第13話/初めての師匠/Limited_NAGI.pov
翌日、朝。
ハイビスカスを頭につけ顔を腫らせている少年は砂浜に一人立ち、波を見ていた。
昨晩二人と食事をとった後もブローチとの一戦を反芻した。
ひとつわかった事がある。
(魔法を同時に使える数って、たぶん人それぞれだ。)
アネットの魔法は個別の発動だったのに対し
ブローチは同時にふたつ使っていた。
魔法で〝ナギを黙らせた上で掴んできた〟のが印象的であった。
あれが一番痛かった。
しかしアネットも相当強いのだろう。
魔法の発動が早い。
見ようによっては同時に二回使っているという瞬間もあった。
余程の研鑽を積んでいる。
ナギはアネットの事を勝手に〝師〟と認定した。
話もわかりやすいのが有難かった。
(僕が今使える魔法は…〝すな〟〝こおれ〟〝いやすね〟〝はやく〟。)
ナギはひとつずつ使ってみる事にする。
戦う意志が芽生えたわけではない。
〝生〟に向き合ったわけでもない。
どうせ死ぬなら〝なんかするか〟。
そんな感じだった。
その〝なんか〟は自然と〝気になること〟へ向けられた。
(新しい事を知ったり考えてた事が〝スッキリわかる〟ってけっこう楽しい。なんか気持ちいい。)
昨日のアネットとリサとの食事で自分の思考がハッキリした中で少年は気づいていた。
「〝こおれ〟!」
手を翳し、魔法を唱える。
結晶が集まる。
早いとはいえない。
大きさもおそらくこれは小さいだろう。
肩を落とすナギ。
(あれ?でも待てよ…。)
勝手に師匠認定した緑髪のアネットを思い出す。
(人は勝手に意味をつけるって昨日アネットが言ってた。
小さいって思って〝勝手に〟落胆したのは僕だ。そういう事か…。)
もう一度〝こおれ〟を唱える。
同様に結晶が出来た。
(発動スピードは遅い。サイズも小さい。でも、使える。使える場面がある〝かも〟。)
砂浜に座り込み。
考え込む。
波の音が心地よい。
(当てるとこによっては凄く効果的かもしれない…。関節とか。)
空を見ると鳥が飛んでいる。
(当てるとしたら戦闘が始まる時くらいかなあ…。)
強くなれば周囲一帯を凍らせる力を持つのだろう。
しかしそれはそれだった。
今は今なのである。
ブローチ邂逅で〝死んだ事〟により成長する少年。
ナギがこんな晴れやかな気持ちで魔法を練習する事は勇者になるよりも難しい事だ。
自分の意外性に少し驚きつつ次に進む。
〝すな〟だ。
手を翳し〝すな〟を唱える。
サラサラと砂浜に自分の出した砂が落ちる。
(えっ使えな…。)
手の平を自分に向け〝すな〟を唱えてみた。
砂が宙に出て落ちた。
(少な…。)
手についた砂を払いながら
手の向こう側見える砂を見つめる。
(この砂浜くらい出てこないかなあ。)
ふと、砂浜に手を密着させ魔法を唱える。
「〝すな〟。」
手の下に砂の感触がする。
生成されてるのだろう。
なんだと諦めかけた時、ナギは目を丸くした。
手に隣接した砂も震えているのだ。
〝魔法は周囲に作用する。〟
おそらく同じ属性のものに作用するのだろう。
〝火〟なら燃えているものを操れるのかもしれない。
〝こおれ〟はどうなんだろうか。
元々凍っているものに作用するっていうのは考えにくかった。
(あっそれは違うかも。)
名前が〝すな〟だからかもしれないとナギは考え直す。
(〝もえろ〟は〝発火しろ〟だ。燃えたあとの事はコントロールしにくいのかもしれない。
〝こおれ〟は凍結の集中…加速っていうのかな。だから凍ったものには作用しないのかも。)
思考が止まらない。
(〝みず〟とか〝かぜ〟を次見つけたら絶対に買おう。
でも魔力ってどうやったら高められるんだろう?)
とりあえず次に進む。
〝はやく〟だ。
はやくというからには自分の足だろう。
手を足に当て〝はやく〟と唱える。
走ってみたが〝はやくない〟。
一歩目は少し早いかもしれない。
いや、〝そう思いたいなら思えます。〟
そんな感じだった。
(効果なさ過ぎて自分に言い聞かせそう。)
一通り魔法を試してみて、
根本的な事が疑問に浮かぶ。
(アネットに聞きに行こう。)
アネットは休息が欲しいようだったが、知りたくてたまらない。
押しかける事にした。
(僕が真摯にしていれば、後は勝手にアネットが判断してくれるはずだ。)
〝真摯〟という言葉はジョージから学んだものだった。
〝それはそれで一応真理こと、欲に塗れたろくでもないジョージ〟
〝探究者、心の師、ポニーテールのアネット〟
〝無駄のないあらゆる真理、魔女のブローチ〟
この三者が少年の中で交錯し、ナギは前に進むのだった。
もちろん本人はそんな事頭にない。
特にジョージなど頭の片隅にもない。
ただ足が軽い。
それだけを感じて宿に向かった。
村にいた頃、ゆっくりと自然を見たり
家の手伝いをサボッてサディナの庭のフルーツを盗みにいった
ワクワクとはまた違う感情だった。
本日、少年は充実していた。
*
///宿屋・アネット部屋前///
ノックをしようとするが鼓動が早い少年。
(女性の部屋を訪ねるのは初めてだ…。)
しかし抗えない好奇心。
(真摯に、真摯に…。)
大きく息を吸って扉を叩く。
アネットが出てきた。
「あれ、ナギ君、どうしたの?」
「あの…アネット、聞きたい事があって。
昨日考え事したいって言っていたけど、もしよければでいいんだけど、
ちょっと聞きたい事があって。」
緊張しているのが伝わったのか、
それを和らげるかのように微笑むアネット。
「いいよ。入って。」
扉を閉めるとナギの部屋より少しだけ広かった。
羨ましがる少年。
「ナギ君もベッド座っていいよ。」
自分が座る隣を見る緑髪のアネット、髪は下ろしていた。
「だめ!だめ、僕ここでいいから!」
床に正座するナギ。
アネットは笑う。
「大丈夫だから、上に座っていいよ。」
「いやほんとに!聞きたい事があるだけだから!魔力ってどうやったら高めるのか知りたくて。」
アネットの表情が真剣になり、声のトーンが低くなる。
しかしその声は優しいものだった。
「わかった。真剣に教えるね。じゃあ猶更ベッドに座って。
こう言ったらとりあえずは座るかな。〝魔力を高めたいなら〟ベッドに座って。」
「ベッドに座ったら魔力って高くなるの?」
「それを教えてあげる。」
アネットの表情は真剣だった。
少し距離をとり座るナギ。
「ナギ君、魔法が強くなるのに一番相性が悪いもの、なんだっけ?」
「迷い?執着…揺らぎ?」
「そうだよね。逆に強くなるには〝フラットな心の状態〟が必要だったよね。」
「うん。」
「今の床に正座してるナギ君はフラットだった?」
「あ…。」
「〝過剰に〟距離をとってたね。良いとか悪いとかではない。ただ、フラットではない。」
「距離をとる感情は色々ある。〝嫌悪感〟真逆は〝崇拝〟かな?
今のナギ君の場合は〝遠慮〟かもしれないね。
細かい事を言うとキリがない。今はざっくりそれとして。」
「でも、僕魔法を崇拝してないよ?崇拝して正座したわけじゃない。」
「わかってる。ややこしいのはここから。」
ナギは息をのむ。
アネットは耳に髪をかける。
「じゃあ仮に〝エッチな事をしにきたんじゃありません〟って意思表示を正座で示したとしよう。」
顔を赤らめるナギ。
「あれ?顔赤いけど、ナギ君は私とエッチな事しにきたの?」
悪戯に顔を覗き込んでくるアネット。
「いやちがう!ちがう!全然!いや…その、アネットは魅力的だと思います!
でも今の僕は教えて欲しい事があっただけ!」
ナギは〝女性に否定する時は女性を否定するな〟というジョージの真理を思い出す。
アネットは笑いながら言う。
「冗談だよ。でもありがとう。うれしいな。
じゃあ話を戻すね。エッチな事をしにきたんじゃないっていう姿勢を
示すために正座していたのだとしてもね、そのうち頭が誤解する。
〝誤解する可能性がある〟」
「どういう事?」
「繰り返すと、頭が〝そうだとおもっちゃう〟。
魔法を教わる時は正座しないといけない。って思っちゃうんじゃなくて
正座っていう〝気を使っているって認識している状態で聞き続ける〟と魔法と〝距離ができちゃう〟。」
ナギの表情を読み言葉を変えるアネット。
「ナギ君の中で私が女神だとしよう。で、私から魔法を教わるとする。」
「うん。」
髪をかきあげ胸を強調し妖艶なポーズで空気を和らげようとするアネット。
しかしこの少年、腐っても勇者である。
女神には会った事がある。
鼻をほじりながら、教えのすべてを忘却する勇者なのだ。
ポーズが響かない。
いや、結びつかない〝女神と妖艶〟。
アネットも魅力的。
さらにはナギも健康な少年だ、きっとそういう時は反応する。
しかし、今この瞬間、ナギは大真面目だった。
少しでもわかりやすく、そういうアネットの気遣いは粉砕した。
それに気づいたようにアネットは顔が赤くなる。
そんな事は少年は露知らず。
「…でね、最初は女神である〝私を〟崇拝していたのが、
繰り返すうちに、気づかぬうちに〝魔法〟を崇拝しちゃう事になる。」
「教えてもらう事に価値がでちゃうの。」
「〝意味〟ができてる…。」
ナギは別の、昨日の会話から到達した。
アネットは見透かしたように顔を緩める。
「そうそう!勝手に意味づけちゃう。〝魔法は魔法〟だよね。」
「認識…、意味…、」
ぶつぶつと繰り返すナギ。
アネットは扉の前を誰かが通り過ぎるくらいの時間の間を作り、口を開く。
「話の本題に入ろう。質問をもう一度自分の口から言ってみて。」
「魔力の高める方法を知りたい。です。」
「うん、まずはフラットな姿勢でいる事。〝フラットな状態を認識する事〟。
誤解するような行動は極力しない事。」
「言い聞かせ…。」
ナギは今までの思考を反省する。
「そうだね。それは一番いけない。」
緑の髪が揺れ、表情が少し歪むが少年は気づかない。
「その上で、やるといいのは目を瞑ること。」
「目を瞑る?」
「そう、目を閉じること。正確には〝見ない〟んじゃなくて〝浮かんでくる思考〟を見る事。」
「ナギ君、目を瞑ってみて。」
緊張するナギ。
アネットは吹く。
「なんにもしないから。じゃあ立って離れててあげる。落ち着いて目を瞑ってみて。」
ナギは目を瞑った。
「何が浮かんできた?正直に言ってみて。」
「なんにも見えないけどこんな事やって意味あるのかな?って思った。あ!!」
ナギが声を張り目を開く。
「〝意味をつけてる瞬間〟が掴みやすい…。」
「そうそう!そういう事。ナギ君って気づきやすいね。それって凄い事だよ。」
ナギは目を開いたままだった。
「それを繰り返していると段々浮かばなくなってきて頭、心かな?静かになっていくから、その状態を維持する。」
「どれくらいやればいいの?」
「最初はほんの少しだけでいいと思う。徐々に伸ばしていく。頭に何にも浮かばない状態って難しいからね。」
ナギは目を瞑る。
会話してる時は無理だよとベッドに座りながら笑うアネット。
「アネットもやってるの?これ。」
「もちろん毎日やってるよ。心が静かになって、やるだけでも全然違う。
集中しやすい体を作る練習って感じだね。すぐに集中状態に入りやすくする練習とも言える。
魔法関係なく、日常生活で取り入れている人も意外といるよ。」
ナギは目を瞑ったまま動かない。
「ちなみにこれ〝内観調律〟、〝静心鍛錬〟とか〝世界同調〟〝魔脈接続〟とかって呼ばれてるけど――」
「名前には意味がない。ってことでしょ?」
目を瞑ったままの少年は〝師〟を遮る。
アネットは動きを止め、顔から表情が消える。肌が粟立つ。
目を閉じた少年にはそれは伝わらない。
無理やり声を作るアネット。
「そうそう!じゃあ私達の間ではなんて呼ぼっか。」
〝かくね〟で呼び方を宙に書くアネット。
ナギは目を開きそれを見つめる。
「うーん、じゃあ〝同調〟がいい。」
「なんか、僕にとっては魔法そのものが〝同調〟って感じがする。
〝つながる事〟っていうか。魔法があるからアネットとこうして会話もしているし。」
「うん、じゃあそれでいこう。」
「あと、魔力を高めるのは意外と散歩がいいよ。」
「散歩?」
「そう。色々視界に入ってくるでしょ。それを意味づけずに眺める練習になる。」
「ああなるほど。」
「うん、意味をつける事は悪い事じゃないんだ。
それをコントロールする事が大事なんだよね。
結局、勝手に浮かんでくる雑念が一番の敵って感じだね。」
ナギの様子を窺いながらアネットは続けた。
「魔法の練習は〝知る〟〝試す〟〝気づく〟〝知る事を放棄して試す〟〝気づく〟の繰り返し。
〝気づいた事〟をまた〝試す〟。その蓄積を戦闘で〝活かす〟。」
「〝知る事を放棄して試す〟がよくわからない。」
目を細めるナギ。
「放棄する感覚は無理やり今掴まなくていいよ。歪んじゃうといけないから。」
フラット少年は察する。
「正座だけじゃないんだね。あらゆる事に認識が歪む罠みたいのがある。」
「ナギ君のイメージは同調でしょ?罠じゃないんじゃないかな?意味づけてない?」
あっと少年は声を出す。
「たしかに罠じゃないね。僕が勝手に罠だと思ってるだけだ。
僕今フラットじゃなかった…。アネット、これって難しすぎない?」
高笑いするアネット。
「だから繰り返す。体に馴染ませていく。おかしいと思ったら立ち止まる。
私だってまだ全然だからね。〝体験〟は揺らぎにもなるし気づき…成長にも…なる。」
師匠は言い淀んでいた。
ナギはブローチの発言が浮かぶ。
〝願いの引換えが、おまえには対価に見えるか、代償に見えるか〟
同じ事を、違う言い方で表しているように聞こえた。
〝人によって見え方が違う〟という事なのだとなんとなく思った。
「アネットは僕の認識が歪まないようにしてくれていたんだ。」
ナギに認識という定義はわからないが
まあ〝世界の見え方〟とか〝感じ方〟みたいな感じだろう。
勝手に、知らないうちに意味が発生しないようにしていてくれたのだとアネットに感謝する。
「そうそう。だから正座ではない。魔法の見解は色々ある。〝私は〟正座ではないんだ。」
「アネットは、同時に魔法をいくつ使える?」
一瞬怪訝な表情をしたがすぐに笑って茶化しながら答える。
「ひとつだけど、私の師匠もひとつだよ。ふたつ使えたら大大大賢者になれるね。」
「アネット、魔法は同時にふたつ使えるよ。あと、多分相手を見ないでも発動する。」
笑い声をかき消すナギの一言だった。
認識を変えてきた少年を勢いよく向く。
「見ないでも発動するのは気づいてた。私黙っちゃったし。ふたつ使えるって、なんでそう思うの?」
「ブローチは使ってた。」
「いつ?」
ブローチの名でアネットは青ざめながら曇る。
「火の玉をアネットに〝かえした〟後。僕を〝だまらせて〟〝つかんできた〟。」
ナギもアネットを真っすぐ見る。
「それも会話の中でしてたよ。〝だまれおにいちゃん、つかむはこう。〟って言ってた。すごい早かった。スムーズ。〝会話過ぎて〟魔法をかけられた後の反応もすごく遅れた。」
アネットの頬を涙が伝う。
「ごめんアネット!ブローチの話だめだった!?」
狼狽する少年。
アネットの髪がナギを向く。
「いや違うの、これはその…悲しいとか怖いとか、
そういうマイナスの感情じゃないから気にしないで。
私、自分の火の玉に当たってたからわからなかった。
ナギ君が掴まれて殴られてるのしか見えなかったんだ。」
悲しい時以外に流れる涙が理解できなかったが
師匠を信じるナギ。
「アネットも魔法の発動がすごく早かった。
すぐ〝はなれた〟よ。ありがとう。
さっき試したら、僕の〝こおれ〟なんてずっと結晶作ってる。
練習するとどんどん早くなっていって同時の発動に行き着くのかも。
わかんないけど。」
アネットの様子を見ながら、喋っていて自分で勝手に成長するナギ。
先程のビーチで考えた作用の件、〝もえろ〟は〝発火の指示〟と〝認識〟したが
その認識すらも成長を妨げかねないという事だ。
〝もえろ〟でも周囲の炎に作用する可能性はある。
むしろ、魔法は同時に〝三つも四つも〟使える可能性があった。
黙る師匠を気にせず、少年は自分の脳内を整理するかのように続ける。
「千年生きた魔女〝だから〟できるんだ。
っていうのも勝手な意味だよね。
アネット。僕たちだって明日できるかもしれない。」
アネットは前を向いたまま動かなくなった。
涙が止まらないようだ。
「同時の発動も知られてないならいろんなルートがあるのかもね。
意外とブローチ努力家だったりして。」
「そうだね、わからない事だらけだね。」
涙を拭いてアネットは言った。
部屋が静かになり外の雑踏が大きくなる。
「〝スティック〟って何?ブローチが言ってたんだけど。」
「どんな文脈…どんな風に言ってたの?」
落ち着いた声で言う。
涙は止まっていた。
「効くかと思ってセーフポイント投げたんだ。
そしたらブローチが避けた後に、スティックだと思ったって言ってた。
セーフポイントの事は〝キャンプ〟って呼んでた。」
「多分、〝魔法筒〟の事だと思う。」
「魔法筒?」
「そう。魔法を少しの間、保存するアイテムがあって。
それを投げられたのかと思ったのかもね。〝筒〟じゃなくて〝ふうせん〟もあるよ。
ミトハロはエーテルゾーンの中でも魔力が強い、濃いエリアだから道具屋にあるかもね。」
「あっじゃあリサにも魔法かけられるじゃん。よかった~。」
「何があるかわからないから勧めたくないけど、そうかもしれないね。」
「じゃあ僕が投げたのがセーフポイントじゃなくて魔法筒だったら。
もし当たってたら〝まぼろし〟は解けてたのかも。」
「え?」
「だって、あんなに強いんだから別に避ける必要ないよね?
僕、死ぬまでほとんど掴まれて宙に浮いてたよ。
嫌がるって事は〝攻撃が当たる〟とかが解除の条件になるんじゃないの?」
「たしかにそうかもしれない。ナギ君―――」
「断定はしないよ。考えてるだけ。」
「うん。そうだね。」
ナギは遮るが察した内容とは違うようだった。
アネットは言い直す。
「ナギ君、私ね、自分から人に教えるって事、あんまりしたくないって思ってて。
勿論、聞かれた事には答えたいし、聞かれるっていうのも素敵な事だと思ってる。
でも自分から知識をひけらかすっていうのは、自分が偉くなっちゃう気がして確実に誤解するから
なるべくしないようにしてるんだ。」
〝自称弟子〟、昨日からのアネットの話が腑に落ちる。
目から鱗であった。
人が〝偉ぶる〟というのは当然の事だと思っていた。
ナギは、自分が自分だから偉ぶ〝れ〟ないのだと思っていた。
だからオウ・サマの態度、様式にも違和感はなかった。
アネットは〝偉ぶらないように〟してるのだ。
〝偉ぶる可能性〟を排除している。
それだけではないだろう。
それ以外にもしているはずだ。
ナギが彼女に抱いている〝人として〟の好意に納得した。
ただ単に彼女は他人に優しいのではない。
先ほどナギが難しいと思った事をアネットも思っているに違いない。
魔法を通して自分を律しているのだ。
他人に見えているアネットの表情、仕草、優しさ、礼儀正しさなどの表層はその結果だ。
その姿勢の一端なだけなのだと考えた。
それは今のナギにとって〝我慢と区別がつかないもの〟だったが
とても格好よく見えた。
緑の髪を結びながらアネットは続ける。
「その上で話すね。魔法の名前って気持ちをそのまま表したものが多いと思う。
〝はなれて〟は依頼口調、頼むときの口調だよね。〝はぜろ〟とかは攻撃的。」
〝はぜろ〟アネットが食らって死んだ魔法だ。
「僕はそんなに魔法に触れた事ないけど、その二つはそうだね。」
「うん。で、ここからは、私と私の師匠の予想。
依頼系や命令形以外のものは〝強い傾向〟にある。〝自由度も高い〟。
〝つかむ〟とか〝いやすね〟とかの回復系みたいな例外はあるけどね。」
「うん。わかる。」
「何が言いたいかと言うとね、もし魔法の名前が〝まぼろし〟なんだとしたら、相当強いの。
名前なんて聞かなくても実際に体験するだけで、強さなんて歴然だけど。
不確定な推測で命を懸けないでほしいなって思って。
ナギ君の口調、考えっていったらいいのかな?
ブローチの経験前後でかなり変わってるからちょっとやりそうだなって思って。」
ナギはぎくりとした。
「うん、わかった。気を付けるよ。」
「気を付けるじゃなくて、命は懸けないでね。」
アネットはナギの肩を持ち体を無理やり向けた。
「うん、わかった。」
「約束を守れるなら、これあげる。」
立ち上がると自分のアイテムポーチから球体を取り出した。
「〝まわれ〟と〝はなれて〟。折を見て二人にあげる予定だったけど、その前にブローチと会っちゃったから。」
ナギの目が輝く。
「ちゃんと守れる?」
「守れる守れる。ほしいほしい。」
ナギはキャンディを受け取る。
「リサと二人で相談して食べて。そっちの色が濃い方がは―――――」
ナギは両方口に入れる。
少年の好奇心は止まらない。
「あ。」
笑うしかなさそうな笑顔のアネット。
「いいの?」
やらかした少年に質問する。
「たぶんダメ。怒られると思う。」
違った笑顔の〝ポニーテール師匠〟。
キャンディの破砕音だけがしばらく部屋に響く。
「ナギ君とリサは付き合ってるの?」
「そういうのじゃないよ。なんで?」
「仲良いなと思って。」
「あ、リサに〝お姉さん〟って言わないであげて。
兄妹って意味じゃなくても。凹んじゃうから。お姉さんポジション嫌らしいんだよね。」
ガリゴリと少年の口から音がする。
アネットは微笑んで了承した。
「聞きたい事はそんな感じかな?」
「リサ、治ると思う?」
今までの質問とトーンが違う少年。
「うーん。初めて見る事だからなんともいえない。
変化がどれくらいあるんだろう。体だけなのかなあ。
デリケートな面もあると思うからあんまり質問責めにしちゃうのもこわいね。
魔法を学ぶ上で手掛かりになりそうな事があったら教えるね。
ナギ君もなんかわかったら教えて。
あ、本人に確認は絶対にしてね。勝手に動かないこと。リサの事だから。」
「うん、わかった。ありがとう。」
破砕音は聞こえなくなった。
「アネット、またなんかあったら来ちゃうかもしれない。」
「いいよ、無理な時は言うから。」
「わかった。」
腰を上げるナギ。
「私からひとついい?」
「何?」
「ブローチの事、なんでそんなに考えられるの?」
少年には質問の意図がわからない。
「どういう事?」
「怖くないの?」
壁に視線を合わせて考える。
実際に想像してみるナギ。
「また会ったら怖いと思うし歯が立たないと思うけど…。死ぬだけかなって思って。」
「死ぬだけって?」
少年が眉をひそめる。
「あっ大丈夫、なるほどね。ありがとね。」
何か伝わったのだろうと、
顔が元に戻るナギ。
そのまま扉から出て部屋を後にする。
ブローチの話辺りから
明らかに元気がなかったのがちょっと心配だった。
*
もう一度ビーチに行こうと宿を出るときにリサとすれ違った。
二人で行く事にした。
波を見ていると落ち着いた。
ナギは波が好きだった。
「どこにいたの?」
〝茶髪のハイビスカス〟が口火を切る。
「アネットの部屋。」
同じような波だがよく見ると違う。
ナギは面白がっていた。
「アネットの部屋?ずっといたの?」
「ううん、最初はここにいたよ。魔法の練習っていうか、どんなもんか使ってた。」
「ふーん。」
そういう体験もせずにブローチ接敵は異常だ。
そう考えるとナギは気が楽になった。
リサを見ると膝を抱えて座り、
砂を指でいじっていた。
「そういえばね、さっき宿の人が探してたよ。」
砂に書いた円を指で何周もさせながらリサは言った。
「キューさん?」
「は?キューさんって誰?」
指が止まるリサ。
「あの、髪がパイナップルみたいな女の人。爪に宝石がついてた…。」
リサの爪を見ながら彼女の爪を思い出す。
装飾である事は知っていたがあえて宝石と伝えた。
「多分その人。あんたなんで名前知ってるの?」
リサは少年を見ている。
「部屋に来て、薬くれたんだよ。」
「わざわざ?」
「うん。なんかアイテム屋?道具屋を友達がやってて、そこのなんだって。宣伝された。」
顔を波に戻しふと顔の腫れを触るナギ。
あまりよくなっていない。
「ふーん。ナギ、人気者だね。」
「人気ではないよ。」
波が二回、砂を土色にした。
ナギは聞いてみる事にした。
「そういえばさあ、回復して成長しちゃった時、僕気を失っていたじゃない?」
「うん。」
リサの声色が少し変わる。
少年は慎重に続ける。
「あの時、何かと戦った?」
「なんで?」
「ラグナロク汚れてたから。」
「わかんない。」
間髪入れずにそう返事があった。
少し機嫌が悪そうだ。
「そっか、ならいいんだけど。」
明らかに様子がおかしかったリサに気づくナギ。
何かあるんだろう。
あまり聞かない事にした。
その後ブローチとゴビポップの声真似をしながら二人で宿に戻る。
宿に戻ると〝キュー〟と会った。
ナギ達が長期での宿泊と聞いたのか食事会を開いてくれるそうだ。
食事会と言っても気軽なものらしく、適当に声をかけてくれるらしい。
形式張ったものが苦手なナギは胸を撫でおろす。
急にリサに声をかけても気味悪がられるのでナギを探していたようだ。
〝ギャルの認識〟を少年は改めたが、
〝キュー〟はリサに向かって言ってはいけない事を口にした。
明らかに不機嫌になっていたので少年は急いで部屋に戻る。
ナギは部屋で目を閉じ、ブローチとの接敵を思い出す。
怖いが慣れるとそうでもない。
〝新しい発見〟を探していた。
アネットを師匠としているのはナギの勝手な話だが、
自分の発見が〝師〟も知らなかった事のようで今日は嬉しかった。
ゆっくりと十五回ほど殺された後、死んだように眠りについた。




