第7話/初めての成長/RISA.pov
茫然と自然を眺めていると視界の端で少年の手が動き、
ボサボサ頭を手で覆って起き上がるのが見えた。
先に話しかけないと話しにくくなる気がしたのですぐ声をかける。
「おはよう。大丈夫?」
声が少し違うからだろうか。
ナギは素早く振り返り、目を丸くしてる。
「え…、リサ…?」
「うん、大丈夫?」
「え、うん。ちょっと頭が痛いくらいで…あの…リサ…だよね?」
誰?って言われなくてよかった。
安心して涙が出そう。
涙を我慢しながらそっけない返事になる。
「なんか成長してた。」
「成長?」
「起きたら成長してたんだよね。髪も爪も長くなってて、
靴も洋服も合わなくなってた。少しだけど背も伸びてる。」
ナギは怪訝な表情。
腕の怪我で視線が止まり、一層険しい表情になる。
何を聞かれるんだろうと気になって、あたしからは言葉が出ない。
「その腕・・・僕の魔法が効かなかったって事?」
「あ、ちがうちがう。これは起きてからちょっとその辺で盛大に転んだだけ。回復はできてたよ。」
うそついちゃった。
あの時の事はあんまり思い出したくない。
自分じゃない感じの自分が怖かった。
心配してくれてるのはわかるけど、あまり聞かないでほしい。
「腕以外にも怪我してる?シャツとかズボンも黒ずんでたり青いシミみたいのついてるけど…。」
青?魔物の血だろうか。
興奮してたから何色だったかわからない。
黒っぽかった気がするけど。
「青?ああ、転んだ時になんかの実でも潰したんじゃない?怪我は腕だけ。」
ナギの表情は険しいままだ。
きっとあたしもうまく話せてない。
自分の事で手一杯で、ナギを気遣っている余裕がない。
うそをついたのは申し訳ないけど、
気持ちの整理が全然追いついてないし少し怖い。
それに引かれたくない。
血からふと連想する。
倒したモンスターの死骸はそのうち消えてたけど、
血の匂いで他のモンスターが集まってきたりするかも。
「成長しちゃったのって、僕の回復魔法のせいだよね…?」
「ねえ、戻らない?この辺ちょっとお城から離れちゃってるし、魔物出そう。
戻りながら話そうよ。」
遮るように話す。
動けるならはやく離れておきたい。
「うん、剣かリュックサック、僕持つよ。」
「あ、ありがと。じゃあ剣おねがい。」
リュックサックを片手で背負ってブーツの踵を踏みながら立ち上がる。
そんなに足は大きくなってないと思うけどきつい。
靴、買わないと。
「回復の影響で成長したんだとは思うけど、気にしないでよ。」
「うん、ごめん。」
ナギは顔面蒼白だった。
しばらくは無理かもしれないけど、気にしないでほしい。
いつも通り接してほしい。
「いいって。すんごく光ってびっくりした。死ぬかと思った。ナギも光ってなかった?」
「本当にごめん。」
周囲を警戒しながら歩き出す。
ナギは下を向いている。
「だからそういうつもりで言ったんじゃないって。もう大丈夫だから。死んでないんだからいいじゃん。っていうか、おばあちゃんにならなくてよかった。女神様が守ってくれたんじゃん?」
「うん。」
どんどん曇っていくナギの顔を見て
たまらず無理やり話題を変える。
「じゃあさ、あたしがリサだって証明してあげようか?リサを食べた魔女かも。」
「うん、してみて。」
「わたしはリサ。リヴェル村出身、十四歳。お母さんはアリエ、お父さんはサルド、弟はリル。あんたと勇者候補に選ばれてジョージおじさんが送ってくれてアルセナに来た。で、あんたと一緒に剣を抜いちゃった。あたしがモンスターと戦いたいって言って今日回復してもらったらこんな感じ。」
ナギの表情が物足りなさそうだったので言葉を重ねる。
「ちなみにあんたはナギ。お母さんはナエラさん。お父さんはキャスターさん。一人っ子。サディナが苦手。昔サディナの家にできてるフルーツを盗んでた事があって、村を出るときにバレた。さらにけっこう洒落にならない年齢までおねしょしていて、ナエラさんと一緒じゃないと眠れなかった。運動はあまり得意じゃない。小さい頃、村のみんなでかくれんぼしてたら忘れられて不貞腐れてなぜか一人で隣村に帰宅した奇行経験あり。さらにさらに、そのくらいの頃に気になってる女の子に虫をプレゼ-」
「もう大丈夫!わかったわかった!ありがとう。たしかにリサだ。」
「うん、あたしはリサだよ。」
ナギの耳が赤くなっていく。
なんか今までよりも、すごく子供に見えて吹いてしまった。
「おねしょの話、なんで知ってるの?」
「ナエラさんから聞いた。」
舌打ちが聞こえてくる。
ナギが舌打ちするのはパンクしそうな時だ。
話題がパンドラ勇者の禁忌に触れた自覚はある。
咄嗟にそれ以外の話題が見つからなかった。
「母さんと一緒じゃないと眠れないってのは、嘘だから。」
「そういう事にしておいてあげる。」
ナギの事だ、責任を感じすぎてるに違いない。
だからこういうやりとりができるのは嬉しかった。
「ちなみに、ジョージおじさんは浮気してるよ。」
急に何言いだすの。
普通にショックなんだけど。
「は?ほんとに?誰と?」
「となりの村の人。夜一緒に歩いてるの見かけた。」
「最低。」
浮気はいけない事だと思うけど、
自分が恥かいたからって唐突におじさん道連れにするのもどうかと思うよ。
別にあたしがジョージおじさんに恋愛感情があるわけでもないんだし。
この卑屈な感じ、正真正銘ナギだ。
あんたはたしかにナギ。
「リサ。」
「ん?何?」
「勇者の剣を王様に売ったお金、あれ使っていいから。」
「ほんと!?」
ナギから言ってくるのは意外。
洋服もところどころ破けてるし苦しくて動きにくい。
新しいの買わないと。
自分が三十万エンテ持っていても
十五エンテのフルーツ串あたしに払わせるくらいだから、
相当責任感じてるんだろう。
「うん、洋服とか、その、ネイルとか。してきなよ。待ってるから。」
ちょっと見直した。
卑屈になったり優しかったり、すごいバランス感覚で生きてるよなあ、ナギって。
ネイル、今度は何色にしようかな。
「ありがとう!いくらくれるの?」
「五百エンテくらい。」
すくな。
「五百!!?」
「え?」
本気で言ってるの?
着るもの全部必要なんだけど。
ネイルもしたいしエクステだって。
髪も切らないと。
回復アイテムもいるんじゃないの?
目の前の男子は女子をなめている。
いや、〝一気に成長をした女子〟をなめている。
「何もできないじゃん。あんた洋服とかいくらか知ってるの?」
「五十・・・」
ナギの視線に気づく。
は?こいつ胸見てない?
見すぎなんだけど。きもちわる。
あたしは左手だけで背負っていたリュックサックを担ぎなおす。
「物価高騰中のフルーツ串かよ。ネイルっていくらか知ってんの?」
「二百・・・」
「ねえ、わざと言ってるでしょ。ネイルはともかく、昨日あたしが食べてたビーンズのサラダが五十エンテとかだよ?」
「ネイルっていくらするの?」
「幅はあるけど、千エンテくらいかなあ。」
「千エンテ!?!?!?爪に色を塗るのに千エンテ!?!?!爪に色を塗ったら千エンテ!??」
「なんで二回言うのよ。あんたそのノリ、アルセナ着いたら絶対にやめた方がいいよ。魔王討伐する前に一部の人類にやられるよ。」
「わかった。じゃあいくらあれば足りるの?」
「んー。五万エンテくらいあればいいんじゃないかなあ。」
「リアルな数字だね。」
「洋服ってけっこうするんじゃないかなあ。特にアルセナとかだと高そうじゃない?動きやすいようなやつ買いたいし。あたしだって一気にこんな成長した事ないから全部買い物するなんて初めてなんだよ。」
「ごめん。」
「ねえ、だからそういうつもりじゃないって。もう謝るの禁止。普通にしてよ。」
「自分だって服の値段知らないじゃん」
なぜこんなにも顔面蒼白と生意気さが極端なんだろう。
冗談でラグナロクに手をかけようとしたけど、
ナギが持ってくれている事に気づく。
気を失ってからナギがあたしよりも早く起きてたら、
冗談でなく戦闘になってたかも。
顔が隠れるくらいの髪で爪が長い這ってる女なんてそれこそ魔女だ。
まあ、多分余裕で勝てるけど。
「リサ、城に着いたら僕、先に宿の部屋をとりなおしてくる。
いつもの部屋は入れないかもしれないよね。
なんか部屋に置いてたりする?」
そうか、宿屋の人からしたら今のあたしは別人に見えるかもしれない。
なんも置いてなくてよかった。
意外と気が回るじゃん。
「ううん、今日はなんも置いてない。」
「わかった。部屋取り直したら噴水広場にいるよ。何か手伝いが必要だったら来て。怪我は大丈夫?」
「うん、大丈夫。道具屋に回復アイテム売ってたと思うから治してくる。」
何気ない会話もできたけど、
なんかぎこちなくなっちゃっていて寂しかった。
気遣われると少し胸が痛くなるのが苦しかった。
ブーツの踵を踏んで歩く城までの帰りは、
来た時よりも遠く感じて、苦しい時間が長かった。
*
-アルセナ城 道具屋-
まずは腕の傷を治したい。
ナギに魔法で回復してもらうわけにもいかないし、道具屋に向かった。
諸々済ませてお金が余ったら自分で使う魔法もしっかりと買っておこう。
ナギからは五万エンテ渡してもらっている。
少し渋っていた気がするのは見なかった事にした。
店内に入り、前回来た時に目に入っていた回復アイテムを探す。
破れた服を着てさらには返り血。
腕には傷。
お店の人が焦りながら近づいてきて回復アイテムを案内された。
前回来た時とは別人として認識されているみたい。
言葉の端々で大人として扱われてる事がわかり、少し高揚した。
〝回復ラムネ〟〝回復ジュース〟を案内される。
違いは携帯のし易さとの事だったがジュースの方が効きが少し早いらしい。
試しに両方買ってみた。
ひとつ二千エンテ。
なかなかの金額。
その場でラムネを口にすると、ゆるやかだったけど効果がすぐに出た。
味はしない。
おいしかったらいいのに、残念。
足の重さ、筋肉の張りのような怠さが少し楽になり、
腕の傷の表面が乾き出していた。
次はジュースを試そうと少し飲む。
ラムネを使用しているからか目立った効果の体感はない。
回復スピードとかは速くなっているのかもしれない。
傷に直接かけても使用できるらしいので腕にかけてみる。
みるみるうちに痛みが引いた。
完全に傷が塞がっているわけではないので
治癒を早めるものなのだと察した。
跡が残らないといいな。
お店の人も安心してくれたようで場の空気が和む。
その他にも見ていると、魔力を回復するアイテムもあった。
〝魔力回復草〟だって。
七千エンテ。高い。
アルセナでは魔力回復のアイテムはあまり流通していないらしく
在庫の少なさから購入を勧められた。
今は必要なかったので辞めた。
魔力切れというのもよくわからないし。
魔力回復草を勧められている時に面白そうなアイテムが目に入る。
〝セーフポイント〟というらしい。
手の平よりもちょっと長い、手首よりも少し細い、円柱状のものだった。
初めて触る素材。
強い力で叩くと光って効果を発揮して、使用は三回まで。
魔物がよりつかなくなるとか。
野宿などに使うのだろう。
絶対にこれナギ好きだ。
今回の事で引け目を感じてほしくなかったし、
まあ、ちょっとは優しくしてほしいけど。
でも気まずくなったりするのは嫌だからプレゼントという事で購入した。
勇者になって初めてのプレゼントで〝セーフポイント〟というのもナギらしい。
六千エンテを支払い店を出る。
日が落ちるといけない。
ナギも待ってくれてるだろうし、急がないと。
冒険のアイテムって極端に高すぎない?
そう思いながらフルーツ串のお店の前を横目で通り過ぎた。
踵だけ出ているブーツが歩きにくい。
*
-アルセナ城 噴水広場-
少し時間がかかってしまった。
日も暮れそう。
でも身に着けるものも買えたし、
ネイルもできたし髪も切れた。
エクステも。
リュックサックも新調しちゃった。
ブーツをちゃんと履くってこんなに安心感がある事だったなんて。
夕焼けの中、荷物を担いで噴水広場に着く。
階段の端に、今にも死にそうな顔つきで一点を見つめるボサボサ頭の少年を見つけた。
回復魔法の事を思い詰めているのかと思って、
胸が締まるような感じがしたけど、
刺さったままの勇者の剣が視界に映り、
きっとこっちの件だろうと言い聞かせながら近寄る。
ボサボサ頭の上から話しかける。
「ナギ、お待たせ。」
「うん、全部済んd―――」
目が合って話しかけてきたと思ったらすぐに前を向くナギ。
何?なんか前にあるの?
視線の先を追ってみたけど特にない。
「ちょっとごめんよ。」
そう言ってナギの肩を借りて腰を下ろす。
噴水広場の階段の端はけっこう好きだ。
なんか落ち着く。
ナギがこちらを向いて言う。
「怪我、大丈夫だった?お金足りた?」
「うん、買えた買えた。とりあえず必要なものは全部済んだ。お金ありがとう。傷もすぐ良くなった。まだ傷はあるけど明日には治ってるんじゃないかな。回復アイテムは買っといた方がいいね。すごい効果あるよ。」
ナギの方を向いて笑いながら話す。
勇者の剣、お金と交換しててよかった。
ファインプレイ。
そう言いかけて辞めた。
調子乗りそうだし。
ボサボサ頭はすぐ前を向いて黙ってしまった。
何?この間は。
別に普通にしててほしいんだけど。
怪我の話、そっちから聞いてきたんじゃん。
早速、話題を変える。
「どう?洋服、似合ってる?」
こういうの苦手だと知っていて悪戯に話題を振る。
空のオレンジが辺りを照らしてる。
「うん、リサ、とても似合っているよ。きれいだね。」
思いの他、真っすぐにこちらを見て言い放たれる。
こいつこんなにストレートだっけ?
油断した。
こちらを再び向かれる前にナギとは逆方向にあるリュックサックを漁る。
「あ、ね、ねえ!そういえばさ!プレゼントあるんだよね!」
すぐ見つかっていたけど、しばらく探す。
ネイルが視界で踊る。
馴染んでていい感じ。
「これ!道具屋さんで見つけたの!」
〝セーフポイント〟を差し出す。
まだ説明してないのに目を丸くして驚いてるナギ。
これは絶対に喜ぶと思う。
あたしも魔物、怖いし。
「これね、セーフポイントって言うんだって。魔物が出ないの。強く叩くと光るらしいよ。野宿する時とかに使うやつ。あんたにあげる。」
急に自分の髪を掴み出すナギ。
そんなに嬉しいの?
目泳いでない?
あたしは口角が上がる。
髪を掴んだまま硬直したかと思ったら
突然震えだす少年を見て少し怖くなる。
ナギは感情表現が独特な時がある。
「ありがとう。」
髪を掻きむしってまでリアクションして
ありがとうの一言は怖いんだって。
もっと悲鳴上げて喜んでいいのに。
「いいよ。人気がないところでの野宿とか怖いよね。それ三回使えるらしいよ。」
〝セーフポイント〟じっと見てる。
喜んでもらえたみたいでよかった。
これ見つけた時、絶対にナギ興味持つと思ったし。
どんと前から大きな音がする。
向くと露店の男性が周囲に謝ってる。
荷物落としちゃったみたい。
怪我はなさそう。
「リサ、これありがとう。大事に使うよ。今日はごめん。先に宿に戻るね。」
頭の上から声が聞こえてきた。
ナギが立ち上がっていた。
「うん。大丈夫。またね。」
ナギは無言で宿に戻っていった。
ふらふら歩く少年をちょっと見送った後、
あたしも立ち上がり、足早に噴水に近寄る。
水面に限界まで自分を映し、色んな角度から眺める。
今日は自分ではないような感情がたくさんあって動揺した。
雰囲気はちょっと違うけど、
水面に浮かぶ顔はたしかにあたしだった。
幼さが抜けてシュッとしたかも。
ナギに言われた事を噛み締めるように思い出す。
あたしは、新しいあたしを少し好きになれそうだった。
*
-アルセナ城 宿屋-
街の雑踏が嘘のようにあたりは静まり返っている。
今日は色々ありすぎたから、夜が心地よかった。
落ち着いたらお腹が空いてきた。
宿に着いて外で食べるつもりだった携帯食を食べたのに。
パンと干し肉だけだとなんか足りない。
成長したからかも。
今日たくさん動いたし。
静けさに身を委ねると明日からの不安が顔を出すので
使ったお金を確認する。
今日、お金をかけたのが大きめのリュックサック。
バックパックといえばいいのだろうか。
それとミドルブーツ。
冒険するための仕様なのかもしれない。
少し値が張った。
バックパックは〝四千エンテ〟。
背負えるしショルダーにもなる。
ミドルブーツは〝六千エンテ〟。
膝下までのタイプ。
今日一人で戦った魔物は迷わず首を狙ってきた。
足を狙われてたら危なかったかも。
ブーツは他にも安いのがあったけどお金をかけた。
けっこう重厚感ある。
洋服を買うのは楽しかった。
もっとゆっくり見たかったな。
首に巻くスカーフ。
インナーシャツ。
ブラウス。
ポーチ付きのベルト。
サッシュ。
少し細身のパンツ。
ブランケット的な取り回しのよさそうな布。
それ以外の細々したもので合計〝一万五千エンテ〟くらい。
着ていたものやリュックサックは
お店の人に引き取ってもらえて、ほんの少し値引きをしてもらった。
あとは回復アイテム二つで〝四千エンテ〟。
セーフポイントで〝六千エンテ〟。
ネイルとエクステ、髪切って合計〝二千五百エンテ弱〟。
お店の人になんとなく渡せなかったワイドパンツを見ながら、
いつも髪を切ってくれたお母さんを思い出していた。
ナギが渡してくれたお金が目に入り現実に戻る。
一式揃えて三万五千もかかったのか。
衣類に関しては冒険するには心もとない、最低限以下の物でこの金額だ。
少しでも〝冒険仕様〟が絡むと金額が跳ね上がる。
ネイルとエクステ代は棚に上げ、合計金額を考えてたその時だった。
突然、木の窓から光が差し込む。
光に対しての恐怖心が顔を出す。
心臓に胸を一度叩かれ、体が硬直する。
直後に聞こえる外からの女性の怒鳴り声に
頬を平手打ちされたかのように体が動く。
魔物かも!
半ばパニックでよろめきながら細身のパンツに足を通す。
ベッドの上の細々としたものをバックパックに落とすように入れる。
ラグナロクはナギの部屋だ。
まずい。
木窓を開け顔を出す。
光の柱が目の前で立っていた。
発光源が異常に近い。
真下を見ると、少年と女性が相対している。
あれナギじゃない?
まさか〝いやすね〟使ったの?
何してんの?
敵ではなさそう。
ボサボサ頭の少年も意識がある。
〝いやすね〟でもないみたい。
女性は怒っているようだ、何か叫んでいる。
ナギは固まっている。
敵ではなさそうな事だけはわかるが
〝光の柱〟〝固まる少年〟〝怒り狂う女性〟
この三つから状況は断定できず、不安が苛立ちともとれる混乱で溢れる。
あいつ、何してんの?
鼓動はまだ早い。
ボサボサ頭の黒色が消え、顔のパーツが現れる。
少年がこちらを向いたのだ。
目があった瞬間の表情から〝ナギが何かやらかした〟のだけはわかった。
あたしはもう〝おねえさんポジ〟ではないので反射的に身を隠す。
さすがにこれあたし関係ない。
「ちょっと!-----くな!!」
断片的な女性の怒鳴り声。
同時に外が暗くなる。
窓から顔を出すと外には誰もいなくなっていた。
勢いよく宿屋の階段を上る足音がする。
女性の怒号と共にこちらに近づいてくる複数の足音。
脳みそが思考を失う。
こないでこないでこないでこないで。
あたしは宿屋のブランケットを体にかけ、首から上だけを出す。
壁際にもたれつき扉を注視する。
「リサ!リサ!!」
聞き覚えのある厄介な声と同時に扉が激しく叩かれる。
扉の下の隙間から暴れる光が見える。
女性の怒号も近い。
もう目の前にいる。
こわいこわいこわいこわいこわい。
「リサ!リサーーーー!!」
激しくなる扉への衝撃音。
逃げられない。
覚悟を決め扉に近づく。
扉を少し開けると一気に部屋が照らされる。
とてつもない光を発した少年が目の前にいた。
「あんた何やってんの!?」
堪らず叫ぶ。
開けたドアから角度をつけて覗くと少年の手から光が出ている。
これセーフポイント!?
なんで!?
女性の慌ただしい動きとは対照的にこちらをじっと見つめる少年。
こわすぎ。
扉を開けた瞬間から芽生えていた恥ずかしい気持ちが胸いっぱいに広がる。
「他の客の迷惑だから!はやく離しなさい!なんなのよもう!!」
発言や風体で宿の人だと察する。
「すいません!すいません!すぐ消します!」
ナギの腕を掴んで部屋に引き込む。
抵抗なくゆらりと入ってくる少年。
ほんとにどういう事?
「それ眩しいんだから点けないで!次点けたら出てってもらうからね!!」
宿の女性は相当怒っている。
しかしごもっとも。
あたしもイライラしてる。
「すいません!ごめんなさい!もうしません!」
あたしは声を張り謝罪する。
光る少年はなぜか無言。
女性の足音は遠のいっていった。
〝セーフポイント〟を部屋の真ん中に立てる光の勇者。
「ねえ!あんた何やってんの!?」
叫びたかったができる限り声を抑える。
理解できない状況へのもどかしさと
あたしが謝罪した事への理不尽さが交錯し、
今とてもラグナロクが手元に欲しい。
光の勇者は〝セーフポイント〟の横で礼儀正しく直立し、
無表情でこちらを見て手を前に組んでいる。
なんで何も言わないの?
これ煽られてるの?
意味不明過ぎて世界が敵に見える。
とりあえず眩しすぎ。
「なんか喋って!その顔と姿勢むかつくからやめて!」
光の勇者に二歩近づき、組んだ手を片手で弾く。
沈黙の勇者。
あたしは理由を探す。
意図を探る。
あまりにも手掛かりがない。
ナギの行動を思い返す。
〝セーフポイント〟を試しにつけたら
予想以上に発光したのが怖くなってあたしの部屋にきたのだろうか。
いや、ナギはそういうタイプじゃない。
極端に怖がったりパニックになる時はあれど、
そこであたしに隠れるような行動はあまりとらない。
勇者の選抜会の時もそう。
気後れしていたようには見えた。
でも、剣を抜く順番をあたしに譲るような事はしなかった。
勇者候補である事をサディナに告げられてからも納得がいかなく、
後日一人でサディナに詰め寄っていた。
フルーツを盗んでいたのがバレてかなり怒鳴られていたけど、
あたしに泣きつくような事はなかった。
オウ・サマの時だって。
堂々としているようには見えなかった。
どちらかというと吐きそうな感じが伝わった。
でも、勇者の剣を三十万エンテでオウ・サマに売却するという奇行を成し遂げた。
うまくいえないけど〝やる〟のだ。こいつは。
〝やる時はやる男だよね〟みたいな、格好いいものでは決してない。
あたしがピンチの時にも逃げるかもしれない。
〝やっちゃう〟のだ。こいつは。
何故かわからないが何かに〝取り組んじゃう〟のだ。
勇者にまつわる体験はあたしが一緒にいるから動機が見えているだけで
今までの奇行にも、彼なりになんかあったのだ。たぶん。
考えを巡らせているとセーフポイントの光が少し弱くなったとの同時に
最も予想していなかった言葉が光の勇者から飛び出した。
「辛くないの?大丈夫なの?」
たしかにそう聞こえたが、掠れてよく聞こえない。
状況が意味不明すぎて自分の耳は疑いたくない。
「はぁ!?」
情けない声が出てしまった。
「苦しくないの?平気なの?」
たしかに光の勇者はそう言っている。
セーフポイントが徐々に暗くなっていく。
さっきまでの無表情から一転、光の勇者は気弱な少年へと変化する。
これ、あたしの事元気づけてくれてるって事!?
大混乱、白目になりそう。
目を一度瞑り眼球に力を入れる。
男子ってよくわからないよね。
という話題は、村の女の子達とした事はある。
でもまあ、家にはリルもいたし。
男子には男子なりの拘りがあるって、少しはわかっているつもりだ。
しかし今、あたしは目の前の男子がわからない。
今あたしは、元気づけられている可能性がある。
心配をされている可能性がある。
初めての勇者で初めての戦い、初めての魔法である〝いやすね〟をかけてもらう。
一緒に戦ってくれた男子に癒してもらうなんて初めての体験、あたしだってどきどきするのだ。
しかしその後にトラウマ級に発光し、急激な体調不良で天使達のお迎えさえ見えた。
さらに気づいた時には年を重ねているときた。
そんな体験をした女子に向かって、
その日の晩に発光しながら部屋に乗り込んできて
〝苦しくない?大丈夫?〟は、説明がつかない。
苦しいに決まっているだろう。
どれだけ発光すれば楽になれるのだ、あたしは。
これはもう〝滅しに来ている〟か〝元気づけに来ている〟かのどちらかだ。
勇者の剣を抜いてしまいあたしだって不安な中、
一緒の境遇の男子の愚痴にも付き合い、
いや、付き合っているのではない。
その愚痴に本心から共感までしている。
そんな男子の魔法で年を重ねてしまい
直後に戦闘経験がないにも関わらずモンスターと戦い、
その男子をこれっぽっちも恨むことなく
これからも一緒に楽しく旅をしていきたいと思っている。
しかし。だが。あろうことか。
あたしが魔物から守り抜いた男子が
その日の晩に、あたしを滅ぼしにきているのなら。
もうあたしは悩まなくていい。
その男子にラグナロクを振るおう。
言い訳も聞かず、ひとおもいに殺そう。
だから、その男子が明確に〝滅する〟と意思表示しない限りは。
この行動は〝元気づけられている〟のだろう。
力が抜けた。
あたしはベッドに腰掛ける。
「うん、大丈夫。」
とりあえずナギに返事をし、頭を回転させる。
なぜ彼が〝セーフポイント〟を使ったのかはわからないけれど。
彼なりに今日のあたしの気持ちを考えて、何か動いてくれたのかもしれない。
そう考えると、行為は褒められたものでないにしても、
気持ちは受け取っておくべきなんじゃないかとシンプルに思うのだった。
思惑があったけどトラブッてしまって、
どうしていいかわからずにトラブルを抱えたまま
当初の思惑を無理やり、強引に完遂させようとする姿勢は
怖くも迷惑でもあるが、程度によっては俯瞰すると愛しくも見える。
自分の事を考えていてくれる人がいるというのは、
こんなに胸が暖かくなるものだったのか。
セーフポイントの光は、ふわふわと可愛らしさを帯びていた。
おそるおそる扉に進む光る勇者にあたしは声をかける。
「ナギ。」
委縮した顔つきで少年がこちらを振り向く。
「ありがとね、おやすみ。」
「うん、おやすみ。」
しばらく少年が出て行った扉を見つめていた。
施錠に立ち上がり、ランタンの光を消しながらベッドに横になる。
今日あたしは計り知れないものを失ったけれど
不完全な光の勇者による一連の行動のおかげで今というものを少しは大事にできそうだ。
なんとなく、明日を楽しみに思えた。
少し清々しい気持ちで眠りについた。




