第22話/初めての接客/Limited_NAGI
「今日はレイルやってくでしょ!?」
回復を終え、座ってオレンジジュースを飲んでいたナギにパルが言った。
無料で飲むジュースが美味い事にナギは味を占めていた。
ミトハロに来てから十日目、ダガヤ・クルーの拠点はここ数日の中で一番賑やかだ。
活気に満ちている。
弾けるような笑顔で埋め尽くされていた。
カウンターから提供される飲食物のペースが明らかにいつもより早い。
椅子だけではなくテーブルや壁にもたれかかって雑談をしている人間もいる。
いつもよりも人も多かった。
アネットとの早朝の特訓で全く成長の兆しがなく、対照的に落ち込んでいたナギ。
少しだけ口を尖らせているパルに返す。
「ごめん、今日ちょっと行く所があって。」
ルントに成果を報告せねばならなかった。
少女は細目でナギを見ながら顔を上げてミルクを飲んでいた。
「パル、足の痛みそろそろなくなってきたんじゃない?どう?」
ナギが自分のコップを回しながら聞く。
「すごく痛い。歩けないしとっても痛い。泣きながら毎日暮らしてる。」
それを聞いたマークが大笑いした。
首にかけたゴーグルが揺れまくる。
「ナギ!昨日こいつさ!こっそり裏でレイルして壁に大穴開けてんだよ!たしかに昨日は泣いて暮らしてたわ!俺の部屋にまで来て泣いてた!ダーガすんごい怒ってたしな!」
俯いたパルは頬が紅潮していた。
日頃の鬱憤が溜まっているのか、マークは止まらない。
「次からそこ使って入って来いよ!ナギだったら通れるよ!穴の場所が俺の部屋に近いからこれからそこ使うもん!俺!」
高笑いするマークにパルは木のコップを投げつける。
ミルクは飲み切っていたのだろうか。
雫が数滴飛び散った。
飛んできたコップを手で払うマーク。
大笑いが止まらない。
襲い掛かりそうな前傾姿勢のパルに近寄るナギ。
「体、どこから突っ込んだの?」
温和に言う。
「背中。」
パルは唇を尖らせた。
「背中!?レイルって背中から突っ込むの!?」
驚いているとマークの高笑いが一層増した。
背中に回復をかけていると、近くで配膳をしていた〝銀メッシュ髪のプレーノ〟が話しかけてきた。
「ナギ、今日それもきっちり払うから。見たから、今。」
聞き慣れない低い声にパルに翳した両手を即座に引っ込める。
断ろうとするとプレーノは続けた。
「あと、三人共、上でダーガが呼んでるよ。後から俺も行くから。」
「あたし今日は別に怒られる事してないんだけど。」
パルが立ち上がりながら漏らす。
料金を断るタイミングを失ったまま、パルとマークについていくように階段に向かう。
パルは杖も持たず軽快に歩いていた。
*
建物の三階の奥、ダーガの部屋。
真ん中に髪をいじってるパル、左右にナギとマークがソファに座る。
マークはソファのほつれを何気なく剥いていた。
向かいにはダーガ。
プレーノもいた。
ナギの体に力が入る。
すぐに逃げられるよう、扉から一番近い位置に座った。
常に周辺視野でダーガをなるべく捉える。
隅にある机の下に小さいエーテルシューズが映った。
パルのものだろう。
「ナギ、なんだかんだ毎日来てくれてるよね。ありがとな。」
ダーガが口火を切った。
耳から垂れるルーピアは澄んでいた。
「いえ、ちゃんとお金もらってますし、それに回復するだけだから。」
「おまえの回復、治りが早い気がするんだよな。」
銀メッシュ髪のプレーノがナギを見る。
気のせいですと即座に否定した。
丁寧な口調を使うなとプレーノに指摘される。
「呼んだのはさ、おれたち明日からちょっと不在にするんだよ。」
少年少女に視線を這わせながら本題に入るダーガ。
「えっ!?どれくらい!?」
パルが前のめりになる。
「どれくらいだろうな。早ければ十日間、遅ければ二十日?そんくらい?配達の一環ね。」
話しながらダーガが横に顔をやる。
プレーノは頷いていた。
「どこ行くの?」
マークが神妙そうに聞く。
「〝アシュリタ〟〝ムルルク〟とか。そっちの方かな。で、けっこう大人数で行く。パルとマークにカウンターお願いしたいのよ。一応メインは〝レイシー〟ね。」
「ふーん。」
パルが前髪をいじりながら相槌を打った。
「で、ナギにも頼みたい事、っていうか、仕事の依頼をしたいんだけど。」
ナギの拳に力が入る。
ダーガを見据える。
「来れる時でいいから、ナギもカウンター入って欲しくて。」
「え!?僕なんにもできませ、できないよ!?」
「あーいいのいいの。〝レイシー〟とこの二人がほとんどやるから。」
パルとマークを顎でしゃくる。
「けっこうな人数出払うから、そんなに来る人いないと思う。何かしらの後片づけとかかなあ、レイシーが休憩する時とかに少し忙しくなるかもだけど。実はカウンターの仕事、ほとんどはパルができるんだよね。絶対に火は使わせられないけど。」
「パルが料理したら街中に燃え移ってさ、きっとミトハロから争いがなくなるぜ。ダーガ達が戻ってきたら平和になってるよ。街も無くなってるけど!」
言い終わるまで我慢しきれない様子で自分の言葉にマークが大笑いする。
パルがゴーグルを手で掴み襲い掛かった。
マークの髪を引っ張り何度か殴る。
本気だろう。
かなり痛そうだが大笑いは止まらない。
ダーガが怒鳴り二人を制止するとナギを見た。
「オフの奴以外、回復できる人間は全員連れて行くんだ。もし配達から戻ってきてケガをした奴とかいたら回復してほしくて。あと、この二人もこんな感じだからさ、ちょっと見といて欲しいんだよね。退屈だとパルもすぐレイルしちゃうし。お昼過ぎから日没前くらい居てほしいかなあ。暗くなってからは絶対に来ないで。レイシーにも伝えとく。」
「たぶん、ほとんど立ってるだけですよ。」
ナギは続ける。
「うん、それでいいよ。」
ダーガは少し笑っていた。
ルーピアが静かに揺れる。
「一日二千エンテ出すよ。もちろんパルへの回復は別。
で、チームの奴に回復したらそれも別。そっちは一回千エンテ出す。」
「二千エンテ!?回復は千エンテ!?そんなに!?」
つい声が大きくなるナギ。
「うん。でも丸一日居れない日もあると思うから、そんときは千とか?千五百?とか。居た分の大体の料金になるけどね。今日、もし時間あったら少しだけでいいからプレーノとパルの見て帰って。今日の分は千、出すからさ。
あ、あと回復に関して料金が発生する事はここにいる俺たちとレイシーしか知らない。
伝えるとチームに遠慮して回復しない奴とかいるから。だからナギも迂闊に言わないでくれると助かるな。
バンバン回復してやってよ。」
「パルの回復だけだから今まで来れたけど、長い時間だと来れない日あるよ?」
「その辺は気にしないで。ほんとに来れる時だけ。別に用心棒ってわけじゃないんだから。」
ダーガは笑っていた。
いつまでミトハロにいるかはわからない。
しかしドーゲンが〝トんだ〟今、その金額は渡りに船であった。
十日、二十日不在と言っていただろうか。
ドミヌスに奪われた二万エンテに一気に近づく。
収支のプラスもあり得る。
「僕いつまでミトハロにいるかわからないんだ。突然出発が決まるかも。それでよければ僕はいいよ。でも本当に何もできないからね。」
ダーガは快諾した。
「じゃあナギ、早速カウンター行こうか。ざっと説明するから。って言っても説明する事なんてないけど。」
プレーノが立ち上がり扉を顎で指す。
ナギは後に着いていく。
背後で甲高い爆ぜるような声、言葉というよりも衝突音がした。
燻っていた喧嘩が再開されたのだろう。
ダーガの怒号を背中で感じながら扉を閉めた。
*
一階に十卓ほど不規則に並ぶテーブル。
人でいっぱいだった。
椅子の数が増えているような気がした。
壁に寄りかかって話している人間も気のせいか増えている。
ナギのいるカウンターにもいくつか席があるが誰も座っていない。
全員が誰かと輪になって話しているようだった。
一階の活気は先程よりも勢いを増していた。
笑い声と叫び声が交互に聞こえてくる、中には奇声や悲鳴もあった。
椅子の上に立ってる人から聞こえてくるのは歌声だ。
その周辺で手拍子が鳴るがすぐまばらになり止む。
歌声だけが取り残された。
見慣れない雰囲気。
一見、耳を塞ぎたくなるような煩さ。
しかしナギに恐怖はなかった。
耳を塞ぐ気も。
なぜか見てるだけで楽しい気分になる。
肩を組んでいる人や手を叩いて笑っている人、握手をする人、喧嘩になりそうな人。
色んな人がいたが下を向いている人間は一人もいなかったのだ。
別のテーブルに向かって何かの骨のようなものが放物線を描く。
それは一度舞うと二度三度と往復していた。
ガタイの良いスキンヘッドの男が立ち上がる。
数人に近づき無理やり外に連れていくのが見えた。
初めて見る光景だ。
連れ出される人間は抵抗するわけでもなく、しゅんとした様子だった。
スキンヘッドの男が連れ出す通り道で笑いがどっと湧くが少し静かになる。
騒ぎ方にも何かルールがあるのかもしれない。
「カウンターの下になんかしらの備品とか入ってる。パルに聞けばわかる。こっちは見た通りキッチン。」
淡々とした低い声。
慌ててプレーノの方を向く。
「飲食類の提供と、簡単な荷物の受け渡し、配達終了した奴からの報告とか、情報も併せてもらってる。あとは暇な奴がふらっと来るから、その相手かな。それがカウンターの仕事。近場の配達とかも一切ない。本当にない。今までで一度も。安心していいから。」
ナギは胸を撫で下ろす。
「で、こっちの奥の方。」
ルントの道具屋のように、奥にちょっとした空間があった。
広さはない物置部屋だ。
頻繁に使っているのか、埃っぽさは感じなかった。
うんうんと小さく頷くボサボサ頭の少年に軽快に説明をする〝銀メッシュ髪の男〟。
「こっちは配達予定の品物が置かれてる。安い物しか置いてない。まぁナギは入らないほうがいいかもな。なんか疑われてもイヤだと思うから。パルとレイシーに教えとくから大丈夫。」
説明を終えてカウンターに戻るプレーノ。
思い出したように振り返り、ナギに大きな声で告げる。
目は見開いていた。
「敵が攻めてきたら!ここに隠れろよ!」
ナギは一瞬目を丸くした後に噴き出した。
どこか興味なさげでとっつきにくかった印象のプレーノが冗談を言ったのが可笑しかった。
クールなプレーノも活気に満ちた一階の雰囲気に引っ張られているのかもしれない。
二人でカウンターに笑いながら戻る。
「説明って言ってもこれだけ。ダーガもさっき言ってたけど、実際にやるとしてもテーブルの上の片づけとか。出来た料理とかを運ぶ程度じゃないかな?パルとマークの面倒見てくれるだけでも有難いんだよ。依頼料のほとんどがそっちに乗ってるって言ってもいいかもな。あ、座ってて。」
促されるままにカウンターの前の椅子に座る。
背が少し高い椅子は大人になった気分だった。
後ろを見渡すとパルとマークもテーブルに参加している。
楽しそうに話していた。
小さく笑うナギ。
「最近、来てくれて助かるよ。特にマークがけっこうナギの話してる。」
〝少し大人の気分の少年〟に背を向けて作業しながら声を張るプレーノ。
(マークが?)
意外だった。
「恥ずかしい話なんだけど、近頃ウチ、売上悪くて。大人たちみんな仕事仕事って感じになっちゃって。構ってやれてないから。だからナギが来てこの数日はあの二人相当楽しかったと思うよ。」
プレーノが木のコースターとパインジュースを差し出した。
会釈するナギ。
「いや、レイル教わっただけだし、それ以外はあんま話し相手になってもいないよ。」
「関係ないだろそんなの。」
笑いながら自分の飲み物を口にするプレーノ。
酒だろうか。
カウンター越しに会話するともっと大人になった気分だ。
「二人にちゃんと向き合ったから、なんか伝わったんじゃね?」
よくわからなかった。
パインジュースに口をつける。
舌の上で重さのある甘さがほどける。
果実そのものが濃縮された粘度のある甘み。
酸味が少し遅れて追いかけてきて、喉の奥を軽く締めた。
とてつもない美味しさに会話している事を忘れそうになる。
カウンターに頬杖をつき周囲を見回していたプレーノに話しかける。
「なんでこんなに今日賑やかなの?」
「プレーノ!おかわりね!」
ナギの質問と同時に、首に腕がまとわりついた。
すぐ隣からカウンターにもたれかかる様に女の顔が出てくる。
ロングヘアの茶髪だ。
プレーノに向かってコップをひらひらさせている。
酔っているんだろう。
女の髪がかかってこそばゆい。
ごわついた布越しに沈むような柔らかさを二の腕に感じた。
顔が上気するナギ。
目のやり場に困るナギ。
こいつは敵だと言い聞かせ視線を合わせない思春期の揺らぎ。
「うるせえな!今話してんだろ!自分でやれよ!」
頬杖をついたプレーノは笑いながら女を一喝した。
予想外の言葉に目を剥く少年。
柔らかい感触が弾力を残しつつ離れていく。
女は項垂れたかと思うと舌打ちをし、怪訝な表情でナギに向かってゆっくり視線を上下させカウンターに入っていった。
落ち着きを取り戻した少年。
プレーノの後ろに回り込み飲み物を作り出す女。
露出が多い服装。
臍を出しているのがちらりと見えた。
「でかい案件が終わったんだよ。ミトハロって身体の回復薬すごい高いだろ。だいぶ纏まった量をかなり安く仕入れられて。それが昨日、こっちにやっと運び終わったんだよな。その打ち上げ。だから俺もこんな感じ。」
低い声のプレーノ。
コップに口をつけると美味しそうに細目になった。
(チームが儲かっていたから僕に高いお金を払うんじゃなくて、回復自体が貴重なのかな。そもそも回復一回っていくらくらいなの?ミトハロって身体の回復薬ってそんなに高かったっけ?)
魔法や魔力に気を取られていた。
何件か道具屋に入ったがそればかり見ていたナギ。
ルントに聞いてみようと考える。
(あ、ルントのとこ行かなくちゃ。また今度でいっか。)
〝臍を出した服の女〟がナギの横に座る。
顔が近い。
脳内に浮かんだルントの笑顔が霧散した。
「〝ムルルク〟から、皆で運んだの。大変だったわあ。」
(お酒くさ!)
艶やかな声を出す〝臍の女〟。
ナギが持つコップに軽く当ててきた。
かと思うと低い声でプレーノに顔を向ける。
「こいつ誰?新入り?」
「いや、フリー。旅してるらしい。明日から俺らいないから一階の手伝いで頼んだ。明日からたまーにいると思う。」
酔っぱらいの女と目が合う。
嫌な予感。
揶揄うような甘い色香を帯びた魔女のような声が眼前に迫る。
「キミ、冷たい目だね。大好き。おねえさん明日から休みなの。一緒に過ごさない?ボクいくつ?お名前は?」
酒臭さのあまり鼻をつまみたかった。
本物の魔女に会った事のある少年は女を見据えて答える。
「ナギ十二。」
「手出したら治安維持隊に追われる年齢差じゃん。」
プレーノが爆笑して女に言い放つ。
近くにある布巾をプレーノに投げつける女。
顔面にヒットしていた。
「ナギ、入るならドミヌスにしときな。どうせあいつらに仕切られてるからな。こんなゴミみたいなチームに入んなよ!」
ナギに顔を向け捨て台詞を放って離れていく〝臍を出した女〟。
前を向くとガタイの良いスキンヘッドの男と相対していた。
女を睨みつける男。
「冗談だよ!嘘嘘!」
男を見上げながら女はそう言うと、スキンヘッドの横をするりと抜けて行った。
「あ、ナギ!あいつ!レイシー!」
プレーノがスキンヘッドを呼びつけると、それに気づいたガタイの良い男が無表情で近づいてきた。
体が一瞬で硬直するナギ。
リヴェル村を発ち、一番インパクトのある風体の人間だった。
(こいつはやばい!)
全身が強張る。
両耳には穴がいくつも空いている。ピアスだ。
何かたくさん棒のようなものが刺さっていた。
半袖のシャツから覗く腕の筋肉はパンパン、ズボンの布がはち切れそうな太腿はガチガチ。
ズボンがタイトなのか、筋肉のせいなのかわからない程、脛がパッツパツ。
世界を包む事も破壊する事もできそうな胸筋。
腹筋もすごいのだろう。
年齢はわからない。
若いのだろうが凄みがある。
誤魔化すように口にするパインジュースがガチガチ震えるナギナギ。
急激なシャットダウン寸前で逆に冷静だ。
近づいてきたスキンヘッドから視線を外さない。
(首ふっと。)
「レイシー!こないだ話した男の子。ナギ。明日からたまーにふらっと来ると思うから。伝えた通りよろしく。」
デフォルトで睨んでいるかのような目つき。
嘗め回すような視線。
無言で手を差し出してきた。
(握手ってこと…?)
ジュースをカウンターに置き、手を握り返すと一気に体が上に引っ張られた。
ナギの短い悲鳴。
「ミスッたら、ぶっ殺す。」
スキンヘッドのレイシーはドスの利いた声でたしかにそう言った。
*
宿に戻ると、想定外の方向からおかえりと声がした。
なぜかドワンが階段を上がり切ったところに丸椅子を用意して座っている。
すれ違いながら、カウンターに座らないのか尋ねるナギ。
たまには高いところから出入り口を見下ろしたいとドワンは笑っていた。
(ドワンなんか疲れてるのかな…。)
そう思いながらナギは自室に入っていった。
その晩のナギの胸は高鳴っていた。
(ダーガの所で一日二千エンテ。盗られた二万エンテをだいぶ回収できるぞ。もし途中で出発する事になっても、回収する土台があるのとないのでは全然違う。ちゃんと二人に説明できる。僕なりにちゃんと問題と向き合ってたって説明出来るんだ。)
アネットとリサの笑顔が浮かぶ。
(ドーゲンミライ道場へはすでに一万二千エンテくらい溜まってる。一万エンテは回収したいな…。
そしたらもうほとんど二万エンテに到達したようなもんだ。ミライ君の様子がおかしかったからあまり行きたくないけど…、次、一度だけ行ってみよう。それで無理ならただの詐欺師だったって事で諦めよう。お金を取られなかっただけマシだ。)
廊下の軋む音がした。
(外に出ないって言ってたし、知れ渡る事はないだろ。見られなければ配達業の一員だと思われない。いや、お金が回収できるなら思われるくらいいいか。でも他のチームの人からそう思われたくない。きっと室内なら他のチームが来る事はないから大丈夫でしょ。一応アネットにもダガヤの事は大まかに報告はしているし。お金を奪われた事は絶対に言えないけど。)
〝盗られた二万エンテの回収問題〟
少年にとってそれは、白黒ハッキリつけられる初めての目標であった。
少年は燃えていた。
*
翌日、早朝にアネットとの特訓を済ませたナギはダガヤ・クルーの拠点への向かっていた。
行った内容を思い出しながらの駆け足。
日は昇りきっていた。
もちろん体術の特訓はボコボコにされて終わる。
なんとなく自分の動きにキレがなくなってきていたように思えた。
気のせいだろうと視界の両端に溶けていく情景と一緒に思考を振り払う。
見慣れた三階建ての大きな建物に入ると室内は閑散としていた。
(昨日が賑やか過ぎたからそう感じるのかも。)
近寄ってくるパルに挨拶する。
カウンターの奥にはスキンヘッドのレイシーが背を向けて作業をしていた。
「レイシーさん、こんにちは。」
カウンターに近づき挨拶をするが返事はなかった。
最初にパルの回復だけ済ませてしまおうと、カウンターにある背の高い椅子に座ってもらい魔法をかける。
階段の方から声がする。
顔を向けるとマークだった。
「ナギ!今日よろしく!」
駆け寄ってくるリズムに合わせて腰にぶら下げたフライパンが揺れた。
「うん。よろしくね。」
マークはパルの近くに行き喧嘩寸前まで言い合いをする。
もはや二人の挨拶だ。
レイシーが顔を向けるとマークは奥の物置部屋へと引っ込んでいった。
(さて…、僕は何をすればいいんだろう。)
ふらふらとテーブルの間を縫うように歩き、入口付近から一階全体を見回す。
入り口は建物の正面壁の中央あたりに設けられている。
入口側から見てやや右側の奥に広めのカウンターが伸びていた。
右端には人がすれ違える程度の通路幅が確保されている。
通路を奥に数歩進むと物置部屋。
左端はそのまま一階の空間とつながっており、奥の壁にはどこに繋がっているかわからない扉があった。
そのまま視線を左に移すと、上階へ続く階段がある。
階段は吹き抜け構造。
開放感があったが周辺にはエーテルシューズやブーツ等が乱雑に放置されている。
階段の裏にはもっとありそうだ。
清潔とは言えなかった。
カウンターに近づいていくナギ。
長いテーブルの手前には高い椅子が何脚か設置されていた。
パルが座って笑顔でこちらを見ている。
足が交互に一定のリズムで宙を掻いていた。
カウンターの向こう側には左寄りにキッチンがある。
後から設置したような雑な造り、簡易的なものだ。
作りこんだ料理より、軽食などが多いのかもしれない。
建物自体に窓はいくつかあるが、キッチンの周辺には窓がない。
頻繁に使うと煙が籠りそうだった。
「適当にしてていいよ。ダーガとプレーノが今朝たくさん連れて出てったから、絶対に暇。」
パルが声をかけてくる。
ナギは返事をしてカウンターと壁の間に立った。
たしかに人の往来はさほどない。
初めてここに来た時はもっと慌ただしい印象があった。
ナギの立っている位置の右側にある物置部屋から出てきたマークがナギの後ろを通り過ぎパルの横に座る。
何故か通りすがりに背中を二回軽く叩かれた。
しばらく暇そうに突っ立っていると、スキンヘッドが近寄ってきた。
「おい、ボッタクリ野郎。」
ナギは驚き、レイシーを見上げる。
睨んでいるのか、これがデフォルトなのか鋭い目つきだった。
「おまえみたいなガキに一日二千エンテ?ただ突っ立ってるだけで二千?ふざけんじゃねえよ。
どうせダーガやプレーノからは気楽にやれって言われてんだろうが、俺はそんな事知らねえ。今ここのボスは俺だ。やる気ねえならいるんじゃねえ。今ここでぶっ殺す。」
そう言うとナギの肩を掴む。
力が強い。
屈みながら視線を合わせてきた。
眼前に迫るスキンヘッド。
(殴られる!)
歯を食いしばるナギ。
視線は合わず、呻き声と共にスキンヘッドが目の前を通過する。
パルが後ろから股間を蹴り上げていた。
「そういうのやめて!イメージ悪くなる!」
床で悶えるレイシーを腰に手を当てて踏みつけながらパルは言った。
股間を抑え膝を曲げ、床に突っ伏す姿勢で呻くスキンヘッド。
「ナギ気にすんな!レイシーさ、最近彼女と別れてイラついてんだ。フラれたらしいぜ!」
マークも楽しそうにレイシーの背中に足を乗せる。
「てめぇ、マー、ク、、」
屈んでスキンヘッドに話しかけようとするナギ。
レイシーの硬く大きな背中をさする。
あまりにもすごい筋肉だったのでバレない程度にちょっと揉んだ。
ヒヤヒヤのナギ。
つるつる頭の汗に目が行く。
(これはいけない汗だ!)
「大丈夫ですか!?回復しましょうか?」
「い、、らね、、クソ、、、ガ、、キ、、、」
悪態をつく後頭部を見つめるナギの目が大きくなる。
はっとした。
回復したら一回千エンテ。
そう、揉め事が起きれば起きるほどボロ儲けなのだ。
勇者である自分の立場を忘れていくかのように緊張が引いていく。
「すいません!バンバン回復しろって言われてるもんで!」
ナギはレイシーの尾てい骨辺りに雑に手を翳し〝いやすね〟と発声する。
よろめきながら立ち上がるレイシー。
(〝あそこ〟の痛みにも効くんだ!)
真っ青な顔のスキンヘッドがナギを睨む。
「てめぇは後だ。おいマーク。ちょっと来い。」
ナギに〝あそこ〟を癒されたスキンヘッドは逃げるマークに体を向けた。
ダッシュに合わせて乱暴に揺れるフライパン。
マークはすぐに捕まり、レイシーと二階に消えていった。
ナギはどうしていいかわからなかったがこのままでは命が危ない。
自分に〝いやすね〟しても儲からない。殴られ損だ。
ナエラが家でしていた事を思い出す。
「ねえ、なんか布巾みたいのある?空いてるテーブル拭いてくるよ。」
鼻息を荒くして着席するパルに聞く。
「気にしないでいいよ。マークが言ってる事も当たってる。レイシー、最近イライラしてるだけ。」
そう言いながら勢いよく椅子から降りる。
カウンターの内側に移動して湿った布巾とエーテルカードのような色の赤いエプロンを渡してくれた。
エプロンは最後に使われてからだいぶ経つんだろう。
くしゃくしゃだ。
御礼を言うナギ。
広げて皺を取りながらついでに聞いてみる。
「足、もう痛くない?」
「すんごい痛いよ。」
パルは眉間に皺を寄せながら言った。
背の高い椅子にジャンプして座っていた。
*
カウンターに近い順にテーブルの天板を拭いていく。
かなり汚れていた。
油だろうか、布巾が引っ掛かる。
見当違いの方向を向いている椅子も多かった。
テーブルの脚には埃がびっしりとついていた。
(脚の埃は後でやろう。ここまで汚いとそもそも雑巾がなさそうだけど。リサと一緒に行ったアルセナの食堂ってとても綺麗だったんだ。)
そんな事を思いながら入念に擦っていく。
十卓ほど不規則に並ぶテーブルは、半分程度が使われていた。
食事するでもなく一人真剣な表情で考え事をしている人や話している人、リラックスしている人。
思い思いに過ごしているようだ。
拭いて回っているとすれ違う人や近くの人に頻繁に話しかけられる。
皆〝テーブルを拭いている〟という事実に目を丸くしていた。
エプロンに驚く人間もいた。
茶化されるがナギを馬鹿にする感じではない。
言葉を返すと全員が気さくに相手をしてくれた。
話しながらの作業で時間はかかってしまったが疎ましくはなかった。
茶化す声と同じくらい御礼の声を浴びたのだ。
パルの横に座り、すすり泣くマークが見えた。
得意げな横顔のパルに何か諭されているようだ。
スキンヘッドの逆襲を食らったのだろう。
レイシーの姿は見当たらなかった。
人がいないテーブルを拭き終わり、雑にしてしまっていた椅子の整理を丁寧にやり直していた時。
座っている男がナギに向かって手を挙げて叫んでいる。
駆け寄ると特に用はない様子。
男は他愛もない話を振ってきた。
物珍しさから呼ばれたのかもしれない。
ナギより年上だろう。
しかし若かった。
少しワイドなズボンに七分ほどの丈のシャツ。
耳が見えるか見えないかという長さの濃い茶髪。
ブレスレットを左右の手首にしている。
男の上半身には大小のポケットを多く備えた幅広のベルトポーチが斜めに巻き付いていた。
コップをテーブルから離してくれたので拭きながら相槌を打っていると、仕事を中断して一緒に食事をしようと誘ってくれた。
スキンヘッドに命を握られていたナギはしどろもどろに断ったが、じゃあまた今度と言ってくれたのがとても嬉しかった。
話しながら濁ったルーピアと腕の真新しい擦り傷が目に入っていたナギ。
回復魔法を男にかけた。
この時、回復料金の事はすっかり頭から抜けていた。
*
テーブル周りが大方終わり、特に何もする事がなかったので階段付近に移動する。
乱雑に投げ置かれたエーテルシューズとブーツが視界に飛び込んできた。
埃、汚れから昨日今日置かれたものではなさそうだ。
階段の裏は見たくもない状況だった。
(なんでこれ履かないんだろ、エーテルシューズって使える期間とかあんのかな。)
靴以外にも使い古されたカバン、使う気も起きない汚れたマナソール、布袋などが散乱している。
ひどい有様だ。
手をかけようとした時〝整理しない事が重要なのではないか〟と過り手を引っ込める。
焦ってカウンターのパルに聞くと笑顔で〝ゴミ置き場〟と返事があったので安心して着手した。
マークが興味津々でついて来たので二人で整理する。
様々な色が溶け合ったようなエーテルシューズだが、一足ずつ色が違うようだ。
マークと一緒にああだこうだと言いながらしていく色合わせは楽しいものだった。
どう見ても似ている色がなかったり、汚れすぎて色のわからなくなったシューズが出てきた。
マークとくすくす笑ってふざけ合いながら整理していると近くのテーブルから、ふと男達の話し声が聞こえてくる。
〝ドミヌス〟の名前に手が止まり、表情が硬くなる。
つい話題に集中してしまった。
「〝アブヘンギ〟は、もうダメらしいぞ。」
「ドミヌス?」
「たぶん。仕事回ってくる状況じゃないらしい。話せもしないって。」
「もうアブヘンギ方面受けんの辞めるか~。なんもなしでこっち戻ってくんのはさすがにな~。」
「かと言って、南に行こうもんなら何故か〝バンディア〟が多い。と。」
「それな~、事故はさすがになあ。絶対セグイドにルート売られてんだろ。セグイド〝が〟売ってんのか?」
「南ならウィキアークじゃね?」
「あるな~、今回のムルルクの件もなんかおいしすg―――」
「あっ!おい!」
男達が焦るように会話を辞めた。
自分の存在かと思いナギも焦ったが顔を上げると階段からスキンヘッドの男が下りてくるのが目に入った。
(ハg…レイシー!)
なぜかナギも息を潜める。
レイシーは気づかずにカウンターの方に向かっていった。
体に入った力が吐く息で抜けていく。
「あった!」
ゴミの山からどろどろに汚れたエーテルシューズを手に取りマークが弾んだ声を出した。
*
規則正しく並んだシューズとブーツ、種類ごとに纏められたカバンや布。
ゴミ置き場の整理がほどなくして終わる。
満足気なナギとマーク。
階段周辺が広く感じた。
「マーク、手伝ってくれてありがとう。」
「いいよ。一緒にジュース飲もうぜ。」
二人の少年はカウンターに戻る。
レイシーは物置部屋にいるようだ。
カウンターには先ほどはなかったナッツやフルーツ、干しフルーツなどがいくつか並ぶ。
見た事のない植物なども添えられていた。
桶の水で手を洗い終わるとパルがミルクを差し出してくる。
「これパルの飲みかけじゃないの?」
コップの縁についたミルクの跡を見てパルに聞くが返事はない。
「ナギ。テーブルの上にあるフルーツとか、食っていいから。」
身を乗り出しリンゴを掴むマークにそう言われ、オレンジに手を伸ばすナギ。
「おい、ダメだ。」
物置部屋から顔を出したレイシーと目が合う。
「おまえ〝フリー〟だろ。それチームの奴のだから。食うな。」
レイシーに止められる。
睨まれていた。
(まあたしかにそうだ…。)
プレーノも昨日言っていた、おそらく〝フリー〟とは所属していないが関わっている人間の事だろう。
配達業の人間と関わりたくないと思っていたナギは納得して手を引っ込める。
逆に言えばこれは一線を引けているという事だ。
そう言い聞かせた。
レイシーに今にも叫び出しそうなパルの表情が視界に映る。
焦って制止しようとした瞬間、後ろから声がした。
「そう言うならレイシー、おまえこれからカウンター入ったらテーブル拭いたり〝墓場〟の掃除しろよ。フリーにやらせてんじゃねえよ。」
振り向くと先ほどナギを呼びつけた茶髪の男が笑いながら立っていた。
カウンターに空いたコップを置いている。
レイシーは目を見開くと階段の方へ大急ぎで走り出した。
「きみ、名前は?」
茶髪の男がにやつきながらナギに話しかける。
「ナギです。」
茶髪の男を見て答える。
〝グアポリ〟男はそう名乗った。
スキンヘッドが真っ赤になり早歩きで戻ってくる。
目つきが悪すぎてナギには感情がわからない。
グアポリと名乗った男は揶揄うようにレイシーに話しかけた。
「レイシー。これから〝墓場の掃除〟よろしくな。おまえの事嫌いじゃないけどおまえが墓場を掃除する所は見たいから、やる時は俺のいる時にしてよ。あ、あとナギに俺、回復もしてもらったんだよね。
それも〝メンバー〟のおまえがやってくれんだよな。おまえ魔法使えないからバカ高い薬買ってくるしかないけどね。」
グアポリは話しながらカウンターの上にあるオレンジをナギの手元に引き寄せる。
「ひとつだけだ。」
赤い顔をしたレイシーはナギに言う。
パルはにこやかにナギに差し出したミルクに口をつけていた。
「レイシーさん!ありがとう!」
ナギの声が弾む。
グアポリにも礼を言うと微笑んでいた。
「レイシー、ムルルクかトゥオック行こうと思うんだけど〝フリー〟の俺でも持ってける物なんかない?あ、急ぎのやつは無理。」
グアポリは笑いながら言った。
「悪かったよ。勘弁してくれよ。」
レイシーはグアポリを一瞥するとばつが悪そうに物置部屋に引っ込んで行った。
グアポリはナギに向かって話しかける。
「さっきナギとマークが整理してた階段の周り、あれさ、ここ辞めてった奴のシューズとか備品なんだよ。」
パルはナギの目の前にあるオレンジの皮を剥いていた。
オレンジからグアポリに視線を移す。
「円満に辞めてくやつはいいんだけどそうじゃない奴はさ、シューズをチームに投げ捨ててくんだ。反抗って意味になんのかなあ。俺にはわかんないけど。で、残った奴は縁起悪いから触りたがらないの。使うなんてもっての他。配達する人間って〝ゲン担ぎ〟する奴多いから。で、掃除すると負けた気になんのか知らないけど、なんか積もってったって感じだね。」
「ただのシューズなのにね。」
パルは無機質に言う。
ナギも同感だった。
「レイシー!おせーよー!やっぱフリーに運ばせる荷物は無いすかあ~?」
グアポリはカウンターに両肘をついて物置部屋に向かって叫ぶ。
「ちなみにさ、ナギ。このカウンターの上に乗ってるフルーツとかは、配達から戻ってきた奴のお土産みたいな物なんだよ。お土産っていうか、〝いつもありがとう無事帰ってきました〟的な?そんな深い意味はないんだけどね。中で働く奴がいるから戻ってこれる場所があるし、別に外に行く奴だけが稼いでるわけじゃないよねっていうチームの教え?考え?そういうのを気楽に表してる物だね。レイシーは真面目過ぎんだよ、別にナギが嫌いなわけじゃないよ。」
一拍置いてグアポリが高笑いしながら言う。
「あ、でも俺もフリーだから今の説明間違えてるかもね!合ってるか〝メンバー〟のレイシーに聞いてみ!」
ナギはなぜか心が軽くなった。
グアポリが付け加える。
「あと、レイシー怖すぎだよな。俺でもこえーよ。最初ここに来た時、間違えてドミヌス来たかと思ったもん。」
マークが盛大に噴き出した。
睨んでいるのか無表情なのかわからない顔のスキンヘッドが物置部屋から顔を出す。
ナギは先ほどより怖いとは思わなくなっていた。
グアポリはレイシーから荷物を渡されるといくつかやりとりをした後、荷物を小分けにしてポーチに入れた。
「じゃあナギ、今度メシでも食おうね。パルマークも喧嘩すんなよ。」
そう言って入り口に向かっていった。
「ありがとうございました!」
グアポリは振り向かず手で応じた。
「ナギ、はい。あ~ん。」
声の方を向くとパルがオレンジをナギの口元に持ってくる。
「あっごめん、僕あ~ん無理なんだ。本当ごめん。」
顔を赤くして断るナギ。
「おまえダセェんだよ、あ~んくらいされろよ。」
ナギが素早く声の方を向くとスキンヘッドが仏頂面で腕組をしていた。
「それくらい出来ないとレイシーみたいにフラれるぞ!レイシ~、あ~ん。」
体をくねらしながら言うマーク。
言い終わる前にマークの〝つかむ〟が出入り口の方向に伸びていた。
人間とは思えない形相で走り出すレイシー。
スキンヘッドは跳ねるフライパンを追いかけて猛スピードで建物から出て行った。
「ナギ、あ~ん。」
パルは諦めなかった。
「ごめん、パルの事が嫌いとかじゃないんだ。僕、潔癖症でもない。
初めてパルと会った時、手も繋いだし。
さっき〝墓場〟掃除したの見てたでしょ?
でも僕…〝あ~ん〟はなんか無理なんだ。本当ごめん。」
ナギは理由なく、本当に〝あ~ん〟が苦手だったのだ。
パルの小さな拳が勢いよくナギの体に二回刺さった。
*
パルの怒りと同期するように太陽の光が淡くなってきた。
日が傾いている。
建物に全く人がいなくなったので床の掃除をしていたナギ。
普段は常に人がいるとの事だった。
やはりダーガとプレーノの案件の出動が影響してるらしい。
そろそろ帰る事をレイシーに告げると物置部屋に招かれる。
「今日、丸一日いたから二千。俺とグアポリへの回復で二千。パルへの回復で五〇〇。」
四五〇〇エンテを渡される。
大儲けだ。
「えっレイシーさんの分はいいよ!突っ立ってるだけで僕も悪かったですし。」
「働いたら受け取れ。断るな。」
レイシーの顔の怖さで理由はいらなかった。
御礼を言って受け取った。
「あと、〝さん〟はいらねえ。で、明日は来んのか?」
(やっぱり顔怖すぎ!)
たじろいでいるとレイシーは続けた。
「来るって行って来なかったらーーー」
「ぶっ殺す…。」
先回りナギ。
「おまえ馬鹿か、ぶっ殺さねえよ。ちょっと心配するだけだ。一応おまえの事を認めてやる。認めたからには俺とおまえとパル、マーク…まあマークはいつか手違いでぶっ殺すかもしれねえけど。この四人でまずはチームだ。ダーガとプレーノがいない拠点を守ったんだ。胸張って来れる時来い。その、色々言って、悪かった。墓場は、助かった。」
怯えた表情のナギに笑顔が戻る。
スキンヘッドはドスの利いた声で途切れ途切れに続けた。
「墓場はよ。なんつったらいいか、おまえとか外の人間は笑うかもしんねーけどよ。歯止めが利かなくなっちまってたんだよ。最初はダーガも、プレーノに片付けろっつってたの聞いた事あんだけど、量が増えてよ、目立ってくる度に、どんどん階段の裏に押し込まれてって、はみ出してきても全員が見て見ぬフリするようになっちまって。そこから、なんだその…、その、チームの空気も、なんか悪い方に変わったような感じがすんだよ、うまく言えないけどよ。」
聞きながら勇者の剣を抜いた時の事をなぜか思い出していた。
眼下で密集した人間から放たれた轟音の怪物。
再封印をした瞬間、ぽつりと混じると一斉に増えた罵声。
リサが抜いた直後に轟音の色が桃色で埋め尽くされた事。
ナギは真剣な表情でレイシーを見つめていた。
「笑わないよ。なんかわかる気がします。わかんないけど。」
自分は勇者である事を隠している。
それ故にしっかりと共感した事を言えなかったナギ。
もどかしさから床に視線を投げた。
そうか。と小さな声で返すレイシー。
ナギの視界の端にはどこか寂し気な、なんとも言えない表情が映っていたような気がした。
物置部屋の外からパルの叫び声と階段を駆け上がる二つの足音が響いていた。
*
宿に戻るとカウンターには誰もいなかった。
階段の踊り場を見上げると今日もドワンが丸椅子に座っている。
険しい顔をしていたがナギに気づくといつもの表情になった。
すれ違いざまに挨拶をしてとりとめのない話をするが少し顔が強張っている気がした。
部屋に入り、床に散らばったアイテムに当たらないように隙間を狙ってブーツを脱ぎ捨てる。
衣類が散乱するベッドに胡坐をかき目を瞑る。
大きく呼吸すると昨日からの出来事が浮かんできた。
ダガヤ・クルーの人間はナギに暖かかった。
楽しそうに肩を組んで酒を飲む人達。
冗談を言うプレーノ。
テーブルを拭いていると声をかけてくれた面々。
レイシーに足を乗せる怒ったパルの表情と嬉しそうなマーク。
ふざけて勇者の剣を抜こうとしていたアルセナの衛兵が浮かぶ。
謁見の間にいた、しかめっ面で緊張するのが趣味のような彼らも冗談を言うのかもしれない。
ずらりと並ぶ衛兵達がグアポリの後ろ姿で掻き消える。
レイシーはたしかに相当攻撃的だった。
しかし一転して物置部屋で見せてきた優しいような、切ない目つきから悪気があったわけではない事は明白だった。
恥ずかしいような、嬉しいような。迷いを感じるような。
そんな複雑な心境に〝同調〟はうまく進まない。
しかしその間、四五〇〇エンテという大金を一日で稼いだ事は全く頭に浮かばなかった。
体を拭いて眠りについたが、グアポリの後ろ姿を見てから少年はずっと心が暖かかった。




