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番外編 自己分析と団長に抗議!

 ……重い。自分でも分かっている。真琴を腕に閉じ込めたまま、動かさない。離す気もない。離れる理由もない。


 ――私は重い男だ。


 真琴の言葉が、まだ胸に残っている。


「リオンが重いの、嫌いじゃない」


 その一言で、何が起きたか……終わった。私の中で、最後の歯止めが外れた。


 真琴は眠そうに、私の胸に額を預けている。無防備で警戒ゼロ。私に対する信頼100%……これは危険すぎる。


(真琴は……自分がどれほど、私を壊しているか分かっていない)


 抱き寄せる腕に、無意識に力がこもる。


「……リオン?」


 不安そうに名前を呼ばれる。


(――しまった)


 私はすぐに力を緩め、低く言う。


「……すまない」

「え? どうしたの?」


 ――違う。本当は、謝る理由なんてない。ただこれ以上強く抱いたら、彼の逃げ道を完全に塞いでしまうと分かっているだけだ。


 私は、静かに自分を分析する。昨日までの私は、こうだった。


 守る、隠す、近づけさせない


 だが今は、違う。


 ――囲いたい。国がどうとか。護衛がどうとか。全部が後付けだ。真琴がここにいて、私の腕の中で息をしている。それだけで十分なのに、それ以上を欲しがっている。


「……真琴」

「なに?」


 答える声が柔らかすぎて、否応なしに胸が痛む。


「……私が重いのは」

「うん?」

「分かっているか」


 真琴は少し考えてから、首を傾げた。


「……たぶん?」


 ――ああ。“たぶん”で許してしまうところが、かなり危険だ。


「……自覚している」

「え?」

「私は、真琴を」


 少しだけ言葉を選ぶ。


「……手放す気が、最初からない」


 真琴の指が、私の服をぎゅっと掴む。


「……うん」


 否定しない上に逃げない。しかも素直に受け入れる――最悪だ。


「だからな」


 私は、額を真琴の髪に当てる。


「これから、もっと重くなる」

「えっ?」

「覚悟しろ」

「ちょ、ちょっと待って?」


 声は焦っているのに、体は離れようとしない……知っている。真琴はこういう時、あえて逃げない。


「独占する」

「えっ」

「隠す」

「えっ」

「選ばせない」

「えっ」


 真琴の耳元で、一つずつ低く告げる。忘れられないように――いつでも思い出せるように。


「私以外を選ぶ理由を」

「……」

「考えさせない」


 真琴の顔が、みるみる赤くなる。


「リオン……それ、相当重いよ……」


 ――来た。


 私は、確信を持って答える。


「自覚している」

「……」

「その上でだ」


 自分よりも華奢な身体を抱きしめ直す。逃げ道は、もうない。


「……嫌か?」


 ほんの少しだけ、怖くなって聞く。真琴は、しばらく黙ってから。小さく、でもはっきり言った。


「……嫌だったら」

「……」

「ここにいないよ」


 ――完全に負けた。


 私は、深く息を吐く。


「……真琴」

「なに?」

「私を甘やかすな」

「え?」

「重くなる」

「もうなってるよ!」

「もっとだ」


 そう言うと、真琴はくすぐったそうに笑った。


「大丈夫だよ」

「何がだ?」

「重いリオン、僕は好きだから」


 ……ああ。これはもう。守るとか護衛とか、そんな段階じゃない。捕まったのは、間違いなく私の方だ。


 私は、決定事項として宣言する。


「……いいか」

「うん」

「私が重いのは、全部君のせいだ」

「えぇ……」

「責任を取れ」

「どうやって?」

「一生、隣にいろ」


 真琴は、観念したみたいに小さく頷いた。


「……それくらいなら」


 その瞬間、胸の奥が満たされる。


 ああ、やっぱり私は重い。自覚した上で誰よりも深く、真琴を囲い込む男だ。


 ――それでいい。


***

 朝だ……最悪なほどよく眠れた。理由は分かっている。真琴が私の腕の中で一晩中、無防備に眠っていたからだ。


 離れる気配もなく、逃げる様子もなく。時折、私の服を掴んだまま体を寄せる。


 ――かわいすぎる。


 その代償として、私の中で何かが完全に壊れた。具体的には、団長に対する理性だ。


 騎士団本部。朝の空気は清々しい……私の殺意がなければ、だが。


 私は報告書を脇に抱え、団長室の扉を強く叩いた。


「失礼する」

「おう、副団長。顔が怖いぞ」


 開口一番、それか。


「報告があります」

「ほう。研修の成果か?」


 ――成果?


 私は椅子に座らず、立ったまま報告する。


「結論から言います」

「おう」

「あの研修は、二度とやらせません」


 団長は一瞬、目を瞬かせてからニヤリと笑った。メガネの奥の瞳が、面白いものを見るように輝く。


「効果抜群だっただろ?」

「殺します」


 怒気を込めて低く言うと、団長は慣れた様子で肩をすくめた。


「物騒だなぁ。ちなみに、護衛の心得は?」

「心得より先に、私の精神が死にました」


 団長に事実を突きつけてやるべく、流暢に説明する。


「まず申し上げます」


 私は一息つく。


「真琴を“講師”として晒すのは、拷問です」

「誰の?」

「私の!」


 団長がプッと吹き出した。


「ははっ、だろうな」

「笑わないでください」


 机を叩きたい衝動を、全力で抑える。


「団員が真琴に向ける視線」

「ほう」

「真琴が無自覚に見せる反応」

「ほうほう」

「それを見せつけられる私」


 呑気な顔した団長を睨みながら告げる。


「すべてが地獄です」


 団長は顎に手を当て、満足げに頷いた。


「つまり?」

「私以外の男に見せる必要はない」

「出たな独占欲」

「否定しません。さらに言えば」


 私は低い声で続ける。


「真琴は“護衛対象”として扱うには、危険すぎる」

「危険?」

「全てがかわいすぎる」


 団長が盛大に吹き出した。


「副団長、言語能力どうした」

「正常です。だからこそ断言できます」


 私は一歩、机に近づく。


「真琴は、人の理性を壊します」

「うん」

「笑顔、声、距離感、触れられた時の反応」

「うんうん」

「すべてが致命的です」


 団長はメモを取る素振りまで見せた。


「参考になるな」

「参考にしないでください。そこで結論ですが」


 私は真っ直ぐ団長を見る。見るというよりも睨んでみせた。


「今後、真琴に関する研修は、私の立ち会いなしでは禁止」

「ほう」

「接触訓練は全面中止」

「それは困るな」

「代替案があります」


 団長が意味深に眉を上げる。


「接触するのは私だけ」

「却下」

「殺しますよ」

「却下だ」


(……この人、本当に)


 沈黙が落ちる。団長はしばらく私を見てから、ふっと真顔になった。


「なあ、リオン」

「……なんです」

「昨日、真琴殿はどうだった?」


 その問いに、即答できた。


「不安そうでした」

「だろうな」


 団長は胸の前に腕を組み、ゆったりと椅子にもたれかかる。


「でも、最後は?」

「……私を選びました」


 声が、少しだけ柔らぐ。


「そうだろ」


 団長は、なぜか小さく笑った。


「ならいい」

「……は?」

「護衛としては最悪だが」


 目の前で肩をすくめる。


「恋人としては、満点だ。ただし――」


 団長が指を立てる。


「覚悟しろ」

「何のです」

「真琴殿はな」


 メガネのフレームを上げながら、意味深に微笑む。


「これから、もっと注目される」

「……」

「それを全部跳ね返せるか?」

「当然です」


 恋人として、即答するのは当然だ。


「命に代えても?」

「真琴のためなら」


 団長は満足そうに頷いた。


「よし」

「よし、じゃない」


 立ち去り際、私は最後に言った。


「団長」

「ん?」

「次に“抱きとめた時の反応”研修をやったら」


 言いながら振り返る。


「本当に殺します」


 団長は笑顔で手を振った。


「期待してるぞ」

「期待するな!」


 廊下を歩きつつ、私は深く息を吐いた。団長とのやり取りは、本当に疲れる。だからこそ、早く帰りたい。真琴のところへ。今朝、眠そうに笑って「お仕事、気をつけてね」と言った顔が、頭から離れない。


 ――守る。何があっても。国でも、世界でも、団長でも。


 真琴は、私のものだ!

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