第100話/荒ぶるエンテ君/Limited_NAGI
足への慣れた衝撃と共に、着地とはいえない転がり方でS棟の屋根に移動するナギ。
予想通り、屋根の上にはマナステーションを点けた五人組。
ナギは慌てた顔を作って駆け寄ると、身振り手振り焦った様子で言う。
「あっちでダガヤ・クルーが襲われてるんです!助けて!」
適当にN棟方向を指差して、五人の肩、腕に視線を這わせる。
魔法を唱えてくる様子はない。
異様な顔に数人がたじろぐが、一人が険しい顔でナギに近寄りながら声をかける。
「は?俺たちドミヌスなんだけど。ふざけんなよ。」
ドミヌスの言葉が飛び出た瞬間、表情を消し、手を翳す。
広範囲の凍結魔法を声に出した。
五人がひとつの赤黒い氷に包まれる。
屋根の縁から見下ろすと、S棟の入り口に走ってくるリサが見えた。
ドンドラが扉を粉砕したように、助走をつけて右肩を氷に打ち付ける。
五人分ともなると重い。びくともしない。
左手でひと思いに殴りつけたかったが何もなくなってしまう。
舌打ちをしながら再び助走をつけた。
もう一度体当たりすると、屋根の出っ張りのような部分にごろんと乗り上げたのか、少し上がったかと思うとその反動でうまい具合に転がり出していく。
転がり出した氷を満面の笑みで蹴り押すと、勢いが増し、見事に落下していった。
胸を弾ませて下を覗き込む。
ちょうど氷が破裂するのが見えた。建物の一部が崩れたと錯覚するほどの轟きが響く。
鋭く高い衝撃音が耳に届いた。
〝けむりボール〟の破裂音とは比べ物にならない程の音に鳥肌が立つ。
広場の隅にいる人間の視線が集中しているのがわかった。
(高いところから物を落とすって面白い。なんか面白い!なんで!)
屋根の縁から下を覗き込んだまま顔を紅潮させる。
笑みを抑えるのに精いっぱいだった。
氷の破片は飛び散ると、大きいサイズのものがリサに直撃していた。
よろける彼女を見て噴き出した。ついに笑みを抑えられなかった。
「強いのに当たってるじゃん!ははは!」
腹を抱えながら目尻を緩ませ、大きく口を開けてそう叫んだ。
言う寸前、リサと目が合った気がするが、気にせず屋根の上を歩く。
N棟の付近に視線を這わせた。
胸に湧いた黒いものが渦巻いた。
見た事のある、同じような髪色の人間が建物に入っていく。
マヤとミカだろう。
すかさず魔法でどちらかを掴む。
髪が短い方が悲鳴と共に手元に現れた。ミカだ。
すかさず左肩を触って溶かす。
短い悲鳴が、長く大きな叫び声に変わる。
だらりと屋根に落ちるそれを拾い、表情なく投げ落とした。
ミカは何が起きたかわからない様子でのたうち回っている。
辺りを探すように首を忙しなく振っているマヤも、掴んで引き寄せた。
屋根に現れると、態勢を整えながらナギの名前を呼んでいたが、構わず右肘から先を左手で触れて溶かす。
苦悶の表情を浮かべて、ナギを睨むミカと目が合った。
(この双子、拘束系の魔法だから厄介なんだよな。どっちが姉なんだろう...。)
まあいいか。と広場に視線を落とす。
リサがいない。
地面に刺したラグナロクも見当たらなかった。
屋内に入っているのだろう。
顔をはっとさせ、屋根の縁を走り回ってサファを探す。
体に剣が刺さった時から、すっかり忘れていた。
下を見回すと、左肩のないピンク頭がサファの近くにしゃがんでいる。
舌打ちをしながら、ピンク頭を雑に掴んで引き寄せる。
次いでサファを掴む。体が動いているように見える。意識を取り戻したのだろう。
サファに伸びた帯を引っ張ると同時に、右足を振る。
足に衝撃。後ろに転びそうになった。
どこに当たったのかはわからないが、蹴りの軌道にサファが現れ、ミライになりながら二回転していた。
「ははは!」
勝手に乾いた笑いが出る。
何が可笑しいのかわからなかった。
胸がもやついた。
膝をついて謝罪をしているドーゲンに視線を移す。
「許して!ナギ君!許して!」
思い出したような顔つきで声を張る。
「そうだ!ドーゲン!今いくら貯まってたっけ!一日二千エンテだからさ!今で四十日くらい?ダガヤの奴らが宿の人誘拐して、店壊しちゃって、お金渡しちゃったんだ!だから僕も今困ってるんだよ!」
指を折って数えるが頭が回らない。
ドーゲンが言い返す。
「それは、、もうリサちゃんに払った!終わってるのその話!」
むっとしながら左肩から先のないドーゲンに近づく。
少し笑いながら言う。
「僕、聞いてないんだよね!それ!しかもあいつドミヌス入っちゃったから!意味なくない?もう仲間じゃないしさ。」
ナギは困った顔で考え込む。
視線が宙を泳ぐが、すぐにドーゲンに戻す。
「じゃあ十五万エンテでいいよ!」
目を合わせて、にっこり笑ってそう言った。
狼狽えているだけのドーゲンに片手を翳す。
後ろで横たわったミライの口が動いているのがぼんやりと映る。
どうせ謝罪だろうと気にしない。
マヤが何か叫んでいる声が横から耳に入ってきた時、ドーゲンが叫ぶ。
「ある!あります!十五万エンテ!あとで渡します!」
「あとで!とか!あした!とかじゃなくて、今行こう!僕この体になってから速いんだよ。すぐ行けるから。」
言いながら、虚ろな目つきに変わっていくおじいちゃんを魔法で掴むと、宙にふわふわ漂わせた。
マヤとミカが口を開けてその様子を見ていた。
ナギは微笑むと、ドーゲンで〝∞〟を描きながらミカにぶつける。
縁に移動していると、帯の先から消え入りそうな声が聞こえた。
「あの…申し訳ございません…嘘です。ないです。」
振り向くと、帯に吊るされたドーゲンは虚ろな表情を通り越し、開き直っているようにも見える顔つきだった。
キューと揉めた時のリサほど異様ではないが、似ている。
裏路地の人間よりかは生気があるが近い。
胸を触るよう強要してきた時のマヤの顔から、狂気が抜け落ちたような、そんな顔つきだった。
一度観察した昆虫を、再び観察するような目つきでナギは見つめていたが、やがて笑いながら口を開く。
「ほんとの事、言った時ある!?」
ナギの視線から逃れるようにドーゲンが目を逸らした瞬間。
帯を下げながら距離を詰め、足がつく寸前に顔面を右手で殴る。
おじいちゃんがくぐもった声を出した。
魔法で掴まれているので吹っ飛べないドーゲン。
右拳を振り抜かず、左手で右肩を握る。
肩から先が赤い糸を引き、鈍い音を立てて屋根に落ちた。
女の悲鳴が横から聞こえる。
膝をついたドーゲンは大きな声を上げただけで、何かを諦めているような顔つきだった。
お互いをかばい合うように距離を詰めて座り込むマヤとミカを横目に広場を眺めていると、鎧を着た人間達が目に入った。
近くで見てみようと、ナギは魔法で広場に降りる。
ミライの意味不明な謝罪が、頭の上から響いていた。
*
E棟の近くで、鎧を着た兵士が互いに背中を預け合っている。
四、五人はいるだろうか。
何か掛け声を出しているのが喧騒の中でも聞こえた。
エーテルシューズを履いた人間達に囲まれている。
E棟の壁には今にも飛びかかりそうになる人間が数人いる。
物珍しい光景に興味津々といった様子でしばらく眺めていると、ブーツ越しに何か触れていた。
片足を上げながら素早く俯く。
小さいサイズのイタチの魔物が足首に体を擦り付けてきている。
ひやっとしたが、イタチは目を瞑っている。敵意はなさそうだった。
右手で抱きかかえてN棟の近くに避難させながら、鎧を着た人間と〝ミトハロ配達業の方々〟の戦いを凝視した。
鎧を着た兵士達は攻める様子がない。
ゆるやかな足取り。どっしりとした印象だ。
剣を構える腕に力みを感じられない。
掛け合う声に淀みがない。
その構えにどこかアネットを重ね、ナギは少し寂しくなった。
魔法筒が頻繁に投げられているが、盾で防ぐ、発動した魔法の種類を叫ぶ、回復をし合うといった連携が取れていた。
まるで動き方が事前に決まっているようだ。
兜で覆われているので表情はわからないが、ますますどっしりしているように映った。
時折、名前らしき単語と同時に数字を叫んでいる。
それぞれが視認している敵の、おおまかな数かもしれない。ナギはそう思った。
さらに、彼らは反撃をしなかった。
防御一辺倒といったわけでもなかったが、エーテルシューズで突っ込んできた人間に一太刀入れる程度。
刀身ではなく、わざわざ拳を振っている人間もいる。
追撃もしていなかった。
(クラックランはミトハロを襲いに来たんじゃないの?)
足元に転がってきた魔法筒を何気ない表情で蹴飛ばす。
地面を転がり、筒から小さな火が噴き出した。
〝もえろ〟だろう。
視線を見合っている集団に戻す。
一方でエーテルシューズを履いている人間は、落ち着きなく飛び回り、様子を窺っているようだった。
しかしナギには、わからなかった。
どんな機会を、なんの機会を窺っているのだろう。
鎧の人間達は五人。
対してシューズを履いている人間は十五人以上はいる。
バンダナはしていない。ドミヌスかグローブ・Kの人間だろう。
〝道端〟のように全員で突っ込めば、充分に機会を作れる人数だった。
自分がグローブ・Kで殴り合いを挑んだ時の事を思い出す。
(様子を見ているんじゃなくて。攻めにくいのかもな。多分、最初に飛び込んだ人は死ぬだろうから。僕もグローブ・Kで殴り合った時、攻めるキッカケに悩んだからわかるけど…でもこんなに大人数いればどうにかなるんじゃないの…。)
魔法筒を投げる割には発動する魔法が弱い。
何か狙いがあって投げているのかもしれないが、キッカケになるものではなかった。
とりあえず〝戦ってる感〟出してます。そうとられてもおかしくない。
しかし、鎧の人間達は嘲笑している様子もない。
引き締まった声から、隙を感じない。
ミトハロによくある、相手を小馬鹿にしたような〝ウェーイ感〟。そんな〝ノリ〟。それが一切なかった。
手に汗が滲むが、見ていて胸が躍った。
今のままでは罵声と一緒に魔法筒を投げつけただけで、筒の在庫切れで何故か撤退となるかもしれない。
ナギが思う、ミトハロの人達らしい戦い方になってしまう。
頑張れ配達業の人!普段肩で風切っているのだから大丈夫!噴き出しそうになるのを抑えて、ナギはそう思った。
(鍛錬とか特訓って本当大事だなあ。)
延々と魔法筒で牽制をしている様子を見て、ナギはゆっくり瞬きをしながら軽く頷いた。
強くなっても継続します。心の中でアネットにそう誓う。
案の定というか、既定路線というか。
やがてナギの足元に、三本の魔法の帯が刺さる。
顔を上げると、E棟の壁面に張り付いていた人間だ。
鎧を纏う人間からナギに標的を変え、加速して襲い掛かってくるのが視界に飛び込んだ。
(どう見ても、今のおまえ達の相手って僕じゃないでしょ!)
つい噴き出しながら、横に飛んで避ける。
すれ違い様に〝はなれて〟を撃ち込んだ。
二人が吹き飛び、N棟に激しく突っ込んでいった。
エーテルシューズは直線的な攻撃しかできない。
来るのが分かっていれば避けるのは容易かった。
(吹き飛んだ人達は〝戦闘した感〟を作れたから安心してるかもね)
嘲るような笑みを浮かべ〝はなれて〟が当たらなかった一人に視線を移す。
W棟に向かっている。一目散に逃げているようにも見えた。
魔法で掴んで引き寄せる。
歪んだ顔の人間が足元に現れた。
ナギを見るなり「殺さないでください!」必死な声でそう叫んできた。
じゃあ突っ込んで来ないでください。ナギはそう思った。
遠い目をしてほんのりと笑顔を浮かべながら、四肢の全てを左手でぬるりと溶かす。
悲鳴を上げていたが、それ以上にE棟付近が騒がしくなり、素早く顔を向ける。
鎧を纏う人間達に、シューズを履いた人間が一斉に飛びかかっていた。
もはやエーテルシューズも何も関係ない、どろどろの地上戦だ。
襲い掛かるキッカケを見逃した!そう思って、四肢がなくなり喚いている足元の人間を一発蹴る。
ナギは唇に力を入れ、少し駆け寄ると、目を細めて狙いを定める。
発動をずらして目の前の〝おそらくドミヌス〟に〝つかむ〟を連続で囁く。
七人掴みたかったが二発は外す。
帯を纏めて手繰り寄せ、一斉に自分の方に引き寄せる。
色んな音程の混ざった短い声が近くなる。
一人の鎧を纏った兵士と目が合った気がした。
さすがに〝つかむ〟力が弱くなっていたのか、纏まった位置に引き寄せられなかった。
ナギの右方向に四人、引っ張った勢いで後ろに一人いる。
右の四人にすぐさま手を翳し、広く凍結魔法を発声する。
全員が赤黒い氷に包まれる。
肩を開き、左手を振りかぶって突っ込んだ。
拳が当たる瞬間、氷は赤黒い霧となって一帯に飛び散る。
(三人突っ込んできて五人引っ張ったからあっちにはあと七人くらい!)
自分の周りを舞う赤黒い霧の中で、目を凝らす。
N棟に向かって逃げていく後ろ姿を捉える。
〝つかむ〟を唱えるが魔法が出ない。
凍結魔法の効果が残っていたのかもしれない。
舌打ちしながら走って追いかける。
N棟に近づく頃、自分に〝はなれて〟を唱えてみる。
背中に衝撃があり、足が浮いた。
周囲の景色が視界の両端に溶けていく。
逃げるドミヌスの後頭部めがけて左手を押し当てた。
返り血が飛ぶ中、勢いが止まらない。
目の前に壁が迫る。
左手を出来る限り体から離す。
右手で顔を覆って瞼を閉じる。
衝撃と同時に、混ざった音が押し寄せる。
木が裂ける音。
何かの破砕音。
金属の衝突音。
床を何かが転がる音の中、右手をついて顔を上げた。
返り血まみれの左手で触れた床が溶けていた。
倒れた棚、砕けた木箱。
大して広くない部屋の中には木材の破片が飛び散っている。
舞う埃に、むせながら立ち上がる。
左手で尻を払おうとし、はっとして掌を前に出す。
(お尻がひとつになるところだった…。)
魔法がコントロールできない事に苛立つ。
唸り声を漏らしながら、右手で髪の毛の埃を払っていると扉から声がした。
「エンテ君…?」
少し開いている扉から誰かがナギを見ている。
すぐさま魔法で加速する。
左手を前に翳し、右腕で顔を覆って扉ごと突き破る。
悲鳴と同時に右腕に痛みが走る。
目を開けると、目の前の人間の左胸をナギの掌が貫通していた。
左腕に動いている何かが触れた。
一緒にいた人間は左右に別れるように一人ずつ。
廊下を走っている。
エーテルシューズではない。
左胸を貫いている左掌を、そのまま首へ滑らせる。
触れた箇所が崩れ、首が落ちた。
左手を振り上げた勢いで、逃げる人間に狙いを定める。
左に走っていく人間を、魔法の帯で掴めたのが見えた。
素早く右を向き、右手を翳して魔法で掴む。
両手を交差させ、それぞれの掌から伸びる魔法の帯を逆の手で握る。
このまま引っ張ると自分が挟まれる。咄嗟に一歩後ろに飛んだ。
その勢いのまま腕を開くように、帯を引っ張った。
左右に逃げていた人間が目の前で衝突し、横たわる死体の上へ転倒する。
仰向けから上体を起こそうとする人間の、首から顔面へ掌を滑らせる。
触れた箇所が溶け落ちた。
その流れのまま、四つん這いで藻掻くもう一人の後頭部へ左手を振り下ろす。
性別さえ知られずに〝おそらくグローブ・K〟の三人は世界から脱落するのであった。
重なるように横たわる三人の死体を特に確認する事もなく、表情が消えている少年は広場に戻っていく。
誰に勝っても、誰を助けても、何人殺しても。
胸の〝黒いそれ〟は収まらなかった。
少年は、なぜかブローチを思い出していた。




