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ナギとリサの大冒険  作者: あ★い★う★え★お
【桃薔薇の部】第一章
112/132

第103話/ナギの執着/Limited_NAGI

運よく柵の下をすり抜けたはいいものの、縁に足を盛大にぶつける。

バルコニーに転がるように着地した。

眉間に皺を寄せ、下唇を突き出す。

しばらくしゃがみ、右手で脛を擦っていた。

思ったよりも早く痛みが引いてきたのでよろよろと縁に戻る。

広場に足を垂らして、縁に腰かけた。


(〝つかむ魔法〟全然慣れなかったな。)


少し笑いながらそう考えた。

左の掌を顔の傍に近づける。


(これ、もう取れないよね。…なんか動き出しちゃったし。)


左の掌のグローブが一定のリズムで、膨らんでは縮むを繰り返している。

まるで生き物が寄生しているかのように脈打っている。

信じられないといった表情で、左腕に視線を這わせる。

赤い紐は、体内に同化しているものの、脈動はない。

ほっと息を吐きながら顎を引いて俯いた。


上半身も赤い紐状が、体内に這っている。

心臓の辺りを咄嗟に見たが、特に塊らしいものは出来ていない。

ほっとした息が伸びる。


これまでうっすら視界に入っている右腕にいやいや視線を向ける。

赤い触手は体内を這い、肘まで到達していた。

覆われてしまったらどうなるのだろう。

眉間に皺を寄せ、細く長い息を吸った。

ズボンを下げて下半身を確認したい衝動に駆られ、ベルトに手が伸びる。

だめだめ僕、勇者だし。こんな所で下半身は見れない。軽く首を左右に振って思い留まった。

ふと右側にあるノードが目に入る。

ノード周りの防御柵と縁にある手すりのような柵はボロボロだった。


勇者になったから、自分はノードを吸収できたのではないか。ふと、そう思った。

勇者になって、完全に住む世界が変わってしまったかもしれない。


ズボンの腿の砂を右手で払いながら、広場に視線を落とす。

魔物を退けたのか、鎧を着た人間同士が顔の前で手を組み、首や肩を頷きながら軽く叩き合っている。

武器を拾う者。

周囲を警戒する者。

誰かの指示に頷く者。

手を組んでいた二人は、倒れた仲間に駆け寄り、二人がかりで手を取って起こしていた。

垂らした左右の足を互い違いにふらつかせ、はーあ。と口にする。


「強いって飽きたな~。」


視界に入っていた鎧の集団の一人が、ミトハロの住人を背中から取り押さえている仲間に駆け寄った時。

胸の中にカボチャが急に出来上がったような、ずっしりとした異物感。

呼吸が勝手に荒くなり、ズボンを握ったり離したりを、右の掌が繰り返す。

広場に転がっている死体を線で結んでいくように視線が勝手に動く。

胸が内側から心臓に叩かれているようだった。

ずっしりとした異物感、ナギはこの感情を知っていた。

抜けかかった勇者の剣を、地上に刺し戻した時の事がちらついた。


(ノードが取れたとしても、多分僕、逮捕されるだろうな。)


ズボンから手を離し、掌を見る。

汗できらきら光っていた。

その向こう側にぼんやりと、赤と青の返り血に塗れているズボンが映る。

元々の模様だったのかと思うほどだった。


(人を殺しすぎちゃった。)


「君。」


右肩に硬い何かが触れると同時に、頭の上から低い女の声。

大きく息をしようと上がりかけていた肩がそのまま跳ねる。

顔だけ向けるとバルコニーから滑り落ちそうになった。


「私達と同行願おう!我々はクラックラン王国のノード取締局、第三――――」


言葉を聞き終わる前に、滑り落ちそうになる勢いに身を委ね、体を反転させる。

尻を広場に向け、バルコニーに手をついた。左手が溶けて埋まる。

立ち上がろうと、無理やり左手を引っこ抜く。

後頭部に硬いものがごつんと当たる。立ち上がり切る前に、バルコニーの縁を強く蹴った。

〝桃色髪の女〟が左手で頭部の鎧を持ち直している。

あれにぶつかったのだと察する。

その後ろの鎧達は頭まで纏っている。

囲まれていた。


体が落下を始めると同時に〝はなれて〟を女に叫ぶ。

呻き声と鎧同士の衝突する音が落下と共に遠くなった。

心臓がきゅっとする。

地面に転がる死体の合間をうまく狙い〝つかむ〟で衝撃を和らげる。

背中と脇腹に擦れる痛み。熱い。

転がりながら着地した。


右手を地面について、転がる勢いを残したまま態勢を整える。

勢いが止まる前にバルコニーを見上げていた。

柵に手をかけて、身を乗り出している桃色髪の女。

心臓の早いリズムに突き動かされるように視線を外す。

地上にいる鎧達が連携してくるかもしれない。

忙しなく辺りを見回した。


ナギに向かってくる兵士はいない。…はずだ。

ミトハロの住人を壁際に追い詰めている者。

数名で魔物を牽制している者。

燃え上がるE棟の周囲を取り囲んでいる集団が見えた。

少なくともナギに体を向けている者はいなかった。

視線が見れないって厄介だ。そう思った。


再びバルコニーを見上げる。

桃色髪の女は飛び降りてくる気配はない。

広場に向かって顔を振った後、隣の兵士に顔を向けている。

ナギは肩で息をしながら振り返り、地面に埋めた人間達に近づいた。


ミカの無くなった肩の部分にオオカミの魔物が噛みついている。

体をぶるぶる振るわせて、噛み千切ろうとしていた。

ミカは顔を歪ませ、泣き叫んでいる。

それに顔を向けて険しい顔つきで何か叫んでいるマヤ。

〝はなれて〟を魔物に撃ち込み、雑木林の方に吹き飛ばす。


ナギはその場に静かに立ちすくむ。

地面に埋まった五人の顔に視線を移していく。

近くに転がってきた魔法筒を、視線をくれずに蹴飛ばした。

五人を見つめる表情は消えていた。


マヤの近くに男女二人が着地し、膝を曲げ、腰を落として肩を掴んでいる。

強張らせた顔を空に向け、力を籠めていた。

二人を交互に見上げたマヤがそれぞれに何かを叫んでいる。

男女の二人は慌てた様子で手を離し、リサの元に駆け寄った。

男が肩を持ち、女が脇に手を入れ、引き抜こうとしていた。


リサと、目が合った。


顔をしかめて目を逸らすリサ。

ナギの瞳が一瞬揺れ、目の周りの皮膚がひくついた。唇に力が入る。

別の仲間に助けられる、元仲間。

ナギとリサを結ぶ視界の間に、駆け抜ける魔物や飛び交う魔法筒がぼんやりと映る度。

胸の底に乾いてへばりついた〝黒いそれ〟が、ひび割れて粉々になっていくかのようだった。


右のこめかみに痛みが走る。

手を当てた時、地面に魔法筒が転がったのが見えた。

視線を上げると、震えながらナギに剣を構えている女。

後方にいる人間は手分けしてマヤとミカに駆け寄っていた。


(僕が悪者みたい。)


乾いた笑いが出た時、今まで考えもしなかった思考に、はっとした。

剣を構えている女はどうせ向かってこない。

土に埋まっている人間達に視線を戻す。

〝つかむ魔法〟を籠めたのか、足元の魔法筒からうねうねと魔法の帯が飛び出したのが視界の隅に映る。


(僕、羨ましかったのかも。)


魔法筒に視線を落とす。

何を掴んでいいのか迷っているように、くねくねと動く帯を何気なく見つめていた。


(たくさんの人達といる皆が羨ましいんじゃない。そんなのは最初から気にしなかった。そうじゃなくて、ルントやアネットと会って、なんか見えるものが増えていって。でもその分、話が合わない人も増えてった気がする。目の前で泣かれてもなんとも思わなったり。村でいた頃からは考えられないくらい、ミトハロの人達がとってる行動をくだらないなって思う事も増えたし…。)


魔法筒から行き場を探すように飛び出した帯は、掴む先を探すようにくねくねと動いていた。

やがて諦めるように力を失って消えていった。


自分自身を律し、向き合って、ナギ達の元を泣きながら離れていったアネット。

勇者である事に気づき、励ましてくれたルント。

そしてルントもまた、自分の目的のためにミトハロを発ったのだ。

そんな人間と接する中で、自分も勇者という役割に向き合わなければいけない。

徐々にそう思っていた。


〝にも〟関わらず、元仲間は執着だのなんだのとあらゆる事から目を逸らし、好き勝手に犯罪者集団に入る始末。

いざ町と関わってみれば、周りの人間達も執着だ、性欲だのと。

向かってくる癖に迎え撃ったら泣き喚くような、つかず離れずの行動をとる人間。人間を放棄したかのような人間。

そんな人間達の、自分の人生から目を背ける事が出来る〝生き方〟。誤魔化しても、誤魔化している自分に気づかずに生きていられる。

それが羨ましかったのかもしれない。ナギはそう思った。

ナギにはもう、その〝生き方〟はできないのだ。


かつてミトハロに到着した時のナギもまた、勇者に向き合うのがとてつもなく怖かった。

ブローチとの一戦で〝死んだ〟後、やたら楽しく感じた世界に身を投じていた。

あれはきっと言い聞かせだった。当時は言い聞かしている事にすら気づかずに、自分は勇者という立場から目を逸らしていたのだ。


〝自分の人生を過ごしている〟と心の底から言い聞かせながら、言い聞かせている事に気づかない状態。

ナギにはもうそれは無理だった。


ナギはもう、自分の人生に向き合っている人間達を見てしまった。

気づいたら、戻れない。もう向き合うしかない。

何かで誤魔化せない。誤魔化している自分に気づいてしまうのだから。


誤魔化す自分に気づかずに、誤魔化せる状態が羨ましかったのかも。

だからずっと苛立っていたのかも。

今も向き合うのが怖いのかも。

そう考えると〝胸の中にある黒いそれ〟が溶けるようになくなっていく。

大きく呼吸をし、力を失った魔法筒を視界に捉えながら、ナギは薄っすらと笑みを浮かべた。


後ろから破裂音が連続して聞こえる。

けむりボールかと体を向けるナギ。


N棟の前に立ち昇る白煙から、鎧の集団が現れる。

新たな破裂音で広がる白煙で消え、またそこから姿を現した。

ナギに向かって進んできている。桃色髪の女だろう。

まだ距離はある。

体を戻し、笑みを残しながらリサを見つめるが、目は合わなかった。


右手に視線を向ける。

魔法を使ってないにも関わらず、赤い触手は肘を通り越し、手首との中間まで迫っていた。

もう体の全てが覆われる。下半身は見ていないが、なんとなくそう思った。


命を懸けるなというアネットの言葉が浮かぶ。

ナギは瞼を閉じ、砂の動きを思い浮かべながら膝をつく。


両方の掌を地面につき、再び大きく息をした。

掌の指、二の腕に力を込める。

自然と肩も強張った。

目を開く。



〝すべてもうれつにずっとすな〟



大声で叫ぶ。

〝道端〟の老婆に叫んだ声量の比にならないくらいの大きさ。

一文字一文字、ありったけの力を込めて。文字の輪郭をハッキリとさせて、声に出した。

バシナリー広場と周囲の雑木林にある全ての砂をイメージしながら、目の前の土の上に散らばる砂から目を逸らさずに。

明日からもう声が出なくなってもいい。そう思いながら、腹から声を出した。


地面から飛んできた砂に思わず目を瞑る。

轟音が耳に張り付いた。

聞いた事のない音。

思いっ切り投げつけた砂浜の砂が草木にぶつかるような音。

それが轟音となったような、自然と自然が擦れるような、ぶつかり合うような音。


目を開ける。

薄暗い。

掌の地面に砂のざらつきがない。

掌から出てくるはずの砂がない。

顔を上げ、空に視線を向ける。

何かが頭、顔に纏わりつく。

砂が宙に浮いていた。

目の前には土から飛び出している五つの人影。


突如、体から力が抜ける。

体が沈んでいく感覚。

力いっぱい奥歯を噛み締める。

掌を地面にさらに押し付けた。

地鳴りのような低い轟音が、掌と膝に伝わってくる。

目を剥いて、背中を固定し、膝から脹脛に力を入れる、後頭部が強張った。

体のあらゆる部分に力を入れる。

顔を上げ、宙に浮いた砂から目を逸らさずに歯が折れそうな程、力を込める。

体が沈んでいく感覚がナギを襲う。

力が抜ける。

大地に抗うように掌を押し付け続けた。


手の甲に何かが触れる。

力を入れたまま顔を下げると、魔法筒が転がってきていた。

本当に体が沈んでいる。

辺りの土の色が淡い。触れる土が柔らかい。

砂になっている。

埋めた五人の体が浮き出しているのがぼんやり見える。

足に伝わる地鳴りが大きくなる。

何かが近づいてきている。

ナギの名前を呼ぶ、よく通る女の声が聞こえた気がした。

顔を上げると、再び腹から声を出す。



〝すべてもうれつにずっとまわれ〟



空中の砂に向けて大声を放つ。

〝すな〟を唱えてからどれくらい経ったのかがわからない。

砂は動かない。

何度も何度も叫ぶ。

何度目かの時、エヴィと空を飛んだ時のような風の音が耳を覆った瞬間。

上半身と腕に刺すような痛みが走る。


堪らず顔を下げた。

細かい痛み。

砂が当たっているのだとわかり、細目になり、少し顔を上げる。

視界が黒で覆われている。


体から力が抜けていく。

掌を沈んでいく砂に押し付ける。

左手から飛び出す光の粒。

グローブと砂の間の異物感が消えた。

びりびりとした痛みが後頭部を走り抜ける。

つむじまで到達した痛みは背骨、下腹部へと移動したかと思うと、また後頭部へ昇る。

頭が割れそうだ。

胃がひっくり返る、口から液体がぱしゃりと飛び出した。

手の甲が生暖かい。

目の前の砂が湿る。

体内を這っていた〝赤い糸〟が手首から徐々に薄くなっていく。


腕で顔を覆って、ナギは立ち上がる。

砂嵐の中よろよろと歩き出した。

激しい頭痛。

上半身に当たり続ける砂。

堪らず四つん這いになる。

口から液体が飛び出した。

這って進むナギ。

風の轟音で辺りは逆に静かに感じる。

サファに近づいた。

隣からうっすらと悲鳴が聞こえた。

地面が砂となり、体が押し出されているサファに馬乗りになる。

サファとミライを物凄い勢いで交互に繰り返している。

目がチカチカする。


力を振り絞り、顔面に拳を交互に振り下ろす。

血が飛んだ。

砂が顔に当たる。細かい痛みが続く。

交互に一文字ずつ叫んでいるようなそれの顔面に吐しゃをした。

拳を止めず、ひたすら振り下ろす。

頭痛が遠のくように、意識がぼんやりとしてきた。

腕が重い。

顔面に振り下ろした手首がふにゃりと曲がる。

拳に力が入らない。

目がぐるんとひっくり返る。

視界がぼやけ、暗くなっていく。

目に出来る限りの力を込める。

朧げな視界の中、位置を調整する。

上半身が倒れこむ力を利用し、ナギはサファの鼻の辺りを目掛けて頭突きをする。


サファかミライかわからない。

〝チカチカと変わるそれ〟の血だらけの首が目の前に迫った時。

視界が暗くなった。


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