第99話/初めての殺戮/Limited_NAGI
突然、背中から衝突してきた女。
涙を流し、怯えに満ちた表情で、半開きの口からは言葉にならない震えた声。
立ち上がれずに、手と足で藻掻きながら後ずさりしている。
近寄るな。か細い、輪郭の淡い言葉が時折うっすらと聞こえる。
無表情でそれを見下ろす少年の顔に笑顔が広がった。
ナギは呆れて笑いながら言い放った。
「突っ込んできた方が来るなっておかしいでしょ!なんなんだよ本当に!」
むせながら言う。
口から血が噴き出した。
剣が右肩辺りを貫通していて動きにくい。
笑みを顔に残しながら女に近寄っていく。
「お、おまえがいけないんだ…おまえが…リサさんを…殺そうとしてるから!自業自得だ!」
女のふり絞るような声は、段々と語調が強まり口から飛び出した。
「ははははは!じゃあおまえが殺されても自業自得って事ね!」
後ずさる女に左手を伸ばそうとした時、背中から声が聞こえた。
「う、ば…、わ、ないで。」
ナギの顔から一瞬表情が消え、顔が歪んだかと思うと笑みが零れた。
振り向いてリサに向かって叫ぶ。
「わかったよ、リサ!そんなに会話にならないなら位相下げてやる!」
位相を下げるという意味がわからなかったが、なんとなく少年はその言葉を使った。
矢継ぎ早に続ける。
「奪わないでっていうなら、守ってみろよ!強いんだろ!強いなら守れるはずだ!」
魔法筒を近くの死体から拾い上げ、〝もうれつにいやすね〟をセットした。
ピンを抜いてリサに投げ当てた。
彼女に伸びている魔法の帯に力を入れ、地面から引き抜いた。
魔法筒をリサが拾う。
腕が生え、狂気に満ちた顔でナギを見ていたが、やがてその表情は驚きに変わっていった。
剣が自分の体から勝手に抜ける様子を目の当たりにしたからだろう。ナギはそう思った。
(ウォッチの時は筒で生えなかったのに、なんでリサは腕が生えるんだ?)
そう思ったが、疑問を霧散させる。
くるりと後ろを向き、今だ立ち上がれない女に近づく。
躊躇なく左手で女の右肩に触れた。
女が錯乱したように叫ぶ。
「後悔はないです!あたしはあたしのために生―――――――」
農具で雑草を刈り取るように素早く手を動かした。
〝サンディ・デジール〟
リサに憧れていた。
いつも堂々としている兄に憧れ、自分も強い女になりなかった。弱い自分を変えたかった。
リサとコロンの小競り合い後、ドミヌス内で開いたドーゲンの道場に通っていた。
ドーゲンのスロウスバーが終わり、帰り支度をしている最中、退屈そうに過ごしていたリサの机の上にあった書物が目に飛び込んだ。
ゲシュタリーゼとトマト太郎。
強さには幅広い知見が必要なのだと顎に手を添えて真剣な眼差しで、小さく頷いていた。
数年前の女の一人旅でニルディーノ大陸からこの地にやってきた道中、向き合えれば、また違っていた。
人に憧れるだけの人生であった。
デジールは、憧れと自己が同化したまま世界から脱落した。
アルセナ出身だった。
そんな過去や性格に毛ほども興味ないナギ。
刺されたから殺した。ただそれだけであった。
振り向くと、あっけにとられてナギを見るリサに笑いながら叫ぶ。
「止められないじゃないか!強いのに!なんもできないじゃないか!口だけ!って事はおまえやっぱり弱いんだ!あははは!体が治ったんだから!動けるんだから体を張って守りなよ!弱いからいけないんじゃないの?ってその通りだ!弱いと何もできない!僕は何もできなかったから!でも僕は強くなっても呑まれなかったぞ!こんなの虚しいだけだ!じゃあ!おまえはなんなんだ!強いくせに今の女を見捨てたお前はなんなんだよ!ははははっは!」
体を逸らせて笑い声を上げていると、S棟の屋根青白く淡い光が舞っているのが見えた。
ぼんやりとした球体が漂っている。マナステーションだ。
眉が上がったナギはS棟の屋根を指差し、下卑た笑いを浮かべた顔を、鋭い目つきでナギを見るリサに向けて叫ぶ。
目つきは鋭かったが、涙目だった。
唇をきゅっと結んでいる。
「あそこ!たくさん人いるぞ!今から殺してやる!強いんなら守れるだろ!どうせドミヌスだろ!あそこにいるの!知らないけどさ!ははは!今からあそこにいる奴らが死んだらお前が弱いせいだ!あははは!どうせ今ここには僕の敵しかいない!殺してやる!」
足元に転がってきた魔法筒を投げ返す。
リサに視線を戻すと、オオカミの魔物がにじり寄っていた。魔法で吹き飛ばす。
「大丈夫だよリサ!君は強いんだろ!なら!今の僕見たいに守れるはずだ!ははははは!気づけよばーか!強さに縋りつく時点で!強いって言い聞かせてる時点でおまえは弱いんだよ!自分が弱いって認めたら殺さないでやるよ!ははは!無理だよな!おまえ自分から目を逸らしてる執着女だもんな!仲間を見殺しにしてまで守ってるものってなんだよ!本当に奪わないでほしいなら!こうやって喋ってる間に僕を止めるべきなんだよ!ブス女!あははhーーーー」
言いながらS棟とリサに交互に視線を向け、魔法で屋根を掴む。
制止の声に加え、それ以上の、今までにない言葉をリサは叫ぶ。虚ろな目ではない。切なげな顔だった。
その言葉よりも早く、砂埃が舞った。
ナギにその言葉は届かない。
S棟の方向に靡いていく砂埃と共に、少年の笑い声は消えていった。
リサは悔しそうに、S棟に走っていく。




