている。

起こされたのだろう。


「ナギ~お土産よろしくね~」


「うん。ありがとう。」


謝意の連発で語彙の枯渇が透けそうだったのでリサをちらりと見る。


「行こっか!」


元気いっぱい茶髪ギャルに救われ馬車へ向かってふらふら歩く。

この瞬間、父と交わした〝本日挨拶に行く旨をリサ一家へ伝えるミッション〟見事に霧散。


背負っているリュックサックのようにナギは色々とパンパンなのだ。

悪意はない。


馬の近くにいるのはジョージ。

と、誰かが話している。

憂鬱の元凶である、村の占い師サディナだった。


「げ・・・」


小さい勇者候補の足が止まる。

こちらに気づいた元凶は、みるみる近づいてくる。


「ナギィ!!!死ぬなよお!」


しゃがれ声と眼前まで接近した顔の皺で迫力が増している。

モンスターだ。


「大丈夫!大丈夫!死なない!勇者にはならないから!」


仰け反って声を張り応戦する。

リンゴが入った袋をサディナが押し付けてきた。

ナギが量の多さに驚いていると優しい占い師はリサに話しかけていた。


「気を付けて行っておいで。」


柔らかい声だった。

茶髪ギャルの溌溂とした返事が終わるより早く、

ナギはサディナの目の前に袋を突き返す。


「サディナさん、こんなにいらないよ。」


「いいから持ってきな」


一拍置いた鋭い声に寒気がする。

声だけでなく、その視線の鋭さにナギは引き下がるしかなかった。


「ありがとう。」


ぽつりと言うがサディナは馬車からすでに遠ざかるように二人の勇者候補からすれ違っていた。


「もうよければ出るぞー。乗ってー。」


ジョージが催促した。

低めのお団子ヘアの茶髪女子に続いて、

ボサボサ頭の黒髪男子も馬車に乗り込む。


「リサ・・・いこうぜ・・・魔王を倒しに。」


黒髪男子は壊れた。

リサは普段と口調が全く異なるその少年を、目を細め無言で見つめる。

向けられた瞳が今の空気以上にひんやりしている事を少年は察し、瞳から光を消した。


家族とモンスターに笑顔で手を振るリサ。

これが世界平和か。ナギは思った。

不安定な状態がもはや安定といえる情緒の少年は、

気づかれない程度の会釈をして馬車は出発した。



***



馬車は簡易的なものだった。

蓋がない大きな木箱を馬が引いているといった方が適切だ。


ジョージが前を向き馬の後ろで手綱を握る。

そのすぐ後方の荷台に落ち着きのないリサ。

リサとの視線が直角に交わるように項垂れたナギ。


荷台に揺られおしりが痛かった。

大地からの気合注入に感じた。

ナギがリンゴに噛り付いた時、リサがジョージに向かって声を張る。


「村長さん来なかったね!」


「寝てるんじゃないかなあ、ごめんねえ。帰ってきたら一緒に報告をしよう。」


ナギはジョージの発言に違和感を抱く。

リサがやや声を張る。


「ジョージおじさん、アルセナ城ってここからどれくらい?」


「八時間か、かかっても十時間くらいかなあ、ふたりとも、リヴェル村代表として頑張ってねえ」


「うん、今日はありがとう!勇者の選抜って、いつから始まってるの?」


「十日くらい前からスタートしてるってサディナさんは言ってたけど、もう抜かれているかもねえ。剣。」


ジョージは笑う。ナギは目を瞑り祈る。

前を気にしながら時折荷台を向き、ジョージが声を張る。


「今夜中にはさすがに着くと思うけど、参加するのは明日かなあ。人がたくさんいると思うから

もし宿屋が開いてなかったら野宿になっちゃうかもしれない。大丈夫だと思うけどね。」


野宿。不安を隠しきれないナギ。

あらゆる言葉が鋭利に感じた。

その辺の茂みから急に熊が飛び出してきそうな程に世界が敵に見える。

ジョージはさらに声を張った。


「明日、参加したらすぐ帰る予定だけど、ちょっと見て回るかい?せっかくだものね。

でも抜けちゃったらそのまま旅のスタートか!あーあ!村長!」


ジョージとリサの笑い声が重なる。

ちょうど齧る手が止まり横目でそれを凝視する少年。

袋にリンゴを戻す。


「参加し終わったら少し見て回ろうよ。」


リサが隣に座ってくる。


「剣、抜けちゃったらどうするの?」


昨日、いなしたはずの質問をナギからしていた。


「ははは!勇者にはならないんでしょ?なら断ればいいじゃん。」


勇者候補を通告された時からの違和感が、この一言ではっきりした。

いや、ナギは薄々気づいていた。

輪郭を追いたくなかったのだ。


誰も剣が抜けてしまう事が〝思考にない〟。

想定していないとか、可能性を否定しているとかそうではなく、〝そもそも頭にない〟。

昨日のリサとの会話を再現している事に気づき、問答にしがみつくのはやめた。

今日こそ話題を変えようとした。


「勇者ナギ!ひとこと述べよ!」


笑いをこらえるように唇をゆがませ、リサの大きな声。


「なにが?」


怒気、含み気味のナギ。


「いや、剣が抜けちゃったら偉い人とかと話すんじゃないの?その練習。なんて言う?」


「剣、お返しします。かな。」


腿を叩きながら天を仰ぎ笑うギャルを

別種族だと言い聞かせ怒りの抑圧を試みたが難易度が高かった。

聞こえてくる小気味よい蹄音に感情を委ねる。


「ナギ、ナッツ食べる?」


「うんちょうだい。」


「お母さん達にお土産何買っていこうかな、ナギはなんか買う?」


「あっ。そうだ。」


ナギは思い出す。

母のナエラからお金を持たされていた。

ナッツを口に放り込んでリュックサックから取り出した布の袋を覗き込む。

〝五千エンテ〟くらい入っている。大金だ。

たまらず手綱おじさんの方向に声を張る。


「ジョージおじさん!宿泊っていくら?」


ジョージの肩が跳ねた。

ナギからの問いかけが予想外だったのだろう。


「おっおう、たしか、一泊〝三〇〇~七〇〇エンテ〟くらいかなあ。」


意外と高かった。

アルセナの相場は知らないが、

仮に勇者になってしまった後に〝何もしないでいられる期間〟は、十日もないかもしれない。

宿泊費だけではない、飲食にも必要だ。

勇者になってから気を休める日数がない事に愕然とした。

剣が抜けたらすぐに、世界を救いに行かねばならない。


大きな息を吐くと逆にそれを吸い込んだかのようなリサ。

視線をやると、リサは自分の袋を覗きこんで、目をまんまるくさせて口に手を当てている。

ナギは溜息ついでに覗き込む。

慌ててリサは袋を閉じ、リュックサックの奥底にしまう。


「えっ見せて。」


「一万五千エンテ。」


無理やり耳元で囁いてきた。

ナギは電撃で撃たれたようにびくんとした。

電撃はリサの吐息混じりの声ではない。金である。金、金、金。


大富豪がここにいた。

いや、別の可能性もある。

リサの両親は誰よりも現実的に真剣に〝勇者になった後の事〟を考えていたのかもしれない。

それは大富豪の家に産まれる事よりも幸せな事だ。


さておき、

目先のギャル女の雑念であるネイル、観光の断念に成功したならば

間違いなく二十日はもつ。

仮に勇者になったとて、その空白期間で打開策が閃きそうな日数だ。


ナギは一時的に未来を向く。

〝勇者になるのが嫌だ〟から〝剣が抜けちゃった時どうすべきか〟に切り替わりつつあった。

一万五千エンテは少年の思考が反転するには充分な金額であった。


「リサ、いつも優しくしてくれてありがとう。今もナッツくれたし。」


「何急に、全然いいよ、そんなにおいしかった?」


リサは目を逸らし手元がそわつく。


「うん、とてもおいしかった。リサ、僕が勇者になったら一緒に旅をしてほしい。一緒にいたい。」


脈絡の無さで意図を察したのか、

リサの目尻が緩み、ぎこちない蜂蜜のような声を出す。


「うん、いいよ。ずっと一緒に旅をしてあげる。

じゃあナギ、あたしが勇者になっても、ずっと一緒に旅をしてね。約束だからね。」


〝別に勇者にならなくても世界を救う旅に参加できてしまう世界線〟


最も不要な世界線がナギに追加された。


「ああぁ・・・ごめん、今のナシ。」


リサは足をばたつかせて笑う。

ナギからは手綱おじさんの肩が震えているように見えた。


占いモンスターの戦利品を再度手に取り、

少し乱暴に噛り付き袋に戻した。

空はだいぶ明るくなっていた。


「ナギ、なんか面白い話して。」


「散々笑ったじゃん。」


「ひま。じゃあ〝親指合わせゲームしよ〟」


「いいよ。」


親指を上にした状態で

手の平をそれぞれグーにし、密着させてお互いに近づける。

相当暇なんだろう。あらゆる動作でリサが早い。


「じゃああたしから。いっせーのせ!に!」


対戦相手の少年が〝親指を立てる〟という精神状態でないのは明白だったが、

茶髪女子は左手の親指だけを立てている。


「これって立った親指の本数を当てれば勝ちだよね?」


「そうだよ。何言ってんの?やったことないの?ナギ友達いないんだっけ?」


ナギは無視をして唐突に言い放つ。


「いっせーの、せ!イチ!」


勝った少年の目に光はなく、リサの親指を見つめていた。


「リサ、指上げるタイミング早すぎない?」


「何が?」


「いっせーの、〝せ〟で指上げてない?」


「ちょっと早かっただけじゃないの?」


「合図の後、一呼吸置くものじゃないの?」


「地域によって違うんじゃん?」


「出身おなじじゃん。」


その後しばらく、ナギはピクリともせず、興味なさそうに圧勝した。

親指を立てられない精神状態が見透かされたかのように、とあるタイミングから全敗した。



***



少し荷台で睡眠をとったり、休憩をしながら。

自分に対するジョージおじさんのぎこちない態度にナギ本人が慣れた頃。

一行はついに、はじまりの城〝アルセナ城〟に到着する。


ナギは三回嘔吐していた。

自分の体の一部が村に戻りたがっているんだと曲解した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ