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番外編 末期の行方

 その日の朝、私は非常に機嫌が良かった。理由は単純だ。


 真琴が、私の重さを受け入れてくれている……いや、正確には受け入れている自覚すらないまま、逃げていない。これがどれほど危険で、どれほど尊いか。分かっていないのは本人だけだ。


「副団長、報告書を持ってきた。確認してくれ」


 団長が、書類を机に置く。私は受け取りながら、真琴の方を見る。今も少し離れた席で、私の仕事を手伝うために作業中。


(私の視界にいて、呼吸している。よし……完璧だ!)


「……副団長」


 団長が、妙に静かな声を出した。


「はい」

「最近」


 じっと私の顔を見つめる。


「お前、落ち着いているな」

「はい」


 正確には、真琴が視界にいる限り安定している。


 団長は腕を組み、少し考え込むように唸った。


「なあ、副団長」

「はい」

「お前、夜はちゃんと寝ているか?」

「真琴が一緒な――」

「はいアウト!」


 なぜか即座に遮られた。


「あーあ、聞くまでもなかった」


 何が問題なのか分からない。


「団長?」

「黙れ!」


 団長は深く息を吸い大きく吐いた。呆れ果てたと言わんばかりに、白い目で私を凝視する。


「副団長について最近の報告が、たくさんあがっている」


 私の前に利き手を見せて、わざわざ指を折り始めた。


「真琴が別室に行くと不機嫌。他国の騎士が真琴に距離を詰めると殺気。“重い”と言われて嬉しそう。抱き締めたまま離さない。“守る権利”を自分のものだと公言」


 ああ……全て正確だ。


「それの、何か問題でも?」


 団長がすごく嫌そうな表情をして、頭を抱えた。


「問題しかない。副団長」

「はい」

「お前、自覚はあるか?」

「重いことですか?」

「あるんだな」

「はい。末期です!」


 団長は、しばらく黙った。


 不意に真琴を見る。真琴は、こちらに気づいて小さく手を振った。私は、無意識に口元を緩める。その瞬間、室内に大きな溜息が漏れ出る音が響いた。


「はああぁ、副団長……お前、もうダメだ」


 団長が、完全に悟った声を出した。


「?」

「副団長」


 真顔で言う。


「もう結婚しろ」

「……はい?」

「今すぐじゃなくていい。だが近いうちにだ。じゃないと」


 私に向かって指を差す。


「お前が業務中に、“真琴不足”で暴走する未来が見える!」

「しません」

「もうしてる。それにだ」


 団長は声を落とす。


「真琴もだ」

「……?」

「王国最強騎士を“重くてかわいい”とか思い始めた時点で、もう逃げ場はない」


(ああ……それは私にとって、最高の情報だ)


「団長」


 私は、真剣に言った。


「私は、本気です」

「知ってる、怖いくらいにな」

「一生、守ります。逃がしません。離しません」

「言い切るな!!」


 団長は、机を叩いて立ち上がった。


「いいか副団長、私はな! お前が真琴殿を溺愛してるのは止めない! むしろ業務効率は上がった! だが!」


 ぐっと私の眉間に指を突きつける。


「正式にしろ!! 責任を取れ!! それによって周囲が安心する!!」


(……なるほど)


 私は、少し考えた。確かに結婚すれば真琴は私のものだと、法的にも社会的にも明文化される。悪くない、いや最高だ。


「分かりました」


 即答した私に、団長が目を見開く。


「……早いな?」

「遅いくらいです」

「本人の意思は?」

「尊重します。ただし逃がしません」

「やめろ、その言い方!!」


 その時。


「え、結婚……?」


 背後から真琴の声がした。私は振り返り、真琴を見る。少し驚いているが、拒絶はなさそうだった。


(うん……これは問題ない)


「真琴」

「は、はい」

「後で、話がある」

「……重いやつ?」

「最重量だ」


 団長は、天を仰いだ。


「……ああもう。国は平和だが、この副団長だけは制御不能だ」


 私は、真琴に視線を戻す。


 ――結婚。いい言葉だ。私の独占を合法にする魔法の単語。逃げ道は、もう必要ない。だって真琴は、この重さを「かわいい」と言ったのだから……覚悟してもらおう。



***

 店の扉を閉めた瞬間、空気が変わった。正確にはリオンの距離が、ゼロになった。後ろから、ぎゅっと抱きしめられる。


「……リオン?」


 返事はない。ただ額を僕の肩に押し付けて、深く息を吸う気配を感じる。


(……あ、これ。団長に言われた“結婚しろ事件”を、今処理してるやつだ)


「……団長に言われた」

「うん、聞こえてた」

「私は」


 腕の力が、少し強くなる。


「冗談だと思っていない」


 分かってる。分かってるけど、心臓が忙しい。


「……重いか?」


 不安そうに確認する声。昨日までなら、ここで誤魔化してたと思う。でも今は――。


「……重いよ」


 正直に言った。一瞬、リオンの呼吸が止まる。


「……そうか」


 声が少し掠れた。ああ、これ、傷ついたやつだ。


「でもね」


 僕は、そっとリオンの手を握る。


「重くて……すごくかわいい」

「……くっ!」


 背中越しに、はっきり分かる。今、リオンの理性が崩壊した。


 いきなり身体を反転させられて、正面から抱きしめられる。僕を見つめる蒼い目が真剣だった。真面目で、必死で、逃がす気が一切ない眼差しを直で注がれる。


「真琴」

「な、なに……」

「確認する」


 言葉を選ぶ声が耳だけじゃなく、胸にも響く。


「私は重い。独占欲が強い。君が他人に懐かれると、本気で嫌だ。離れるつもりはない」

「……知ってるよ。むしろ、最近はそれが安心材料になってる」

「それでも」


 リオンは深く息を吸い、優しい眼差しで僕を見つめた。


「私と、一生を共有してほしい」


 言葉が、ゆっくりと落ちる。


「結婚してほしい」


 頭が真っ白になった。派手じゃないし、跪いたりもしない。当然、指輪も今はない。でもこの人の全部が、ここに詰まってる。


「……ねえ、リオン」

「なんだ」

「それってさ」


 思ったことを告げるだけで、喉がすごく熱い。


「僕、逃げられないやつ?」

「逃がさない」


 リオンが即答したことで、僕は迷いゼロになった。


「ホント……重すぎ!」

「嬉しい」


 即答(二回目)したリオンに、思わず笑ってしまった。


「リオン……末期だよね」

「君のせいだ」

「えぇ……」


 おかげで、胸の奥がじんわり温かい。僕は、リオンの胸に額を預けた。


「……いいよ」

「?」

「結婚」


 小さく言う。


「しよう」


 本当に一瞬だけ静寂。次の瞬間――。


「……ひぃっ!!」


 ぎゅうううっと、今までで一番強く抱きしめられた。


「真琴、真琴、真琴……」


 名前呼びすぎ。しかも涙目になっている。


「ちょっ、苦しいよ……」

「離れない」

「死ぬ……」

「一生一緒だ」


 会話になってない。でも、笑いが止まらない。


(ああ……)


 この人。重くて独占欲が強くて、すぐ泣いて。でも僕を選ぶのに、一切の迷いがない。それがたまらなく嬉しかった。


「ねえ、リオン」

「なんだ、我が伴侶」

「言い方、早くない?」

「事実だ」


 ……もうだめだ。まあ、いいか。


 重くてかわいい副団長と結婚する人生も、悪くないどころか――たぶん最高だ。

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