第23話/初めての反論/Limited_NAGI
「すいません!ナギさん!本当にすいません!僕と勝負してください!本当にすいませんすいませんごめんなさい!本当にすいません!」
朝一番に訪れたドーゲンミライ道場。
ミライ君の執拗な土下座にうんざりしながらミトハロの十二日目が幕を開けた。
この日のアネットとの特訓は夕方からだった。
ドーゲンの姿はない。
壁に大きく貼られた「一日一善」が今日もアンバランスに輝いている。
リサとの対決でドーゲンが突っ込んだ壁の穴は何故か人が余裕を持って通れるくらいに大きくなっているように見えた。
謝罪をするミライ君をよそに、険しい表情のナギ。
(誰かまた穴に突っ込んだのかな…。ドーゲンさんってここに来てるのかも。いつもと違う感じがする。なんだろ。)
違和感を抱きながら視線を〝土下座癖のミライ君〟に移す。
「ミライさん、勝負じゃなくてお金もらいたくて来たんだけど…。」
ナギは話題を戻す。
決して逃がさない。
ドーゲンミライ道場を訪れるのは今日で最後にしようと決めていた。
「僕と勝負してナギさんが勝ったら…すいません!差し上げます!ごめんなさい!!すいませんすいませんごめんなさい!すいませんすいまごめんなさい!」
また前回の繰り返しだ。
そもそもなぜこの男はこんなにも謝っているのか。
時間がもったいない、帰りたいナギ。
「勝負の内容は前と同じですか?」
「ごめんなさい!はい…ドーゲンさんの時と一緒でいいです!すいません、前回言った通りナギさんが僕に攻撃を当てる事が出来たらちゃんとお支払いします!倍額!!すいません!」
「じゃあ、勝負をするために一万エンテ。僕は暇つぶしだとか勝負とか興味ないんです。ミライさんが一方的にお願いしてるんだからそれくらいしてほしい。」
どんどん勇者から離れていく少年。
「ごめんなさい!わかりました!すいません!五千エンテ払います!参加費!五千エンテ!すいません!」
「わかってないじゃないですか…。八千五百。」
刻む勇者。
「すいません!八千!すいませんすいません!」
「わかりました。それでいいですよ。前金がいいです。」
意外とイケた。
前金を促す勇者。
ダガヤ・クルーの人達の会話から学んだ言葉だ。
「わかりました本当にすいません!ごめんなさい!!本当にすいません!ごめんなさい!すいませんすいません!」
ミライ君は謝りながら奥の部屋を出入りする。
八千エンテを持ってきた。
(お金渡せるじゃん…。)
辟易としながらアイテムポーチに入れるナギ。
なんだかんだで口角が上がるのを我慢する。
「ありがとうございます。木刀ですか?」
「ごめんなさい!そうですよねすいません!ごめんなさい!ナギさんは木刀で、僕は素手ですすいません!」
再び奥の部屋に行き戻ってくるミライ君から木刀を渡される。
どたばたである。
土下座ばかりを見ていたので唇から両頬にかけての傷を忘れていた。
顔は怖いがイケメンだ。
ふと周りを見ると壁に開いている無数の穴が映った。
(こんなに穴あったっけ…?)
対峙する二人。
「ごめんなさい!いつでもいいですよ!すいません!はやく来て頂いて!すいません!」
「いきます!」
木刀を握る手に力が入るナギ。
魔法は使わない。
「はい!すいません!」
ミライ君は活き活きとしているように見えた。
「まいりました。」
有難う御座いましたと一礼のついでに床に木刀を置く。
そのまま出入り口に向かった。
握手は決してしない。
「ごめんなさい……え?…すいません!おわり?…ですか?すいません!え…ごめんなさい!え…?すいません!」
ナギに叫ぶミライ君。
表情が一変する。
「終わりじゃなくて、ミライさんの勝ちです。僕の負け。勝てる気がしなかったんです。すいません。」
「すいません!ごめんなさい!こんなのってないです!絶対におかしいです!すいません!」
(えぇ…。)
ナギドン引き。
眉間に皺が寄る。
「僕前から思ってたんですけど、ミライさん、大丈夫ですか?何がしたいんですか?」
足を止めミライ君を向く。
ドーゲンが突っ込んだ穴が目に入った。
やはり少し大きくなってるような気がした。
「ごめんなさい!すいません!勝負がしたいんです!すいません!」
「だからミライさん勝ったじゃないですか…。」
「すいません!すいません!向かってきてほしいんです!ごめんなさい!すいません!」
あまりにも支離滅裂過ぎて同じ人間とは思えなかった。
「もう行きますね…。お金、有難うございました。」
顔を背けながら言う。
(なんかここ、どんどんボロくなってない?)
背ける途中、壁に開いた無数の小さな穴が見える。
ここにいる理由がないナギ。
八千エンテを回収できたのは大きかった。
出入り口の引き戸に近づいた途端、ミライ君は叫んだ。
今日一番の声量だった。
「リサが可哀そうです!すいません!」
振り向くナギ。
「ごめんなさい!僕なんかがこんな事言ってすいません!でもリサがあまりにも可哀そうです!本当すいません!ナギさんみたいに弱い人、戦う事すらしない弱い人と仲間で!ごめんなさい!すいません!」
引き戸から手を放しミライ君を真っすぐ見るナギ。
(リサは道場に来てる?)
「ごめんなさい!ナギさんの出身がどこか知りませんけど、故郷に帰った方がいいですナギさんは!仲間に迷惑かけるなら!すいません!ごめんなさい!本当にこんな事言っちゃってすいません!」
ミライ君は泣きそうな顔で言った。
「すいません!ナギさんって!ただ仲間に守られてるだけじゃないですか!ごめんなさい!ナギさんは!なんの…ごめんなさい!なんのために生きてるんですか!?すいません!ごめんなさい!」
ナギに数歩近づいて立ち止まる。
胸の奥が少しどろつく。
「すいませ…ごめんなさい!ミトハロでは皆覚悟もって戦ってて!ごめんなさい!だから!ナギさんはナギさんは…!故郷に帰った方がいいです!すいません!姿を消した方がいいんです!ナギさんもそっちの方が幸せになれると思います!すいません!あなたを守るために誰かが傷ついてて…!ごめんなさいこんな事言って!すいません!ナギさんの仲間は…あの、すいません、ナギさんを連れてるんじゃなくて…ごめんなさい!…ナギさんを置いてけないだけだと思います!すいません本当にごめんなさい!」
息が荒いミライ君を平然と見つめるナギ。
「ミライ君って、たくさん謝るけど悪いと思ってないよね?」
目を見開くミライ君。
「僕さ、知り合いっていうか、なんて言ったらいいんだろ…。」
ナギはブローチを思い出しながら話す。
脈が速くなった。
体が熱い。
「人を揺らがせる、惑わせるのが好きな奴って言ったらいいのかな。僕の中での最強の存在?そういう存在を知ってるんです。」
毎晩自分の弱さを痛感させられているナギにとって、ミライ君の言葉は即座に動じるものではなかった。
しかし、言葉を重ねようとしている自分自身に驚き、緊張した。
勇者の剣を売った時は必要性に駆られての出来事だ。
何かの感情を言葉で表現する機会はあれど、それは主張とは程遠い。
ぽつりぽつりと刹那的に出るものを言葉にしているだけだった。
その場を去れば終わる事を、わざわざ相手に反論するというのは初めての経験だった。
リサならともかく相手はミライ君である。
毛ほども関係性がない。
少年は言葉を連ねた。
「そいつは、相手に弱さを痛感させるために、そのためかはわからないけど。圧倒的な強さを見せつけてきて。その存在と言葉も交わしてないのに、戦っただけでみんな揺らぎました。少しその後に話したけど、その時は、揺らぐとか迷うとかそういう次元じゃなくて、みんなたぶん怖くて、話にすらならなかった。」
何十回と再生されたブローチが浮かんでいた。
視界に映るミライ君はナギに見られていなかった。
想起しながら話すものだから、脈絡が無くなりそうだった事に気づく。
「ごめんなさい、何が言いたいかっていうと、ミライ君は僕を焦らせたいんだと思うんですけど、僕は自分が弱い事をすでに知っているんです。だから、今ミライ君が言ってる事は〝トマトは赤い〟とか〝オレンジは食べる時に大抵皮を剥く〟だとか〝フルーツ串は串にフルーツが刺さっている〟とか……そういうのと一緒なんです。事実を並べているだけなんですよ。」
アネットのように上手く話せない自分にやきもきする。
人に自分の意見を言う事にあまりにも慣れていなかった。
「ミライ君は僕を諦めさせたいんですよね。」
唇に二筋の傷がある金髪の青年に近づいていく。
鼓動が速くなる。
「僕は諦めないです。何に対して諦めないのかはわからないしミライ君が何を言ってるかもわかりません。これからたくさん負けたり逃げちゃったりするだろうけど…。僕は言葉では諦めないと思う。」
ナギの目にやはりミライ君は映らない。
命が終わる寸前まで戦っていたアネットが浮かぶ。
「さっき言ってた覚悟っていうのがミライ君にすでにあるなら、今僕を諦めさせていいですよ。ダラダラ話す必要もないし、勝負とか暇つぶしとかそういう回りくどいのもいらないと思う。ただやってみて欲しいです。さすがに僕も抵抗はするかもしれないけど。」
頭が沸騰しそうだ。
後頭部がじんじんした。
ナギの目にやっと目の前の男がやっと映る。
荒かった彼の呼吸は落ち着いているようだ。
ナギを見ているが見ていない。
ミライ君もまたそういった視線。
道場が静まり返る。
風に煽られ、道場の壁ががたがた揺れた。
金髪の男は立ったまま動かない。
建付けの悪い扉が微妙に開閉するような音がする。
不快な音だった。
どこからか聞こえる。
「いつでもいいですよ。覚悟、あるんですよね。」
視線を戻して静かに言い捨てる。
ナギは直立したまま神経を張り巡らせた。
隙間風が音高く鳴るのが聞こえる。
柱の乾いた軋み。
建付けの悪い扉が微妙に開け閉めされるような不快な音が繰り返し鳴っている。
周囲の草木が揺れる音まで聞こえてきてしまった。
ミライ君は動かない。
「何がしたいんですか。」
ぽつりとナギが呟く。
そのまま続ける。
「やらないなら帰りますね。ミライ君って別に聞いてない時にたくさん話すけど、話してほしい時とか〝いざやりましょう〟ってなると来ないんですね。僕はもう帰るけど後ろから襲われそう。」
自然に言葉が口から出ていた。
ナギはゆっくり後ずさりしながら出入り口に向かう。
ミライ君はナギをじっと見ていた。
「僕がいるとリサが可哀そうってどういう事?僕が強ければリサは可哀そうじゃないって事ですか?」
ミライ君の視線はナギを向いたまま何も応えない。
表情がない虚ろな顔つきだった。
(この人、本当になんなんだろう?)
出入り口に着く。
引き戸を開け、静かに退出した。
閉める直前まで立ちすくんだミライ君はナギを見ていた。
*
ナギは胸の奥が黒くなっていくのを感じながらルントの道具屋に向かう。
少しでも気を許すとドーゲンミライ道場に戻り、どうにかしてやりたい気持ちが芽生えそうだった。
思考を振り切るように大通りを中心街に向かって駆け抜ける。
(僕が弱いから…!迷惑かけてるなんて知ってるよ!知ってる!アネットがブローチへ何回も攻撃を入れるチャンスだって僕が潰したんだ!僕がいなければ二人が動きやすいなんて知ってるよ!覚悟が決まってるなら!さっさと諦めさせてよ!都合の良い事ばっかり言って良い人ぶってるだけじゃないか!あそこで終わらせてよ!大体、勝負に負けてお金を払わずに逃げ回ってる自分達だって弱いじゃないか!あいつはドーゲンの言いなりなんだろうけど!そうやって言いなりになってる時点であいつも弱いじゃないか!)
零れる涙をすれ違う人達に見られたくない。
全速力で走るナギ。
ルントの道具屋の近くの雑な造りの木のベンチに座る。
呼吸と表情を整える。
大きく息を吸い、アネットとの特訓を思い出した。
目を瞑り、一旦思考を全て出し切る。
まだ日は昇り切っていなかった。
*
「しゃせー。」
道具屋に入ると閉店秒読みのような怠そうな声。
しかし元気が湧いてくる。
室内の甘ったるい香りが鼻をくすぐった。
サスペンダーをつけたツンツン頭がいた。
「あーナギじゃん!久しぶり!でもないか!元気?」
滑舌のよくクリアな声。
ルントはナギだとわかるとすぐにカウンターから出る。
狭い売り場の通路を右往左往し踏み台を見つけるとカウンターの前に置いた。
ツンツン頭が狭い店内の壁に何回か触れた。
「うん、元気。」
少し笑って答える。
カウンターに戻ろうとするルントの視線がナギの手元を二度見した。
「おっさっそくグローブとベルト付けてくれてんじゃん!似合ってる似合ってる。グローブはちょっと大きいか?それさ、手首と甲のベルトで調節できんのよ。ちょっと貸してみ。」
グローブを渡すと目の前で調節してくれていた。
彼の明るい雰囲気にナギは心が晴れていくのがわかった。
「ルント、〝つかむ〟魔法の練習場所教えてくれてありがとう。すごく良い所だったよ。」
手元のグローブに視線を落としたままルントが会話する。
「おっ、行ったか。あそこ良いだろ。〝ぴょんぴょん跳ねてる奴ら〟滅多にいないからな。」
(一人いたけどね。)
「それでさ、キューの事なんだけど…。」
ナギが本題に入る。
それを伝えに来たのだ。
「えっ!聞いたのか!?」
「うん。」
グローブをカウンターに置き、視線を合わせるルント。
「なんて!?なんて言ってた!?」
「今、キューには恋人が…いま…」
ナギは真剣な表情で溜める。
息を呑むルント。
「せん!いません!」
「ほんと!?うそ!?ほんと!?」
ツンツン頭が震え、瞬きが増える。
「ほんと!!」
ルントにつられてナギまで声が大きくなってしまった。
雄叫びをあげながら少年を強く抱きしめる。
髪の毛がナギに刺さる。
少し痛かったが、そこまで喜ぶとは思っていなかったので嬉しかった。
「あとですね…。」
「うんうん。」
目を合わせる二人。
ナギは肩に両手を置かれている。
視線が離れない。
「ストレートな男性は、嫌いじゃないとの事です。」
なるべく言われた通りに口にした。
激しいガッツポーズ。
もはやキューの情報ならなんでもいいのではと、ナギは噴き出してしまった。
「他には!?」
食いつくルント。
普段通りの口調に戻す。
「それだけ。あっても教えないよ。」
「なんで!?」
意外そうな顔が近い。
髪が刺さりそうだ。
「だってキューの事でしょ。踏み込んだ事をペラペラ話すのは良くないよ。キューも僕にレイルを真剣に教えてくれて。それをキッカケにしちゃって聞いたんだ。レイルには僕も少し興味あったけど。」
アネットの受け売りである。
ツンツン頭が黙り、静かに立ち上がった。
(怒らせちゃったかな。)
ナギに背を向けてカウンターの内側に戻っていく。
肘まで捲ったシャツの膨らみが棚を擦っていた。
ルントの背中から拍手がゆっくりと聞こえてくる。
こちらを振り向くツンツン頭は目を瞑り、何度も小さく頷いていた。
「素晴らしい、合格。」
「合格?」
「いや、合格ってのはちょっと上から目線だな、悪い。」
拍手を止め腕組みをする。
言葉を考えているようだ。
「ナギ、おまえ良い奴だな~、ずっとそのままで居てくれよな~。」
しみじみと言われた。
真意がわからず虚ろな表情のナギ。
「誤解すんなよ?別におまえを試したわけじゃないのよ。キューに恋人がいるかって本気で知りたかったしな。でも、俺に好かれたいからっつーか、人に良い顔したいからってなんでも喋るような奴だったらどうしよって心配になった瞬間もあるわけよ。」
追憶するように目を瞑りながら続けた。
「心配っつってもすこーしね、すこーし。別に試してないけど見ちゃうんだよな。職業病かな~。道具屋っつってもよ、道具よりも情報とか人に接する機会の方が多いからさ。つい扱い方を見ちゃうっていうか。」
「なるほど…。僕はたしかにルントと仲良くなりたいし役に立ちたかったけど、それが行き過ぎてたら危なかったかも。難しいね。」
「泣かせるね~。」
目頭を抑え首を左右に振るルント。
顔から手を放し真剣な顔で続けた。
「まあ、だから合格っつーのは〝道具屋のルント〟としての言葉な。気にすんな。〝男のルント〟としてはおまえは間違いなくダチだ。なんでも相談してくれよ。」
「ありがとう。」
ナギは自然と笑顔になる。
「こちらこそだろ~。っつーことでじゃあ今日は安くしてやろう。」
奥の小部屋から持ってきた木箱をカウンターの上に置いた。
木箱から埃は舞わない。
「じゃーん。身体の回復薬ね。高いぞミトハロは。しかし!すげー安くしとくわ!」
そう言いつつルントは小部屋に再び引っ込んでいった。
言い終わる時には声は籠っていた。
丁度回復薬の相場を知りたかったナギは有難かった。
目隠しのカーテンが少しだけずらされ、ルントのお尻だけがカウンターから顔を出す。
ナギは木箱を覗き込む。
――――――
・回復ラムネ
・回復ジュース
・回復サプリ
・回復グミ
・回復マフィン
・回復ドーナツ
――――――
(ラムネとジュースはアルセナにもあったな。)
「ねえ!サプリとグミって何?」
小部屋にいるルントに向かって少し声を張る。
籠った声が小部屋から聞こえた。
「サプリは回復量がラムネより多い。グミはマナガムとかマナフィルムみたいなもんだな。噛んでるとしばらく回復できる。わかってると思うけどオススメはしてない。戦闘中に噛み――――――不利だって――――も話したよな。」
壁の方を向いているのだろう。
声が聞こえにくかった。
「ルント、今なんて!?」
声を張り聞き返す。
「ああ、悪い。戦ってる時に口に物が入ってるのって不利だよなって話。
かと言ってすげー怪我した時とか口動かせないんだよな。やっぱジュースかサプリじゃん?戦闘中はジュース怪我にかけて、戦いの合間にサプリの秒食いが鉄板だと思うね~。別にラムネでもいいんじゃね?」
「たしかにね。」
声の通りを気にしてくれたのかルントはカーテンを全部開けた。
「ミトハロさ、回復系高すぎて売れないからマフィンとドーナツは〝ネタ〟で仕入れた。
そんな明らかにモサモサしたの戦闘中に誰が食うんだよ。」
「あっ、あったあった。」
力が抜けた顔つきで小部屋から出てくる。
小さな容器を差し出してきた。
「ナギ、これやるよ。タダね。まだどこにも売ってないと思う。キューの件、ありがとな。」
小さな容器へ向けたナギの視線に熱がこもる。
「なにこれ。」
「スプレータイプ。シュッとかけるだけ。口の中にそのまま噴射してもいいと思う。
一回で出る量は少ないから緊急時はあんまり使えないと思うけど、ジュースこん中に入れればすぐ使えるから。」
「いいの?」
「ああいいよ。もう多分回復売れねーからミトハロ。」
ぶっきらぼうに答えるルントから嬉しそうに受け取った。
「ありがとう!じゃあジュースだけ買おうかな。いくら?」
「八千エンテ。」
投げやりに笑いながらルントが言った。
「八千!?キャンディじゃん!アル…二ルディーノでは二千だったよ!?詐欺!?」
調子を合わせるようにナギも笑いながら目を丸くする。
思わずアルセナと口にしそうになった。
「そう思うよなあ。〝キューの件サンキュープライス〟で今日だけ三千かなあ。その価格だともう赤字だからむしろ今日買わないでこのまま帰ってくれよ。」
ルントの乾いた笑いが狭い店内に虚しく響いた。
「じゃあ一本買うよ。そんなに高いんだ。魔法の事しか頭になくて身体の回復あんまり見てなかった。」
「そうなんだよな~。高すぎるよな。最近また一気に上がったんだよ。少し前は五千くらいだった。多分これからもっと上がるぜ~。」
肩を落とすルント。
近隣の道具屋で一万エンテ越えも見た事があるらしい。
ミトハロで売っている魔法よりも高い。
*
「でも、ムルルクから大量に入ってくるみたいだし、安くなるんじゃない?」
あっと口を塞ぐ。
ダガヤ・クルーでの情報だ。
言ってはいけない気がした。
細目になるルント。
「ふーん。ナギ、それどこで聞いた?おまえどっかのチームに出入りあんの?まさか入ったのか?」
ツンツン頭の雰囲気が変わる。
悪戯に笑う目は笑っていない。
よく思われないかもしれないがルントに嘘はつきたくなかった。
正直に言う事にした。
「あの、実はダガヤ・クルーにここ数日行ってるんだ。事故った女の子を回復してあげたのがキッカケだったんだよ!入ってないからね!〝フリー〟だよ。〝フリー〟!」
目を泳がせながら弁解する。
ルントはよろけて後ろの棚に手をついて見せた。
「おまえから〝フリー〟なんて言葉聞きたくねぇよ~!ナギ~!帰ってきてくれよ~!俺とこないだ会ってからまだ数日じゃねぇかよ~!おまえ順応早過ぎっていうかなんつーか。」
天井を見上げて嘆いている。
「配達はしてないからね!」
カウンターから身を乗り出すナギ。
「うーん、まあ、そうだろうけどよ。ダガヤか~、うーん、大丈夫かなあ~。でもどこでも一緒っちゃあ一緒なんだよなあ~。トップってなんて奴だっけ、ダガー?ダーガー?」
「ダーガね。会ったよ。」
「もう会ったのか。どうだった?」
「どうだったって?」
「印象印象。言いにくい事だったら言わないでいーよ。」
大丈夫、とナギは考え込んだ。
初めて会った時の事、話した内容、拠点の雰囲気、ダーガの雰囲気など思い出す。
「わかんない。なんか危なっかしい感じはする。危険とか乱暴って意味じゃなくて――――」
「あーわかったわかった。大丈夫。おまえけっこうすげーな。商人向いてんじゃね?」
「えっほんと!?」
ナギ照れる。
とりえなんて自分には無いと思っていたので嬉しかった。
(あっ僕勇者じゃんそういえば。)
「なんかあったらよ、なんもないと思うけど。もしなんかあったら〝グアポリ〟って奴を頼りな。」
「グアポリ!?茶髪の?」
「そうそう。なんだよ、もう知ってんだ。グアポリもダーガについてナギと同じ事言ってたよ。」
「ちょうど昨日会ったんだ。凄くかっこいい人だった。」
「アイツいいよな。」
ルントが笑う。
目尻に皺ができた。
ナギは自分の事ではないのに何故か嬉しかった。
「うん。向こうから話しかけてくれたんだ。グアポリも〝フリー〟って言ってた。」
「そう。俺さ、配達とか仕入れ頼む時は組織使わないで個人の奴に頼んでんだけど、その一人がグアポリ。あいつはダガヤにしか出入りしてないと思う。今ミトハロいるはずだと思うから。」
「〝トゥモック〟か〝ムルルク〟に行ったよ。」
「〝トゥオック〟ね。なぁナギ~、おまえなんでそんな詳しいんだよ~。たしかにおまえ話しやすいから情報集まりそうだけどよ~。すげ~商人向きだよ~。複雑だわ。ムルルクからの大量配達の件なんてほんとに一部しか知らないぞそれ。実はおまえ幹部とかないよな?」
渋い顔をしてツンツン頭の先端を手で素早く擦っている。
掻き毟りたいほど複雑な心境なのだろう。
「ないない。昨日初めてカウンターの手伝いしたんだよ。あとは回復役くらい。」
淡々と否定する。
「カウンターね。そりゃ情報集まるわな。ダガヤも見る目ないな。ナギをカウンターだなんて。」
「僕が向いてないって事?回復薬、返品するね。」
「怒んなって。逆だよ逆。向き過ぎてんだよ。多分おまえすごい話しかけられるだろ?」
「うん。テーブル拭いてるだけでみんな話しかけてきた。グアポリもそうだった。」
「だろ~?グアポリに聞く限り、ダガヤはフランクな奴が多いらしいからそれもあると思うけど。
おまえも相当話しやすいんだよ。」
心配そうに褒める表情は複雑なものだった。
入口の隣にある小窓に視線を移して話す。
「なんつったらいいの?第一声をかけやすいっていうかさ。
気が緩みやすいっての?無害そう、ん~。影響なさそうっつーか。大した事考えてなさそうってか、いてもいなくても変わr―――」
睨むナギに気づくルント。
「睨むなって。良い意味だろこの場合。羨ましいよ俺、すげー商人向き。警戒されないって長所だよ、ナギ。」
ナギは喜んだ。
回復薬はお買い上げ。
「グアポリってあんまり人と関わらない方なんだよ。だからあいつに話しかけられたって時点でそういう事だと思うぞ。〝フリー〟って立場で、さらに情報が集まりやすい奴をカウンターに置かないよ。ナギが悪いってんじゃなくて、立場の話。ダガヤ切羽詰まってんのかな~。それともナギを低く見積もりすぎたか。」
「ふーん。気を付けるよ。ねぇ、〝バンディア〟って何?」
小耳に挟んだ用語を聞いてみる。
「ナギ~、もう一緒に商人やろうぜ~。おまえの口からバンディアなんて物騒な単語聞きたくないよ俺はさ~。おまえが変わっちまうなら俺が取り込みてえ。」
「物騒なの?」
「バンディアってのは〝盗賊の総称〟。エーテルシューズでの配達が流行ってからけっこう増えたって言われてる。エーテルシューズ履いてる盗賊を〝エスディア〟。飛んでる奴狙いって事だな。普通のブーツで地上の馬車とかを主に狙う盗賊を〝グラディア〟って一時期は呼んでたけど、もうバンディアで統一されてる感じだな。」
「だからエーテルシューズ履いてる人も大人数で動く時があるんだね。」
眉を顰めるルント。
「いや、大人数では動かない。そんなの聞いた事ないな。エーテルシューズは機動力があるから一人でさっさと道中の街とか村まで行った方が早いんだよ。大人数は逆にリスク。大事なもん運んでますって言ってるようなもんだし。エーテルシューズに戦闘力はねえよ。〝俺強いんです顔〟で街歩いてる奴多いけどな。風を味方につけた気になってんだろな~。」
真剣な表情でカウンターに視線を漂わせるナギ。
ルントが大きくリアクションした。
両手を大げさにひらりと上げる。
「おーい、ちょっと待てよ!この流れでその表情辞めろよナギ~、闇案件知ってますって言ってるようなもんじゃねえかよ~。なんでグアポリからも聞いた事ない情報をおまえから聞くんだよ~。」
「今、僕何も言ってないよ!」
教育を開始する〝ルント先生〟。
「おまえがそこで考えこんだら、そういう大人数での動きがダガヤであるって事、喋ってるようなもんなんだよ。断定はできなくてもダガヤのカウンターで聞いた情報って事だろうから、ドミヌスかヤマカミ含むどっかでそれが起きてるって推察できちゃうわけ。もちろん断定はできないけどな、情報ってそういうもんなんだよ。ちなみにそうなの?」
「ルント大当たり…。」
しょんぼりするナギ。
商人に向いていると言ってくれたルントに失望されたくなかった。
「落ち込むなよ~!回復マフィン食っていいよ。俺も食った事ないし感想教えて。どーせ味しないだろうけど。」
「いいの!?タダ!?」
木箱の中を物色する。
「おまえが勝手に漏らしてくる情報に価値があり過ぎて、もはやタダじゃなくなってるよ。」
呆れた笑いのルントをよそにマフィンを口に入れる。
「えっすごいおいしいよ。甘い。」
「えっウソ!?ちょっとちょうだい。」
「うんいいよ。」
味がしないはずの回復系のアイテムで、なぜか回復マフィンはほのかに甘かった。
*
「ナギ、ひとつ真面目な話をしてやろう。」
回復マフィンでひとしきり盛り上がると、ルントが仕切り直す。
「うん。」
「情報って言わなきゃ安心ってわけでもないんだ。断片的な情報から見えてきちゃったりする。推測されると漏らした事と同じになる。」
頬についたマフィンの欠片を指摘されるナギ。
「キューの件をさ、ナギが〝知り合いから聞いて来いって頼まれました!〟って聞いたらどうなる?ナギは旅してんだろ?最近ミトハロ来て知り合いも多分いない。俺の名前を出してもいないからって、この言い方は安全か?」
「それはほぼルントで確定だね。来たばかりの僕にキューの事を聞きたがる知り合いなんているわけないし。」
〝そういう事〟と言わんばかりにルントはナギに人差し指を向けた。
「ナギが入手した情報ってのは面と向かってレクチャーされたものじゃないはずなんだよ。
カウンターの手伝いって事はテーブル拭いたり料理運んだりしながら断片的に聞こえてきたものだったり、おまえだったら酔った奴に急に絡まれたとか、ただ突っ立ってたら近くにいる奴が気づかずに急に話し始めたとか。その頭のハイビスカスをイジられた拍子に雑談に突入したとかさ。そういうのだろ?」
ナギは目を丸くした。
「すごいね!なんでわかるの!?」
「あのねえ、ナギちゃん。俺は客に回復マフィンをあげちゃうけど。腐っても商人なのよ。〝人〟見るのよ。人見知りのキューがおまえを紹介してきて、人付き合いが好きじゃないグアポリが面倒見たって事は、大体そんな事じゃないかなって思うわけ。」
少し得意げなルント。
(キューって人見知りなの!?うそでしょ!?)
「断片的でもそういうのを繋げるとひとつの情報になっちゃうから、発言には気を付けようって話。
発言っていうか、自分が持ってる情報が重大な事に繋がってるかもしれないっていう認識をしろって感じ?」
「わっかりやす。なるほどね。」
「だろー?じゃあ当てるぜ。おまえはあと〝配達ルート〟の話、あとは~。」
額に手を当て目を瞑るルント。
「裏でセグイドがどーのこーの。とか、何かの情報が売られてるんじゃないの?みたいな情報を持ってるな?何かってのは複数あるからちょっと俺の言い方が反則だけどな。」
「持ってます…。」
「だよな~。ま、何気なく聞いた情報ほど価値があるから気をつけな。俺が情報漏らす奴だったり敵だったらヤバいぜ。刃を向けてくる敵は見えるけど笑顔を向けてくる敵は見えねーから。」
「たしかに…刃を向けてくる敵は見えるね。笑顔を向けてくる敵か…。」
レイシーが浮かぶ。
(レイシーの僕に対する振る舞いは正しいのかも。きっとダガヤ・クルーを守るって意識がすごく強いんだ。)
「ナギの立場、情報の断片さでも見えてくるものはたくさんあるから、考えな。
与えられぬ情報は思考で奪い取れってやつだ。」
「勉強になります…。」
「逆を言えば断片的な情報から辿り着いた時は深入りしないで済むし、周りからアイツは知らない。って思われてる状況が武器になったりする。おまえはそっちの使い方で得しそうだな。」
にやつきながら言うルント。
「たしかに、けっこう皆話してくれる。でも利用してるみたいでなんか嫌だな。」
「そのままのピュアナギでいてくれ~。
でも、お前だけが利用してるって考えてるのはお前の思い上がりかもしんないぜ。
打算で始まった関係が本物になっちゃいけない理由なんてないしな。」
ナギは肩の荷が下りた。
ルント先生は深かった。
「あ、だからって情報収集マニアになるなよ。それで身を滅ぼした奴を何人も知ってる。」
大笑いするルント。
頷きながら真剣に聞く少年。
「情報は集めたり掘り尽くすものじゃないんだよ。必要な地点まで辿り着ける分だけいい。」
「うん、気を付けるよ。」
ルントと話してだいぶ気が和らいだ。
〝強い弱い〟といった尺度に少し疲れていたナギは〝強かさ〟の話がとても面白かった。
しかし胸のどろつきは残り、会話中それを抑える度に虚しい気持ちが顔を出す。
武器と〝もえろ〟が欲しいと告げた。
ルントが心配そうにしていた。
フルーツの皮を剥いたり旅の道中で便利だからと答えるが、ルントの顔つきから苦しい言い訳だったとナギは考えた。
話を逸らそうと前回購入して聞けていなかった〝マナシール〟の使い方を聞いた。
ルントの表情は変わらなかった。
マナシールは皮膚に貼って剥がせば使えるらしい。
勇者の剣を拒んだ少年。
自分から初めて希望した殺傷可能武器は〝カランビットナイフ〟であった。
長めのものと小さいサイズ、一本ずつ受け取る少年の揺れない瞳は淀んでいる。
ルントは深く聞かず、古びたベルト、収納カバーをそれぞれ付けてくれた。
キャンディを口に入れ強く噛み砕きながら中心街で白身魚のサンドイッチとナッツを購入し宿に戻る。
アネットとの特訓に向かう少年の心は沈んでいた。




