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第19話/初めてのエーテルシューズ/Limited_NAGI


ミトハロ到着から七日目。

朝のアネットとの特訓〝つかみ合い〟は全敗であった。

突っ伏した直後に背後から何回刺されたかわからない。

もちろん疑似的なものでアネットは手の平をナギの背中に添えるだけだ。

油断すると気持ちが緩みそうな程、暖かく優しい添え方だった。

そんな優しいアネットが〝死亡〟という強い言葉を使うのはそういう事なのだろう。

実際の戦いではそこで終わりなのだと思うと脱力感がした。


朝はアネットに、夜はブローチに。

少年は殺され続けていた。


昨日も今日も、特訓終わりにアネットは握手を求めてきた。

相手を尊重する儀式的なものだと彼女は言う。

同時にそれは自分を尊重している事にもなるんだとか。

出来ない自分を見続けるのはそれだけで執着になり得るらしい。

出来る人との出来ない自分との対比で特訓そのものが迷いや不安を助長するものになると言っていた。

そうならないように握手をするのだ。

ナギにはよくわからなかったが手を繋ぐと心が解れるようだった。



そんなアネットの手の感触を思い出しながらダガヤ・クルーの拠点に駆け足で向かう。

到着すると〝まるで小さいリサ〟こと、パルが駆け寄ってきた。

足に〝いやすね〟をすると強引に建物の裏に連行される。


木や草が茂り、加工された大きな丸太が横たわっている。

滑るには少し狭く感じるスペースだった。

大きな丸太に座るパルとマーク。


「じゃあ、それ履いて。教えてあげるから。」


パルが悪戯じみた表情でナギに告げる。

ナギ自身、エーテルシューズというものに興味はあったが

配達業の人間と関係をあまり持ちたくないというのが本心だった。

木々で囲まれている建物裏であれば目立たないかと周囲を見渡しながらシューズに足を通す。

底が少し厚い。

キューの言う通り、底にノードが入っているのだろう。

何色かと聞かれると答えにくい、色が溶け合いながら、まだ完全には混ざりきっていない模様。

色彩豊かなそんな色合いだった。


「最初は立ち上がるのも難しいと思うよ。」


得意げな顔つきのパル。

マークはじっとナギを見つめていた。

立ち上がろうとすると、膝が笑い、左右の足が勝手に動く。

足首が小刻みに震える。

大地に嫌われたような錯覚。

転ぶまいと腕だけが忙しく宙をかき、二人が座っている丸太に手をつきなんとか転倒だけは免れた。

マークがにやついている。


「カクカクしてて面白い。」


パルが大笑いしながら言った。


(教える気あるのかな…。)


「歩こうとしちゃだめなんだよ。マークちょっと見せてあげて。」


そう言われるとマークが同じエーテルシューズとは思えない程スムーズに立ち上がる。

丸太から手が離れた瞬間からわかる明らかな滑らかさ、安定感にナギは目が離せなかった。

思わず声が漏れる。


「うまっ、マーク滑り方綺麗だね。」


マークの頬が少し赤くなったような気がした。


「力を入れないでそのまま身を任せる感じって言ったらいいの?マーク、手、持ってあげてよ。」


パルに促されるとマークが近寄ってくる。

手を取ってもらいながら立ち上がる。

曇るナギの表情と反転するように膝が笑った。

自分よりも小さい少年に引っ張られる。


「ねえ!これどうしたらいいの!?踏ん張れないよ!」


焦るナギ。


「踏ん張らないで。前見て。そのままでいい。」


マークは無愛想に言うがしっかり手を持ってくれていた。

前を見ると、自動で視界の両端に閉じていく風景が映る。

普段見るそれとは違い戸惑った。


「おしり出ちゃってるから引っ込めて。ちゃんと立って。」


淡々と言うマーク。


「どういうこと!?えっ!?」


パルの笑い声が後ろから聞こえてくる。

姿勢を伸ばすと視点が高くなり、自分が別のなにかになったような気がした。


「すごい!気持ちいいね。」


「じゃあスピード上げるよ。」


少し笑うマークがナギの片手を離し、前を向く。

ちょっと先の地上を〝つかみ〟引いた。

反動で一気にスピードが上がる。

足首に力が入った。

言われた通り踏ん張らず、滑る事に身を任せると勝手に体が進んでいる事にやっと意識がいく。

顔を撫でる風が気持ちよかった。


「じゃあ止まってみて。」


マークが手を離す。

横に逸れていくフライパンが見えた。


「手離さないで!これどうやったら止まるの!?」


すれ違うマークは少し笑っていた。

勢いよく草木に突っ込んでいくナギ。

少年少女の爆笑が聞こえる。


「踵は滑らないように出来てるから、つま先を立てると止まるよ。

そんなスピード出てないなら建物とか壁を触る。

本当に緊急の場合は後ろの地面を魔法で〝つかむ〟と止まるから。」


木にもたれかかるように立ち上がるナギに近寄るマークが声をかけた。


「ってことはさ、これすぐ止まれないよね?」


「うん、だからすごい事故る。」


さらっととんでもない事を言う。

遠くから〝少女版のブローチ〟かと思うほどの笑い声。


「あいつ、あんな笑ってるけどさ、露店壊しすぎてここら辺ですげえ警戒されてるんだよ。」


にやりと笑うマーク。

視線の先でショートボブの少女が腹を抱えて笑っていた。


しばらく練習をし、なんとか立つ事は出来るようになった。

しかしそれだけだった。

到底滑るとは言えないスピード。

二人からは茶化され続けていたが、新しい事が出来るようになる感覚はナギにとって新鮮なもので楽しかった。

言葉にできない爽快感。

ひとしきり練習した後、二人に挟まれるように丸太に座りなんとなく話す。


「引ったくり気を付けてね。レイルが流行ってからすごい増えたらしいよ。あたし達は流行ってない時知らないけど。」


パルが足についた虫を払いながら言う。

気まずそうなマーク。


「マークもバシナリーの方、言っちゃダメって言われてるんだから辞めなよ。」


「だってあそこ以外に滑る場所ないし。おまえだって変な所で滑るから露店突っ込みまくってんじゃん。

〝空飛ぶショートボブは店が儲かる知らせ〟って噂聞いた事あるよ。

突っ込んだ分、ちゃんとチームが弁償するから。

今回だってナギがいなかったら、怪我けっこうヤバかったんじゃないの?」


正論で畳みかけるマーク。強い。

黙ってしまったパルをちらりと見ながら口を挟むナギ。


「なんでドミヌスの人達は広場を占領してるの?ここみたいに拠点とかないの?」


ゴーグル少年が首を傾げながら答える。


「知らね。縄張り的な感じなんじゃん?あそこのチーム、人数も多いし。

拠点は別にあるよ。絶対に近くに行くなって言われてるけど。」


「セグイド王国へのパフォーマンスだって聞いた事あるよ。」


自分の頭の上に集まってきた羽虫を払いながら言うパル。

二人の少年は少女に顔を向ける。

ナギは聞き返さずにはいられない。


「セグイド王国?」


宿屋でキューと話している時にドワンの口から出た国名だった。

頭上を睨みながら質問に返すパル。


「ドミヌスがセグイドへお金払ってるらしいよ。プレーノから聞いた事ある。

その代わりクラックラン王国がミトハロに攻めてきても守ってくれるんだって。

だから、ちゃんとノード守ってます的なアピール?じゃないかって。

プレーノ酔ってたから話ぐちゃぐちゃだったけど。」


「プレーノって?」


「いつもカウンターにいる男の人。」


パルはナギに視線を合わせながら言った。


「どうせノードは壊せないんだから、広場なんて一緒に使えばいいんだよ。喧嘩ばっかしてないで。」


そう言ってマークはマナガムを口に放り込み立ち上がる。

〝つかむ〟をして器用に滑り出した。


(なんで真っすぐ立ってるだけなのに、あんなに綺麗に曲がれるんだろ…。)


ナギはマークの後姿に見惚れていた。


「ダーガはチーム同士で揉めてないって言ってたけど、けっこう揉めてるよ。」


パルがぽつりと言う。


「表に出ないだけで、喧嘩みたいのは多いよ。ダーガも知らないはずないと思う。」


ナギの表情が沈む。

マークが建物の壁からジャンプして体を回転させている。

腰につけたフライパンが音を鳴らしていた。


「なんで揉めてるの?」


「聞いても教えてくれない。っていうか揉めてないよって言われる。

たぶんお金じゃん?他のチーム減ったら仕事来るからじゃない?」


「ふーん。」


興味なさげに振る舞うナギの頭をパルはじっと見つめていた。


「ナギの頭にあるそのお花、頂戴。」


ハイビスカスを強請る少女。


「これはだめ。」


「なんで?」


「だめだから。絶対にだめ。」


「けちだね。」


ナギは大きなため息をつくと、ベルトからセーフポイントを取り外して差し出した。


「じゃあこれ…。セーフポイント。もしかしたら後一回しか使えないかも。」


「いいの!?」


そう言いながらパルはセーフポイントを引ったくるように奪う。


「ありがとう!」


「あのさ。」


「何?」


少女はセーフポイントを嬉しそうに角度を変えて眺めていた。

呆れた視線で口を開くナギ。


「僕、ミトハロ来てからどんどんアイテム無くなっていくんだけど…。」


返事がない。


「ナギ、一緒に滑ろうぜ。また教えるよ。」


近寄ってきたマークの弾んだ声が視界の外から聞こえた。





二人の少年少女に教わった事を思い返しながら大通りを歩くナギ。

滑る事に脳が慣れたからかシューズを脱いで少しの間、自分の足ではないような感覚がした。

足に力を入れるという動作に違和感があった。

飛び回る人間がいる中心街の景色が別のものに見え、ふと足を止める。


(みんな上手だなあ。)


マークもパルも八歳らしい。

パルはわからないがマークは相当うまいのではないか。

目の前で飛び滑る、ナギよりも年上の人間を見上げながらそんな事を考えていた。


レイルには興味なかったが〝つかむ〟の練習にはなった。

魔法はいつどういうタイミングで使うかわからない。

練習しておいて損はないとナギは考えた。

ルントの道具屋の方に伸びる大通りの入り口で一人の男が激しく転倒した。


(そういえば、ルントが練習場所を教えてくれていたっけ。)


空を見ると日が落ちるまでにはもう少し時間がありそうだった。

ナギは駆け足で向かう。

キューの宿屋の東、そう離れてない場所にルントの言っていた場所はあった。


そんなに深くはない森に見えた。

太い木々が適度に密集している。

おそらく人の手は入っていないだろう。

土はふかふかで葉が散乱している。

落ちても怪我はしなさそうだ。

歓迎するように鳥が鳴いていた。


バシナリー広場からは正反対の位置で距離もある。

街に隣接しているので魔物も出そうにない。

たしかに、格好の練習場所だ。


マナフィルムを奥歯と頬の間にねじ込むと少しだけ触れた口内がピリついた。

適当な太さの枝を魔法で掴んでぶらさがってみる。

マークとの練習で建物の壁面に上ったとき、ナギは高所に身を置くことの恐怖を思い知っていた。

ぶらさがるだけでそれが緩和されるような気がした。


目を瞑ると、自分が森になったような一体感。

久しぶりだった。

時間の流れが消えるような。

ゆるやかに感じる心臓の音。

砂浜とは違う、心地が良いものだった。


(村の人達は元気かな。)


アルセナに移動してからは自然に囲まれる機会がめっぽう減っていた。

勇者の剣の封印を解いてから大して日数も経っていないが、

木々に囲まれると村を思い出す。

その内、サディナ(村の占い師)の顔が浮かんだ。


(もっと色んな事を聞いておけばよかった。)


アネットは彼女の書いた本を読んだ事があると言っていた。

アルセナ近くの林道で目を輝かせて言っていたのは記憶に新しい。

サディナの名前が世界に少しでも知れているからではなく、

人として、もっと会話をしておけばよかったとナギは後悔した。


ミトハロに着いてから七日間、村にいた時とは比べ物にならないくらい接する人間が増えた。

日々の密度が濃い。

話し慣れてない日は気疲れする日もあった。

宿屋のキュー、ドレン。

道具屋のルント。

なんの道場か未だにわからない、ドーゲン、ミライ君。

ダガヤ・クルーのパル、マーク、ダーガ。

配達業の人間と関わるのは避けたかったが

人と話す、いや、関係が出来ていく事は楽しい事だと少年は思えた。


ガラにもない思考をストップさせるように〝つかむ〟が切れた。

慌てて落ちる前にいくかの枝を魔法で経由し高所にぶらさがる。

マナフィルムからの摂取速度が上がったのか、頬がさっきよりもピリついた。


この街の配達業のいざこざに巻き込まれたくはない。

そんな時はアネットとリサに話して逃げるだろう。

ドーゲンやミライ君のように明らかに様子がおかしな人もいる。

人を騙したり利用してくる人間も間違いなくいるのだ。

絡んできたドミヌスの三人が頭に浮かぶと、胸がどろついてきた。

アネットの笑顔、手のぬくもりを思い出して中和する。


そうじゃない人間もいるのだ。

そういった人間と関わると、何故か毎日が楽しかった。

村にいた時のように自然に囲まれて一人でゆるやかな時間を過ごし、

気紛れに話しかけてくるジョージの相手をするのもいいだろう。

それ〝も〟いいのだ。


〝つかむ〟の切れるタイミングを見計らう。

今度は焦らず、着地の瞬間に適当な場所を〝つかんで〟地上に着地した。

辺りは暗くなっていた。


駆け足で宿に戻りながらふと考える。

村にいた時の自分なら、パルへの回復の依頼料を受け取るために

カウンターの男性、プレーノと話すのも気後れしていただろう。

シューズは履いていなかったがナギの足どりは軽かった。



宿に戻ると日課の〝同調〟をしばらくする。

自然の中で思考を巡らせたからか、頭が静かになるまでが速かった。

その後、ブローチに五十回ほど殺されて眠りについた。




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