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ナギとリサの大冒険  作者: あ★い★う★え★お
【桃薔薇の部】第一章
114/132

第105話/ついていけない真相。/Limited_RISA

埃っぽい臭いが充満する地下室で、男の怒号が響く。

男が両肩のないサファに殴りかかっている。

拳か蹴りが当たる度、首にかけているゴーグルが揺れている。

壁にサファが衝突すると、天井から砂がぱらぱらと落ちてくる。

双子の女の一人の焦った声が暴力の合間に聞こえる。

止めに入っているようだ。


ちらりと見ると、ヤマと呼ばれていた、ショートツインテールの方だった。

ゴーグルをかけた男はダーガと呼ばれていた。

この男がダガヤ・クルーのリーダーらしい。


謝罪と命令口調で、男女から交互に助けを求められた気がする。

動く気になれなかったリサは、壁にもたれかかり、片膝を立てて座っていた。

木材の壁の隙間にねじ込まれた衣服を呆然と眺めている。

男が着るのか、女が着るのかよくわからない衣服。

逆に言えば、どちらが着ていても特に違和感がないものだ。


方法はわからないが、ここでサファとミライは入れ替わっていたのだろうと、リサは察した。

最初に会った時から、ミライはサファだったのだ。


簡単な造りの階段が軋む。

視線を向けると、頭のてっぺんにお団子を作った髪型の女が降りてきている。

少し屈み、天井に手を添えながら、地下室にいる人間達に視線を這わせている。

ナギに向けていた優しい微笑みとは異なり、呆れたような冷ややかな目つきだった。

サファがお団子頭の女に向かって、ウォッチと叫んでいた。

リサが一階に行こうと立ち上がると、すれ違いざまにウォッチに右腕を掴まれる。

〝つよくなれ〟。そう囁かれた気がした。


「何?離して。」


睨みつけながら振りほどこうと腕に力を入れるが、びくともしない。


「おまえ、裏切ったんだから、もうあいつとは関係ないだろ。」


冷たく、低い声でウォッチは言う。


「何よそれ!あたし裏切ってなーーー」


言い終わる前に、右腕を握り潰されるかと思うほどの痛み。

途端に背中へ衝撃を受けた。

壁に吹き飛んでいる。

カミと呼ばれていた双子の女と一瞬目が合った。

息が出来ない。むせながらお団子ヘアを睨みつける。


「生きてるよ。」


冷ややかにウォッチはそう言った。

きっとナギの事だろう。

ウォッチは階段に腰を下ろすと、感情のない目でサファを見据えていた。


「おまえそれ、なんなんだよ。その体。」


ダーガの声がした。

声の方向を向く。

双子の女の二人、ダーガ、ナギと同い年くらいの金髪少年、銀メッシュ髪の男が、部屋の奥で横たわるサファを見ていた。

階段に座るウォッチも、皆と同じ方向を見ているのが視界の端に映る。

リサは視線を外し、頭に落ちてきた砂を払いながらサファの言葉を待った。

部屋の隅で、生気のない顔で俯いて座るドーゲンがふと目に入る。


「俺だって知らねえよ。気づいたらこういう体だったんだよ。敵だと思ってる奴に攻撃されたら、性別と性格が変わんだよ。うぜーな。」


言い終わると舌打ちをした。


「サファの時は攻撃的。ミライの時は相手を傷つけられない。その代わりに、ミライは攻撃されても全然効かない。」


床を見つめながらぽつりぽつりと言うドーゲンに視線が集中した。


「おい!てめえ!ジジイ!」


サファが叫ぶと、ダーガが銀メッシュ髪の男をちらりと見て「プレーノ」と声をかける。

声をかけられた男が壁に挟まっている衣服をもぎ取り、破りながらサファに近寄った。

口に詰め込もうと手を伸ばすが、サファは体をくねらせ喚き出す。

舌打ちをして、男が一度蹴飛ばした。


「すいません!ごめんなさい!本当にすいません!ドーゲンさん!言わないでください!お願いします!本当にすいません!ごめんなさい!すいませーーーー。」


リサは眉間に皺を寄せる。嫌いな喋り方だ。

プレーノと呼ばれた男が素早く布をミライの口に押し込むと、地下室は静かになる。

離れ際に腹を蹴り、サファに変化させていた。

「うわ、かった…。」男から声が漏れた。


階段の方から女の抑えた笑いが聞こえる中、ドーゲンが消え入りそうな声で続けた。


「ミライは謝る事〝しか〟できないのよ。謝っちゃう。サファは攻撃的〝にしか〟喋れない。ミライは魔法は使えない。ほっほ。」


乾いた笑い。顔は笑っていなかった。

足を壁に打ち付け、大きな音を鳴らすサファ。


「サファ、〝コロシマッシュ〟ね。ナギ君が殺したらしい。」


壁に打ち付けるような音がぴたりとやんだ。

サファの目つきが憎悪で満ちていく。


「〝コロシマッシュ〟?」


ダーガが聞いた。


「ここで、飼ってたの。サファもミライも即死魔法は効かないから。コロシマッシュの即死魔法〝で〟入れ替わってたの。ほほ。」


ドーゲンが言い終わりに壁を指差した。

何かを括りつけていたような、輪っかになっているロープと鎖が木材の壁から垂れ下がっていた。


リサにはコロシマッシュが何かわからなかったが、聞く気は起きなかった。

なんかの魔物だろう。そう思って流した。

ダーガの表情は変わっていない。知っているのだろう。


「コロシマッシュもやられて、エーテルノードも壊されて。全部あの子一人にやられちゃったね、サファ。あの時、リサちゃんに目をつけなければよかった。」


ドーゲンがか細い声を出した。

リサは興味なさそうな顔で、それを見つめていた。

後ろから砂が擦れる音がしたかと思うと、視界の端に通り過ぎるウォッチが映る。

ドーゲンの前に膝を曲げてしゃがむと、低い声をかけた。


「〝これ〟、記憶は一緒?違うのは性格と体だけ?〝中身〟は一緒?」


「そう。」目を合わさずに、ぽつりと返すドーゲン。


「ふーん。」


言いながら立ち上がり、サファに近づく。

腹を一発蹴った。

ミライに変わる。

ウォッチが口に詰め込まれた布を摘まみ、ずるりと口から引き出す。

口から糸を引いているそれを見て「きったね。」そう言うとミライの顔に投げつける。

何故かヤマの体がびくついていた。

布が取れた…。あのうざったい喋り方がくる…。リサはつい奥歯を噛み締めた。


「…っすいませんごめんなさい!すいませんすいません!ウォッチさん!本当にすいません!僕がグローブ・Kに行けていれば勝ってたのに!本当にすいません!」


ミライは顔をぶるぶる振るわせて布を落としながら叫んだ。

ウォッチがもう一発蹴りを入れる。サファが足をばたつかせ、叫び出す。


「てめぇ!ウォッチ!見下ろしてんじゃねえよてめえ!俺がグローブ・Kに行けてたら俺が勝ってたんだよ!殺人鬼で人数が減ったとはいえよ!ヤマカミも引き入れたんだ!てめえも見下ろしてんじゃねえよ!ダーガ!てめえ潰して終わりだったんだよ!」


ウォッチとダーガを交互に睨んでいる。

冷ややかな視線がサファに刺さる中、叫びまくっている。


「この街も!もう少しでセグイドから解放されるとこだったんだ!あと少しでうまくいくところだったんだ!それをナギ!あのクソガキ!」


ダーガが口を開く。

低い声だった。


「おまえ、なんでナギ狙ってたんだよ。」


ナギの名前が出るとは思わず、リサは目を丸くしてダーガを見る。


(狙われてたってどういう事…?ナギってやっぱりダガヤのチームだったの?)


視線が鋭くなっているヤマが目に入り、はっとして見回す。

この場にいる全員が、ナギの名前が出ても眉一つ変えていない。

金髪の少年に目を向けるが、精悍な顔つきでサファを見据えている。


(ここにいる全員…。みんなナギの知り合いなの…?)


開き直ったように、サファがダーガに叫び出す。


「だから!そこのジジイが言ってただろうが!バカかおまえ!ここで〝コロシマッシュ〟で入れ替わって両方のチームを行き来してたんだよ!それが殺されてたから変われなかったって聞いてりゃわかんだろうが!」


サファは続ける。

怒りと苛立ちに満ちた声だった。

いや、攻撃的に〝しか〟話せないのなら。もはや怒っているのかもわからない。


「ナギで入れ替わろうとしてたんだよ!アイツ弱ぇだろ!」


「そんなの、適当にその辺で攫った奴でもいいじゃねえかよ。なんでナギなんだよ。」


(プル…プリ…。)


リサは口を開いた〝銀メッシュ髪の男〟の名前を思い出せなかった。

どうでもいいか。そう思って話に集中する。


「〝たしかに敵〟だって俺が思ってないと入れ替われねえんだよ!てめぇらバカだから簡単に言うけど!攫うってめんどくせえんだよ!〝前回〟それやって失敗してんだ!漏れんだよ!情報は!てめぇんとこの先代も殺す必要なかったんだ!クソ!うぜえな!」


言い終わりに、踵を壁にがつんとぶつける。

ダーガが肩で息をしているのが見えた。

サファが核心を叫ぶ。


「ナギは旅してんだろ!?いなくなっても誰も困らねえだろ!リサはこっちのチームに入ったしよ!」


「あたしドミヌス入ってないよ。」


リサが静かに反論した。


「おまえ黙ってろようるせーな、タトゥーまでしたんだろ?それは厳しいだろ。」


ウォッチが顔だけ向け、食い気味に言う。

リサは何も言わなかった。


「おまえ、最初ナギからカツアゲしてんだろ。なんでだよ。そんときも殴られたって言ってたぞ。なんであいつの事そんなに目の敵にしてんだよ。」


「ナギを殴ったの?」


リサが眉を上げてサファを見る。


「おい、黙ってろっつってんだろ。部外者がよ。めんどくせーんだよおまえ。」


ウォッチが口を挟んだ。


「そんときはよ…!道場で賭けに負けて金とられて!バシナリーで偶々見つけたから回収したんだよ!」


歯切れが悪くなるサファ。

ダーガとリサを交互に見て続ける。


「バシナリーにも近寄られたら困るんだっつってんだろ!殴ったって言ってもちょっと小突いただけだよ!殴ったうちに入んねえ!多少手荒い事でもしねーと!ダーガ!おまえんとこのガキみてえな奴が寄ってくんだよ!ほらな!今回みたいにノードぶっ壊されて!この街も終わりだよ!終わり!うぜえ!」


勝手に一人で会話をし出した。

投げやりになっているようにも見えた。


「セグイドに普段ペコペコしてんのに子供相手にいきがってんじゃねえよ。クソ女。死ね。」


ウォッチが言い捨てる。

サファが目を見開いた。


「てめえウォッチ!おまえもいきがってんじゃねえか!俺のおかげで食っていけてたんだろうがよ!俺がグローブ・Kに行ってりゃそもそも勝ってたんだ!クソ女はてめえだろ!」


ははは!ウォッチが高笑いすると、言葉を返す。


「案件だけ持ってくるのはいいけど、タリフはもうあんたの事、金としか見てなかったよ。攻撃は効かないけどそれだけだって。」


黙るサファにウォッチが笑いながら続ける。


「仲間と会話もしない奴を信じるわけないだろ。あんたがなんて呼ばれてたか教えてやろうか。〝ゴールドシープ〟金を産む家畜だってよ。あははは!チームの奴らの腰が、やけに低かった事あんだろ?ネタだよネタ!はは!まあ会話したところで〝これ〟じゃ無理だけど。」


目が泳ぎ、唇が歪むサファを蹴り飛ばす。

ミライがよくわからない謝罪を始める。


「セカとドッサがタリフにやられた時点でもうグローブ・Kは変わってる。あんた、そん時もチームにしばらく来なかっただろ。ビビッてたんだろ?そん時のタリフ、なんて言ったと思う?〝ボスをボスでいさせてあげて~!〟だってよ!もちろんネタだよ!あははは!」


笑いながら言うウォッチの横顔はどこか寂しげに見えた。


「すいません!ごめんなさい!ウォッチさん!本当にごめんなさい!僕がチームにいけば勝てたんです!本当にごめんなさい!行けたら勝てたのに!本当にすいません!ナギさんのせいでタリフさんも死んじゃって!本当にすいません!」


ウォッチは少し考えると、静かに、しかし力強く反論した。


「タリフはナギのせいで死んだんじゃない。最後の最後にナギを信じられなかった…侮ったタリフの慢心。グローブ・Kの奴らはあんた以外、皆生きる覚悟を持ってる。あんたの弱みを握って、勝ちがちらついたタリフの負け。」


「すいませんごめんなさいすいません!あれはナギさんのせいです!本当にすいません!ごめんなさい!」


見かねた様子でプレーノが口を開く。


「ねえ、俺、そいつ無理だわ。謝ってんのに人のせいとか。変えてくんない?」


ウォッチが蹴ると、悔しそうな顔で赤面するサファになる。

歪んだ口元から、意を決したように言葉が飛び出る。


「なあ!ウォッチ!助けてくれよ!これからセグイドにも追われるしよ!グローブ・Kでもっかいやり直そうぜ!」


ウォッチが鼻で笑う。


「こんなアホな奴がボスだったのはウケるよ。私が蹴って姿が変わるって事は、私の事、敵だって思ってるって事だろ?その上でこの言いぐさ。どんだけ余裕ないんだよ。もう蹴る価値もない。なんであんた生きてんの?ナギに同情されて腕だけ落とされて、生かされたんじゃない?」


サファの顔がさらに赤くなっていく。

目が大きく見開かれ、軋む音が聞こえてきそうな程に歯を食いしばっていた。

その様子を見ると、ウォッチが笑いながら背を向けた。


「おまえもつまんねー裏切り方すんなよ。」立ちすくんでいる双子の片方に迫る。

双子の、片腕がない、髪がボサボサ。

誰だっけ。リサは表情を変えずにそう思った。


「ドミヌスなんて殺人鬼にとっくに壊滅されてるって。もう五十人いなかった。おまえのチームが裏切んなきゃややこしい事になんなかったのに。」


「五十人!?」


目を見開き声を張るダーガを相手にせず、双子の女の腹を思いっきり殴るウォッチ。

拳が腹にめり込んだかと思うと、呻き声を出し、女がその場に崩れ落ちる。

リサには、その女の名前が思い出せなかった。

腕のない、双子の片方が床に蹲っている。

金髪の少年が叫んだのを聞いて〝カミ〟だとわかった。


ウォッチは、蹲り吐瀉する女の髪を掴んで持ち上げると、力を入れて引き寄せながら、顔面に膝を何度か当てる。

血が飛んだ。

さらに前蹴りをされ、壁に叩きつけられるカミ。

いやな臭いが地下室に漂った。

「きったね。」そう言い放つウォッチに向かって、ヤマが食って掛かる。


「ちょっと!あんたのチームだって話に乗って来たでしょう!?」


「おい。ドミヌスが五十人って。それがほんとならタリフが俺たちにその情報、教えてくれればよかったろ。八つ当たりすんなよ。」


ダーガもウォッチに言う。

ヤマはカミの肩を抱き、近くに寄り添っていた。


「何言ってんだよ。実質ボスはタリフで、あいつにはあいつの考えがあるだろ。話されなかったのは、お前達がそれを話すに値しなかったって事じゃないの?今のは拘束されてたナギの分。」


あっけらかんとウォッチは言う。


「おまえもナギが攫われるの、ヤマカミから聞いて知ってたんだろ。」


ダーガが問い詰める。


「だからなんなんだよ。私はグローブ・Kで参加してんだよ。ドミヌスに引き渡すって話だったから抗争中は死なないと思ってたし。」


ダーガを見据えてウォッチが言葉を返した。

少し息をつくとサファをちらりと見て、言葉を続ける。


「ナギ、あいつ地味に強いしね。ヤマカミ相手なら楽に助けられるとも思ってた。でも、さすがにヒヤヒヤはしたね。ヤマカミにつくほうがメリットあるって事に土壇場でなっちゃったら、タリフはそうしただろうし。って事でこれは私の八つ当た!り!」


言葉の終わりに合わせて振り返り、蹲っている双子の顔を蹴り上げる。

カミの顔が一度跳ね上がった後、だらんと床に突っ伏した。

ウォッチは何気ない表情でそれを見下ろすと、黙っているダーガを向き直る。


「まあそういう事だから。ドミヌスはすでにほぼ壊滅状態だったって事。私もさすがにガセかと思ってたけど、実際にアジトの周り見て。ノード棟行って、ホントだろうなって思ったよ。ヤマカミさんとこがちょっと複雑にしちゃっただけで。」


金髪の少年がカミに駆け寄った。

ふとそれを見るウォッチ。


「あ。」


思い出したようにサファを向く。


「おい。ゴールドシープ。誘拐したって話の、ナギが泊ってた宿の人間。生きてんだろうな。どこにいんだよ。言えよ。」


淡々と言っていたが鋭い目つき。

リサがサファに素早く視線を移動させる。

ダーガの肩がぴくついている。


「あぁ?あのガキもそんな事言ってたな。なんだよそれ。しらねえよ。」


気怠そうに、舌打ちしながらサファが言った。


「大丈夫。もうそれはウチで解決した。安全だよ。」


ダーガが床を見て言った。

目を細めてその表情を見るウォッチ。


「あっそ。」


やがて片方の口角を上げて、ウォッチはそう言った。

ヤマは何の話をしているのかわからないと言った表情だった。

サファから離れながらウォッチが口を開く。


「ややこしくしてたのはヤマカミだけじゃなかったみたい。ドミヌスの拠点の周りも警備厳しくなかったしね。でも、これからはもっとややこしくなる。絶対に壊せないって言われてたノードが消滅して、エーテルシューズがもう使えない。」


金髪の少年に目をやりながら、階段に座る。

足を組み、頬杖をついた。


「これからセグイドの八つ当たりが始まると思うし。次は全員で協力しないと、この街潰されちゃうかもね。さすがにウィキアークも出て来るでしょ。」


「だから言ってんだろ。ナギのせいだろ。」


サファが口を挟む。


「でも、良い事もある。」


眉を上げ、サファを見てウォッチが声の調子を変える。

少し弾んでいた気がした。


「セグイドの家畜が潰れてくれたおかげで、回復薬の値下がりが起きるはず。街が立ち上がる、そういうきっかけにはなると思う。」


口を開きそうになるサファを「ノード棟にたくさんあるの見たよ。きっしょ。」その一言で黙らせるウォッチ。

リサには何が何だかわからなかった。

話している人間の表情を追う事しかできない。


「今頃、バシナリーに保管してある回復薬はクラックランに抑えられてると思うけど、奴らとうまくやれば、回復薬はいくらか街に流してもらえるかも。」


「ダーガ君。」


ヤマが立ち上がり、口を開いた。


「ナギ君はミトハロに引き留めた方がいい。」


真剣な表情だった。

リサは目を細める。


「今回の件、たしかに複雑になったのは裏切った私達のミス。ミスッていうか…ダーガ君にこんな事言える立場じゃないのもわかってる。本当にごめんなさい。」


ヤマは頭を下げ、上げる勢いで言葉を重ねた。


「でも、全部あの子が関わってるの。〝コロシマッシュ〟を殺したのもそう。タリフがあの子についたのだってそう。自分が捕まる事も、ナギ君、多分わかってた上でウチに来たと思う。」


リサは眉間に皺を寄せる。


「エーテルノードの近くで何があったのかわかんないけど、本人が向かっていったのだとしたら猶更。」


ヤマの目に涙が浮かんでいた。


「ウチのチームが寝返った状態で、あの子一人に負けた。結局サファも賞金までつけてウチに追わせて。そのナギ君に早々に退場させられた。」


ダーガは床を見たまま動かない。

ヤマは鼻を一度すすり、少し息を吐いて言葉を続ける。


「サファの異常体質なんて気にせずに、すぐに殴りまくってたのが見えたの。私、タリフが言ってた意味がやっとわかった。今回の件、ナギ君が中心だったと思う。」


ウォッチが目を瞑り、頬杖をつきながら頷いている。

掌に乗った顔は満足そうな表情だった。


「偶然だろ、うぜぇな。」


サファが横やりを入れる。


「家畜は黙ってな。豚。」


ウォッチが床にあった小石を勢いよく投げつける。

壁に当たり、乾いた音が室内に響く。


「私、N棟から見てたの。ナギ君がタリフを殺した時って、あの場のほとんど…何十って人数が、一斉に敵になった瞬間でしょ?全員が自分を殺しに来るってそんな状況で…、たった一人で…あんな判断出来ない。そこの仲間にも裏切られてるみたいだし。」


ヤマがリサを見ると、一斉に視線が集中する。


「別に裏切ったわけじゃーーー」


リサが咄嗟に口を開くが遮られる。


「ナギ君の腕落として裏切ってないんだったら、私達はあの子の親友って事でいいのかな。」


リサは、納得が出来なかった。

自分がミトハロで人数が一番多いドミヌスに〝居た〟が、どうやら殺人鬼に壊滅させられていた。

サファの言っている事は違っていた。それはいい。


しかし、何故一人で戦っていたナギを皆が庇うのか。

さっきまでナギに襲われていたというのに、なぜ彼を必要とするのか。

胸がもやついた。

ウォッチとヤマからの鋭い視線に気づくリサ。


「おまえナギに説明したの?ドミヌスに入る事。経緯。仲間を抜ける事。」


口を開いたウォッチから目を逸らし、黙るリサ。


「なんか言えよ。」


ウォッチが問い詰めた時、サファが声を張る。


「おい!リサ!一緒に旅しようぜ!俺連れてってくれよ!こんな状況だからよ!見りゃわかんだろ!おまえしかいねえんだよ!頼むよ!俺もうミトハロに居れねえから!なんなら蹴ってもらってもいいぜ!おまえなら、ミライに変わんねえからよ!」


黙るリサ。


「それはだめだ。」


ダーガが口を挟む。


「サファ、おまえはウチで引き取る。逃がさない。」


「ダーガ君。それやめた方がいい。」


ヤマの言葉に、顔を向けるウォッチとダーガ。

眉間に皺が寄っている。


「サファと私たち。〝繋がりがある状態〟を残さない方がいい。仮に、攻めてきたセグイドに引き渡したとしても、彼らは納得しないと思う。サファが何を言うかもわからない。リスクしかないよ。それ。」


ウォッチの顔がはっとする。

組んでいた足を下ろし、何かを思い出すように床に視線を這わせ、口を開く。


「たしかに。こいつのめんどくさい繋がりを知ってる。殺して焼いてセグイドにとぼけんのもアリかもしれないけど…。」


「それがバレた時にめんどう。殺した私たちに、セグイドの報復が向く可能性はある。」


ヤマが言い添える。

プレーノが聞く。


「バレる?なんで?」


ウォッチがため息混じりに言う。


「攻撃したら勝手に入れ替わる人間だぞ。多分、なんかの魔法とかじゃないの?それ以外にも魔法を持ってる…」


綺麗になくなっているサファの両肩を見て、言いなおす。


「今も続いてる魔法があるかもしれない。こうなった時を見据えた魔法っての?わかんねーよそんなの。」


ヤマが頷きながら言う。


「そう。だからサファが街を出ていくなら…、話す機会が設けられるのかわからないけど…、セグイドにはそう報告すればいい。クラックランにも。クラックランはともかく。セグイドとサファの関係性がわからない。クラックランにサファを差し出したって、私たちもノード使って仕事してたのは事実。どうなるかわからない。」


話しながら整理するかのような言い方だった。


「ま、両腕ないし。街を出るってならそれはそれで大丈夫じゃないの。関わらないって、けっこういい線いってるとは思うね。もちろん、恨みはあるけど。まあ、私はそれ以上のもん見つけたし。」


ウォッチが切なげな表情で、おくれ毛を捩じりながら言う。

ダーガが舌打ちをつく。

黙っているリサにサファが叫ぶ。


「おい!俺の話を聞けよリサ!なんか言え!元はと言えばてめえがコロンの腕落としたから戦力ダウンしてんじゃねえか!」


リサはちらりとサファを見るが、黙っていた。


「おまえにも責任あんだろ!責任とれよ!おまえの仲間がノードもぶっこわしたんだぞ!ノードの警備代も払ってんのに抜かれてんじゃねえか!ふざけんなよ!」


リサは動悸がした。

手が冷えていった。


「…わかったよ。」


ぽつりと出たリサの言葉にウォッチが立ち上がり、爆笑する。


「おまえなんかの病気じゃないの?この状況でサファと一緒に旅するって信じらんねー!」


すっと笑みが消え、声が低くなる。


「ナギは巻き込むなよ。」


素早くウォッチを向きながら反論するリサ。


「なんで?あたしナギと解散した覚えないんだけど。」


「だから!おまえナギになんて説明したの?ドミヌスに入る事。経緯。」


黙るリサ。


「おい!ウォッチ!てめえもう関係ねえんだから口出してくんじゃねえよ!」


サファが怒鳴った。


「おまえら頭おかしいんじゃないの?ナギを巻き込むなって言ってんだろ。」


ウォッチが言い返す。


「巻き込まねえよ!リサと二人で旅すりゃいいんだろ!」


声の張り合いの中、黙るリサ。


「何度でも言ってやる。ナギは巻き込むなよ。おまえらだけで勝手に堕ちろよ。」


念を押すウォッチ。

黙るリサ。


「おい!じゃあ決定な!な!リサ!」


割って入るサファ。

黙るリサ。


「こいつ狂ってるわ。」


ウォッチは気持ち悪い虫を見るかのように、リサを一瞥した。


「話を戻すけど…」


ヤマがダーガを見て口を開く。


「ナギ君はこれからのミトハロに必要だからなんとしても引き留めてほしい。強引にはダメだと思うけど、待遇とか、ナギ君へのメリットを伝えたりとか…。納得して居たくなるような…。」


何かを言い淀む。

唇を噛みながら両手を交差させ、自分の肩を抱くヤマ。

ゆっくりとした瞬きと同時に大きな呼吸をすると、ウォッチを見て言葉を続ける。


「あなたからも。ナギ君の味方なんでしょ!?」


ウォッチが一蹴する。


「あほか。私もあいつと一緒に居たいけど、なんかの取引みたいにメリットがどうだとか言って、縛り付ける気はないね。」


体の前に出した両方の掌を天井に向けてひっくり返して言った。


「そもそも、今回あいつ一人に、私達が過ごしてきたチームが負けてんだぞ。さすがに気づけよ。」


ウォッチの言葉に沈黙が流れた。

遠くで空気が震える音が聞こえた気がした。

ウォッチが話し続ける。


「ノードに突っ込んだの目の前で見てたけど、迷いとかそういうのなかったよ。多分元々考えてたんだと思う。ヤマカミもグローブ・Kも、どっかであいつに利用されてたんじゃねーの?おまえ、なんか急にナギの事ばっかり口に出すけどさ。ナギがどうだとかじゃなくて、自分をまず戦力に考えろよ。あっ、あいつが強いってのは私も賛成ね。」


ウォッチは、満足げな表情で話を終えた。

ヤマは言葉を返さずに、ウォッチとのやり取りが最初からなかったかのように、ダーガに話しかける。


「ダーガ君の所しか、引き留められないし、あの子と仕事依頼する仲だったんならいけると思う。偶然もあると思うけど、彼けっこう考えてると思う。すごい度胸もあるの。ナギ君。」


バツの悪そうな表情のダーガにヤマは続ける。


「西大通りの裏路地に連れてった時も全然物怖じしなくっtーーーーーー」


出てきた言葉を殴りつけるかのようにウォッチが遮る。


「おい!おまえあんな危ないとこ連れてったのかよ!どういう場所か知ってんのかよ!」


ヤマは返さずに続ける。


「サファがいなくなるんだから、これからのミトハロはダーガ君の所が仕切ってもらって構わない。セグイドに追われるサファがミトハロに関わる素振りを見せるなら、私がサファを殺す。もう信用できないと思うから私達はダーガ君のチームに今後、二度と関わらないようにするから。だからナギ君の事はなんとか引き留めてほしい。お願い。」


黙るダーガ。

ぴくりとも動かない。


「ナギ君、今回〝みちばた〟も潰してるの。そこに居た女性達も解放してる。多分大勢の人殺してると思う。あの子は私達とは違う。セグイドが来てもきっと勝てると思う。その前にクラックランを乗り切らなきゃだけど。」


「どうせノードの力だろ。」


サファがへらへら笑いながら横やりを入れる。


「ずっとそのノードの傍にいて、何も気づかずに過ごして…魔法?で二人分になれる癖に、二百人引き連れて負けた人もいる。彼は一人で勝ったの。」


静かに話すヤマ。

舌打ちサファ。


「おまえらもノード使ってたんだ。クラックランに目つけられてるからな。気をつけろよ。」


横たわったままで勝ち誇った顔をする、両肩から先がないサファ。


「わかったよ、ヤマ。多分無理だと思うけど、やるだけやるから。」


ダーガがやっと反応する。

どこか疲れているような顔つきに見えた。

ヤマは、頷きながら返事をすると、カミに寄り添った。


「おい、サファ。」


ウォッチが呼ぶ。


「ああ?」


「死ね。」


淡々とそう言うと、すぐに目を切って階段を上がっていった。

サファは顔が沈んでいた。

プレーノも、後を追うように階段を上がっていく。


「おい!リサ!ナギを捕まえようってのはよ!別に傷つけるつもりはねえよ。セグイドからミトハロを守りたかったんだよ!信じてくれよ!な!」


黙るリサ。

気を失っているカミを見て、羨ましくも思えた。

それほど、リサには、何が何だかわからなかった。

湿っぽい部屋に沈黙が流れる。


ドーゲンが、ぽつりぽつりと過去の事を話し出していた。

二人はミトハロの西側に位置する〝エマナリ島〟の出身である事。

そこでサファと出会い、ミトハロに渡ってきた事。

サファにはそこで出会う前の記憶がないらしい事。


横からため息が聞こえてきた。

壁にしゃがみこんで、頭を抱えているダーガ。

時折サファを睨みつけては、また頭を抱えていた。


リサにはどうでもよかった、目もくれず、呆然と立ち尽くしていた。




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