第9話/初めての敗北/NAGI.pov
///アルセナ城付近 エーミル林道///
木漏れ日が幻想的。
いくらでも吸えそうなくらい空気が澄んでいる。
道幅はそれなりに広い、馬車三台くらいはゆうに通れるかも。
道には脛の半分くらいまで細い草が茂ってる。
数羽が気まぐれに鳴くとそれに続くように鳥の鳴き声が増える。
会話しているみたい。
木々はカーテンよりも壁面という感じで生い茂っていて迫力がある。
かなり長い林道だ。
切れ目が見えない。
僕の右側に〝お団子に髪を纏めてるリサ〟。
その向こうに〝ポニーテールのアネット〟が並んで歩く。
女性二人と幻想的な林道を歩くなんて、
ジョージおじさんが見たら羨ましがるに違いない。
アネットから知らない世界の話を聞くのは面白い。
魔法や世界の事を聞けたら良い経験になるだろう。
リサは今日も機嫌が安定してる。
ジョージおじさんが羨むのもわかる。
でも行き先が幽霊廃墟なんだ、ジョージ。
それを思い出すと世界が一変する。
生い茂ってる木々は話しかけて来そう。
鳥達は廃墟のモンスターに侵入者の来訪を告げていそう。
木漏れ日はいつ逝ってもいいように天国が準備してるようだ。
女性陣は声を抑えつつ楽しそうに話している。
いつ敵が飛び出してくるかわからない
こんな林道ではしゃげるなんて二人は狂ってるんだと思う。
アネットの鈴のような声で会話に意識がいく。
「え!?お二人はリヴェル村の出身なんですか!?」
「リヴェル村知ってるの?」
リサが意外そうに聞く。
「レナーシア・サディナさんってご存じですか?!」
その名が聞こえてくるとは思わなかった。
興奮気味なのか、アネットはごめんなさいと付け加え声量を抑える。
「本、読んだ事あるんです!すごい勉強になりました!」
サディナは魔法が使えたのか。
そんな素振り全然見せた事なかった。
家には本がけっこうあったけど。
彼女はエセ占い師ではなかった。
エセってのは僕が勝手に思ってるだけだけど。
「えっ!?すごい人なの??サディナはね、ナギが仲良かったよ。」
リサの攻撃がきた。
機嫌が良いんだろう。
アネットといると前向きな気持ちになるのはわかる。
「ナギ君ほんと!?レナーシアさんの 〝ゲシュタルトと魔法の関係性〟って本!読んだことある!?」
よくわからない事を言っている。
右に顔を向けるとリサの前から僕を覗き込むアネットと目が合った。
「いや、ないです。」
「庭からフルーツ盗んでただけだもんね。」
リサが僕を向いてにやりとする。
相当機嫌が良いと見た。
すぐにお団子がこちらを向き、〝お団子の本体〟は〝ポニーテール〟に話しかける。
「アネットの用事が済んだら、リヴェル行く?
ナギも顔を出しといた方がいいんじゃない?」
リサの顔が左右を往復していて忙しそうだ。
僕は無視をした。
用事が済んだら?
そもそも、幽霊廃墟は〝お試し〟ではなかったのか。
行ってみて魔物がうじゃうじゃいるとか
廃墟が広すぎて魔法を見つけるどころじゃないとか、
そうなったら〝また次の機会に〟となるのが本来のお試しではないのか。
〝絶対にレア魔法見つけるまで通い詰めます〟なの?
話違くない?
リサが耳元で囁いてきた。
「なんかさ、村の人が注目されてると自分の事じゃないのに嬉しいね。」
この〝エクステ〟は本日機嫌が良すぎてズレている。
あんたも注目されてるんだよ、ギャル勇者。
横着して細目にした横目でリサに返事をした事にする。
「あ、あと、昨日〝いやすね〟も買ったからなんかあったら回復してあげるね。」
適当に相槌を打とうとリサの顔を向いた時だった。
アネットの雰囲気が一変する。
動物が戦闘態勢になるような素早い動きに変わる。
「待て。」
アルセナ城から林道に来るまでにアネットから説明を受けていた。
何かあった際は丁寧な話し方、〝さん〟や〝君〟は特に省略する事。
いわゆる敬称はナシ。
魔法発動の関係で、発する文字数を節約したいらしい。
一気に緊張が走る。
リサは僕から目を切り、アネットにそれを向けている。
顔を前に戻した瞬間、胃が飛び出そうになる。
道の真ん中に〝白い服を着た少女〟。
立っている。
茫然としているように見える。
意図がわからない。
距離は遠い。
微動だにしない。
距離的に〝おそらく白い服の少女〟と言った方が合っているかもしれない。
リサの腰回りから衣擦れの音。
ラグナロクに手をかけたんだろう。
頭は真っ白なのに断続的に周りがクリアに見える。
こんなケース示し合わせているわけがないが、
同時に三人が後ずさりする音が聞こえる。
二人よりも僕がやや早い。
なんだあれ。
僕のすぐ近くから草が擦れ合う音がした。
視界が音の方向へと切り替わる。
フライパンに手を掛けながら一歩半ほど体が勝手に飛びのいてしまった。
道と林の境目にある低い草から音。
揺れている。
鼓動が早い。
どうすればいい。
指示がほしい。
呼吸に集中していると、ひょっこり白い猫が半身を出した。
強制的に呼吸が深くなり肩が落ちる。
草むらから全身が出そうになる瞬間だった。
猫が虹色に光り出す。
苦しい。
息ができない。
首を掴まれている。
鼻先に迫る位置に老婆の顔。
「ガキィ!面白きゃあ生かしてやるよ!!!退屈なら食い殺す!!!おまえはどっちだ!!」
肌がびりびりする。
しゃがれて圧力のある声。
腹に響く声。
割れたような声。
声が出ない。
リュックのサイドポケットに手を伸ばす。
「ナギが〝はなれて〟!」
瞬きの内に〝老婆〟の舌打ちと腹に衝撃。
老婆の顔が離れる。
足が地につく。
リュックサックに引っ張られる。
後方へ残る勢いにバランスを崩し数歩使う。
堪らず前のめりに俯き手をつく。
擦り切れた草が舞う。
アネットの魔法だ。
むせながら目を戻す。
〝カラフルなワンピースの少女〟がこちらを睨んでいる。
少女?
たしかに少女だ。
黒髪ショート。
ラグナロクを抜いたリサが〝黒髪ショートの少女〟を挟んだ向かい。
今はアネットが一番近いが距離はある。
「〝はげしく〟!こg―――――」
アネットが消えた。
宙に浮いている少女の背が見えた。
右足を軸にしなる左足が回転している。
徐々ににやつく横顔が見える。
〝少女〟の髪がざわっと伸びた。
枝をへし折り、茂みを押し潰す音でアネットが吹き飛んだ事がわかった。
少女の着地と僕の瞬きが重なる。
目を開くと少女の顔で視界が埋め尽くされている。
伸びた髪が顔に触れる。
足が浮く。
苦しい。
息ができない。
首を掴まれた。
「面白かったら生かしてあげる。退屈なら食べて殺しちゃう。おにいちゃんはどっち?」
少女の声色だ。
頭に声が入ってくる感覚。
可愛らしい声。
裏腹に力が強い。
ドレスの赤色が滲んだり水面のように布の中を動くのが目に入る。
赤?ドレス?
苦しい。
視線が上がる。
少女が少し下に映る。
「こお、あが、が…」
声が出ない。
少女は視線を上下させ僕の体を見ている。
頭が回らない。
現実が遅い。
この女がはやすぎる。
蹴ろうとするが足が届かない。
少女の手が長い。
長い?
後ろからリサが走ってくるのが見えた。
「ねえ、おにいちゃん勇者だよね?」
質問が変わる。
「ち…」
視界が溶ける。
首の骨が軋む音。
胃が掻き回される。
〝少女〟以外にピントが合わない。
少女が〝外套の老婆〟になる。
リサの短い悲鳴と体に衝撃。
〝外套の老婆〟以外の視界が安定した。
右側の林の草木がバキバキと鳴る。
〝女〟に振り回されてリサに衝突したとやっとわかる。
苦しい。
首が痛い。
目の前には〝黒いワンピースの少女〟。
〝黒〟がうぞうぞと動いている気がする
ひとつの瞬きで現実が飛ぶように変わる。
少女は吹き飛んだリサに注目している。
リュックのサイドポケットを右手で漁り、
取り出した筒状を左手で殴り少女の足元に投げる。
〝青髪セミロングの少女〟が後ろに飛びのいた。
首への力が抜ける。
息ができる。
膝への痛み。
その場に落ちた。
それよりも酸素。
咳き込む合間に肺に大きく息を入れる。
前方を向くと発光するセーフポイントを少女は眺めている。
〝少女〟の口角がいやらしく上がる。
一呼吸もしないうちに僕は宙に浮いている。
頭が締まる。
〝紫髪ショートの老婆〟が視界を埋め尽くす。
視界に影が出来る。
指?
宙に浮きながら頭にかかる圧力にしがみつく。
太い。
頭に伝わる感触も異形だ。
老婆はにたにた笑っている。
「なにしてくれてんだい!!〝スティック〟じゃないのかい!!答えろ!!おまえ勇者だろガキ!」
鼓膜が千切れそう。
声に触れた部位が弾け飛びそうな圧。
「違う!!」
「嘘つくんじゃないよ!!あの女が持ってんの〝ラグナロク〟だろう!!」
笑顔から一転、目を見開く老婆。
全身がひりつく。
掴まれてるのは頭なのに息ができない。
老婆の二の腕が伸びた。
魔物のような腕。
黒色に変化する。
緑?
老婆の顔が少しだけ遠ざかる。
「おまえ、勇者の剣はどうしたんだ!!どこだよ勇者の剣は!!女神にも会ったんだろう!!」
そう言いながらゆっくりと僕をぐるりと回した。
視界がゆるやかに後ろを向く。
二、三度小刻みに左右に回転すると再度老婆が視界に映る。
リュックサックをその場に捨てた。
探るような視線で見られている。
吸い込まれそうな眼だ。
赤、青?全部黒?
わからない。
「だから!!僕は勇者じゃないって!!!」
足をばたつかせて叫ぶと林からラグナロクを振り翳したリサが一気に飛び出した。
何故かリサも早い。
緑の眼球だけリサに反応する老婆。
空いている手を変形させラグナロクを掴む。
これ当たる。
「こおr――――」
「〝だまれ〟」
声が出ない。
老婆と目が合ったまま口がパクパクと開く。
掴まれたラグナロクを歪んだ表情で見るリサ。
剣は微動だにしない。
ありったけの力を入れているのだろう。
左の林の傍から両手を前に出したアネットが視界の端にちらりと見えた。
「ゴビポップ!!」
顔を僕に向けたまま老婆が叫ぶ。
アネットも何か叫んだ。
老婆の大声に驚いて勝手に体がびくついた。
咄嗟に目を閉じる。
目を開けると見た事もない大きさの白い大木が映る。
林道を塞いでいる。
アネットがいない。
陰り、日がなくなる。
目の前の光景に漏らしそうだ。
白い犬が空を覆っている。
右側の林から顔を出している。
背の高い木の半分以上ある犬。
林道にあるのは大木ではなく犬の手だ。
掴む力が強い。
頭から剥がせない。
「アネット!」
ラグナロクを掴まれたままリサが叫ぶ。
後ろから草が擦れる音がする。
音の方向に眼球を力いっぱい移動させる。
犬に気付いたのかリサが短く大きい悲鳴を上げた。
視線を戻すと〝シャツとズボンの軽装の少女〟に
ラグナロクから離した片手を翳している。
頭が締まる。
「こおr―――――」
「〝かえすね〟おねえちゃん。」
小さい悲鳴。
ラグナロクを持つリサの手が一気に凍る。
少女はラグナロクごと持ち上げ、
ゆっくりぐるりと回し、まじまじとリサを見る。
「痛い痛い!」
「ねえ、おねえちゃん、おにいちゃん。勇者の剣、なんで持ってないの?」
「〝こ――――」
リサが再び片手を翳す。
〝軽装の少女〟はラグナロクごとリサをぶん投げた。
「ゴビポップ!!それ、お願いね。」
リサは犬の方に吹き飛ぶが、もう犬は〝虎〟になっていた。
少女が僕を向く。
表情から感情が消えていた。
仮面のような顔つき。
再び僕の体がゆるやかに回転しだす。
「…ぁ…」
声が出る!
「だから!勇者の剣はない!僕は勇者じゃない!離せよ!!」
言葉は返ってこない。
少女が僕の真後ろに位置した時、
血だらけのアネットが立っているのが視界に飛び込んだ。
「〝はなれて〟!」
背中に衝撃が走り、アネットの方向に飛ばされる。
「ナギを〝つかむ〟!!」
再び視界が溶ける。
背中とは別の力が加わり右腕を見るとふんわりとした光に掴まれていた。
手繰り寄せられる。
アネットが近づくと掴む力がなくなり、
残った勢いと共に地面が迫る。
着地のバランスをとろうと地面との間合いを図る。
足が地上につかない。
頭を掴まれる感覚。
アネットが視界を通過し、そのまま少女の方を向かされる。
離れたはずなのに目の前にいる。
少女の顔からは感情の痕跡すら消えている。
「〝もうれつ〟に〝こがせ〟!!」
左側が熱い。
顔の三倍以上の火の玉が視界に入る。
現実感が壊れ、スピードが抜け落ちる。
ゆっくり迫るように見えた。
ぎょろりとした目で火の玉に顔を向ける少女。
「〝かえすね〟!」
言い終わった瞬間に熱さが引く。
アネットの悲鳴が聞こえた。
「こお―――」
「〝だまれ〟おにいちゃん!あと〝つかむ〟はこう!」
また声がでない。
一瞬、掴まれている頭が緩んだが別の何かに掴まれる。
足が地上につかない。
小さな両拳を固めて嬉しそうな顔の少女。
反射的に右膝を曲げ両腕を胸に押し付ける。
理解するより早く勝手に体が動いた。
右の脇腹に衝撃がきた途端、右に弾かれる。
息ができない。
胃から酸っぱいものがこみ上げる。
左の脇腹も痛い。
目にも止まらぬ速さで左右の腹に少女の拳が触れたとわかる。
息ができない。
無駄でもいいから距離をとりたい。
吹っ飛びたい。
掴まれている。
苦しい。
もういやだ。
足がだらんと落ちる。
嬉しそうに頬を膨らませて拳を振りかぶっている少女が映る。
腹に衝撃。
口から液体が飛び出る。
苦しい。
呼吸ができない。
体が動かない。
振りかぶった拳は腕をすり抜け腹に当たっていた。
頭が動いた。
体を曲げるが地上が遠い。
息ができない。
ふんばれない。
時間が長い。
息ができない。
拳が視界いっぱいに広がった瞬間。
顔に衝撃があり小さくなっていく少女が見えた。
背中に衝撃が走る。
やっと〝吹っ飛べた〟のだろう。
少女の力じゃない。
摩擦熱を感じながら馬と牛が頭に浮かぶ。
「ゲほっ!いっ!」
声が戻る。
背中が熱い。
体の至る所に衝撃がある。
転がってる。
起き上がったら〝奴〟は目の前にどうせいる。
後転終わりに手をかざしながら〝もうれつ〟に〝いやすね〟を唱える。
殴られた鼻がつんとする。
苦しい。
目は開きにくいが見える。
手を下げるつもりはない。
寿命を全部持ってってやる。
苦しい。
少しぼやけた視界に老婆の姿が映る。
発光していた。
瞼を何度か開閉すると視界が完全に復帰した。
煙を出しながら胸に手を当てるアネットが遠くに目に入る。
きょとんとした顔でこちらを見る発光した老婆。
「あーはっはっは!おまえ一体なんなんだい!
〝キャンプ〟投げたと思ったら今度は癒してくれんのかい!
あっはっはっ!おい!ゴビポップ!こいつ癒してくれるぞ!
しかも〝もうれつ〟に!!はっはっはっ!」
話しながら変化する。
「老いぼれにやさしいおにいちゃん大好き!はははははははは!
あと、腰のやつ絶対にフライパンだよねあははははははははは!
久しぶりに見たはははは!なんにつかうのそれ!ははははむりっははは笑っちゃう!」
腹を抱えて笑う少女の発光が止んでいく。
〝いやすね〟が切れた。
液体が口から飛び出る。
堪らず視線と両手が下がった。
血が混じっている。
頭も痛い。
〝はなれて〟の叫び声が続けて二回聞こえる。
また吹っ飛ばされるのか。
もういやだ。
どうしたいいの。
吹き飛ばない。
すぐさま顔を上げると頭痛が増す。
アネットが加速して後ろから少女に殴りかかっていた。
「〝ぶつりはきかないよ〟」
振り返る途中の少女の頬にアネットの拳が当たる。
ポニーテールがスローモーションで揺れた。
「〝おもくなれ〟」
アネットがくぐもった声を出し土に這う。
すぐに顔だけ上げようとし〝もうれつ〟に〝おちろ〟を唱えるが嘔吐する。
後ろに飛びのきながら〝はぜろ〟と少女が発した瞬間、僕の顔に液体がかかった。
とっさに目を瞑り顔を背ける。
右肩を掴まれ宙に浮きながら目を開ける。
〝指〟の感触が右胸まである。
少女は言い放つ。
「おにいちゃん!面白いなら生かしてあげる!退屈ならば食い殺す。おまえはどっちだ。」
言い終わるころには老婆になっていた。
「僕は…おぇっ。ゲホ…勇者じゃ…ない。」
吐きながら返す。
ひっひっひ、と笑われたかと思うと左胸に衝撃。
老婆の腕が左胸に伸びている。
視界が暗くなっていく中、
笑う老婆のむこうに大きな〝虎〟が見えた。




