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番外編 敵将、真琴に会い──完全降伏

 その知らせを聞いたとき、僕は思わず聞き返してしまった。


「……え? 敵将が僕に?」


 リオンは即答だった。


「会わせるな」

「えっ」

「絶対にだ」


 団長が、疲れ切った声で割って入る。


「もう遅い。正式な申し入れだ。“副団長殿ではなく真琴殿に”」


 ……なんで? 僕、何もしてないよね?


「条件は?」

「完全非武装、単独、そして……」


 団長は一瞬、言葉を切った。


「“謝罪と降伏の意思表示”」


 リオンが、ゆっくりと僕を見る。


「……真琴」

「な、なに?」

「私から離れるな」

「う、うん」


 こうして、僕は敵将と対面することになった。


 会談室。扉が開いた瞬間、空気が張り詰める。現れた敵将は想像よりもずっと……普通の人だった。年齢は四十代半ば。傷だらけの剣士というより、疲れた責任者の顔をしている。


 彼はリオンを一瞥し、そして僕の前で止まる。次の瞬間、膝をついた。


「……えっ?」


 思わず声が出る。


「ちょ、ちょっと、立ってください!」


 敵将は、頭を深く垂れたまま言った。


「真琴殿」

「は、はい……」

「あなたに、直接お詫びと……」


 息を吸う音。


「降伏の意思をお伝えしに参りました」


 ……降伏?


「ち、違うんです、僕は……」


 慌ててリオンを見る。リオンは、完全に黙っている。正直、この状況が怖い。


「どうして、僕なんですか」


 敵将は、静かに答えた。


「あなたが副団長殿を“優しい”と言ったからです」


 ……あ。


「我々は、あの方を“制御不能の剣”として恐れていました」


 少しだけ、顔を上げる。


「しかし……あなたを見て、理解してしまった」


 彼の声は、明らかに震えていた。


「この国はあの剣を、恐怖で縛っているのではない。愛情で、繋ぎ止めている」


 背後で、団員たちが息を呑む。リオンが、わずかに目を細めた。


 敵将は続けた。


「あなたを傷つける可能性が存在する限り……」


 拳を強く床につく。


「我々は、いずれ必ず滅びる」


 ……そんな。


「だから」


 彼は、はっきりと言った。


「この戦は始める前に、終わらせるべきだと判断しました」


 僕は、胸がぎゅっとなった。


「……僕は、ただ……」


 言葉を探す。


「誰も死なない方がいいって……」


 そう言うと、敵将は目を閉じた。


「……あなたは、その一言で国を救う方だ」


 完全に、評価が過剰だ。


「立ってください」


 僕は、ゆっくり手を差し出した。


「降伏とか……重たい言葉はよく分からないけど」


 敵将が、恐るおそる僕の手を見る。


「戦わなくていいなら、それが一番だと思います」


 彼は、その手を取った――その瞬間、背後で剣が鳴った。リオンだ。剣を抜いたわけじゃない。ただ、一歩前に出ただけ。敵将は、反射的に震えた。


 リオンは、低く言った。


「真琴に触れる前に一言」


 その場の空気が一瞬で凍る。


「降伏は正しい選択だ。二度とこの人を戦場に近づけるな」


 敵将は、即座に頭を下げた。


「命に代えても守ります」

「命は要らん」


 リオンは、僕を見る。


「……真琴が悲しむ」


 敵将の声が、少しだけ震えた。


「……理解しました」


 こうして一度も剣が振るわれることなく、敵国は完全降伏した。


 会談後。廊下で、僕は小さく言った。


「……僕、なにかした?」


 リオンは、当然のように答える。


「存在した」

「それだけ?」

「十分すぎる」


 手を、強く握られる。


「……次に敵が現れたら」


 それは、ぞっとするような低い声だった。


「先に、真琴に会わせろ」

「それ、戦じゃないよね?」

「外交だ」


 ……多分、違う。


***

 祝宴は正直に言って――規模がおかしかった。


「……これ、降伏した側の宴じゃないよね?」


 長いテーブルに山のような料理。各国の使節。なぜか敵将まで同席。そして、僕の隣にはリオン。近いというか、肩がくっついてる。


「リオン、もう少し離れても……」

「だめだ」


 しかも即答で、拒否されてしまった。


「今日は祝宴だぞ。誰が何を言い出すか分からない」

「降伏したばかりなのに?」

「だからこそだ」


 ……理屈が物騒。


 乾杯の音頭が終わり、場が少し和らいだ頃。敵国の使節が、恐るおそる話しかけてきた。


「副団長殿……本日のご活躍、誠に……」

「――その前に」


 リオンが、グラスを持ったまま立ち上がる。それだけで嫌な予感……。


「え、リオン?」

「少し、公の場で言っておくことがある」


 団長が、遠くでピクッとした。王様が、嫌な顔をした。敵将が、直立不動になった。


 それぞれが不穏な空気を露わにする中、リオンは堂々と宣言した。


「私は既婚者だ」


 ――。


 …………。


 ………………。


 ……え?


「え????」


 一拍遅れて、会場がざわついた。


「き、既婚……?」

「副団長が……?」

「いつ……?」

「相手は……?」


 僕は、完全に思考停止した。リオンは、当然のように続ける。


「伴侶は、ここにいる」


 ――。


 ――――。


 ……え?????


 全視線が、僕に集中した。


「ま、まって! それ、まだ……!」

「指輪もある」


 そう言って、リオンは左手を上げた。


 ……あ、見せびらかしてる。


 敵将が、即座に跪いた。


「し、失礼いたしました!! まさかその御方が!」

「違う違う!! そういうのじゃ!」


 団長が頭を抱えた。


「……世界に向けて、何を宣言しているんだ。お前は……」


 王様が、疲れた声で言う。


「……副団長。正式な婚姻発表は手続きを……」

「済ませる、最速で」

「速さを競うものではない」


 でも、誰よりも早く動いたのは――敵国の外交官だった。


「で、では我が国としては、副団長殿の伴侶――いえ、真琴殿に最大限の敬意を……」

「待って!! 僕、そんな立場じゃ!」


 リオンが、僕の手を取った。ぎゅっと。


「真琴」


 低く、でもやさしい声。


「これは宣言だ」

「な、なにの?」

「――世界に対する」


 僕を見つめて、はっきり言う。


「この人に手を出したら国ごと終わる、という宣言だ」


 ……重い。いろんな意味で、すごく重い。


 でも指を絡められて、心臓がうるさくなる。


「……リオン」

「嫌か?」

「嫌じゃない、けど……」


 小声で言うと、リオンは少しだけ嬉しそうに笑った。


「なら、問題ない」


 問題だよ!!


 でも会場のざわめきの中で、リオンが僕にだけ聞こえる声で言う。


「……祝宴だ。堂々と、私の伴侶でいろ」


 ――ずるい。そんなこと言われたら。


「……うん」


 小さく答えた瞬間、会場が拍手に包まれた。


「おめでとうございます!」

「副団長殿、ご結婚を!」

「真琴殿……尊敬します!」


 団長が、完全に諦めた顔で言った。


「……もういい。結婚式の警備計画を今から考える」


 王様が、深いため息。


「……国を挙げて守る対象が、一人増えたな」


 リオンは、誇らしげだった。僕は顔が熱くて、どうしようもなかった。


「……ねえ、リオン」

「なんだ」

「既婚者宣言……ちょっと早すぎない?」


 リオンは即答する。


「遅いくらいだ」


 ……末期だ。でもその手は、とてもあたたかかった。

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