第113話/あっという間の全滅/Limited_NAGI
下半身が吹き飛んだリサの肩を担ぎ上げ、壁に寄りかからせているマヤとアエス。
時折ナギにちらりと向くマヤの視線に気づくと、思い立ったような顔つきで少女が大きな声を出す。
「誰かの好きなものをバカにする権利なんて!誰にもない!」
わざとらしく眉間に皺を寄せた顔つき。
両手を交差させ、自分の肩を抱き体をくねらせている。
布を胸に斜め掛けしている。
〝真理、大安売り〟
達筆な文字で、布にはそう書かれていた。
ラグナロクを床から引き抜き、天井に突き上げる。
目を見開いて、口角を上げながら、マヤがいる方向に嬉しそうな声で叫ぶ。
「わざわざ!人の好きなものバカにする奴ってのは!だいたい自分に不満がある奴だ!」
すんと、興味のなさそうな顔つきに変わる。
剣先をマヤに向けた。
「おばちゃん。おまえ、そんな事言いそうだよねー。」
リサの横で膝を曲げて腰を落としていたマヤ。
自分に向けられた言葉だと気づいたのか、ブローチを睨みつける。
傷口の回復は済んだようだった、リサの血は止まっている。
しかし、凄まじい血だまり。ナギは目を細めた。
「いいんだよ!他人の〝好き〟をバカにしても!うぁははは!〝嫌い〟も感想でしょ?」
言い終わると、少女から赤い縁の眼鏡をかけた金髪の女に変化した。
眼鏡に手をかけて言う。
「その〝好き〟って何が面白いの?」
白いシャツ。
その上から真ん中がぱっくり開いた、ぱりっとした生地の黒い上着を羽織っている。
タイトなズボン。というよりもパンツだ。
変わった洋服。
マヤは目を細めた。
「こんなの好きなの!?理解できない!」
少女が叫んだ。
丸く分厚い眼鏡。
ふざけているような大きな鼻が顔についている。
仮装用だろうか。
さらに少女が変化しながら言う。
「それ、ダサいと思う。」
膝下までのミドルブーツ。
細身のパンツ。ブラウスにサッシュ。首まわりにスカーフ。
肩の内側に髪が流れている。セミロングの茶髪の横結び。ローポニー。
リサが着ている衣服に似せて、低い声でクールに言い放つブローチ。
〝真理、大安売り〟の布が不気味だった。
二度、輪郭が揺れる。
光の粒が体の周りから少し溢れたかと思うと、小気味の良い高い音で老婆に戻る。
「これも全部感想だろ。なんで同意しかされない世界を作りたがるんだい。歪んでるねえ。」
しゃがれた声でそう言った。
ブローチの腕が魔物に変化する。
マヤの頭を掴んでいた。
(あれ?僕が前にぶん回された時って〝つかむ〟の帯じゃなかったっけ?魔物の手だったっけ?)
思い出せない。
魔法だと思っていたが、たしかに魔物の指でも掴まれていた。
急に、記憶に自信がなくなった。
マヤの短い悲鳴で我に返る。
ブローチは少女になっていた。
くっさ!近づいてきたマヤを見てそう叫び、顔を顰めている。
ラグナロクを床に突き刺して、自分の鼻を摘まんだ。
籠った声で言う。
「自分が好きなモノ、バカにされると自分が否定された気になるかい?自分が好きなモノは自分じゃないのに?歪んでるね!おばちゃん!人間は人間のクセに拗らせるとすぐに何かに同化しちゃう!」
マヤは足をばたつかせている。
少女がむせながら言う。
「好きな、気持ちを〝存在許可証〟か何かと、勘違いしてるんじゃないの?何も、好きなもの、がない人は、存在してちゃだめなの?何か、好きな、ものがある人、は〝嫌い〟を、封、殺して、いいの?」
涙目の老婆に変化して続ける。
咳は落ち着いたようだった。
「〝好きなものに恥ずかしいはない〟なんて言うだろう。あるんだよ。〝恥ずかしい好き〟が。おまえみたいに自分の気持ちを蔑ろにした上で言い放つ〝好き〟さ。」
母のナエラが、玉ねぎを包丁で切っていた時のなんとも言えない表情をナギは思い出した。
顔を顰めながら言うブローチは、老婆のまま言葉を重ねる。
「自分の声を聞かずに逃避した好きの事だよ。自分の気持ちがわからなくなってる癖に、気持ち〝として〟声高に言うのは面白くて堪らないね。恥ずかしくてこっちが身震いしちまう。そんな浅い〝好き〟って、好きをバカにする嫌いと何が違うんだい?好きって言ってりゃ、嫌い派を封殺していいのかい?人間らしいね、まったく。」
自分の鼻を摘まみながら、怯えと憎しみが混ざっているようなマヤの顔を覗き込む。
少しの間そうしていると、突然ぶん投げた。
壁に叩きつけられ、マヤから悲鳴が漏れ出る。
むせながら床にずり落ちていた。
「って言うとさー。今度は、嫌い派が息を吹き返すんだよね。そうだそうだ!自分達が正しいのだ!って。」
少女に変化し、呆れた顔で言った。
鼻を摘まんでいた指を離している。
何故か見られているナギ。
話しかけられているのだと気づく。
なんと言えばよかったのかわからなかったので〝フリッター〟のように頭だけ前に出して会釈した。
「正しいって思わないと崩れちゃう人間って、けっこう多いよ。あんたはなんでそんな感じなのか知らないけどさ。まあたしかに〝ゼロみ〟はあるよね。ミラの言う通り。」
とりあえず頭だけ前に出す。
再び会釈した。
言われている事の意味がわからない。
しかし、聞き返そうものなら殺されそうだ。
「自分が抱いた気持ちを自分で肯定させるために、誰かを殺さないといけないなんて、人間って大変だよね。」
そう言うと、顎に指を当て、ナギから天井に視線を移動させた。
違うか。と囁いて言いなおす少女。
「本当に好きな気持ちを持ってる人間、その気持ちを知ってる人間の方が、相手はどうなのか見定めないといけないって、人間って大変だよね。」
小さく一人で頷きながら、少女はそう言った。
二十代くらいの女に変化する。
カラフルな塗装を派手にぶちまけたような柄のシャツを着ている。
「好きな気持ちをバカにされてもね!本当に好きなら気にならないもんなのよ!次元が違うの!本当に好きなら。好きとか嫌いとかじゃ言い表せないの!」
壁際でむせているマヤに声を張っていた。
得意げな表情な気がした。
「でもさ、感想を正しく言えない人間っていつの時代もいるものよ。〝感想〟に擬態した人間からの、人格攻撃ね。多いわよぉ。逆を言えば、彼らは〝感想〟って言えばなんでも言っていいと思っている節があるわね。感想ってわかってない人間の言葉って、そいつ自身が何言っているのかわかってないから、紛らわしいのよね。読み解くのめんどいのよ。」
ナギには相変わらず、ブローチが何を言っているのかわからなかった。
虚ろな顔をしているドーゲンが視界に入る。
虚ろな顔をし過ぎではないのか?顔をしかめてそう思った。
逃げようとしたりだとか、攻撃したりだとか。
そういう、生きる事に繋がるような行動はしないのは何故なのか。理解が出来なかった。
じゃあ、こいつは日々なんのために生きているんだろう。
ブローチのしゃがれた声に思考が止まる。
ラグナロクを引き抜いているブローチに視線を戻す。
「おまえ、ナギの事、好きだろ。」
壁に手をついて、立ち上がろうとしているマヤにブローチが言った。
下卑た笑みが顔に広がっていく。
「好きなのに。おまえさんは、なんで線の〝ソッチ側〟にいるんだい?近づけさせてもらえなかったかい?そんな事はないよなあ。近づけたはずさ。近づけなくてもね、せめて〝コッチ側〟には来れるはずなんだよ。」
道場を横断する穴をラグナロクでなぞって言う。
マヤが口を開く。
「ナギ君みたいに、貴方を味方につけるには、どうしたらいいですか。何を差し出せばいいですか。」
少女のブローチが目を丸くさせてナギを見る。
首を傾げながら話しかけてきた。
「おっぱいの大きな女って、なんかみんな打算的過ぎない?」
ナギはため息交じりに言葉を返す。
「知らないよ。」
「普段からさ、自分はおっぱいを世界に差し出してる…っていうの?自分のおっぱいは存在しているだけで世の中の役に立っているって意識じゃないと説明が出来ない打算さなんだけど、どう思う?」
偏見ブローチ。
二十代くらいになり、顎を引き、自分の胸を揉みしだいている。
千年生きていてもわからない事はあるのか。ナギはそう思いながら、言葉を返す。
「だから。わからないって。」
ブローチは少女になると、ぽつりと言う。
「だめかー。このおばちゃんには伝わらなかったかー。気づけなかったねー。おばちゃーん。せめて会話はしようねー。」
言い終わりにマヤが爆ぜる。
一拍置いて、ミカの悲鳴。
アエスが叫びながら穴を飛び越え、ブローチに襲い掛かっていくのが見えた。
ナギはつい、短い声を出した。
魔物の腕でアエスの頭を掴むと、ブローチが老婆で叫ぶ。怒気に満ちた声だ。
「ガキ!貴様は!これから!なぜ死ぬのかわかっているのか!?今のその感情をわかっているのか!?ガキ!義務感で死ぬのか!?自分は死なないとでも思っているのか!?なんかの物語の読みすぎか!?ああ!?言え!貴様はなぜ今から死ぬ!」
ナギは思わず数歩後ずさりする。
顔を引きつらせ、腕をさする。
物凄い剣幕で叫ぶ老婆。
びりびりと刺すような風圧。いや、声圧を感じた。
アエスは涙を流しながら足をばたつかせ、言葉にならない声だけを上げていた。
ブローチが興味を失ったような顔つきになると、少年は爆ぜた。
魔女の頬に返り血が跳ねる。
ナギは大きく呼吸した。
老婆のブローチが穴を飛び越える。
サファの血だまりの横で膝をつくドーゲンに歩み寄る。
「こいつ、何だい?要るの?こいつ。」
しゃがれた声で言った。
ナギに顔を向け、ドーゲンを上から指差している。
「知らないよ。別にどうでもいい。」
興味なさそうに答えた時だった。
壁から大きな紙が落ちる音がした。
〝一日一善〟の文字が剥がれ、〝個界相尊〟と文字が出てきた。
かなり古めかしい。
ブローチは眉を上げて言う。
「良い言葉じゃないか。」
「どういう意味?」
思わず聞いてしまった。
「〝こかいそうそん〟てめえも世界も大事にしなって事さ。」
何故か睨まれてそう言われる。
(ドーゲンに似合わない言葉だな。)
ナギがなんとなくそう思った瞬間、視界の端でピンク頭のおじいちゃんが爆ぜた。
苦悶に顔を歪ませるリサの前を、ふらふら、よろよろとミカが横切っている。
奥の部屋に消えていくのが見えた。
一瞥もせずにダーガに近づくブローチ。
何か言うと、ゴビポップの顎がダーガの脛から離れていく。
オオカミから蝶になり、ひらひらと舞い出した。
ダーガが顔を上げた瞬間に爆ぜる。
上半身がなくなった。
下半身がどろりと横に倒れた。
「身の丈を越えた力だ。」
ブローチがぽつりとそう言った気がした。
奥の部屋から、がたん。と、家具が倒れるような音が聞こえた。




