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第8話/初めての仲間/Limited.pov


星が一斉に落ちてきそうな夜空の下でのジョージとの会話をナギは思い出していた。

目の前には池があり、星空が反射している。

ナギはリヴェル村のこの場所が好きだった。


「ナギ、いいか。女性に年齢を聞かれた時は、絶対に答えちゃダメだ。」


ナギは夜空を見上げながら興味なさそうに聞く。


「どうして?」


「これは、おそらく男性でもダメなんだ。聞かれても安易に答えるなよ。ナギ。」


「じゃあどうしたらいいの?相手を無視する事になっちゃう。」


「まず黙るんだ。このテの質問は〝どちらかに見られたい〟んだ。

〝若く見られたい〟か〝大人びているように見られたい〟かだ。

問いに(すが)り付いているんだ。いや、問いで回答者に(すが)りつきたいのかもしれないな。」


ジョージは夜空にある星のように言葉を散りばめる。


「不安な相手ほどよく喋る。それをヒントにするんだ。

果たしてその人間が見られたいのは〝上〟か〝下〟か。

とにかく情報を集めろ。年齢を当てようなんて思うな。

自分を抑圧しろ。自分を捨てるんだ、ナギ。

順調な人間が行っている事は未開への挑戦じゃない。〝後出しじゃんけん〟なんだ。」


ナギはジョージを向き、核心に迫る。


「おじさん、質問の答えを間違えたらどうなるの?」


ジョージは星空を見上げ、乾いた笑みを浮かべ答える。


「しぬ。」


「しぬ!?」


「ああ。でも命をとられるってんじゃない。その人との関係性が終わる。

〝その人の中で〟しぬ事になる。」


ジョージはピリオドのような溜息をつき、何かに憑依されたように続ける。


「でもな、ナギ。本当に意見を聞きたい人間ほど黙るものなんだ。その時、初めて情報がない。」


ナギは息をのむ。


「そんな時はな。正直に言え。どうせしぬなら自分に誠実にしんだ方がいい。

誠実ってのはバカ正直に伝える事じゃない。向き合うんだ、相手に。

それが自分に向き合う事にも繋がるからな。外見を見るな。内面を見るんだ。」


少年の理解度に配慮するかのように

ジョージは付け加えた。


「いいか、ナギ。これだけは覚えておいてくれ。年齢を聞かれて年齢を言う男にだけはなるなよ。

目の前の相手と向き合える男になれ。おまえにもいつかその時が来る。戦うんだ。ナギ。」


言葉とは裏腹の投げやりな態度でジョージは池に石を投げた。



「ねえ!ナギ!あたしの話聞いてるの!?」



池に映る星空が注がれたオレンジジュースとすり替わり、ナギの視界が現実に戻る。

キッチンの賑やかな音が徐々に迫る。

目の前にジョージはいない。


アルセナ城、市街にある食堂のテラス席に少年はいた。

勇者の選抜会がよく見える。


目の前に座るのは〝成長したリサ〟だ。

魔女のセンがある。

直視の際は魅惑にご注意。


「ごめん、なんだっけ?」


「あ・た・し・が!!いくつに見えるかって聞いてるの!年齢!」


ナギは伸びをし、ため息を肩甲骨のストレッチでごまかした。


(おじさん。僕にもついに来たよ。その時が。しかも相手は魔女かもしれない。初挑戦にして命がかかってる。)


覚悟を決めたナギはリサと視線を絡める。

魔女だろうが人間だろうが関係ない、正直に、誠実に。

ジョージの教えを呪文のように自分に言い聞かせているかのような熱い眼差しだった。

魔女は目を逸らし、指で髪をくるくるさせながら毛先を見ている。


(ジョージおじさん!見ても正解がわからないよ!!時間が…時間が足りないよ!!)


「母さんよりかはずっと若いと思う。顔に(しわ)?みたいのもないしさ。すごく〝お姉さん〟に見える。それに―――――」


禁忌を突かれた魔女のように、遮るリサの語気は荒い。


「だから!そういうのはいいから!いくつに見えるかって事!!」


ナギは一瞬長く目を瞑る。


(〝お姉さん〟は禁句だった…。)


〝妖艶なお姉さん〟〝相談しやすい親近感爆発お姉さん〟〝人生経験積みまくっているがまさかの可愛げ内包お姉さん〟〝一見近寄りがたいが近寄ったら新たな一面連発素敵お姉さん〟

ジョージに教わった語録の全てが目の前の魔女には〝お姉ちゃん!〟に変換される事をナギは察した。


ひょっとしたら、ギャップだとかミステリアスみたいな、

そういう大人の魅力というものが全て〝ボクの面倒見てね!ボクのために生きてね!お世話係のお姉ちゃん!〟に彼女には聞こえるんだろう。


考え過ぎかもしれない。

しかし、軽率に命を失う事態は避けなければ。

(すが)りつく魔女の手を取る女神のように、ナギは瞑った目をゆっくりと開ける。


「あー。あのー。二十歳。」


「二十歳?あたし二十歳に見える?」


「はい。」


魔女は眉間に皺を寄せ、テーブルに視線を漂わせる。

死線に立つ少年が口をつけたオレンジジュースに味はない。


「うーーーん、二十ねぇ~。二十かぁ~。」


眼下から聞こえてくる勇者の剣が抜けなかった観衆の落胆のどよめきが、一寸先を表現するように響く。

ナギには小鳥のさえずりが嘲笑に、近寄ってくるそれは野次馬に見えた。


「そっか!」


閃いた声でそう言うと魔女はナギを見て少し微笑んだ。

少年の鼓動は一度大きく波打つ。

一発の鼓動にリソースを割かれ、パンを口に持ってくる手が処理落ちする。


(正解した…??開き直りにも見える…。)


「わかった!いいよ!」


少年には〝いいよ〟の意味が全くわからなかった。

〝不正解、おまえもう不要〟という諦念だろうか。

はたまた〝今日のところはそれで良しとする。明日再審査すっからな。〟という保留の受容か。


〝光の勇者ナギ〟無事脳みそがシャットダウン。

この少年、伊達に宿屋をセーフポイントで照らしていない。

眼下の選抜会を見つめながら、人生を諦めたかのように命と言葉を放り投げる。


「リサ。今から下に行って勇者の剣をもう一度抜いてきてほしい。

そして、それをオウ王様に売り捌いてきてほしい。数時間後には三十万エンテが僕達のものになる。」


シャットダウン少年が言い終わる前に怒り狂う魔女。

それはそうだ。


「ねえ!今のあたしならバレないって言いたいの?!!

おばさんだから!?昨日あたしも自分の顔見たよ!

おばさんじゃなかったし!!っていうかバレるよ!!

あっこないだの勇者ちゃんじゃんってオウ王様に言われるよ!!!」


自分が〝二度漬け〟した勇者の剣で金儲けを考える〝闇の勇者〟の目に曇りはない。


「おばさんかどうかってのは置いといて。周りの人にはわからないと思う。

僕だから、すぐリサに気づけたんだと思うよ。」


脳みそシャットダウン済の声色は穏やかだ。

処理落ち状態のため言葉に意味はない。


「はあ!?あっ頭!おかしいんじゃないの!?」


リサは顔を赤らめるが〝シャットダウン少年〟は自らの優勢に気づかない。


「リサ、そのチーズちょっとちょうだい。」


「嫌。」


その時だった。

店内から女性の弾けるような声がした。


「勇者様!勇者様ですよね!?」


二人は素早く声の方を向く。

駆け寄る緑髪の女性。


「よかった~!!やっと会えました!!」


あっけにとられる二人の勇者。

二人の横に着くなり、上ずった声で緑髪の女性は名乗る。


「私、〝ウィンローズ・アネット〟って言います!剣が抜けた時見てたんです!ずっと探してました!パーティに入れてください!」


「えっいや…あの…なんて?」


リサは助けを求めるかのような視線をナギに向ける。

その視線は刺さっただけだった。

勇者の剣のように少年は動かない。

選抜会の落胆のどよめきが響く。


「ああっ!あの!急にすいません!私、勇者様のパーティに入りたくて〝ミレバル〟から来たんです!」


「おおぉぅ…ああ…えっとお、そうなんですね…。とりあえず、座りますか…?」


少し仰け反りながらリサが手を椅子に差し出した。

快活な返事と共に二人の勇者が向かい合う間に座る。

ナギの右側、地上では選抜会が行われている。左側には緑髪の女性。正面にリサ。


「あたし、リサです。で、こっちはナギ。」


「よろしくおねがいします!リサさん!ナギさん!ウィンローズ・アネットです!」


元気の良さに気圧されていたナギは会釈だけする。

〝ウィンローズ・アネット〟と名乗るその女性は二人の顔を見た後、リサに体を向けた。


「リサさんって同い年くらいですよね!!私、十七歳なんです!!勇者の剣抜いた時、凄かったです!!

あ、あと、私の事は〝アネット〟って呼んでもらって構いません!」


リサの顔が昨夜のセーフポイントよりも明るくなる。

あらゆる呪縛から解き放たれたかのような笑顔。

〝この笑顔がおまえは魔女に見えるのか?〟

昨夜に引き続き、そう言われてるかのようだった。

緑髪の女性の手を強引に繋ぎながらリサは騒ぎ出す。


二十歳という回答は不正解だった。

騒いでいる二人の声だけを聞き、

不正解にも関わらず、命あるこの瞬間にナギは感謝をした。


「リサ、そのビーンズちょっとちょうだい。」


「えっ全然いいよ!チーズもいる?食べて食べて。」


〝闇の勇者〟は手早く物資を確保する。

ウィンローズ・アネットがこの瞬間に万が一〝姉〟という単語を放ってはおおごとだ。


「アネット、あたしの事もリサでいいからね!あと勇者様とか呼ぶのやめてよ。こいつ剣返しちゃったし。」


アネットがナギを見る。

椅子に適当に掛かったフライパンを見てぎょっとするのがわかった。

フライパンから目が離せない。


「もしかして…それが装備ですか…?ナギ君…そんなにお強いんですか…?」


〝さん〟呼びがあっという間に〝君〟になっている事にナギは驚愕する。

決して嫌悪感ではない。

初めて目の当たりにするリサのコミュニケーションスキルに脱帽していた。

あらゆる間合いはリサが無意識に所有する。


「全然!!弱い弱い!剣を戻した方が世の中のためになるんだってさ!ね、ナギくん。」


まるで魔女のような笑顔でリサはナギを一瞥(いちべつ)した。

支給されたチーズを無言で口に運ぶ。

不正解を踏んでいなければ間違いなく睨み返していたところだ。

命が最優先、ここは魔女優先。

昨夜学んだ事を実行する。

通常営業のナギに気付いたのか、リサがアネットに話しかける。


「ミレバ…ル?だっけ?それってどこにあるの?」


「ここから北西です!馬車で八十日くらいでしょうか!」


なんか食べる?とリサはアネットに気を使っていた。

ちょうど済ませて店を出るところだったらしい。

緑の髪を耳にかけながら丸い声で伝えていた。


「商人の馬車に乗せてもらったりしてたんですけど、

それなりに歩きもしたのでここまで結構かかっちゃいました。

アルセナで選抜会をやるって聞いてから私、居てもたってもいられなくて!

魔法使えるので何かお役に立てないかなって思ったんです!修行中ですけどね!」


(選抜会ってそんなに早く知らされるものなんだ。

こういうやる気のある人が勇者になればいいのに。)


初対面同士の世間話が盛り上がる現象に理解が追い付かないナギ。

女性二人の会話から意識を外す。

パンを頬張りながら〝ウィンローズ・アネット〟をちらりと見る。


緑髪のポニーテール。

腰くらいまでの短めの外套。

荷物などは特に持っていなかった。

長旅の割にはだいぶ軽装だ、宿に置いてあるのだろうか。

両手首からは時折リングのようなものが覗く。

ネイルはしていない、何故か安堵感がした。


「あのね、恥ずかしいんだけどあたし達、本当になにも知らなくて…。」


「そんな!なんでも聞いてください!」


待ってましたと言わんばかりにリサは〝魔法〟について質問を開始する。

謙遜しながらどこか得意げに揺れるポニーテール。

さすがにナギも話に集中する。


魔力は人間全員が持っているとされているが、

魔法使いの人数は世界的には少ない事。

キャンディで覚えた魔法は〝閃いた魔法や育てた魔法よりも弱い〟事。

さらに覚えた魔法はその時点で〝範囲や効果の度合をコントロールできる〟らしい。


効果上昇なら〝もっと(小アップ)〟〝はげしく(中)〟〝もうれつ(大)〟を魔法名と組み合わせて言い放つだけ。


〝こおれ〟なら〝もっとこおれ(小アップ)〟〝はげしくこおれ(中)〟といった具合だろう。


範囲拡大なら〝ひろく〟〝みんな〟〝すべて〟。

ちなみに〝しばらく〟〝ながいあいだ〟〝ずっと〟では効果時間の延長が見込めるらしい。


決まった効果の基準はない。

辺り一面が凍ったからといって〝すべてこおれ〟かは断定できないという事だ。

使用者の練度、持っている魔力の強さや量、研鑽具合が重要になってくる。

使ってみないとわからない。

それは相手の力量も〝使われないとわからない〟という事でもある。

本日ナギが口にするオレンジジュースに味はない。

ゆっくりと説明を続ける〝緑髪のウィンローズ・アネット〟にナギは印象を抱く。


(この人、丁寧で優しい人なのかもしれないな。)


「魔法は効果上昇を求めるほど発する文字数が〝長く〟なる傾向があるんです。

当然ですけど、それだけ発動には時間がかかるので短い文字数ほど〝発動が早い〟ですね。

ばかにできないんですよね~、文字数って。」


「早口練習しなくちゃ。魔法の名前って言わなくても発動できるの?」


リサが真剣な顔で質問する。


(たしかに、無言で発動されたらおしまいだ…。)


「早口はあんまり意味はないんです。魔法って想いの強さなので〝作業的に言う早口〟は下手すると発動しない時もあるんですよ。〝早口だと認識して放つ早口〟は弱くなるというか…。この辺少し難しいですよね。なんて言ったらいいかなあ。」


そう言うとアネットは黙り、軽く唸りながら脳みそに助けを求めるように視線を上げた。


「想いの強さかあ。ナギってあたしの事、とてつもなく好きなの?」


突然〝魔女〟から魅惑(チャーム)の確認が入り、肩甲骨が跳ねるナギ。

首を勢いよく左右に振る。


(いけない!首から上がとぶ!)


首振りを即座に止め、

ピントを目の前の〝魔女〟に合わせたがこの瞬間にも首はついている。

ナギは毎瞬が訪れる事に感謝する。

おそらくリサも〝いやすね〟の一件を探っているのだろう。


言葉選びを諦めたのか、二人の様子を微笑みながら見ているアネット。

リサからのもうひとつの質問を思い出したかのようにポニーテールが揺れる。


「あ!無言での発動、〝無詠唱は不可能〟だとされています。

省略できるのは〝動作〟ですね!魔法を使うとき手をかざしますよね?

基本は両手だと思いますけど、熟練度が上がると片手だけとか、対象を見るだけでよかったり。

人によっては杖だけ(かざ)せば発動したりします。

長く一緒にいる仲間に向けた魔法は対象を見ないでも、成功したりするらしいですよ。

成功する自信とか、信頼っていうんですかね?イメージの強さが関係してるんだと思います。」


それを聞いた途端、リサの表情が曇ったのをナギは見逃さない。

何かを考え込んでいるようだ。


「ちなみに、ご存じかもしれませんが〝魔物は無詠唱〟です。

魔法を使ってくるって認識よりも〝そういう存在〟って私は思うようにしています。

目が光ったり、体のどこかが違う色になったり、どこかしらに変化が出てから効果がきます。」


リサが口を挟む。


「アネット、道具屋で聞いたんだけど、魔力切れって何?

あと飲み物なんか飲まない?あたしもなんか飲もうかな。あっお金はあたし出すから。」


笑顔で御礼を言うとアネットは飲み物を選びながら説明する。


「言葉の通り魔力が切れて魔法が使えない状態の事ですね!

体調にでます。頭痛や吐き気。酷い時は嘔吐とか。

一度ふざけて限界の先まで試した事があるんですが、立ってられませんでしたね。

しばらくすると治りますけどアイテムを使った方がはやいです。

限界の先って命に関わるらしく、師匠からはすごく怒られました。」


笑いながらそう言うと、後ろを向く。

緑色のポニーテールだけがナギに映る。

店の人にマスカットジュースを頼んでいた。

〝茶髪女子〟はミルク、〝黒髪男子〟も追加でオレンジジュースを頼んだ。


頼みながらナギとリサは顔を見合わせる。

〝いやすね〟を使った時の自分に起こった症状は間違いなく魔力切れだろうとナギは考えた。

目を覚ましてからも頭痛は残っていた。


「あ、あの、ウィンローズさんはどんな魔法を使えるんですか?」


初めて口を開くナギ。

アネットでいいですよと優しく微笑み、緑髪の女性は周囲を見回す。

ポニーテールが激しく揺れる。


〝かくね〟と囁いて少し前のめりになると、二人が見やすい位置の空中に指を動かした。

指からふわふわとした線が出てくる。

ナギとリサは目を丸くし、アネットの指先を食い入るように見つめる。

アネットは気にせずに最後まで書き連ねた。


●自然/攻撃

・もえろ(炎)

・こがせ(火の玉)

・おちろ(雷)


●アクト

・はなれて(弾く)

・つかむ(掴む)

・かくね(書く)


●強化

・ぶつりからまもるね(攻撃ダメージけっこうカット)

・まほうからまもるね(魔法ダメージけっこうカット)

・つよくなれ(筋力アップ)


●回復

・いやすね(回復)


「こんなところなんです。まだまだなんです私。あと、持ってる魔法を教えるってリスクなので普段は教えていませんからね。」


ナギに優しい口調で話すアネットにリサは何かを言いかけていたが

次の瞬間、書いた順にゆるやかに消えていく空中の文字に見入った。


「そんな大切な情報、教えてくれてありがとう。」


リサが言いかけた言葉を伝え直す。

謙遜で応じながらリサを見るアネット。

消えていく文字を眺めながらナギが口を開く。


「あの…勇者…勇者について、何か知っていますか?」


質問テーマの変化を察したかのようなタイミングで店の人が飲み物を持ってくる。

ナギは受け取りながら、少し心配そうなリサと目が合った。

それぞれに飲み物が行き渡るとアネットが再開する。


「勇者の情報って、見つからないんですよ。

千年前に魔王が復活して、その時にも勇者がいたって当たり前な事くらいしか私にはわからないです。

魔王が復活すると〝大蛇が出るぞ!ドラゴンが活発になるぞ!〟

とかも聞きますけど、それって知識じゃなくて言い伝えレベルなんですよね。」


復活が何年前かという記憶は定かではなかったが、ナギも聞いた事があった。

アネットの言う通り、使われ方はチープなものだ。

昔話でもない。

〝いい子にしないと魔王がくるぞ〟

キャスター(ナギの父)に言われた記憶が頭を掠める。

その程度の使われ方だ。

ドラゴンっているの?とリサは驚きの声を上げていた。

ナギの様子を窺いながら喋るアネット。


「今まで魔法を学ぶにあたって師匠に聞いても自分で調べてみてもわからずじまいで…。

勇者に関する本とかも見た事がないんです。

アルセナに来るまでに会った人達にも聞いたんですけどだめでした。

情報…本とか文献が存在するのかすら、私にはわからないんです。」


「そうですか。」


肩を落とすナギを見てアネットは用意していたかのように励ます。


「あ!でもでも!〝勇者魔法〟ってのがあるらしいです!閃くんだとか。すごい強いらしいですよ。」


「へー!楽しみ!あたし何だろう!」


リサの雰囲気が十四歳になる。


「アネット!本当にありがとう!

何を聞いていいかわからないレベルで、困る事すら出来なかったんだ。

色々聞いても、これから何したらいいかわからないし。」


「いーえいえ!なんでも聞いてくださいね!」


「ところで、あたし達に会えなかったらどうする予定だったの?」


「そうですねー。しばらくアルセナで過ごして選抜会を見学しようと思ってました。

お金が尽きそうになったら〝エレメリカ〟にでも行こうかと思っていましたね。」


「エレメリカ?」


リサはミルクを片手に聞き返す。


「はい、魔法の研究が盛んな街がアルセナから南の方にあるんです。

盛んって言ってもこれまで平和でしたから、大して進んでないのかもしれませんけど。

〝エーテルライン〟が薄い場所は魔法研究が進んでいるって師匠から聞いた事があるんです。」


ナギは買い物をする時に聞かれる〝エーテルカード〟を連想する。


「あ、あ、それって〝エーテルカード〟と何か関係ありますか?」


「あ!あたしもなんかそれ聞いた事ある!」


リサも重ねる。


「ありますあります!大地って魔力が流れてまして。

〝エーテルライン〟ってそれの事なんです。〝魔脈〟って言う人もいるかもしれません。

それを利用してお金の支払いができるのが〝エーテルカード〟。

神殿で作ってカードの入出金ができますよ。

〝エーテルライン〟で通貨の情報管理をしているみたいですけど、不思議ですよね~。

店に置いてある石碑が〝ノード〟、つまりエーテルラインとの接続点になってるらしいです。

エーテルノードって言われてたっけなあ。マナノードだったかなあ…。呼び方は忘れました。

その石碑にカードが触れると支払いができます。」


ナギは理解が追い付かない。

そのカードを作るとお金を持ち歩かなくていいという事なのだろう。

アネットは再び周囲を見渡し〝かくね〟と優しい声で呟く。


「ちなみに、エーテルラインって各大陸で流れてる量...強さっていうんですかね。

それが大陸ごとに違うんですよ。

アルセナがある〝ニルディーノ大陸〟は一番弱いとされています。

西の〝エマナリ島〟にいけばいくほどこんな感じにエーテルラインは強くなります。

〝エーテルライン〟ってよりも〝エーテルゾーン〟って言われた方が私はしっくり来ますね~。」


アネットは各大陸にマーキングしながらマスカットジュースに口をつける。


挿絵(By みてみん)


「エーテルラインが強い地域では、魔法は効果が大きいんです。魔法を使える人も密集していると思います。治安もよくないらしいですよ。逆に弱い地域ではエーテルカードが普及してなかったり、

魔力系のアイテムの流通量が少ない場合があります。需要の関係ですね。」


「アルセナは魔力回復系のアイテムは量が少ないってお店の人言ってた。そういう事ね。」


アネットがリサに優しく頷いた。

魔法キャンディはそれなりに品揃えがあった。

あれは少ない方なのだろうか。

過った疑問を霧散させ会話に集中するナギ。

リサが言葉を連ねる。


「なんでわざわざエーテルラインが弱い、薄い?そんな所で研究が盛んなの?たくさんある所でやった方がよくない?」


「純粋な魔法の力が測りやすいって言われていますけど、実際はどうなんでしょうかね。

以前はエマナリ島でやってたらしいですが大事故があったらしくて、それも影響しているかもしれません。」


「ナギ、なんかあたし焦ってきた。もっと魔法の事知っといたほうがいいかも。」


「うん。」


不安そうな二人を察したのか、和らげるような口調のアネット。


「一概にそうとも言えないですよ?

魔王の復活でこれから魔法の使用機会が世界的に増えるので、

争い事も多くなるって言われてるんです。

だから知らない方がいい事もあると思いますよ。

住んでいる地域に優れた術者がいると、わざと距離を置いてるなんて話も聞きます。

それに魔法って知らない方が強い時もありますから。」


〝知らない方が強い時もある〟その言葉にナギとリサは再び目を合わせる。


(強すぎるのも考えものだよなあ。)


ナギは直近の経験からそう考えた。

しかし結局のところ、わからないという状態に不安を感じると全てが怪しく見えてくる。

不安そうなリサの顔を見てそう考え直し、ナギは思考を止める。

ふと視線をアネットに向けると、落ち着かない様子で何か言い淀んでいた。


「あの…。」


その様子を察し雰囲気が二十歳に戻るリサ。


「どうしたの?」


「あの…お二人とこれからご一緒してもいいですか?」


「えー!いいよいいよ!こちらこそだよアネット!ナギもいいよね。」


「うん。」


ナギにも異論はなかった。

丁寧でゆるやか、配慮ある説明の時間は過ごしていて心地がいいものだった。

アネットが説明した知識は基礎中の基礎だろう。

〝そんな事もしらないのか〟とアネットは鼻にかける様子もなかったのがナギには嬉しかった。

一緒に旅をしたいと思えた。

オレンジジュースに味が戻る。


「ありがとうございます!勇者の剣を抜いたの見てからお城の周りを探し回ったんですけど

全然お会いできなくて…。もう出発してしまったのかなって諦めかけてたんです!!」


「選抜会で人が多いし、意外とアルセナって広いよね。これからよろしくねアネット。なんか手伝える事とかあったら言ってね。あたし達も色々聞いちゃうと思うし。」


(極力アルセナから出ないようにって考えてたから入れ違ったのかも。)


そう考えた矢先、再び言い淀むアネットが視界に映り、焦るナギ。


(まずい!何か依頼をされるかも!!)


「あの…ひとつだけ行きたいところがあるんですけど…。」


嫌な予感が少年を包み込む。


(〝行く〟って言ってるけど、絶対に冒険、探検だよね。ぜったいそう。

〝もうアルセナから出ないでいいよね〟って感じで仲間になってくれる人いないのかな…)


冒険に行きたくはないが仲間はほしい。

〝光の勇者〟は葛藤していた。

葛藤し過ぎて論点が消滅した思考。

〝仲間〟ではなく結果的に〝結婚相手〟を探している事になっている。

しかし少年にはそんな矛盾はどうでもよかった。

〝アルセナから出たくない〟〝冒険をしたくない〟という希望から世界が構築されていた。


〝私と結婚したら冒険行かなくていいの、勇者辞められるわよ〟


そうアネットに言われたらおそらくナギは結婚を視野に入れたお付き合いをしちゃうのだ。

あり得ない空想だったとしても、

人として〝好印象を抱けた〟アネットに対して、

こういった一連の思考が巡るのもナギは辛かった。


行きたい所というのがせいぜい〝道具屋〟で、

〝稀にいる店主が苦手だから一緒に着いてきてください!〟という依頼であってくれとナギは願った。

リサはともかくとして、目の前の緑髪の女性を敵だと認識したくない。

ポニーテールに向かって祈るナギ。


(冒険NO冒険NO冒険NO冒険NO道具屋こい道具屋こい道具屋こい道具屋こい道具屋こい道具屋こい)


「アルセナに来る途中、この近くの〝幽霊廃墟〟にレアな魔法があるって噂を聞いたんです。

行こうか迷ってたんですけど…。大体の場所はわかってるので一緒に行ってくれませんか?私、幽霊とか苦手で…。」


(幽霊廃墟!)


これにはナギだけでなく二人の勇者の様子が急変する。

〝光の勇者〟は自暴自棄気味な雰囲気を(まと)い出す。

〝暫定魔女〟は〝幽霊〟の二文字を聞いた瞬間、体調不良だ。


「ゆっれっいえっぇつぇええええいっっっいいよっいいよね!ナギ!ナギはお化けとか幽霊、苦手じゃないでしょ?ね?!」


「はい。僕は、勇者の剣の方が怖いですね。」


ナギはシャットダウン寸前だ。


「ありがとうございます!本当に苦手なんです…!その廃墟に行くと、男の呻き声が聞こえるらしいんですよ。もう怖くて…。」


目の前の女性陣が〝勇者の剣がこわい〟全スルーにより、

本日二度目のシャットダウン少年が到来する。

あらゆる人間関係の破壊を(いと)わない。


「そんなに怖いなら行くのを辞めるという選択肢はないんですか?」


皮肉でも嫌味でもない。

シャットダウン後の純粋な意見、提案だった。

意見が〝人格〟とリサに捉えられナギは粉砕する。


「ナギ!色々教えてくれたんだから手伝ってあげようよ!アネット気にしないで。ナギはこういう奴だから。大変なの、こいつ。」


二人の女性が目の前で手を取り合う中、少年は荒んでいく。


(ちょっと気を許せばモンスターと戦いたいだの、幽霊廃墟に行きたいだの。

なぜ、わざわざ恐怖を感じる所にこの人達は行くの?何がしたいの?

アネット、今まさにあなたが手を握ってるそいつ。そのエクステ、魔女ですよ。)


口をつけたオレンジジュースに引き続き味がした事で落ち着きを少し取り戻す。

二対一の構図を作った〝ギャル勇者〟に意識が向く。


〝成長の件〟を伏せるのは仕方がない。

しかし、初対面の年上の人間に対して〝先日一緒に魔王を倒した仲間〟のような接し方が出来る豪胆さにナギは引いた。

選抜会場の落胆のどよめきがナギの感情を代行する。





その後ナギは少しだけ奮闘し、幽霊廃墟には〝試しに〟明日行く事になった。

アネットと別れ、神殿、道具屋を仲良く巡る事にした〝勇者と魔女〟。


神殿でエーテルカードについて聞くと〝魔紋〟を取得すると言われたので石碑のようなものに手を触れる。

しばらくしてカードを渡された。

拍子抜けするほど簡単だ。


リサは三万エンテを、ナギは二十万エンテをカードに入れた。

手にすっぽりと収まるサイズで色はダークレッド。

左上には名前、右下に残エンテが表記されている。

カード中央に〝Ente〟と書いてある。


(そこは〝エーテル〟じゃないのか…。)


ナギがカードの揚げ足をとっていると、

常駐している祈祷師から解呪もできるとの説明にリサが食いついていた。

〝自分は呪われているはずだ〟と連発するが、

祈祷師の返事は〝呪われていません〟一辺倒だった。

自分は呪われていると豪語する魔女に、それを否定し続ける祈祷師。

シュールな応酬に〝不謹慎な少年〟は少し笑いそうになり、

自分のおしりをつねって事なきを得ていた。



幽霊屋敷は何が起きるかわからない。

道具屋では入念にアイテムを購入する事にした。


セーフポイント六つで三万六千エンテ。

魔法キャンディの〝すな〟が二万エンテ。

〝はやく〟が一万五千エンテ。

回復ラムネとジュースを二つずつで八千エンテ。

アイテムポーチが五百エンテ。


約八万エンテの出費だ。

残り十七万エンテほど。


お金が溶ける。


リサは回復アイテムをいくつか買っていたようだ。

幽霊の攻撃は回復できるのだろうか。

知らない事が多すぎるのはたしかだが、

知る術がないためナギは思考を諦める。

エーテルカードを使用したリサがはしゃいでいたのが鬱陶しかった。





-アルセナ城 宿屋-


その夜、リサの部屋を訪ねるナギ。

手にあるのはセーフポイントではなくリンゴとラグナロク。

ノックをすると、まるで扉自体が警戒しているかのようにほんの少しだけ開く。


「何?どうしたの?」


「ちょっといい?」


部屋に入ると何かを整理していたようだ。

使った金額などを確認していたのだろうか。

ナギを招き入れるとベッドの上を片付ける。


「ん」


リサはそのままベッドに腰かけ、

自分が座っている横を軽く叩く。

ナギはリサの隣に腰かけた。


「眠れなくなっちゃった?一緒に寝てほしいの?」


精いっぱい蜂蜜のような声を出す魔女。


「いや、そういうノリじゃないんだけど。」


冷徹に突き放す勇者。


「ノリ悪すぎ。何?」


一気に声が低くなる。


「リサ、りんご食べる?サディナ(村の占いおばば)にもらったやつまだあるんだよね。」


立ち上がり、壁にラグナロクを立て掛けながら話しかける。


「あっ食べたい。成長してからお腹すくんだよね。」


そう言い終わる前にリサにリンゴが渡される。

噛りつく時に小気味いい音がした。

ナギは再度ベッドに腰掛ける。


「今日一日、体大丈夫だった?」


「うん、大丈夫そう。日常生活以外の筋肉の使い方は練習しておいた方がいいかも。」


「日常生活以外?」


怪訝な表情を向けられ少し慌てる様子のリサ。


「なんかいろいろありそうじゃん。心配してくれてたの?」


「ふーん。あのさ、僕、今日のアネットの話で成長の原因わかったかもしれない。」


視線を壁に移し真剣な表情でナギは言う。


「えっ!?ほんと??なになに?」


「まず、僕の魔力切れっていうのは絡んでいると思う。」


「僕さ、ずっと手をかざしてたんだよね。だから魔力切れ起こすまで魔法が発動したんじゃないかな。」


「あー…。」


心当たりがありそうなリサの相槌。

何か言いたげだ。


「で、もうひとつあるんだけど、〝回復〟の理解が違うのかも。」


「どういう事?」


「回復って怪我をしてない時の体に〝戻す〟とか、怪我を〝なかった事にする〟っていうイメージでしょ?」


「うん。治す魔法ってそういうイメージある。」


「逆なのかもしれない。」


「逆?」


リサははっとしながらリンゴを零したかと自分の腿を見る。

それを一瞥しながら少年は問題を追いかける。


「時間が進んでるのかも。自然に治るスピードの加速が〝いやすね〟なんじゃ。」


リサは口に手を当てている。


「治るを通り越して、〝時間経過の効果が続いた〟結果、成長しちゃったって事か。」


「うん。」


「でも、傷に作用するのが〝いやすね〟でしょ?

あたしあの時、足の傷とかもある程度痛みが引いてから光り出したよ。」


「うーん。それはわかんない。」


唐突に匙を投げるナギ。

有益だったのか、それを茶化さずに会話を続けるリサ。


「でもあり得るよね…。ナギ、なんで気づいたの?」


「アネットから今日魔法の話を聞いて、

世の中の頭が良い人とかでも、わかんない事だらけなんだなって。

僕が考えた事でも正解かもって思ったらアイデアが出てきただけだよ。」


「すご。ちょっと見直した。頭良いね。」


ナギはなぜか少し胸が痛む。


「いや、やめてよそういうの。頭良かったら勇者になんかなってない。」


「いやそれは言い過ぎ。勇者の剣抜いちゃったらバカって事?コンプレックスあり過ぎでしょ。

でもさ、時間加速って事は、魔法をかけた部分だけが年を取ってるって事だよね。

そう考えると〝いやすね〟は無限に使えないね。」


リサの言う通り、この仮説が正しければ〝いやすね〟は有限となる。

その回数は膨大かもしれない。

部分が死ぬという事は身体のしくみ上、

そこから全体に波及する可能性があり、喜べない仮説だった。


「うん、そうだね、怪我をするって事自体が危険な事だよ。やっぱり冒険は危ないよ。」


リンゴに噛り付く音が響く。

向けられた視線に〝尊敬〟が含まれていた居心地の悪さからナギは話題を変える。


「リサ。明日、アネットに成長した事を話してみない?別に悪い人じゃなさそう。」


「うん。そうだね。」


リサの顔が曇るが気付かず進めるナギ。


「手掛かりがほしいなあ。」


リサからの返事はなかった。

少しの沈黙が部屋の外から時折聞こえる物音を大きくさせる。

ランタンの灯りが揺れる。


「リンゴ、まだあるけど持ってこようか?」


「ううん、大丈夫。あのさ。」


「うん?」


「話すときはあたしから話すから、ナギは黙っててくれない?」


そう言いながらリサは立ち上がり、

壁に掛かっているラグナロクを手に取る。


「わかった。いいよ。」


「あとこれ、明日返してくれない?」


ナギの目の前に剣が差し出される。


「なんで?めんどくさいんだけど。」


「いいから!明日渡して!」


「わかったよ。」


無理やり突き出された剣を前に選択肢がない事を悟り、

観念したかのようにナギは受け取る。


「じゃあ明日ね、それじゃおやすみ。」


「うん、また明日。リンゴありがとね。」


後ろからリサの声がする中、扉を開ける。

閉めるそれの隙間から映るリサは少し元気がないようにも感じた。





自室でラグナロクの汚れた柄を目で探る。

鞘から引き抜くと、姿が現れるにつれ鼓動が少し早くなる。

刀身に付着した青黒いものはすでに乾き切っていた。


魔女であれば武器を相手に渡すのはおかしい。

魔女じゃないという確証はない、何も事態に進展はない。

自分の命の安全すら守れていない。


しかし、ナギはその日、汚れが取れるまでラグナロクを磨いていた。



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