第100話/そのあとのはなし/Limited_NAGI
リサ殺害からちょうど五年後、ナギ十八歳。とある真夜中。
ナギはベッドの縁に座っていた。
素肌に触れる、腿にかかったブランケットの感触が心地良い。
これ以上なく冴えわたる頭で、過去を思い出しながら、考えを巡らせる。
静かに瞼を閉じた。
*
リサを殺した後、とにかく頭がスッキリとしていた。
バシナリー広場で向かってくる人間は片っ端から〝きえて〟で消した。
クラックランの制圧によって抗争は幕を閉じた。
油断したのか、キューの誘拐がバレてないと思ったのか、ナギの目の前に何食わぬ顔で現れたダーガを消せた時は胸がすっとした。
ミカはなんとなく消した。
キューとドワンには会う勇気がなかった。
クラックランには拘束される懸念があったため、こっそりと街を出る。
街を出る時にマヤに見つかり、なぜか交際を申し込まれた。
消そうか迷ったが、ナギはミトハロがどうでもよくなっていたので、やんわり断るだけであった。
サファは拘束し、一緒に旅をした。
一緒に旅をしたと言っても、お互いその意識はない。
なんとなく生かし、むかついたら殴った。
サファは泣いていた。
〝じゃあなんでカツアゲなんかしたの?〟〝なんで僕をあんなに殴りながら罵倒したの?〟〝相手に恨みを買うっていう事が想像できなかったの?〟〝サファは、弱い奴がいけないって価値観なのになんで自分が弱い番になった途端に泣くの?〟と、淡々と尋ねていたが、それに関してはついに返事がなかった。
サファとミライはすぐ黙った。
道中、魔物やバンディアとの戦闘は基本的に〝消した〟。
何故か魔物はサファを執拗に狙っていた。
消したとしても、世界から存在がなくなるわけではないようで、血が飛び散らないただの殺害魔法だな。とナギは考える。
手を翳さないでいいのは楽だった。
暇な時はバンディア相手に〝ダメージが入らない無敵のミライ〟を盾にして突撃したりした。
ナギが回復を使えなくなっていた事は話していたので、スリリングな戦闘だった。
ミライは泣いていた。
ミトハロを出発して約二十日、気力が尽きたのか反抗なのか、サファが歩かなくなった。
駄々をこねだした。ナギはそう思った。
拘束していたロープをナギが引っ張って移動を試みたが、人間はあまりにも重い。
面倒だったのでサファは売却した。
まとまった金額になる。
最期の彼女の言葉は「とても恥ずかしい」「人生で最もきつい二十日間を過ごした。」だった。
サファは生きる事をどこか諦めているようだったが売却先の性格が悪かった。
あらゆる希望や自由をちらつかせられ、土壇場でそれを全部取り上げられていた。
サファは失禁をしていた。
*
その九十日後、ニルディーノ大陸の海沿いの町でアネットと再会する。
ナギがサファと旅をしている頃には、すでにリサの死を知っていたんだとか。
リヴェル村に立ち寄ろうとニルディーノ大陸へ着いた時にリサの死が耳に入り、ナギを探していてくれたらしい。
何故かアルセナから、情報が各地にまわっていたらしかった。
あまりにも早すぎるが、死因は抗争中のナギの殺害として、情報がしっかり伝わっているようで、アネットも不思議がっていた。
ナギは〝捜索対象〟となっていた。なぜか〝指名手配〟ではなかった。
しかし、そんな事よりも、アネットが魔法使いとしての旅を辞めていなかった。
ナギはそれが本当にうれしかった。
殺害の経緯はしっかりと理由を話した。
嘘偽りなく、アネットが出発してからの事を細かく伝えたのだ。
彼女は話を聞きながら、寂しげな顔をしたり、時折怒りを滲ませたりしていたが、ナギは気にしなかった。
それまで食べた魔法キャンディが使えなくなった事も話す。
魔法は〝きえて〟のみ。
筋力、握力などの力は上がっている。
それ以外は特に変わった所はなかった。
それを話すと、アネットは神妙な顔つきになる。
人前で力を使ってはいけない。強く、そう言われた。
ナギは頷いた。
アネットが殺人鬼の張本人であった事も聞いた。
数えきれない程の〝道端〟を殺していたナギ。
「じゃあ僕と一緒だね。」そう言うとアネットは泣いていた。
逃げも隠れもするつもりはなかったのでこのままアルセナに行くと告げるが、アネットに止められた。
世論が、タイミングが悪すぎるという理由だった。
言っている事がよくわからなかったが、従う事にした。
それからはアネットと二人で修行の日々を過ごす。
金は潤沢にあったのでゆったりと生活していた。
しかしそこは師のアネット。命がけの修行だった。
彼女が新しく掴んだ魔法の情報や、ティルから教わった事でも実際は違った事など、丁寧に教えてくれた。
もちろん執着に関しても細かく聞いた。
ミトハロでは時間がなく、だいぶ簡略化して伝えられていた。
ずっと過ごしたかった日々を迎える事が出来、ナギは毎日が充実していた。
年が半分経った頃。
やはりアルセナに行く。ナギがそう告げた。
修行中に〝勇者新法〟なるものを見聞きしたのだ。
勇者誕生により新しくできた世界共通の法律。
〝勇者への攻撃および殺害〟は大罪だった。ナギは抵触していた。
アネットは寂しげな表情をしていたが、了承してくれた。
彼女はついていくと言い張った。二日、問答が続く。
ナギが折れるが、共犯となっては大変なので、彼女を脅迫をした事にしてアルセナ城へ向かう。
地図や方角を見ての、初めての旅。
こんなにもスムーズなのかと驚くと、アネットは微笑んでいた。
大変な事、不便な事は多かったがとんでもなく楽しかった。
〝サファとの二十日間はゴミ〟。ナギはそう思った。
ゴミを殺さずに、金になって本当よかった。そう口に出すとアネットに厳しく注意された。
〝きえて〟の魔法で〝おそらく人類最強〟になってしまったナギは、それを告げても変わらず接し続けてくれる彼女に、言い表せない好意が芽生えていた。
城の近くでアネットの体を縄で縛り、入城した。
縄で縛った際、とんでもなく顔を上気させる彼女をナギは不思議そうに見つめるのだった。
サファはそんな事なかったからだ。
入城前に、すぐに衛兵に取り押さえられた。
〝きえて〟は相手を見るだけで使えるので、ナギにとって拘束はなんの意味もなく、飄々と従っていた。
ふと目を開け、机に置かれた揺れるランタンに視線を向けた。
(あの時、保護の名目でアネットの体に触りまくってた衛兵、ほんとむかついたなあ。やっぱり消しておけばよかったな。)
ナギの〝瞳の異変〟に気付き、必死の形相で制止を叫んだアネットを思い出し、感謝した。
(でも、あそこで衛兵を殺してたら、今はないね)
ナギは少し笑って再び瞼を閉じた。
ナギの裁判の日程が組まれた。
牢屋で一人で過ごしたが、雨風凌げて食べ物が勝手に運ばれてくる空間は快適だった。
基本は〝同調〟していたが、時折リサの事を考えて過ごした。
裁判の日程が迫る頃、王様との謁見の機会が設けられる。
そなたは本当に勇者ナギか。それがオウ王様の第一声だった。
別人のような目つきの少年に驚いていたようだった。
謁見の間は、掃除をしたのか埃っぽい臭いがなくなっていた。
代わりに柑橘系の匂いがした。ナギはそれを嗅ぎ、吐瀉をした。
理由を尋ねられたので、緊張しているとはぐらかした。
通常は裁判にて皆の前での問答になるらしいのだが、特例としてオウ王様が事情を聞く機会を設けたと言っていた。
指名手配にならず、捜索対象どまりだったのは勇者新法が関係しているらしい。
そもそも勇者は、勇者の剣が一本な以上、誕生は一人だけの認識だ。
勇者の剣の売却の一件から、世界の偉い人間達はてんやわんやだったらしい。
勇者が勇者を殺すなど、勇者新法にも記述がなかったのだとか。
想定外もいい所だったのだろう。
ナギはミトハロであった事を話す。
アネット以外の人間と話すのは得意ではなかったので、時系列を無視してリサの殺害という事実の周辺情報から話していった。
リサがドミヌスに入っていた事、裏路地で捕まっていた人間が多数いた事。
リサに腕を切られた事。
そして、自分がエーテルノードを吸収した事。
話しながら要約のコツを掴むと、最後に拙い時系列で纏めた。
知ってる人間の名前は全て話した。
サファを売却した事は黙っておいた。
カツアゲされたので、むかついて連れ回していたがそのうち逃げた。そう答えた。
オウ王様は鋭い眼光でナギを見据えたまま、表情を変えずに聞いていた。
〝どうやって、ミトハロに行ったのか〟
王様はそれだけ尋ねてきた。
〝魔女の話〟をした。
ナギはこの時初めて、ブローチの存在を他人に話す。
横にいる衛兵達から笑いが漏れた。
オウ王様は呆れた表情を見せた後、困惑した表情でしばらく過ごしていた。
その様子を見て、話しても意味ないだろうと、名前は言わなかった。
アネットは使える人間だったのでちょっとだけ脅して、重要な部分は言わずに仲間にした。そう伝えた。
さらに言い加える。
自分は勇者の剣を売った時、その金で豪遊する気でいた。
しかし、今回の一件以降、魔王討伐の意志が強くある。
ナギは語調強く、オウ王様を睨みながら言い添えた。
ミトハロで感じた事も全て話した。
本音だった。ナギは勇者というものに向き合いたかった。
そうしなければ、自分が〝ミトハロの住人〟のようになってしまう。
進まなければいけない。そう感じていた。
オウ王様は何も言わずに、謁見は終わった。
三十日程が経ったある日、再び謁見の機会が設けられる。
裁判が延期になった事。各国の王と情報共有をしている事が、オウ王様から語られた。
〝世界なかよし大会議〟その言葉を頻繁にオウ王様は口にしていた。
マヤが言っていた、国のリーダーの集まりの事かもしれない。ナギはそう推測した。
オウ王様が真剣な表情で質問する。
〝魔女の名前〟だった。
また〝なぜそれが魔女だとわかったのか〟〝なぜ名前を知っているのか〟〝わかっている限りの容姿の特徴〟矢継ぎ早にオウ王様は尋ねた。
ブローチの名を告げる。
「ゴビポップって呼んでた魔物もいたな。部下の魔物かもね。」友達を紹介するように話した。
全て本人が言っていた。そう答える。
「容姿は変化するから話しても意味がないと思うよ。」そう言い添えて、見た限りの容姿を話した。
それから事態は大きく動く。
ナギの罪が不問となった。
ミトハロで生きている人間から擁護の声が多くあったようだ。
元娼婦の人間から多かったらしい。
その声が、当初のクラックランからの報告内容と、やや齟齬があったのだとか。
念のためアルセナからも、情報収集にミトハロへ向かわせる。王様はそう言っていた。
そして一番は、クラックランの王がブローチの名を聞いた途端に主張を変えた事。
当初クラックランはアルセナに、ナギの身柄の引き渡しを強く要請していたらしい。
名目はエーテルノードの研究だった。
それが出来なければ、アルセナでの法に準拠という主張だったのだとか。
加えて〝どうせ死刑にするならウチにくれ〟端的に言うなればそういう主張もあったようだった。
それが一転し〝アルセナでのナギの厳重保護〟に変わった。
引き渡しの要請を取り下げたのだ。
また、これまでかなりの期間〝世界なかよし大会議〟に顔を出さなかったウィキアークの王が顔を出した事も異様だ。
勇者ではなく〝ナギ〟の事を根掘り葉掘り聞いてきたらしい。
オウ王様はそう言っていた。
結局、オウ王様が機運を見極め、ナギの罪を不問にする事になる。
その代わり、魔王討伐までの監視、アルセナの精鋭部隊の同行を義務付けられた。
さらに出身地への立ち入りの禁止。〝道端〟の大量殺人が引っかかったらしい。
ナギが他の人間を殺さないとも限らない。
被害拡大の防止措置とオウ王様は話していたが、反逆の仲間などを募られては困るんじゃないかとナギは推測した。
リサの両親に会って謝罪したかったが、禁じられた。
魔王討伐後に制限は解除されるらしかった。
また、手紙の送付は認められていた。
ナギが近づかぬよう、アルセナからの護衛が大量にリヴェル村に配置されるとの事だった。
ミトハロのように魔物が攻めてくる可能性がある。逆に安心かもしれない。
ナギは了承した。
勇者の剣を抜いた当時、〝おわー!剣抜けましたか!んじゃ!いってらっしゃーい!〟というノリをどこか感じていたナギ。
この時、たしかにオウ王様の意識が変わった事を肌で感じた。
そして、世界が勇者を見る目も変わった。なんとなくそう考えた。
ナギから聞きたい事があった。
アネットはアルセナからリサの死亡情報が世界に回った。そう言っていた。
〝リサの死〟を何故知っていたのか、オウ王様を問い詰める。
教えてくれなかった。
頑なだった。
あまりにも問い詰めるものだから、近くの衛兵に三発殴られた。
ナギはそれでも食い下がったが、オウ王様は退出した。
裁判は形式だけ、急ぎ行われた。
魔王討伐のみに尽力する事を代替条件として無罪となる。
〝人間のいざこざに構ってないでさっさと魔王倒しなよ!〟ナギはそう受け取った。
〝じゃあなんか勇者の情報教えてよ!〟裁判中、仕切っている偉そうな席のおじいちゃんにナギはそう思った。
その言葉を飲み込み〝アネットとの自由会話〟を交渉した。
偉そうなおじいちゃんは、罪人の癖に交渉してきおった。という苛立ちと困惑の表情だったが、アネットの自由意志だけはアルセナの衛兵が都度確認するとの条件で、申し出は許可された。
*
それから、アルセナの精鋭部隊、二十人ほどと合流した。
ミトハロで過ごした期間に加え、方角もわからずに歩くサファとの地獄旅が頭にこびりついていたので〝シャバの空気しんどい〟とナギはちょっとだけ思っていた。
しかし城下町にいたアネットと会えてそんな感情は吹き飛んだ。
アネットは泣きながら抱きしめてくれた。
〝勇者ナギ、死刑待ったなし〟という風潮や情報がアルセナに飛び交っていたらしい。
ミトハロもアルセナもあんま変わんないな。ナギはそう思った。
〝勇者〟というものの認識が変わった事を体感するには充分な旅であった。
待っていたのは〝いじめ〟。
主にナギについたアルセナ兵。〝サンディ・ジルド〟と〝キルケ・シャモ〟〝ロート・ガスティ〟の男三人が執拗に絡んできた。
人数が増える時もあったが、いつも来るその三人がナギは印象深かった。
後から聞いたが、ガスティはアネットへ好意を寄せていたらしい。
認められていた自由会話の時間が制限された。
アネットは旅をやめたがっていると嘘までつく始末。辟易ナギ。
そんな三人なんて〝消せば〟よかったが、アルセナに来るまでのアネットとの修行で〝執着〟にも詳しくなっていたナギ。
ミトハロで何故、マヤが泣き崩れたのか。サファとミライはなぜすぐに黙るのか。アネットからの教えでそれが明確になっていたのだ。
制限されたのは自由会話のみで、アネットとの修行は問題なく出来ていた。
それが終わるとナギに群がる三人の執着を呼び起こし、揺らがせる事に没頭していた。
悪用はしてはいけないと厳しく言われていたが、我慢できなかった。
勇者とは言え十三歳の少年との舌戦に鼻息荒くしたのか、三人は最期まで付き合ってくれた。
特に舌戦しているつもりはナギになかったが、アネットから教わった執着と不安、欲望の関係性から三人の状態を見抜き、弄んでいた。
弄ぶためには、相手の執着を会話の中から見つけ出さないといけないのだが、宝さがしみたいで、これがまた楽しかった。
色んな質問をぶつけ、武勇伝を語らせ、相手の微妙な表情や仕草、言い回し、矛盾からそれを当てていく。
見つけたら徹底的にそこに触れる。
人は認めたくない答えを提示すると本当に拒否反応を示す。攻撃的にもなる。
それがとてつもなく滑稽だった。
そのため、揺らぎそのものは提示しなかった。
直接的に罵倒したり、嫌悪感を煽るわけでもない。
ただ起きた事実の〝別の見方〟だけそっと差し出し続けて追い詰めるような。
別の見方に相手が気付けるよう、その一歩手前を常に差し出すような。
相手が目を逸らしている自分の執着に〝気付くまで思考の補助〟をする感じだった。
本人が気づいた後は、ひたすらストレートに事実を告げる。揺らがせていくのだ。
相手の執着を優しく差し出していく。見たくもない事を延々と見させた。
崩壊後に、人は自分を取り戻すと聞いていたので、その隙を与えなかった。
そのためには、まず相手に自分の話を聞いてもらう必要がある。
相手に敵意を持たれては成立しない。
ナギにとってその制約がお気に入りだった。
虐められながら、三人に信用されていった。
どんなに虐められてもナギは殺せない。
その制約から垣間見える〝三人の甘え〟を見事に少年は利用する。
似たような人間のサファを経験していたので、少年が気づくのは容易だった。
〝きえて〟の習得で退屈だと思っていた世界が色を変えた。
ジルドが一番簡単だった。
堂々としていたが〝堂々としている自分〟を確認するかのような言動が多かった。
感情を嫌い、泣くものを咎めるような人間だった。
ナギは一発で執着を見抜き、ジルドから追い詰めていった。
妹とうまくいってなかったらしく、本人からその情報を得てからは、はやかった。
結果は四十日ほどで出た。
三人の衛兵の、世界からの脱落。
サンディ・ジルドは自殺。
キルケ・シャモはうつ病で帰城。(リタイヤという事で、帰城前夜に〝消した〟。)
ロート・ガスティはストレスから、アネットに性的暴行で迫って返り討ち。キャンプで現行犯逮捕された。
その後、勇者新法により死刑となったらしい。
アネットが出鱈目に強くなっていた事は知っていたが、少しだけ心配だった。
衣服一枚、破られてすらいなかったのに安堵した。
それぞれの脱落模様を見て、世界って楽しすぎ。ナギはそう思っていた。
三人の変わりようで、人の執着を弄んだ事、教えを使って人を追い詰めた事がアネットにバレた。
約三十日間、口を聞いてもらえなかった。
〝そもそも虐めをしてくる奴なんて変わりようも何もないだろ!三人がアネットに見せてる真面目な姿が偽りなんだよ!じゃあ消せばいいのか!〟ナギは鼻の頭に皺を寄せ、ガルルとしながらそう思ったが、口をきいてくれない期間があまりにも寂しかったのでしゅんとしていた。心の底から反省ナギ。
しかし自分の事を〝勇者なだけの魔法も使えない弱者〟と括って虐めてきた三人が、逆に追い込まれている様は思い出すだけで楽しかった。
見て見ぬフリをしていた執着に気づく瞬間がいいのだ。
いや、気づく気づかないすら認知できずに顔が急に曇る姿が最高だった。
平静を保ちたいが、気づいてしまっているのでそうもいかない。しかし向き合う事も過去の自分が許さない。
その潜在的な意識の均衡状態が堪らなかった。
〝最強魔法〟を使わずに相手を蹂躙する日々に充実感を覚えていた。
しばらく寝る前は、にやにやした。
だが、楽しい思い出だけで人生は埋まらない。
作業的に行われていく修行。
衛兵にだけ向けられるアネットの笑顔。
ナギにストレスが溢れる。
アネットと話したかった。
アネット以外消してしまおうか。いや、アネットの事だ、周囲は関係ない。それで変わる女性ではない。
〝最強魔法〟でも解決できない問題に直面し、悶々としながらナギは十四歳となった。
ストレスはアルセナの衛兵に向かう。
とある夜、ナギは全員をキャンプに集める。
〝おまえたち旅のじゃま、仲間に暴行しようとするし、すぐ自殺するし、メンタル弱すぎてそもそも信用できません、体がでかいだけのウジ虫め。〟という主旨を、母のナエラの口調をまねて丁寧に伝えた。
様子のおかしい少年が言い放つ正論。
衛兵のリーダーは困惑していたが〝裁判で魔王討伐に尽力する約束をしたのにあなた達が邪魔している〟という一言が効いたようだった。
ガスティの身柄の引き渡しで帰城予定の一団に、出来事とナギの主張を伝える。
その一団の中にいた衛兵が往復する頃、アルセナの同行義務が解除された。
オウ王様やるじゃん。ナギはそう思っていた。
手紙を渡された。オウ王様からだった。
〝うちの衛兵が虐めちゃってごめんね、でも魔王討伐はよろしくね、それとこれとは話が別だからね〟と言った内容だった。ナギはその手紙を即座にキャンプの焚火で燃やした。
ともかく、〝きえて〟を使わずにアルセナ兵を全滅させる事に少年は成功した。
代わりに、一人の騎士が仲間になる。
クラックラン王国の騎士だ。
〝ファーヴェント・キスベルナ〟二十一歳。
ピンクの髪のロングヘアだった。
〝ベル〟と呼んでほしいらしい。
歩く度にがちゃがちゃと鳴る鎧が、とてつもなく格好良かった。
ナギの視察でアルセナを訪れ、オウ王様と謁見していたところ〝メンタルが弱いアルセナ衛兵〟の話が雑談として飛び出した。
ならば私がと、参加表明をし、その足で来たらしい。
クラックランの兵士はメンタルが強いんだとか。
ミトハロの抗争にも参加していて、ナギの事は遠目から見ていたと告げられた。
勇者がナギとリサである情報はすでにアルセナからクラックランに伝わっていたが、ナギの体が人間離れしていた事。
ラグナロクを持っている女が明らかに十四歳ではなかった事で対応に困っていたのだとか。
ナギがケタ外れの魔力を持っている事はすぐにわかったため、彼を刺激するなという指示を出していたらしい。
キスベルナはノードを取り締まっている部隊の隊長を務めていたようだった。
また、フライパンを持っているマークを勇者として保護してしまった。あの少年も自分がナギだって言い張るんだもの。そう言いながら大笑いしていた。
なりすましは勇者新法で罪になる行為らしかったが「ナギを守りたかった」そう涙ぐんで言うマークを見て、キスベルナが勘違いしたという事にしてペナルティを国から受け、手を打ったらしい。
殺人鬼の話を追って周辺を回っていたが、ミトハロに死体が続いていた、おびただしい量の魔物も見かけたので街に近づいた。
付近でキャンプしていたら、魔物の襲撃やドミヌスの屋敷の大炎上など。ただならぬ情報が偵察部隊から入る。
鎮圧を目的として、独断で参加した。抗争に来たのはそういう経緯らしかった。
ちなみに大量の死体は殺人鬼ではなく、魔物の襲撃としてクラックランでは処理されたらしい。
キスベルナ改め、ベルは当時の事を説明ながらに不敵に笑っていた。
師の顔が曇ったのを見逃さなかったナギは、献身的にアネットに向き合った。
会話をしてもらえない、破門寸前の間柄だったが歩み寄る。
大丈夫。とだけ伝えられたが、リサの一件がちらついた。
大丈夫じゃなくなってからでは遅い。ナギはアネットを絶対に一人にはさせなかった。
一人にはさせない事をしっかりと伝え、気軽に接していた。
その日から、アネットがたまに、夜中にすすり泣くようになった。
夜はアネットの近くに、なるべくいるようにした。
ベルはたしかにメンタルが強かった。
〝ゲシュタリーゼ〟の最高位相を目指しているだけある。
ナギは、ベルの揺らいだところを見た事がない。
悪戯に揺らがせる事は絶対にしなかった。
彼女は、仲間を思いやる心を持っていた。
ベルはオウ王様からの伝聞内容と裁判の履歴で大方知っていたようだが、その上でさらにナギの話を聞いてくれた。
ナギは飄々と答えたが、執着の話はベルも初めて聞いたようだった。
話を聞きている時のベルは、唇に力を入れ、静かに涙を流していた。
話が終わると、止める事が出来なくてすまなかった。言いながら彼女は頭を下げてきた。
彼女はミトハロで対峙したリサよりも相当強かった。
ナギは体術をたくさん教わった。
アネットは少し気まずそうにしていたが、朝に鳴く鶏のように気力に満ち溢れているベルと打ち解けるには時間はかからなかった。
彼女が新しい魔法を閃いた、とある晩。
キャンプでベルは酔っていた。
〝仮に大量殺人の犯人が魔物ではなく人間だったとしても、だからなんだ!私の肉親が殺されたわけでもない!殺しの善悪なんて私にはわからない!そいつの経緯を知らずに断罪などできるものか!経緯を知っても断罪などできん!目の前に殺人鬼が居ても私は膝を突き合わせて話を聞けるぞ!本当にそいつが殺人鬼なら話になる前に闘いになってるはずだ!私は法じゃない!私はファーヴェント・キスベルナだ!なんでお姫様みたいな名前なんだ!おいナギ殿!これからもベルと呼べ!〟
わっはっはと笑いながら、酒を入ったコップを掲げてそう言ったのが決め手だった。
その日の夜、アネットは大泣きした。
ナギは一晩中寄り添って背中をさすっていた。
その日以降、アネットとベルの連携だけで戦闘は事足りるようになっていた。
それから二年後。勇者ナギ十六歳の年。
三人は魔王〝ペア〟を討伐する事になる。
ベルと合流してしばらくして、すでに魔王城を見つけていた。
近隣の街の人間に聞くと〝最近わかりやすくなっていた〟らしい。
すぐに挑もうとしているベルを制止した。
ナギの〝きえて〟の存在もベルには伝えていたので、楽勝だと思っていたのかもしれない。
地獄旅があまりに地獄だったのか、サファは教えてくれなかったが、ドーゲンミライ道場でキノピッピを飼っていた理由はサファとミライの変化のためだと考えていたナギ。
もしそうなのだとしたら、サファには即死魔法は通用しない。
魔王にも即死魔法が効かない可能性がある。二人にそう話した。
ナギ達は二年間、修行に明け暮れた。
あらゆる好奇心、欲を捨て、ひたすら魔王討伐だけを考えた修行だった。
三人は強くなったが、エーテルノードを吸収した時のナギの魔力には遠く及ばなかった。
もちろん、ナギ自身もそこに到達はしなかった。
さらにナギは、魔法キャンディを食べても魔法が使えない体になっていた。
二人の〝いやすね〟も速度が速くなるだけで、欠損部位の回復には至らなかったのだ。
無償の回復活動で通っていた街の住人で、なんとかならないかと試していたが無理だった。
しかしこの二年の修行が結果的には英断となる。
魔王に即死魔法は効かなかった。
魔王は本当に強かった。
ブローチよりも強いかもしれない。ナギはそう思った。
いくつかの〝魔王魔法〟があったが、その中でも〝もじ〟が厄介だった。
〝魔王が発した現実世界と関係ない、意味のない言葉が形になる魔法〟だ。
さらにその〝形になった言葉〟は殺傷能力を有していた。
「ほんとぉぉぉぉぉぉぉぉぉに!こんな世界線大大大嫌いです!やっと登場したかと思ったら台詞だけですし!戦闘描写もなんもないです!回想シーンで登場して三行で死んでいくキャラクターの気持ち!わかりますか!?別の世界線も書けるんですか!?全部書くんですか!?本当に!?大大大長編じゃないですか!なんのために貴方は書くんですか!あいうえお!キャラクターを勝手に生み出して勝手に書かなくなるなんて事!しませんよね!書かなくなる時は死んだ時以外認めません!あーいうーえおー!卍!卍卍卍卍卍卍卍卍卍!」
魔王が出会い頭にナギ達にそう叫んだ。
目を瞑り、口を大きく開けて、力いっぱい叫んでいた。
まるで意味があるような。力強すぎて意味が宿ったような。それほど全力に魔王は叫んでいた。
あっけにとられたナギ達は、立ちすくんでしまっていた。
ベルに関しては異変に気づけず、言い終わりにやっと柄に手をつけていた。
「もじ」
叫んだ表情から一転。
無表情の魔王が興味なさそうに、低い声でそう呟くと、世界が暗くなった。
空中にあらゆる言葉が浮いていた。
空が文字で埋め尽くされていた。
〝!〟と〝-〟の連続攻撃は避ける事が出来た。しかしそれは避けてはいけなかった。
〝ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〟が避けた先のナギに突っ込み、戦闘の開幕で右腕が爆ぜた。
いや、開幕した事もわからないままに爆ぜた。
アネットは〝ク〟の両端が背にしていた岩に刺さり、身動きを封じられた。
回転して迫る数々の〝卍〟に脇腹を抉られていた。
ベルに関しては、様子をこの目で確かめる暇もなかった。
それくらい〝もじ〟は苛烈だった。
一文字が修行後のアネットの〝もうれつにはぜろ〟級に強かった。
ナギは〝もじ〟を見た時、人生で唯一起こした大火事を思い出す。
ドミヌスのアジトくらいの建物なら焼き尽くしてしまえるくらいの威力が〝もじ〟のひとつひとつにはあったのだ。




