第21話/初めてのミッション/Limited_NAGI
「ナギ君、今日夕方、宿屋のキューさんにあのシューズのやつ教えてもらうの?」
屈伸をしながら砂浜を見つめるアネット。
「えっ、うん。なんで知ってるの?」
ブーツを乱暴に砂浜に脱ぎ捨てるナギ。
ついに顔の腫れが引く。
「昨日、夜にキューさんが部屋に来てね。
宿の壁ちょっと使うから煩くなるかも。って。
今日の夕方は他のお客さんいなくって、私達だけなんだって。」
「あっそうなんだ。」
「ナギ君モテモテだね。朝は私。夕方はキューさん。夜はリサ?それとも別の女の子?」
「えっ!?いやそういうわけじゃない!ほんとに!頼まれて!」
「はぁ?デートを頼まれる?何言ってんの?苦しくない?」
ポニーテールを作るアネット。
目が笑っていない。
「ナギ君、いつも宿にいないみたいだけどさあ、この街の女の子のとこに入り浸ってんじゃないの?」
低い声で言い捨てる。
アネットは波に視線を移して二の腕のストレッチをしている。
垂れたもみあげが風で靡き、目だけ見える表情が恐怖を駆り立てた。
ナギの頭についパルが浮かぶ。
(いやいやいやいやいやいやいやあれはパルが突っ込んできたっていうか…。っていうか入り浸ってないじゃん。仕事じゃん、あれ。)
目が泳ぐナギを見逃さないポニーテール。
「最低。」
アネットの細くなった横目を確認したのを最後に現実が早くなる。
魔法で右肩を掴まれるナギ。
ミトハロに来て九日目の早朝は不意打ちから始まった。
(ズルい!)
すぐさま両手を肩に向け発声するが思考の分遅れる。
さらに魔法がうまく出ない。
(〝つかむ〟がいつもより遅いし細い!)
引っ張り合いを諦めて前によろけながら〝怒気を纏った師匠〟に両手を向ける。
走って距離を詰めてくるのが見えた。
「〝はなれて〟!」
発声も虚しく、目の前で斜め下にスライディングするように避けるアネット。
地上に〝はなれて〟を撃ちその反動で体を起こしてくる。
舞う砂が目と口に入る。
つんのめっている途中のナギの頬に衝撃。
突き上げるようなアネットの拳で吹っ飛んだ。
後転の途中〝はなれて〟の声が聞こえた。
(アネットは魔法一回じゃないの!?)
砂浜に手と膝をつき顔を上げると脛と足の甲が鼻先にあった。
半身が間に合わず肩に食らいさらに後ろに転がるナギ。
(ブローチみたい!)
仰向けで咳き込んでいると足元からぬるっと映るアネット。
無表情で右側から拳を顔面に振り下ろしてきた。
小さな悲鳴と同時に左側に転がり避ける。
俯せの状態から〝はなれて〟で体を起こす。
そのままの勢いで蹴ろうと右足を出すがアネットの正対が速い。
左腕で足を止められた。
右手で顔を押し掴まれる。
軸足を引っかけられてそのまま砂浜に掴み倒される。
いつになく鬼気迫った師匠にブローチを重ねるナギ。
魔法を唱えようとするが顔全体を覆っていた右手は頬を潰すように掴み直されていた。
(握力つよすぎ!)
冷ややかな目つきのアネットと目が合った。
何発か殴ろうと手を振る内にナギの顔に翳される左手。
(やばい!死ぬ!顔飛ぶ!)
アネットから聞こえてきた声色は普段よりも優しいものだった。
回復されるナギ。
振る手を止める。
頬を強く掴んでいた手が離れ、優しく撫でられた。
顔、肩の順に回復され、痛みが引いていく。
(〝はぜろ〟って言われるかと思った…、アネット持ってないけど。)
「揺らぐと弱いでしょ?魔法。それ知ってほしかっただけだから。意地悪言ってごめんね。」
今までで一番優しい声かもしれないポニーテール師匠。
回復が終わる。
心臓の音が大きいが平静を装うナギ。
「最初の〝つかむ〟が細かった気がする。いつもよりも遅かったし。」
「うん、主に初撃に出るの。でもそれ以降揺らいでいたらそれが続く。」
砂を払って立ち上がるナギの様子を確認しながら続ける。
「でも戦いって大体一瞬で決着ついちゃうから、最初揺らいだらもう難しい。」
「ありがとうアネット。フラットでいる大事さって今のでほんとわかった。
いつも後手なのに更に後手になってた。」
顔面蒼白だったナギの顔つきは精悍なものになっていた。
「うん、じゃあ再開しよう。」
その日は何故か一度のギブアップまでが長く、その分多めに殴打された。
食らう打撃が心なしか強く感じたナギ。
特訓終わりにしっかり手を握ったがアネットの顔つきは変わらない。
帰り道に弁解した際、本当に怒ってないよとくすくす笑うアネットは
どことなく笑ってない気がしたのだった。
*
特訓後にダガヤ・クルーの拠点に行くのも恒例となりそうだった。
パルの回復一回五〇〇エンテというのは高額に思えたのだ。
なぜそんなにも払うのだろう。
チームが儲かっているのかもしれない。
今日はマークが誘ってくれたが、キューの件が頭にこびりつき、気が気ではなかったので断った。
少し胸が痛んだ。
日が昇りきる頃に宿に戻り体を拭く。
休憩がてら〝同調〟をするナギ。
目を瞑るとジョージとの会話が思い出される。
なぜ想起したかはわからない。
数年前、リヴェル村にある丘の上にジョージとナギは座っていた。
星空がいっぱいに広がる夜空の下での会話だった。
「ナギ。」
その日のジョージは神妙な面持ちだった。
「何?おじさん。」
「俺な、たまに悩む事があるんだ。聞いてくれるか。」
「うん、いいよ。」
何かの幕開けを告げるような強い夜風。
二人の頬を撫でた。
「あのな、人間には〝いいよがダメ〟で〝ダメがいいよ〟の時がある。俺、わかんないんだ。」
聞いた瞬間にナギは吐きそうになる。
「いいよ…がダメ?……で、ダメ…が…いいよ?」
「ああ。その時俺は…。何が起きてんのかわからない。どうしていいかわかんないんだ。」
ジョージは前を向き拳を大地に何度も叩きつけていた。
「じゃ…じゃあ、〝ダメをいいよと解釈〟して殴られるまで行動する…とか?」
「ナギ!!」
吠えた声にナギの肩が跳ねた。
トーン低くジョージは続ける。
「〝嫌よ嫌よもスキのうち〟っていう言葉がある。俺な、それ嫌いなんだ。
それだけはやめてくれ。ナギ。そういう都合の良い解釈しかできない大人にはならないでくれ。
あんなに気持ち悪い言葉はねえぞ。ただの〝不安な今〟の正当化じゃねぇか、あんなの。」
語調が強いジョージ。
「ごめん。おじさん。」
「いや、俺こそムキになってすまん。本当悪かった。おまえにそうなってほしくはないんだ。許してほしい。」
ナギは聞き直す。
「じゃあ、そういう時どうしたらいいの?おじさん。
僕、吐きそうだよ。〝いいよがダメ〟で〝ダメがいいよ〟ってどういう事?どうしたらいいの?
おじさんは今、何を言っているの?」
「落ち着け。ひとつだけ言える事がある。」
息を呑むナギ。
「…残念ながらそうなった人間には…もう声が届かない。〝いいよがダメ〟で〝ダメがいいよ〟はもう無理だ。距離をとれ。」
「声が…届かない…?」
「ああ、そうだ。会話が成立しなくなる。」
少年の胃から酸っぱい液体が登ってきた。
「相手の表情や呼吸、間の取り方。
そういう言葉以外の部分でな、相手の真意を見抜ける時もあるかもしれない。
でもそんなものは基本的にこっち側の〝思い込み〟なんだ。博打と変わらない。
人は不安な時、下らない統計に縋る。」
大きく息をするジョージ。
「仮に、仮にだ。ナギ。
〝ダメ〟と言われたものが〝いいよ〟の意味だったとする。
じゃあ〝いいよ読み〟でその行動をしたとしよう。」
「うん。それは正解してる、それは正解だよ…!それは正解でしょ!?おじさん!」
ナギは真剣だ。
「それでも〝ダメ〟なんだ!不正解!こちらが悪くなる!だって〝ダメって言われてる〟んだから!」
髪を掻きむしるジョージ。
吐瀉してしまうナギ。
「大丈夫か!?」
「もう嫌だ…、今日は…帰りた…い…。」
咳き込む少年の肩を強く掴むジョージ。
何かが口から漏れ出ている少年は涙目だ。
「ナギ!怯えるな!立ち向かうんだ!俺が何もしてないと思うか!?
悩んだ末に考えた対策!それを教えてやる!」
「うん…。」
「〝ダメは引け〟。そして自分が相手より有利な立場の時に言われる〝いいよは信用するな〟だ。」
「有利な立場って…?」
「自分が相手よりも優位な状況…立場、権力を持ってるとか…。
なんかの拍子に自分が相手よりもお金を持っているとか。
みんなが羨む便利な道具を持っているとか…。
そういう時に言われるいいよ…つまり〝肯定〟だ!それは信用してはいけないんだ。
その肯定ってのは…褒める言葉だったり持ち上げるような言葉。存在を肯定するような発言、好意とかだ。
それは自分自身に対して言われてるものではない。
自分の立場や状況に対して言われているものだからなんだ…。」
「でも、自分自身に言われてる事かもしれないよ…。」
「そう…、そうなんだ。その可能性も大いにある。
それは…、もしもそうなら、素晴らしい事だ。
しかし、皆そう思いたいんだ!みんな自分自身が言われてると思いたい!
そう思いたくて…人は調子に乗って、我を忘れていく。狂っていくんだ。」
ジョージは低い声で区切りながら言う。
「我を忘れた時に〝ダメって意味のいいよ〟と衝突する。」
「うあ…、ああ、あぁ…。」
ナギは泣き出した。
「これだけは覚えておいてくれ。ナギ。」
「あぁ、うあぁぁぁ…。」
嗚咽ナギ。
「謙虚であれ。いつでも自分自身と対話できる自分でいるんだ。
立場に飲まれるな。〝自分が自分で居続ける自信〟を常に持つんだ。
〝弱い自分を許せる自信〟を常に持つんだ。」
「おじさん…、今日の…全然わからないよ…。」
ジョージも泣いてしまった。
少年を強く抱きしめる。
ナギはおじさんの肩に再び吐瀉した。
答えの見つからない夜の思い出だった。
*
日が少し傾いてきた。
部屋の窓を閉め、大きく呼吸するナギ。
ルントのために聞き出すのだ。
(僕も魔法の練習とかで精いっぱいなんだ。人の事ばかり動いている余裕はない。
今日がラストチャンス。そんな感じで行こう。大丈夫、大丈夫だ。)
階段を下りているとカウンターからキューが手を振ってきた。
リサもいる。
二人とも頭にハイビスカスをつけていた。
「リサもやるの?」
何気なく聞くナギ。
「何?なんか悪い?」
低い声。
「ううん、そんな事ないよ。」
「うし、じゃあ外行こっか~。あ、怪我は自己責任です~、気を付けてね。」
悪戯に笑うキューに連れられて外に出る。
そんなキューに二、三度優しく肩を叩かれるがリサがさりげなく間に割って入った。
建物の脇の壁は突起物がなく広々としていて滑りやすそうだった。
〝レイル禁止〟と書かれた看板。
「壁に向かってのジャンプってけっこう難しいから今日はそんな使わないと思うけど。
やりたかったらやってね~。
他にお客さんいないし。あっ普段はやめてね。ウチと一緒の時だけ。」
頷く二つのハイビスカス。
「シューズはこれ使って。ウチとドワンのだから。ちゃんと洗ってるから臭くないよ~。」
笑いながらキューが言う。
ドワンのシューズをリサが履き、キューのそれにナギが足を通す。
少年にはサイズが少しだけ大きかった。
「二人とも初めてだよね?」
「あっ僕は少し、ほんの少しだけ履いた事ある。立てるだけだけど…。」
リサがナギを素早く見る。
ナギがシューズを履いてさっと立った。
膝が少し笑う。
「おっ立てるんだ。やるじゃん。リサはどう?」
「うん、やってみるね。」
シューズを履いたリサが立つと、ナギよりも数段うまかった。
その姿勢を見れば、素晴らしいバランス感覚である事が一目で見て取れた。
「片足のつま先を立てて踵を擦り付けると減速するよ~。」
〝つかむ〟は持っていないのだろう。
壁を手で押して進んだり、ゆるやかに止まったりを繰り返すリサ。
運動神経の総力を挙げて起立が限界のナギにとって、リサのそれは体重移動だけでそれなりにスピードが出ているように見えた。
ギャル勇者は運動神経が良いのだ。
「これ気持ちいいね!」
「いいよね~。〝つかむ〟あるともっとスピード出るよ~。」
はしゃぐリサを微笑みながら見守るキュー。
念のため木に手をつきながら立つナギの膝も笑う。
「さて、やっぱり君か~。進める?」
「進めない。」
「やった事あるんでしょ~?魔法で進んでみたら?何事もチャレンジだよ~、ナギナギ。」
リサの様子を見ながらにやついたキューが言う。
木を押し今にも転びそうになりながら建物と木の間のスペースによたよたと滑るナギ。
適当な木を魔法で掴んで引っ張ると
シューズは地面から離れ少年は直線的に木々に突っ込んでいった。
(シューズのサイズが合ってないからだ…!きっとそうだ!)
痛みをこらえながらナギは責任転嫁した。
手を叩いて笑いながらキューが近づく。
「全然だめじゃん。じゃあハイ、手掴んで。ゆっくりやろ。」
差し出されたキューの両手を握りながら立ち上がる。
白いネイルに導かれるように木々から体を出すナギ。
「だっさ。」
いつになく攻撃的なリサ。
少し胸がもやついたが無視をした。
「お尻引っ込めて~。足に力入れると転ぶよ。」
パルとマークからの指摘と同じ内容だ。
(僕、もうこれセンスないんだろうな…。)
白いネイルを見つめながら半ば諦めているナギ。
アネットの特訓をしている時の前向きさは消失していた。
「前見て~。視線の方向に進んでいくから。」
顔を上げると笑顔のキューと目が合った。
唐突の出来事で顔が紅潮し目を逸らす。
リサは力みなく重心移動のみで気持ち良さそうに滑り続けていた。
「じゃあナギナギ!いくよ!」
突然の掛け声に視線を戻す。
キューが顔を後ろに向けたかと思うとナギの腕を一気に引いた。
次の瞬間、加速装置を使ったかのように体が前に押し出される。
白いネイルは横に逸れていき視界から消えた。
バランスを整える間もなく勢いだけが先に走る。
思考が追い付かぬまま滑り出す。
制御はなく〝投げ出された運動〟として前方へ加速するナギ。
マークにされた事が頭に浮かぶ。
(レイルやってる人ってなんでみんな、予告なくこれやるの?)
黒い感情が湧いてきたのを抑えようとするが、
溶ける視界をきっかけにパルとマークの練習の感覚が足に甦ってくる。
転ぶことなく、しかし止まれず。
木に手をつくまで少年は滑り続けた。
「コケなかったじゃん!いいね~!スピード乗る前の姿勢が悪すぎんだな。」
キューが近寄ってきた。
(今か!?今聞くのか!?いや…絶対に違う気がする…!)
ルントの件をいつキューに聞こうか。
頭はそればかりであったが褒められて少し気が良くなる。
再度キューに手を取られ移動する。
宿屋の建物の壁に手をつくように言われるナギ。
「立ち上がる時とか、止まる時っていうの?スピード出てない時、ここが出てんのよ。」
キューは少年の尾てい骨あたりを撫でて前に押した。
ナエラにもそんな所を触られた記憶がない。
体が強張るナギナギ。
「だから力入りすぎだって!」
ころころと笑うキュー。
「こう!ここから真っすぐのイメージね。」
片手で肩を掴まれ、背中から尾てい骨までをネイルが撫でる。
宙に浮いてしまうような感覚。
不快感なく立った鳥肌に困惑する少年。
滑らかに近づいてきたリサが話しかけてくる。
「ねえ!あたしキューの滑ってるとこ見たい!ナギの相手あたしやるからキュー滑ってみて!」
「おっいいよ~。」
しゃがんでナギの脛を握り、前後に滑らせながら脱力を教えていたキューは立ち上がる。
ナギが履いているものをキューに返し、代わりにドワンの物を履いた。
エーテルシューズからブーツとなったリサに手を取られて立ち上がる少年。
リサはキューが滑っている所をまじまじと見て何か話しかけていた。
手を引かれるネイルが白からベージュへと変わる。
ゆっくり滑り出す。
ぼんやりと下を見ながら巡ってきた思考に身を委ねた。
なぜか時折ジョージの顔が浮かぶ。
(恋人がいるかどうかって、一体どうやって聞くんだ…?
キューって今、恋人いますか?お付き合いをされている人っていますか?
…なんか突然過ぎる気がする。
もっとぼかして聞いた方がいいのかな。
共に生きていこうと誓った人間はいますか?
あなたの心に寄り添う人間はいますか?
あなたが辛い時、抱きしめてくれる人はいますか?
朝起きて頭に浮かぶ人はいますか?
ずっと一緒に過ごしたい方っていますか?
あ、〝いない可能性〟を前提で話すのも失礼になるのかな…。
キューとお付き合いをしている方は幸せですね。とか?
いや気持ち悪くない?それ。うわあ、さっき考えときゃよかった。)
「――――ギ!―――!」
意識が現実に戻る。
「ねぇ!」
リサに話しかけられていた。
「あっ、ごめん。」
「前向くんでしょ。さっきからずっと下向いてるよ。っていうか別にナギ滑れるじゃん。」
足に滑る感覚が戻ってきたのか、最初よりも安定感が出てきた。
「あっごめん。僕は大丈夫だから滑りたかったらキューの方行っていいよ。」
リサはキューの方に目をやった。
思考を再開する。
(ルントの名前出すのは反則だよな…。
そりゃそうだよね。それは一番いけない。
これ、ほんとに質問の仕方難しくない?
キューかわいい!きれい!絶対モテるでしょう!?とか言うわけ!?この僕が!?ありえない!
でも、もしそれでモテないよ~!って返事だけだったらどうする?)
「―きな―フ―――――?」
リサが何か喋っている。
(モテないよ~!って返事だけだったら〝追い質問〟が必要になっちゃう。
待てよ、〝そうなの、モテるの!〟って返事だったら逆にどうする!?
僕はどんな顔をすればいいの!?にやつけばいいの?落ち込めばいいの?
どっちもなんか気持ち悪い…。
モテるモテないの話題から〝キューって恋人いるの?〟はあからさま過ぎるよ。
一言…一言で終わらせたい。一言?それ自体が無理なことなの?
みんなはこういう時ってどうしてるの?みんなって誰?
今日、僕誕生日なんで教えて下さい!とかいける?
いやいやいや。今日僕、誕生日じゃないし。こわいよ。意味がわからない…。
〝こいびといるかおしえてね〟とかって魔法、なんでないの?
どうしたら…。)
「ねえ、ちょっと。さっきからどこ見てんの?」
思いもよらないリサの一言で我に返る。
気づかぬ内に視線が少し落ちていた。
「ごめんリサ。ちょっと考え事してたんだ。気を悪くさせちゃってごめん。
もし僕がまたボーッとしてたら、もう手離しちゃっていいから。本当ごめんなさい。」
「いや、別にいいけど…。」
淡々と謝罪する少年。
無表情でリサの瞳にまっすぐ視線を固定する。
視界の端に高い所から跳ぶキューが映り、早速眼球がブレた。
体を撓らせ顔が地面を向いている。
恍惚とした表情でバク転をするように跳んでいた。
着地に合わせてキューが魔法を使う。
慌ててリサの瞳に眼球を合わせ思考を再開する。
(これ。最悪な場合って、僕がルントの邪魔をしちゃう事なんだ。
正直、なんで僕がこんな事を悩んでるんだって感じはする。
ちょっとどうでもよくなってきてるし。
でもルントの役に立ちたい、グローブもとても良いものだった。
変に勘繰られたりしてルントの邪魔をしちゃうのはだめだ。
その勘繰られるってのが僕に向いても良くない。
僕だってキューと気まずくなりたくない。
朝のアネットに言われた事もある。
変な誤解されたくない。
でも、ルントの役にも立ちたい。
道具のアドバイスとかすごく参考になったんだ。
話してて楽しかったし。これほんとどうしよう…。)
現実に意識を戻すと、リサの瞳だけが映る。
上気している顔には気づかない。
瞳を見据えたナギ電撃。
目を剥いた。
即実行。
つい発声が爆音となる。
「リサ!あの!リサって恋人いるの!?」
「は!?何言ってんの!?」
リサはさらに上気する。
熟れたトマトのように真っ赤。
視線と手がブレた。
ナギもよろめくが絶対に手を離さない。
今だけは絶対に転べない。
この流れだ、この流れでキューにも叫ぶのだ。
もうこのタイミングしかない。
少年は狂っていた。
「いや、いるのかなって思いまして!」
「急に何言ってんの!?恋人なんているわけないでしょ!
っていうかあんたと一緒にいるのにいつ作るのよ!」
「ああ…、あ!ほら!リヴェルにいるかもしれないじゃない!?」
んなわけないでしょと声高に慌てふためくリサ。
キューが楽しそうに近寄ってくる。
「なになに?どうしたの?恋バナ?修羅場?ナギナギってリサ狙いなの?」
「キュー!キューは恋人いますか!?」
(言えた…。言えたよルント…。)
少し笑いながら頷くルントが空に見えた。
目を丸くする二人のギャル。
「ナギナギ、ウチ狙いなの?えっ?リサと両方狙いって事?どういうこと?」
キューは大笑いした。
「ちょっとそういう事に興味がありましぇてね!いますかい!?恋人!」
逃がさないナギナギ。
滑舌は絶好調だ。
「いや、いないけど…。」
半笑いのキュー。
(聞けたーーー!いない!ルント!いないいないいないいないいない!やったねルント!)
「ありがとうございます!」
「あんた、急に失礼じゃない?」
リサが低い声で言う。
「不快にさせてしまって本当にごめんなさい。もう二度としません。」
素直すぎる少年。
ホラーのような落差。
リサの眉間に皺が寄る。
ナギは肩の荷が下りていた。
理由がわからない謝罪など気にも留めない。
急に近づいてきたキューの顔に小さく驚くナギ。
「ストレートな男性、嫌いじゃないです。」
追加情報をキューが耳元で甘く囁いた。
リサの指にきゅっと力が入ったのが手から伝わる。
顔が華やぎ胸中がお祭り騒ぎナギナギ。
リサの表情が一気に歪む。
少年はそれどころではない。
(ルントの役に立てた!!)
「ありがとうございます!」
多感だね~と笑いながらレイルに戻るキュー。
地獄の番人のような顔つきの女に手を握られ、少年は考えた。
キューも笑っていたし、きっとそこまで不快にはさせていないだろう。
追加情報も頂いてしまった。
間違いなくルントの役に立てたはずだ。
何より絶妙のタイミングでキューはレイルに戻ってくれた。
踏み込んだ話をしてしまったらキューにもルントにも申し訳ない。
人の情報を迂闊に第三者に言うものではない。
アネットからナギは学んでいた事だ。
〝失礼な事を言ってしまってリサに怒られる〟のみで成し遂げた。
ナギは天国にいるかのような深い安堵感に包まれていた。
パルとマークから教わった時の感覚も戻り、その後のナギは絶好調であった。
しっかり上達もした。
と言っても、直立状態から自力で進める距離を数歩更新しただけである。
スピードも遅い。
おそらく魔物に背中から体当たりでもしてもらった方が速いだろう。
しかしナギは満足だった。
手を繋ぐ必要がなくなったリサがエーテルシューズを履きたいとナギに催促する。
少年がブーツになると気を遣ったキューがシューズを譲りナギナギの手ほどき。
横で滑るリサが唐突にレイルが見たいと言い出しシューズをキューに渡す。
そんな奇妙なサイクルをループして日が落ちた頃に練習は終了した。
結局、宿の壁面を使用したのはキューだけだ。
衝撃による騒音を出す事なく平和な練習となって良かったとナギは感じていた。
*
一日の終わり、自室でナギは考えていた。
キューに教えてもらっている時に新たな感情が芽生えた事だ。
練習中の責任転嫁、少しの胸のどろつき。
あれはなぜ芽生えたのだろう。
〝同調〟を日々行う中で、見つめる事ができた感情に対しては敏感になっていた。
アネットとの特訓ではいつも前向きな気持ちでいられるのに。
自分よりも年下のパルやマークに茶化されてもあんな気持ちにはならなかった。
指導してもらうキューに何か他意があるわけでもない。
感情の正体はわかっていた。
〝少しは出来たと思った事がそうではなかった〟事への苛立ちだ。
出来る事の方が少ない自覚があるナギはその感情が湧いてしまう事は自然だと考えた。
わからなかったのは〝なぜそれが発生したのか〟という事だった。
自分の感情の出所はアネットに聞いてもわからないかもしれない。
反省をし、とりあえず気を付けようという事で思考を終わらせる。
目を瞑りブローチとの出来事を時間をかけて再生した。
五回程貫かれた辺りで記憶が途切れた。
*
目を覚ますと、扉が鳴っていた。
微睡みながらそれを眺めるナギ。
夢か現実かわからぬまま、ブランケットを被り直し寝返りをうつ。
早朝から日が暮れるまで、誰かに何かを教わったり考える事が多い毎日。
夜に活動する体力は残されていなかった。
再び夢に沈んでいこうとするがその日の扉は鳴り止まなかった。
徐々に現実感が脳みそを塗り潰していく。
あまりにも長いノックに頭の回らない中で反射的に懸念が浮かぶ。
(魔物が攻めてきた…?)
ノックが長すぎる。
緊急事態かもしれない。
起き抜けの細目でドアを開けると唇を少し尖らせたリサがいた。
「どうしたの?」
「今、いい?」
静かな声だった。
「魔物が出たの?」
「なにそれ。ちょっとだけだから。いい?」
虚ろな目を擦っているとリサが半ば強引に部屋に入る。
寝惚けているからそう聞こえるのだろうか、リサの声は小さかった。
(魔物じゃないのか…。)
杞憂だった事により一気に緊張が解けた。
胸を撫でおろしベッドに腰掛ける。
二の腕、腿が触れる距離でリサが隣に座った。
「どうしたの?」
目を閉じかけたままリサに話しかける。
少年を眠気が襲った。
前を向いたまま目が閉じていく。
「いや、大した事じゃないんだけど。」
どこかで犬が吠える声。
野犬だろうか。
二の腕に摩擦を感じる。
「今日、なんであたしとキューに聞いたの?その、恋人いるかとかって。」
「ああ、うーん。」
頭が回らなかった。
ルントの事を話しても大丈夫なものだろうか。
一瞬考えたがリサなら平気だろうと眠気が勝る。
「誰にも言わないでくれる?」
「うん。」
「ルントに頼まれていたから。それで。」
「道具屋の?聞いてほしいって頼まれたの?」
「そう。キューに聞いてほしいって。絶対に言わないで。」
隣から大きな息が聞こえた。
「どうしてそんな事ナギがするの?なんで断らなかったの?」
「道具もr――――」
自分の言いかけた言葉に目が覚める。
リュックサックが無くなった経緯を話す事になるかもしれない。
そもそも部屋に荷物らしい荷物がない。
アイテム研究家のように乱雑に置かれているだけだ。
何か聞かれるかもしれない。
言葉を変える。
「その、キューの紹介だって事を話したら仲良くなって。」
「ふうん。じゃあなんであたしにまで聞いたの?」
リサはぼんやりと下を向いていた。
見回されるとまずい。
「変な感じになりたくなかったから。」
「誰と?」
「キューと。」
「なんで?」
(なんで?ってどういう事?)
少し考えたが言っている意味がわからない。
耳をつんざくような静けさに頭の声が大きくなる。
目が完全に覚めてしまった。
そのまま聞き返す事にした。
「なんでってどういう事。」
「いや、別に。」
(うわぁ!)
脈絡が無さ過ぎて思わず心の中で悲鳴があがる。
「あ、リサ。そういえばさ。」
「何?」
「ドーゲンミライ道場、あれから行った?」
宿の一階の物音が聞こえるくらいの静けさが部屋に充満する。
ばたばたと足音が聞こえた。
客が来たのだろうか。
なぜリサは黙っているのだろう。
魔法について考えるナギ。
(エーテルシューズは、〝つかむ〟じゃなくても〝はなれて〟で加速でも良さそうだけどどうなんだろう。
地面からちょっと浮いちゃうのかな。精度が必要なのかもしれない。
ルントの道具屋には〝つかむ〟しか売ってなかったから流通の関係もあるのかな。
アネットはどこで〝はなれて〟を手に入れたんだろう。あっ〝まわれ〟も練習しなくっちゃ。)
〝はなれて〟について考えていると、
二の腕に何か〝くっついた〟感触がした。
「腕、怪我してる。」
首を回すとリサが掴んでいた。
たしかに擦り傷が少し残っている。
「ああ、大丈夫だよ。これくらい。」
リサが回復魔法を発声した。
少し意外で驚く。
「ありがとう。」
「ううん。この数日、何してたの?」
「リサ、ごめん。ちょっと眠いんだ。急いでいる事でなければまた今度でもいいかな。」
「うん、わかった。じゃあまたね。」
立ち上がり、扉の方に歩いていくリサ。
「何か用があったんじゃないの?」
「大丈夫、夜にごめんね。おやすみ。」
「えっいいの?」
扉を開け部屋を出ていくリサ。
(なんだったんだ…。リュックサックの事聞かれなくてよかったけど。
あ、道場行ってるのかな。まぁいいか…。)
目が冴えてしまったと思ったが、意外にすんなりと眠れたナギだった。




