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第16話/初めてのすれ違い/Limited_NAGI


ミトハロ到着から五日目の朝。

例によってハイビスカスを頭に付けた少年は潮風を感じていた。

顔の腫れは徐々に引いてきた。

波の方を向き、ズボンを捲り砂浜に胡坐(あぐら)をかく。

目を瞑り、思考を落ち着かせる。

日々の〝同調〟も恒例となっていた。

素足に触れる乾いた砂が心地よく、宿屋の自室に敷き詰めたい程だ。


思考がゼロになってしばらく経ち、目を開ける。

ゆったりとした呼吸をひとつすると、昨日の事が勝手に頭を過る。


自分が弱いから金を取られたのだ。

弱さを受け入れつつあるからか、不思議と惨めさはない。

ナギには逆の疑問が浮かんでいた。


(僕がもし強かったら?)


ブローチと遭遇し、自らの生死の境界に無頓着となった少年には相手の命も同様に見えていた。


(僕が強かったら、相手の命を奪ってもいいのかな。)


あんなにも露骨な絡み方、どうするのが正解だったのだろうか。

何が解決なのだろう。

ゆっくりと目を瞑る。

ナギは脳内で昨日のシーンを再生する。

三人のうちの誰かに一発蹴りをくれてやると残りの二人が襲い掛かってきた。

それなりにナギはボコボコにされる。

収まらない。


では、自分がとんでもなく強い場合はどうだろう。

脳内で場面を巻き戻す。

自分がナイフを持っていたとする。

物凄いスピードで三人の急所を切りつけてみた。

少し呻いた後、動かなくなる三人組。

事態は収まった。


厳密に言えば収まらないのだろう。

ルントの話を聞く限り仲間がいるようだから、報復があるに違いない。

しかし〝その場では〟二万エンテや荷物は守る事が出来た。


攻撃を前提とした時、ひとつの意味が少年に浮かび上がる。

ナギは思わず息を呑み目を開けた。


(強い、弱いとかってあんまり関係ない…。)


肩を掴んできた瞬間、あの女は〝何文字〟話しただろうか。

いや、肩を掴むまでにも自分の存在を〝宣言〟していた。

もしナギがナイフを所持していたとしたら、相手を刺すタイミングはいくらでもあった。

〝弱い自分のまま〟でも。

むしろ人畜無害なフリをすればするほど、その機会は増える。

ぼんやりと波に視線をやりながら、二人の男に腕を掴まれ動けなくなった場面に巻き戻す。


(僕が弱いままでも、手を(かざ)すことなく相手を見るだけで魔法を使えたら。

それこそ〝はぜろ〟とか…あるかわかんないけど〝こきゅうよとまれ〟みたいな。

そういう危険な魔法を備えていたとしたら…。)


明確に敵意を感じたあの瞬間に二人、せめて一人は致命傷を負わせる事が出来た。

三人が行っていた〝金を巻き上げる〟という行為がいかに稚拙なものかを認識する。


(あの三人は命の奪い合いをするつもりはなかった感じがする。

なんていうか、奪うつもりがなかったというよりかは、そういう想像すらしていないような。

僕がやり返さないだろうといった感じだった。)


あの三人の胸中はナギにはわからない。

おそろしく強いのかもしれなかった。

ひょっとしたら一文字で発動までもとてつもなく早い危険な効果の魔法を備えている可能性もある。

相手に反撃の余地を残した〝金を巻き上げるために絡む〟という行為でも相手を滅する自信や根拠があるのかもしれない。

しかしナギは三人の行為から児戯性を感じざるを得なかった。


(あの人達がそういう最強魔法を持っていなくて、もし僕があの時ナイフを携帯していたら。

〝僕がそういう選択をしなかったから〟あの人達は生きている。

弱いままの今の僕に、あの三人のうちの誰かは生かされている事になる。

昨日のあの三人の人達がしてきた事は…。なんていうか…。

僕よりも小さい子供達が村で〝お人形遊び〟をしてるのを見た時のような…。

なんかそんな感じがする。なんかうまく言えないけど…。)


皮肉ではない率直な感想だった。

アネットの存在そのものがナギの心を成長させる。

思考を展開する少年。


(アネットは戦う時に発声の一文字一文字まで拘っていた。

それも僕やリサが混乱しないように事前に伝える優しささえあった。)


アネットを思い出すと黒い感情が胸から消えていくのがわかった。

昨日ルントの道具屋から宿に戻る間、シューズを履いた人々へ抱いてしまった敵意。

ああいったものだ。


目を瞑り、ブローチが襲い掛かってきた時の事をゆっくり思い出す。

この数日で何十回も頭で再生した事だ。

ブローチではなく、アネットに焦点を当てた。


アネットは遠くに少女を見つけた時、すぐに攻撃はしなかった。

とてつもなく警戒していた。

ゴビポップが現れた次の瞬間にナギは掴まれてしまったが、彼女はどうしていたのだろう。

距離を取っていたのかもしれない。

記憶の中で緑色のポニーテールを追いかける。

最初に唱えた魔法はナギへの〝はなれて〟だった。

次のタイミング、アネットが唱えた魔法を思い出し目を開ける。


(〝もうれつにこがせ〟を唱えようとしてた…。)


ブローチの蹴りを食らい吹っ飛んでしまったので発動こそしなかった。

それは仕方ない。

あの魔女は速すぎる。

しかし、たしかにアネットは躊躇なく魔法を唱えていた。

明確な殺意。

再び目を瞑り緑の髪を追う。


(やっぱり、アネットはいくらでもブローチに魔法を当てる事が出来た。)


自分が掴まっていた事でその機会を潰していたと再確認する。

情けなさから思考がズレる。

瞑った目の周りがじんわりと熱を帯びていた。

記憶の中のアネットは常に吹っ飛んでいるか動けない状態にされていた。


(ブローチは、アネットを警戒してた。)


目の前でアネットが爆ぜた所で目を開ける。

何かが頬を伝う。

集中し過ぎていたのか頬の感触で自分が涙を流している事に気づいた。

袖で拭い、情けなさから逸れてしまった思考を戻す。


(強い弱いとか、そういう見方も世の中にあるのはわかるんだけど、

〝戦っちゃったら〟それってあんまり重要じゃない。

アネットがなんで諦めなかったのかがなんとなくわかってきた。

弱いから強い人を倒せないっていうのは勘違いなのかも。)


そこまで考えると、昨日の三人組と明確に一線が出来た。

あの三人は明らかに軽率である。

ナギが弱い保証はどこにもないからだ。


(僕も、アネットみたいになれるのかなあ…。)


そう考えた途端、涙が溢れ出る。

なぜアネットは強さを追いかけているのか。

強くなりたいという自分をどのように受け入れたのだろう。

ナギは静かに流れる涙を止めず、思いを巡らせていた。


「大丈夫?」


近くから聞き馴染みのある声。

急いで袖で涙を拭い、声の方を見上げるとリサがいた。


「泣いてるの?」


顔を覗き込んでくる。


「いや、ちょっと〝すな〟使ってただけ。」


もう二、三度と袖に顔を往復させる。

近くに座るリサ。

悟られまいと指で目を擦りながら先手を打つ。


「こんな朝にどうしたの?」


「いや、部屋行ったらいなかったから、適当に散歩してただけ。」


「そっか。」


波が五往復するくらいの沈黙。

思いのほか早く涙が止まった。

誤魔化す事が出来、〝すな〟を買っておいてよかったと自分を落ち着かせる。

しかし何を話していいのかわからない。

手持ち無沙汰に砂浜の生き物を探すが何もいなかった。

リサが口を開く。


「ここによくいるの?」


「うん。海が好きみたい。波がなんか落ち着く。」


前を向きながら答えるナギ。


「たしかにね。」


リサの方向から大きな呼吸がひとつ聞こえてきた。


「あたしも来ようかな。来てもいい?」


「…うん。」


一拍置いた返事。

昨日の事を話そうか迷っていた。

しかしどうしても言えなかった。

格好つけたかったわけではない。

恥ずかしさでもない。

プライドといえるようなものもナギにはなかった。


〝申し訳なかった〟のだ。


勇者の剣の封印を解いた時から。

いや、リヴェル村からなんとなくゴネ続け、勇者の剣も売り捌く始末。

結果的にそれでブローチに殺されなかったのだから、それは良いとしても。


アルセナの近くで遭遇した〝ジェル状のモンスター〟だって倒せていない。

いざリサを回復をしようものなら成長させてしまった。

ブローチ戦でも何も出来ず。

何百年に一度の偉業かもしれない〝ブローチに一撃〟という味方のチャンスすら潰しまくる。

ドーゲンとの出来事だってリサの行いだ。

ナギは何もしていない。

挙句の果てには〝ちょっとやさぐれてる一般の人〟からお金を巻き上げられたなんて、申し訳なくて言えなかった。

何に対して申し訳ないのかすら、少年にはわからない。

なんと言えばいいのか、どんな表情で伝えればいいのかわからなかった。


海を見ていると流木のようなものが水面に顔を出した。

次の言葉が出そうで出ないナギのように、それは浮かび上がっては沈みを繰り返していた。


「なんか怒ってる?」


リサの心配そうな声。


「怒ってないよ。」


否定はするが根拠が閃かない。

おどける余裕もなく冗談も浮かばない。

ジョージ(故郷の近所のおじさん)語録〟も該当ナシ。

ナギは消えていなくなりたかった。


「昨日、何してたの?」


リサが話題を変えた。

助かった。

しかしナギにはリサの顔を見る余裕がない。


「昨日はルントさんの道具屋行ってたよ。魔力回復系が充実してた。

あと、バシナリー広場見てきて…。あそこすごい治安悪いから行かない方がいいよ。」


広場での出来事はもちろん隠す。


「ルントさんて誰?女の人?」


「ううん、男。キューが仲良いんだって。いい人だったよ。東の大通りの近くにある店。

キューがクリームくれた時から宣伝してくれてたから。」


「ふーん。」


聞いてきたくせに興味がなさそうだった。

抑揚のない声色で続けるリサ。


「ナギ、ミトハロ来てから明るくなったよね。」


「僕が?そんな事ないよ。それにまだ五日くらいしか経ってないし。」


意外な言葉にリサをちらりと見る。

髪にハイビスカスをつけて膝を抱えて座っている。

砂浜に視線を落とし、貝殻で砂を(すく)っては零していた。


「なんであたしといる時は静かなの?」


「そんな事ないよ。」


「今静かじゃん。」


不貞腐れてるわけでも怒ってもない静かな口調。

真意がわからず、いじってかわす事にした。


「朝からテンション高い人なんてリサみたいなギャルくらいじゃないの?」


肩に衝撃があった。

ギャルが体当たりしてきたのだろう。

ナギ少年、つらい。

本当にそういう気分ではなかったのだ。

鬱陶しいとは微塵も思わずとも、リアクションができない。

つらい、言葉に出来ない辛さ。

話したくないわけではない。

温度感が違う歯痒さ。

とりあえず適当に言葉を投げるナギ少年。


「これから落ちるかもよ。」


「じゃあ落ちたら、励ましてあげる。」


いつものおちゃらけた様子の冗談めいた声色だった。

ギャルって悩みなさそうでいいなあ。とナギは思ったが、

おそらく問題発言だろうと言葉を引っ込める。


「昨日、アネットと何食べたの?」


やっと良い話題を見つけた少年。


「魚料理。この街のお魚美味しいよね。他の街で食べた事ないけど。」


「うん。」


話題を発展させるエネルギーはなかった。


「成長しちゃったから、心配してアネットが色々教えてくれて。ナギの事はすごい褒めてたよ。」


「そうなんだ。」


なんと言えばいいのかわからず、気のない返事になってしまった。

しかし、昨日は女子二人の食事に自分が行かなくて良かったかもしれない。

女性同士だから話せる事もあるだろう。

その話題の見当はつかないが、ジョージおじさんならきっとそう言うはずだとナギは思った。


「ナギは、アネットと二人の時どんな話してるの?」


リサが投げた貝殻が視界の端に映る。


「魔法の事。考え方って言ったらいいのかな。基礎の基礎って感じ。」


「それだけ?」


質問の意図が分からない。

少し高い波が寄せる。


「うん。」


「話しやすいよね、アネット。」


「うん、かなり話しやすい。っていうか説明がわかりやすいんだ。

ゆっくり話してくれるし、なんかよくわかる。一段か二段高いところから丁寧に話してくれるっていうか。それでいて見下す事もしないし。サディナ(故郷の占いおばば)の話なんて僕頭に入った事ないよ。」


ナギだけが微笑む。

言葉を重ねる。


「ブローチがアネットにさ、良い〝師〟がいるだろ。って話してたけどなんかわかる気がする。

ミレバル(アネットの出身)行ってみたいな。僕も会ってみたい。」


リサから返事はない。

遠くの方の砂の上を何かが動いた気がした。

目を凝らして見るが気のせいだろうか。


「ナギは、どんな魔法がほしい?」


リサが話題を変える。


「すんごい難しい質問だよ、それ。リサは?」


「内緒。」


(自分が聞いてきたクセに。)


辟易し、低い声で精いっぱいの軽口を振り絞るナギ。

そんな冗談を言い合えるような気分ではなかった。


「〝せかいのすべてはあたしのものよ〟とか欲しそうだよね。リサ。」


タックルか拳を覚悟していたが返事すらない。

リサを向くと俯いた顔が上気していた。


(当たりなの…?)


魔王の追い復活を予感し、怖くなったナギは放置する。

波に顔を戻すと細長く黒いものが漂っている。

魔物かとどきりとしたが海藻のようだった。

こちら側に来そうで来ない海藻が、やっと砂浜に打ち上げられるくらいの沈黙。

ぽつりと言葉を漏らすリサ。


「これから、アネットに魔法教わる事って増えるの?」


「うん。試せる事は自分でもやるつもりだけど、どうしても違う視点が欲しい時あるし。」


「アネットも忙しいみたいだから、なんか聞きたい事あったらあたしにも教えて。

あたしからも聞いてあげるから。」


ミトハロでアネットが何をしているのかもわからず、

ナギには忙しいというのがピンと来なかった。


「アネット、落ち込んでなかった?」


ナギは前を向いたまま聞く。


「なんで?別に普通だったよ。」


「ブローチと会う前後で明らかに様子が違うから。」


「前後って言っても全然時間経ってないよ。会った初日は気遣ってたんじゃないの?今が普通なんじゃない?」


少し早口のリサ。


「ここ数日何をしてるとか話した?」


「いや、わかんないけど。部屋にいる事が多いみたいよ。」


ミトハロ滞在を申し出たのはアネットだ。

話した時の彼女の様子からも、おそらくブローチが原因だろう。

何かしているのかもしれない。

してないにしろ、最弱のナギ自身がブローチという存在にここまで揺らぐのだ。

研鑽を積んだアネットが考え込んでしまう事は仕方ない。

実力が弱いままあらゆる視点が出来ていく今のナギにとって、

むしろ立ち止まる事は必要な時間のように思えた。


「とりあえず、聞きたい事が盛りだくさんなんだ。今日か明日にでもまた部屋に行ってみるよ。ダメな時は断ってくれると思うし。」


「そう。」


「うん、じゃあそろそろ戻ろうかな。リサも戻ろうよ。」


「うん。」


立ち上がろうと身を(よじ)り砂に手をつくと、リサが半袖のシャツを摘まんできた。


「ねえ。」


「何?」


「今度は、ナギもごはん行こうよ。」


静かに言うリサに快く了承する。

特に冗談を言い合うわけでもなく宿に戻る。

普段はナギよりも早歩きのリサがその日はゆっくりと歩いているように思えたのだった。


宿に戻るとカウンターにはドワンとキューがいた。

交代の引継ぎだろうか。

真面目な顔をして何かを話している。

キューは頭にハイビスカスをつけている。

元々派手に感じる容姿がさらにそう見えた。

店前に立てかけてある看板にもいくつかハイビスカスが付いており、賑わいが増していた。

キューの宿屋でハイビスカスが流行り出していた。




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