第17話/初めての依頼/Limited_NAGI
リサと砂浜から戻り宿屋で一休みした後、ナギは〝ドーゲンミライ道場〟へと足を運ぶ。
二日分の金を回収せねばならない。
一人あたり一日二千エンテもらえるはずだからリサの分と合わせると二日で八千エンテ。
大金である。
キューの宿屋から大通りを中心街に向かって駆け足で下りる。
裏路地は通りたくない。
中心街を経由し西の大通りを上る。
相変わらずエーテルシューズで飛び回っている人間を見る。
荒んだ気分にならなく安堵した。
ドーゲンミライ道場に着き、引き戸に手をかける。
壁に貼られた大きな〝一日一善〟が目に飛び込んできた。
〝金髪のミライ君〟が中にいた。
道場の掃除をしてるようだ。
声を張り話しかけるナギ。
「ミライさん!ドーゲンさんいますか?」
「あっえっと…ナギさん!すいません!こんにちは!ごめんなさい!ドーゲンさん今いないんです!すいませんすいません!あ、あと〝さん〟付けないでほしいです!自分なんかにすいません!」
ミライ君は近寄りながら謝罪した。
「あの…お金もらいたくて。」
ナギは少し口籠った。
挑発的なおじいちゃんからならまだしも、謝罪しまくるミライ君からお金を要求するのは気が引けた。
「すいませんごめんなさい!ドーゲンさんからじゃないと渡せなくて!本当にすいません!ごめんなさい!すいません!」
「いつ戻ってくるんですか?」
「ごめんなさい!ごめんなさい!全然わからないんです!すいません!待っててもらってもいいんですが多分今日は来ないと思いますすいません!!!」
「そうですか。わかりました。有難うございました。」
立ち去ろうと引き戸を閉めるナギをミライ君は引き止める。
「ナギさん!すいません!ちょっと僕と暇つぶししませんか!?
ごめんなさい僕なんかが!本当にすいません!もし忙しくなかったらで構いませんので!すいませんすいません!」
「いや…やめときます…。」
ナギはミライ君にそこまで興味がなかった。
「倍額!!すいません!倍額払います!僕にナギさんが攻撃当てられたら!!自分から払います!ほんとすいません!暇つぶししませんか!?ほんとすいません!僕なんかが!」
「いや…すいません、もうほんとにいいです…。」
引き戸を閉め立ち去るナギ。
「ナギさん!お願いします!僕と暇つぶしして下さい!ほんとにすいません!ごめんなさい!自分なんかですいません!ごめんなさい!本当にすいません!」
振り向くとミライ君は道場から飛び出し、叫びながら土下座をしていた。
少々苛立ちをおぼえるナギ。
黙って立ち去ろうかとも考えたが砂利に額を押し付ける勢いが凄まじい。
逆に煽ってるんじゃないのか、そう思える程であった。
「あの…ミライさん、とりあえず顔上げてくれませんか?
僕本当にやりたくないんですよ…。どうせ払わないだろうし…。
ドーゲンさん、なんとなくもう道場に来ない気がするし…。」
「すいませんすいません払います!ごめんなさい!すいません!おねがいします!僕と暇つぶししてくださいほんとすいませんごめんなさいおねがいします!」
(こわ…。)
サディナの家で読んだなんらかの物語なら、じゃあ少しだけ…。となるのだろう。
物凄い勢いで砂利に額を擦り付ける青年を尻目にナギはその場を後にした。
金の払わないドーゲンミライ道場に価値を見出せなかった。
*
味が薄い癖にべとつきのある不快感がするような、まるで失敗作のオレンジジュースを飲んだ時の気分だった。
少年は気分転換に少し散歩する事にした。
ドーゲンミライ道場はバシナリー広場からは離れている。
道場から離れるように歩く。
建物が密集している。
徒歩で歩く人間の多さに少し安堵する。
何か店でも見て回ろうかと裏路地という程には狭くない道を行くナギ。
露店も多く出ており、中心街から外れている割には賑わいがある。
ナギをすり抜けるような店の呼び込み。
少年は客の対象とはならないのだろう。
声がかからない。
何気なく露店を覗き込むと統一感のない商品達が敷かれた布に並んでいる。
何に使うのか見当もつかないただの四角い物体。
買ったら呪われそうな人形。
逆に持っていたら幸せが訪れそうなペンダントなどもある。
投げ置かれたように乱雑に配置されていておかしかった。
店を構える気があるのかわからない様相で並ぶ、想像もつかない商品達にナギは心が躍った。
用途を想像するだけでも楽しかった。
冷やかしだと思われていたのだろう。
店の中年男性はナギを相手にもせず、往来する人々に声をかけている。
布に敷かれた商品達に飽き、視線を上げる。
吊るされたフライパンを二度見した。
柄にはアルセナ製である事が彫られており、見慣れたものだった。
(あ…。僕のじゃんこれ。)
その瞬間。
後方、高い位置から甲高い声がした。
「おにいちゃん!どいて!どいて!危ない!」
〝おにいちゃん〟と聞き手が冷えた。
後ろを向くと斜め上方向から人間が猛スピードで近づいてくる。
横に飛び避け、尻もちをつくナギ。
突っ込んできた人間の体のどこかが掠める。
店の男性も店から離れていた。
陶器の破裂音と商品の衝突が重なる。
乾いた破壊音が響いた。
露店は大破し、地面を撫でるように落ちた日除けの布からは小さな手が飛び出ている。
足から激突したのかもしれない。
(ブローチかと思った…。)
毎晩魔女との出来事を思い返している一人っ子のナギ。
〝おにいちゃん〟と呼ばれる事も人生でほとんどなく、即座にブローチを連想させた。
小さな手は小刻みに動いている。
生きてはいるようだ。
買うと呪われそうな人形の首がその辺に転がっており、何かの破片が散乱する。
日除けの布から黒髪のショートボブが「痛ぇぇ」と呟きながら顔を出した。
おそらく少女であった。
ナギよりも年下だろう。
「おまえ!パル!この辺で滑るなって言ってんだろ!」
真っ赤な顔をした中年男性が少女に怒鳴る。
ごもっともだ。
地面に並べられていた商品はほとんど売り物にならないだろう。
〝パル〟と呼ばれた少女は布から這いずり出る。
「大丈夫!?」
駆け寄るナギ。
「まじでサイアク!!いつもは窓の桟、飛び越えれるのにさあ!!ほんとサイアク!あーもう!」
パルと呼ばれた少女は興奮していた。
近くに寄ったナギの腕を勝手に掴み建物の壁際へと進む。
「あっ!痛ったああ!足痛!!痛すぎ!」
思い出したかのように叫ぶ。
ナギの手を借りながら壁にもたれて座る。
チュニックから伸びる足からはかなりの血が流れていた。
衣服にも滲んでいる。
ぎょっとする二人の少年少女。
「ちょっとやば!血出すぎ!なんかで切ったかも!痛ったああああ!」
「これ飲んで!回復のやつだから!」
アイテムポーチから〝回復ラムネ〟を取り出して少女に差し出す。
「ありがと!おにいちゃんは怪我ない!?」
興奮状態でラムネを口に放り込むパル。
足から目が離せないナギ。
血が止まらない。
半ばパニック状態である。
両手を赤で染まっていくチュニックの上から翳し、大雑把に〝いやすね〟をかける。
徐々に血の流れが緩やかになっていく。
ぼんやりとした光の落ち着きに合わせるかのように赤の滲みは止まっていった。
(成長しなくてよかった…。)
「すご!回復魔法じゃん!ありがとー!おにいちゃん!」
そう呼ばれると動悸がちな〝ナギおにいちゃん〟。
腕を貸すように言われ、少女と一緒に大破した露店に近寄った。
「おじさんごめん!拠点の人に金額教えておいて!ちゃんと弁償します!ほんとごめん!」
パルと呼ばれたショートボブの少女は露店の男に謝罪する。
舌打ちをする中年男性。
「おまえさあパル、こんな狭いとこでシューズやるなって言ってんだろ。こうなるに決まってんだろ。」
会話を遮るようにナギが口を開く。
「あの…吊るしてあったフライパン、僕、それ買います。」
客として見ていなかった少年からの申し出が意外だったのか、
気まずそうに布の下からフライパンを差し出す中年男性。
フライパンは無事だった。
意外と丈夫なのかもしれない。
六〇〇エンテを支払うナギ。
「こいつ庇ってもロクな事ねえよ。」
店の人は乱暴にそう言いながら腰につける紐を付け直してくれた。
丁寧な露店だ。
「いえ、これ僕のなんです。昨日盗まれちゃって。」
乾いた笑いで受け取る。
中年男性はパルを睨みつけた。
「えっ!このフライパンおにいちゃんの!?」
目を見開いていた少女と目が合う。
全壊した店に視線を戻しながら、あいつめ~。と漏らすパルにナギは嫌な予感が止まらなかった。
*
「足、まだ痛い?」
手を貸して滑り歩く少女に話しかけるナギ。
「普段はさあ!あんなミスしないのよあたし!桟に引っかかっちゃった後に飛んじゃって!
ちゃんとその後つかんだのにさあ!ホントさいあく!絶対にみんなにいろいろ言われる!」
片足が地につかないようにゆっくり滑るパルは前を見据え声を張る。
「バシナリー行くなって言われたらもう滑るとこないじゃん!まじむかつく!
魔物が出るから遠くには行くなって言われるし!」
ナギは会話を諦める。
「おにいちゃんそれ、フライパン、いつ盗まれたの?」
「昨日、北の大通り。」
言い終わりに自己紹介も付け加えるナギ。
おにいちゃん呼びを停止してほしい。
「小さい男子だったでしょ。」
「オレンジ色の腕輪しt――――」
「あ~あ~、マークだわ。確定。ごめんそれあたしのとこの。
盗むのやめろってあれだけ言われてんのに。六〇〇だったっけ?あとで払うと思うから安心して。」
「別にいいよ。壊れてないし。」
ナギに反応せずパルは露店の弁償金をぶつぶつと心配していた。
道場から離れていくように歩くと爪痕のタトゥーをした人間をよく見るようになった。
三つ斜めの線が入っている。
ナギは不安に包まれた。
*
三階建ての大きめの建物に着くとただいまと元気よく扉を開けるパル。
一階は広いフロアで十卓ほどのテーブルが並ぶ。
木造の事務所兼食堂のようだ。
カウンター越しに何かを受け渡している。
料理が乗った皿や飲み物なども出されていた。
油の染みた木板、スープの湯気だろうか、視界に混ざる。
入口付近は人の出入りが激しいのか忙しない。
笑い声や雑談の声が識別できない程に耳に入ってくる。
カウンターに近寄っていくパル。
手を貸しているので逃げられない。
カウンターの中にいる男性にパルは矢継ぎ早に話しかけた。
三十代くらい。
白い、銀だろうか。
メッシュが入った短髪の男性だ。
「ねぇ露店ひとつ潰しちゃった~、大怪我もした~。あとでお金払えってくると思う。あとマークがまた盗みしてた。ダーガいる?」
「パル、お前最近そういうの多くない?ダーガ上にいるんじゃないの。怪我は?」
そう言いながら〝銀メッシュ髪の男性〟はナギを訝し気に見つめる。
察したようにパルが紹介する。
「この人はナギ。怪我はナギが回復してくれた。露店にいたこの人に突っ込んだのあたし。ナギは避けた。」
「あーあ、しばらくレイル禁止だな。血やばくね。」
〝銀メッシュの男性〟は少女に視線を戻すと冷ややかに言った。
パルは無視をして階段に向かう。
カウンターの男はすでに視線を落としていたが去り際に一応会釈だけするナギ。
ゆっくりと階段を上がるパルが呟く。
「ねえナギ、あたしがもしダーガに怒鳴られたら庇ってくんない?」
(ここ、ダガヤ・クルーのアジトだろうなあ…。)
手を貸してる少女にどこか〝リサみ〟を感じ会話を流す。
ナギの中でミトハロ配達業のイメージは昨日のカツアゲの一件で地に落ちている。
〝事務所〟〝拠点〟〝ハウス〟などと声にしていたのを耳にしたが、ナギには〝アジト〟としか思えなかった。
三階まで来ると一階の喧騒が遠くなる。
静まり返る廊下。
なぜ自分がここにいるのかわからないナギ。
廊下が軋む。
何も悪い事はしていない。
むしろ良い事をしているはずだ。
しかしなぜか殴られる気しかしない。
一番奥の部屋に着くとパルが肩で大きな息をして扉を開ける。
室内には机が壁を向いてひとつ。
中央のテーブルを挟んで向かい合わせになっているソファが二つあった。
壁に三本の爪痕のシンボルが布で張られていた。
(うわぁ…。シンボルだぁ…。)
ナギはシャットダウン寸前だ。
机に向かって椅子に座った男性が本を読んでいる。
黒髪のショートカット、タイトなシャツ、細身のズボンにブーツ。
耳にはルーピアをしているのが見えた。
ルーピアの色は澄んでいる。
「ダーガ大変。またマークが盗みしてた。あのフライパン。盗まれた人、連れてきたよ。」
露店全壊の件を隠してパルが話す。
マークという男の子の窃盗の件でごり押す気だろう。
勢いだろうか、ナギ一行の〝ギャルの誰かさん〟になんとなく話す雰囲気が似ていた。
(ダガヤ・クルーのダーガって…。この人がリーダーだろうな…。)
ナギは世界に順応する。
「あ~。」
男は本を閉じ、椅子を引きながら二人の少年少女を向いた。
「パル、その血は?」
男の眉間に皺が寄る。
チュニックに滲む血に刺さる視線。
「ああ、これはちょっと露店に突っ込んじゃっただけ。
この人はナギ。そん時いた露店のお客さん。魔法で回復してもらったの。
マークにフライパン盗まれたのはこの人。その露店で買い戻してたよ。六百エンテ払ってあげて。」
絶対にフライパンで話題を終えるパル。
「待て待て、露店に突っ込んだ?おまえそれ相当血出てるぞ。」
〝ナギおにいちゃん〟の腕を掴む手に力が入るのがわかった。
座るように促された二人は並んでソファに腰を下ろす。
ダーガと呼ばれた男も向かいのソファに座る。
埃っぽい部屋だった。
「怪我はもう大丈夫。ちょっと痛いだけ。大した事ないよ。」
と、言う割にはナギの腕から手を放してくれない。
「なんかすんごい色んな情報ない?パルが露店に突っ込んで、
マークが昨日〝拾った〟って言って露店に売ったフライパンは盗品だったって事?
で、こちらはフライパンの持ち主のナギ君。魔法使い。」
目を閉じ、目頭を指で押さえるダーガ。
ルーピアが小さく揺れた。
歯を食いしばっていたナギが口を開く。
「…フライパンの件は大丈夫です。別に壊れてなかったし。
パルの血が最初止まらなくて心配でここまで手を貸してただけだから、なんも言いたい事とかないんです。あの、帰っていいですか?」
楔を打つような早口。
意地でもすぐに帰りたい。
この街の配達業の人間と本当に関わりを持ちたくないナギ。
(殴られたらこの組織を潰そう。)
そう覚悟を決めると何故かリラックス出来た。
〝帰る〟という言葉が出た途端、パルがナギの腕を一層強く握りしめた。
「いや~、待って待って、ナギ君。そう警戒しないで。なんもしないから。
パル、ナギ君にしてもらったのは魔法だけ?怪我は?今は痛くないの?」
「ラムネもらった。今は痛くない。少しだけ痛い。」
ルーピアが大きなため息と共に大きく揺れる。
ソファから立ち上がるダーガ。
殴られるかもと歯を食いしばるナギ。
「ナギ君、フライパンの件、本当に申し訳なかった。あとパルの回復もありがとう。
相当な怪我だったと思う。血の量を見ればわかる。」
床に手をつき土下座される。
よく土下座を見る日である。
あっけにとられるナギ。
土下座なんてリヴェル村ではジョージおじさんが家の前でしてる所しか見たことない。
(ミトハロって土下座流行ってるの?)
しかし、ダーガのそれはミライ君がしたような雑なものではなかった。
言ってしまえばフライパンの件はまだ証拠はない。
マークという男の子が否定をすれば迷宮入りとなる話。
ナギはミライ君との比較で目の前の土下座から〝誠意〟を感じる。
「あの、ダーガ…さん。顔上げて下さい。ほんと僕、なんも思ってないんです。」
寄り添って肩をとり起こすべきなのかもしれないが、
殴打を恐れてソファから話すナギ。
ゆっくりと顔を起こし、パルに視線を沿わせながらソファに座るダーガ。
「パル、おまえしばらくシューズ禁止。あと、今すぐ怪我を一階にいる誰か女に見てもらって。
それ多分、太腿だよね?血は止まってるだろうけどすぐに完治するもんじゃないと思うから。」
「えー!!」
室内が甲高い声で満ちる。
「おまえ…えーって…。その怪我、露店かなり壊れただろ…。ほぼ全壊じゃないのか。
金は払うけど…。いくらになるんだよ…。」
泣きそうな声のダーガを横目にパルが片足を庇いながら部屋を出ようとする。
「あ、じゃあ僕もこれで…。」
便乗ナギ。
「ナギ、あたしすぐ戻ってくるから帰らないで、ごはん食べていきなよ。」
扉の付近からパルの声。
立ち上がろうとするナギを止める。
「それは…嫌かなぁ…。」
正直ナギ。
はぁ?と高い声を上げながら少女は退出した。
「ごめん、ナギ君、自己紹介してなかった。おれはダーガ。ダガヤ・クルーって配達組織のリーダーしてる。」
配達業に関わりたくない〝偏見ナギ〟も会釈をしながら名乗る。
「今すぐに六百エンテは払えないから、明日、また来てくれないかな。
本当にごめん。あと、ナギ君ってミトハロの人?」
「本当にフライパンのお金はいらないです。ミトハロは、旅をしていて偶々立ち寄ったんです。」
「ああそうなんだ。お金いらないか~。こっちとしてはどうしても払いたいんだよね。」
(ミトハロの人ってなんかしつこい…。)
「なんでそんなに拘るんですか?」
「この街が配達業が盛んっていうのは知ってる?」
「噂程度ですけど…。」
「うん。その配達業、シューズっていうかレイルをしてる人間の見られ方ってあんまりよくないからさあ。」
ダーガは膝の上に肘を置き、左右の手の平を組む。
テーブルに視線を漂わせて続ける。
「結局はやりたい放題だろって感じで見られてるから。
ミトハロって治安もよくないし。そういうのおれ。変えていきたいっていうか…、ウチは違います的なさ。」
真剣な眼差しだ。
ルーピアは揺れていない。
「今日のパルの露店の事もそうだし、マーク…。フライパン盗んじゃった子ね。
他の組織がやってるんだからいいでしょって感じでそっちに流れちゃうとよくないから、
ちゃんと対応するようにしてるんだよ。」
目が合った。
「パル、露店突っ込んだ時、飄々としてなかった?」
視線の鋭さ、低い声の威圧感にナギは黙る。
「まあそういうのって、あいつのいいとこでもあるんだけど…。
あたりまえだけど人の露店に突っ込んで飄々としてほしくないんだ。
放置すると周りの組織…チームがそういう感じだからって絶対になっちゃうと思うし。」
(そんなにどのチームも露店に突っ込むの…?)
ダーガは深い息をつく。
髪をくしゃくしゃと撫でながら言葉を連ねる。
「だから、ナギ君にとってはたかがフライパンかもしれないんだけど…。
もう戻ってきたし、別に壊れてないし、面倒な事に巻き込まれたくないのかもしれない。
でも俺にとってはそうじゃないというか…。たしかにフライパンは高級なものじゃないし、
代わりのものだってあると思う。でもそういう問題じゃないんだ。」
(言ってる事はわかるけど、僕にとってもそういう問題じゃないんだよな…。あと…これ一応高級なフライパン…。)
「ナギ君、こうしよう。仕事を依頼したい。」
扉が開きパルが戻ってくる。
着替えたようだ。
痛々しい血痕はない。
杖をついていた。
「どうだった?」
ダーガが顔を向け話しかける。
「うーん、太腿は切り傷がすごい。あともしかしたら足の甲にヒビ入ってるかもしれないって。けっこうすごい痛い。」
溜息混じりに頭を抱える動きでルーピアが揺れた。
パルはナギの横に座る。
「ナギ君、仕事の依頼っていうのは、
パルにこれから毎日、回復魔法をかけにきてくれないかな?
来れない日は来ないでいい。一回五百エンテ払うよ。」
(五千回かけたらほんとに全額払うのかな…。)
「あっそれいいじゃん!」
少女が卑屈少年を向いた。
「まあ今すぐに決めないでいいし。
回復できる奴はうちにも数人いるからさ。
ほんと気軽な感じで来てくれていいから。」
「明日は絶対に毎日来て!マークに謝らせたいから!あと、明後日からも毎日来て!」
パルがシャツの袖を引っ張るがナギは反応せずダーガを見る。
「あの、パルを回復をするってのはいいんですけど。」
空気が締まる。
「ダガヤ・クルーに入るわけじゃないです。それだけは無理です。
シューズを履いた配達とかもやりません。タトゥーもナシ。」
高笑いするダーガ。
「いいよいいよ。むしろダメ。やる気がない人無理に入れないのウチ。
あと、ウチのいい加減な奴とかに代わりに頼まれても絶対に配達はやっちゃダメ。
ほんと信用第一だから、事故ると一気に依頼がなくなるのよ。」
「じゃあ俺からね。なんでそんなにナギ君は警戒してるの?別にウチ、まだなんもしてないよね?性格?」
「ダーガさんの所は、ドミヌスと揉めてるんですか?」
「なんで?」
声が低くなる。
一瞬歯を食いしばるが誤解されたのかと言い直す。
「あっすいません…。僕はドミヌスとは無関係です。
昨日バシナリー広場で絡まれて、おまえダガヤか?って聞かれたから…。〝さっちゃん〟って人に。」
「〝さっちゃん〟!?」
目を見開くダーガ。
「はい。」
「殴られたりしなかった?」
「殴られましたけど…。」
ルントとのやりとりかと思うほど、流れるように顔の怪我を聞かれた。
否定するナギ。
「ドミヌスのリーダーなんだよ。〝さっちゃん〟って。喧嘩っ早いというか…。」
二拍ほどの間を置いて話し出す。
「揉めてるか?って質問だけど、今は揉めてない。
下っ端の小競り合いはあるかもしれないけど、組織同士で表立ってはしていない。
〝さっちゃん〟がなんでナギ君の所属を聞いたのかはわからない。
でも揉めてはいないよ。ちなみに正直に言うけど、関係は良くはないね。
あと、おれはドミヌスのやり方をよく思ってない。」
ダーガは続けた。
「信用できないと思うから説明するけど、
ドミヌスが二百人くらいかな、もう少しいるかも。
で、ウチが百三十くらい。ヤマカミってとこが八十くらいかな。
やり合ったらお互いで痛手を負うじゃん?
そしたら様子見してる組織が暴れだしちゃう。
今はそんな感じなんだ。だから落ち着いてる。」
「…あの…ヤマカミ…ってところがどんな考えなのかはわかりませんけど、
ダーガさんの所とヤマカミが組めばドミヌスに勝てるんじゃないですか?」
ドミヌスへの対抗意識を話の端々に感じるダーガに違和感を抱いたナギは聞かずにはいられなかった。
「街の西の方…あの、歓楽街っていうの?その先。
〝グローブ・K〟って組織があんの。
五十人くらいだったかな。そこが何考えてるかわからない。
各組織からの離脱者で作られていたらしいけど。最近はどうもそうじゃないらしい。」
争わないのではなく、争えないのだとナギは察する。
ドミヌスの何が気に食わないのかを知りたかったが
この話になってからの眼光の鋭さ、空気の重さに辞めた。
〝見るものは逆に見られている〟サディナの家にある本でナギは読んだ事があった。
適当に相槌を打つ。
「そうだったんですね。」
ダーガの目元が緩くなる。
「そう!まあ出入りしたからってウチの組織の人間だって確定はしないよ。
仮にそう見られても、今なら問題ないと思う。
もし治安が悪化しても旅をしてる身なら街から離れたら早いでしょ。」
たしかにそうだ。
やや警戒心が薄れる。
ドーゲンミライ道場以外で出会ったミトハロの人達は好きだが、ナギにはこの街になんの思い入れもない。
さらにこの少年、腐っても勇者である。
人間同士のいざこざよりもやるべき事があるはずだった。
気づけば何故かパルがナギの手の甲に手を置いていた。
「パルも懐いてるみたいだしさ、まあ明日から治るまででいいから来れる日に来てよ。
さっきも言ったけど、ウチにも回復できる奴はいるからナギ君が勝手に気負わないでいいから。
今回の件、パルのレイルが下手で勝手に怪我しただけなんだから。」
パルが叫び出す。
ダーガと言い合いを開始した。
ナギはテーブルに視線をなんとなく這わせた後、了承する。
隣から両手を挙げて喜ぶ少女の高い声が聞こえた。
なんとなくだがドーゲンはもう道場に来ない気がした。
そう思っていた方がいいだろう。
〝一日二千エンテの金づる〟が早々に飛んだ。
ミライ君の様子がおかしすぎるのも気になった。
あそこへはもう近づかないほうがいい。
行ってもあと一回。
次がラスト。
奪われた二万エンテを少しでもどこかで取り返さねば。
ナギはそう思った。
いくつか事務的な話をしながら一階の扉まで見送ってくれる二人。
パルの高い声を背にナギはダガヤ・クルーの拠点を後にした。
(なんで同じ街なのに配達の人達揉めてんだろ…。)
宿に着くまで何回ため息が出たかわからなかった。




