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ナギとリサの大冒険  作者: あ★い★う★え★お
【桃薔薇の部】第一章
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第117話/意見を言う勇気/Limited_NAGI

太腿にあるナイフに添える手が湿っているのがわかる。

あっけにとられた表情のリサが視界の隅に映った気がした。

おい、ババア。なぜそう呼んだのかわからなかった。


(くるくる来るくるくる絶対に一瞬で来る。)


ブローチの事だ、次の瞬間には目の前に来ているだろう。

しかし、その次の瞬間がわからない。

いつナイフを振ればいいのか。

目を瞑ってやろうかと思うほど、そのタイミングがわからなかった。


ブローチは真顔で固まっている。

微動だにしない。

遠くから空気が低く唸るような音が聞こえてきた。

誰もいない目の前を見据える。

ナイフを握り締めた。

誰もいないが〝次の瞬間〟が合っているのであれば、そこに現れるはずなのだ。

道場の壁が軋む。


ゴビポップの前足がほんの少し動いたように見えた。

左足で半歩踏み込み、左の二の腕に力を入れる。

右の腿から斜めに斬り上げるようにナイフを振った瞬間だった。


胸に何かが突っ込んできたかと思うと、頭に衝撃が走る。

背中にごりっとした痛み。異物感。

息がしにくい。

気づけば目を瞑ってしまっていた。

何か柔らかい、もふっとした感触が首辺りに当たっている。

目を開けると、白い毛が目の前を覆っていた。


右の拳を振り抜いている少女の淡々とした表情と目が合った。

肘を曲げた腕が、床と水平に振り抜かれている。

道場の天井が向こう側に見える。

ゴビポップに押し倒されたのだとわかった。

背中の痛みはフライパンだろう。


「ブローチ。今日はこのガキの勝ちでいいだろう。こいつも人間だ。散々言われて腹が立つのもわかる。一言くらい、見逃してやればいい。私たちは得しかしていないのだから。」


男の声なのか、女の声なのかわからない、複数の混じった声。

ゴビポップが話す度に、振動が胸と腹に伝わってきた。

言い終わると「そうだそうだ」と可愛らしい声がした。

ブローチは舌打ちをしながら、振り抜いた拳を下げている。


「お兄ちゃん、もう生きる気ないんでしょ。」


細目になり、渋い顔で見下ろしてきたブローチが言い捨てる。

ナギは視界の隅にブローチを捉えるだけで、何も言わなかった。


やがて体にかかっていた圧力、重みが消える。

一度真っ白な世界で覆われたかと思うと、視界が真っ黒になった。

目の前にあった〝白い毛〟だろう。

くすぐったさと共に視界の外へと消えていった。


ナギは肘をついて上体を起こすと、すでに壁の穴の近くにブローチが移動していた。

老婆だった。


「ブローチ!」


声を上げ、呼び止める。

怒りも焦りも恐怖もない。淡々とした声が出ていた。


ショートカットの老婆の眼球がぎろりとナギを見る。

白い色の犬からも視線を感じた。

ナギはつばを呑み込んで、ぽつりと口を開く。


「ありがとう。」


何故そう言ったのかわからない。

五千万エンテに関しても全く感謝などない。

サファから守ってほしいとも思っていない。

ブローチがリサに言っていた事も、大半は理解できなかった。

さらにはナギ自身が〝呪い〟をかけられている。

裏切られたとは言え、先ほどまで目の前にいた人間達は、ほぼ全員ブローチに殺されてしまった。

しかし、なんとなく、その言葉を言わねばならない。

そんな気がしたのだった。


老婆は頬を引きつらせていた。

ゴビポップは黒い猫になり、腹を抑えてブローチの足元を転げまわっている。

目が細くなっている。笑っているようだった。

くるんと飛び上がりながら白い犬になる。

口の横からだらしなく舌を出し、〝おすわり〟の姿勢で着地した。

両方の前足を祈るように重ね、忙しなく上下に振っていた。


(なんだあのポーズ。)


ナギは首を少し傾げるが、すぐにブローチに視線を戻す。

すでにその場から消えていた。

ぶるぶると体を震わせた白い犬が、尻をぷりぷりさせて優雅に穴から出て行った。


道場にリサとナギだけが残される。

風でどこかがかたかたと鳴っている。


ナギはアイテムポーチを手に取って、中にあるエーテルカードを取り出す。

わかってはいたが、目が丸くなった。

見た事のない数字がカードに表示されている。

五千万エンテ。

人生を何回、何周、遊べるのだろう。

見当もつかない。

フルーツ串いくつ買えるのだ。


頭の中にジョージが浮かんだ。

ため息をつく。

荷物を纏め、フライパンを腰に結ぶ。

歩く度に揺れて腿に当たる。

久しぶりの感触だった。

ドワンからもらった布袋を探る。

見た事のない洋服が目に入ったが、とりあえずシャツを着た。

上半身、ズボン。返り血だらけだ。

海かどこかで水浴びをしよう。そう思った。


床に開いている穴を飛び越え、ぺたんと座っているリサに近づいた。

何か言いたそうだったが先に口を開く。


「これ、あげるから。村に帰るといいよ。もう二度と僕の前に姿を見せないで。」


手首を鋭くしならせ、エーテルカードを投げつける。

胸に当たって床に落ちたカードを見て、リサが泣き出していた。


ナギはちらりとも見ずに、奥の部屋に入る。

どうしても気になる、見ておきたいものがあった。


入って奥の壁を見ると、うわっと短い声が出た。

ミカが首を吊っていた。

大きく息をして、棚に雑に置かれている本を手に取った。

アネットとしたデートの時にちらりと目に入っていた本だった。

タイトルを見る。


(〝疑念の消し方〟・・・ちがう。〝善意の設計図〟・・・じゃない。〝弱くても上手くいく!道場経営!〟・・・これもちがう・・・。)


手に取って見ては床に放り投げた。

全てがわかった後に改めて見ると、サファとミライで居る事に、計画性を感じる本のタイトルだった。


〝沈黙はエンテ〟〝心の隙間の見つけ方〟・・・。


(心の隙間の見つけ方って・・・。最悪だ。)


力いっぱい床に叩きつける。

一冊の本で手が止まる。


〝意見を言う勇気〟表紙にはそう書いてあった。


(これ、ドーゲンのだよね。もうあいついないし。いっか。)


そう思って本を布袋に突っ込んだ。

奥の部屋から出ると、力なく座るリサの後ろ姿が目に入った。

ナギは興味なさそうに目を逸らし、粉砕してはじけ飛んでいる入口の扉を横目に外に出る。


ミトハロに到着してから四十四日。

アネットが出発してから三十日が経過していた。

世界平和が託される存在。

勇者になってから初めて行った事は、ひとつの街の壊滅であった。


さらに、巨大なエーテルノードの破壊。

それにより、ウエスタール大陸、南部地方の流通の全てが麻痺をする。

大混乱を引き起こす事になった。


ナギは素知らぬ顔で空を見上げると、太陽はだいぶ高い位置にきていた。眩しさに思わず顔をしかめる。

空腹の少年は腹を擦りながら、走り出す。

しっかりとした足取り、決して振り返る事はなかった。

何故だかわからないが、足元に砂が少なく、地面が硬い気がしたのだった。

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