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番外編 他国の姫が真琴に友達申請して、リオンが静かに泣く

 外交問題が、ようやく沈静化したころ。アルセリア王宮に、一通の手紙が届いた。淡い香を残す封蝋には、優雅な紋章。差出人は隣国ルミナシア王国第一王女、アナスタシア殿下。


 王は手紙を読み、ぱっと顔を上げた。


「おお、あの姫が? ……で、真琴を呼んでほしいと?」

「……またか」


 団長は天を仰ぎ、リオンは無言で頭を抱えた。嫌な予感しかしない。


 謁見室。呼び出された真琴は、いつも通り丁寧に頭を下げた。


「はじめまして。清水真琴と申します」


 その瞬間だった。


「……っ!」


 アナスタシア姫――14歳。彼女の瞳が、宝石のようにきらきらと輝いた。


「あなたが!  “ショコラ・ド・アルセリア”を作られた職人さまなのですね!」

「えっ、えっと……はい」

「お会いできて光栄です……っ!」


 姫は胸の前で両手を組み、王宮中に響きそうな勢いで声を弾ませた。


「真琴さまのチョコレート、本当に……本当に素晴らしくて! 私、ずっとお話してみたかったのです! お、お友達になっていただけませんか?」

「えっ……友達?」


 真琴が戸惑った、その刹那。


「……友達?」


 誰よりも早く反応したのは、リオンだった。


「はいっ! 国境を越えた友情です!」

「いいですけど……」

「よくない」

「「え?」」


 真琴と姫の声が綺麗に重なった。リオンは一歩前に出て、姫に向き直る。礼儀は完璧だが、声は低くて硬い。


「姫殿下。真琴は……大切な存在です。不用意に近づけば、誤解が生じます」

「誤解?」

「リオン、何を言って──」

「……私は……真琴を“友達以上”だと思っているので……あまり……」


(――言った)


 団長は目を逸らし、王は満足げに口元を緩め、真琴は顔を真っ赤にした。


「…………え?」


 姫は一拍置いて、真琴をじっと見つめる。


「ひょっとして……真琴さまは……」

「ち、ちょっと待って!」

「副団長殿の……“大切な人”なのですか?」


 次の瞬間、アナスタシア姫の表情がぱぁぁぁぁと、花が咲くように輝いた。


「な、なんて尊い!!」

「待って!  と、尊いって言いました?」

「ごめんなさい! おふたりの恋路を邪魔するつもりはありませんわ! でも、友達には……なってくださいますよね?」

「あ、うん。それは全然!」

「よかったぁぁぁ!!」


 姫は嬉し涙をぽろぽろとこぼした。


(――泣いた!)


 リオンは、誰にも見えないところで唇を噛みしめた。


(――泣きたいのは……私のほうだ……)


 姫が涙を拭く横で、リオンはほとんど声にならない呟きを落とす。


「……真琴……」

「な、なに?」

「……姫のこと……好きなのか?」

「なんでそうなるの?」

「友達になった」

「友達くらい……」

「嫌だ……」


 声が、震えていた。


(――あ、これ本気で泣くやつだ)


 その様子を見て、アナスタシア姫はすっと姿勢を正した。


「副団長殿」

「……何でしょう」

「真琴さまが他国の姫と友達になったくらいで、泣いてはだめですわよ」

「泣いていない」

「泣いてますわ」

「…………」


 その言葉で、リオンの耳は真っ赤に染まった。


「ちゃんと想いを伝えなければ、真琴さまだって不安になりますわよ?」

「!!?」


 団長は心の中で拍手した。


(――よく言った、お姫様)


 謁見後の帰り道。リオンはずっと黙ったままだった。


「……リオン、怒ってる?」

「怒ってない」

「泣いてる?」

「泣いてない……」

「じゃあ、なに?」


 少しの沈黙のあと、リオンは子どもみたいに苦しそうに言った。


「……真琴が……他の国の人に懐かれるのが……私は嫌だった」


(――あ、これだ)


 真琴は、そっと手を伸ばす。


「友達だよ? リオンの恋敵じゃない」

「…………」

「僕が……好きなのは……」


 リオンの手を、ぎゅっと握る。


「リオンだけだよ」


 その瞬間。


「……うっ!!」


 リオンの蒼い目から、ぽろりと涙が落ちた。


「え、泣いてるし!」

「……安心したら……涙が……出た……」


(――なんだこの、甘すぎる生き物……)


 その夜。ルミナシア王国から、追加の文書が届いた。


『真琴さまとの友情は、我が国の誉れである。今後も(よしみ)を深めたい』


 そして最後に。


『副団長リオン殿の恋を、当王国は全力で応援する』


「…………」

「り、リオン……?」

「…………真琴」

「なに?」

「……今日は……ずっと傍にいてくれ」


 真琴は小さく笑った。


(今日は、っていうか――毎日でいいよ)


 こうしてまた一つ、国境を越えた“誤解と応援”が増えたのだった。



***

 王宮より、騎士団に急報が入ったのは昼下がりだった。


「副団長殿! ルミナシア王国のアナスタシア姫が、再びご来訪です!」

「……また?」


 リオンは、即座に嫌そうな顔をした。団長は、予想通りと言わんばかりにニヤリと笑う。


「えっ、今日は何のご用事なんだろ……」


 真琴が首を傾げると、侍従は淡々と答えた。


「“真琴さまとお話がしたい”とのことです」

「待て」

「止められん。王女殿下は主賓だ」

「真琴の護衛は私だろう」

「だから行ってこい。副団長、顔が死んでるぞ」


 こうして半ば引きずられるように、真琴とリオンは謁見室へ向かった。


「真琴さまっ!!」


 扉を開けた瞬間、弾けるような声が飛んできた。


「来てくださいましたわね!!」

「あ、はい……こんにちは」


 アナスタシア姫は真琴の手をぎゅっと握り、熱を帯びた瞳で宣言した。


「本日は……“恋の指南”をしに参りました!」

「……ん?」

「……は?」


 真琴とリオンの声が、完全に重なる。


「副団長殿の心を、もっと深く掴むための……恋愛講座です!!」

「ええええええ!」

「不要だ」

「必要です!!」


 姫とリオンの声が、またしても綺麗に重なった。


(きたな……)


 団長は遠い目をした。


「まずは“距離感”ですわ!」


 姫は真琴の前に立つ。


「好きな方とは、これくらいの距離で話すのが効果的です!」


 言うなり、顔すれすれまで近づいた。


「ちょ、ちょっと近くない?」

「離れろ」

「恋の勉強ですわ!!」

「いや。僕も恥ずかしい……」

「私が恥ずかしい」

「お前かよ」


 団長のツッコミが虚しく響く。


「次ですわ! 真琴さまは毎日、副団長殿を褒めていますか?」

「えっ……時々は?」

「毎日聞きたい!」

「えっ?」


 ぽつりと漏れたリオンの本音に、姫が勢いよく頷く。


「ほら!! 聞きたいそうですわ!!」


(うそ……そんなこと言われると、こっちが照れる)


「では練習ですわ。副団長殿に向かって――“あなたが好き”と言ってみてくださいませ!」

「ちょっ──!」

「えええええ!」


(――うん、いいね)


 団長だけが満足そうに微笑む。


「さあ早く!」

「す、好きぃっ!!」


 その瞬間。


「!?!?!?!?!?!?」


 リオンの思考が完全に停止した。


「ちがっ!! これは練習の!!」

「………………」

「副団長、死ぬなよ」

「次は、手を繋ぐ練習ですわ!!」

「ちょっと待って!」


 姫が真琴の手を取った瞬間、


「やめろぉおおおおお!!」


 悲鳴じみた叫びが、謁見室に響き渡った。


「私はただの友達で、これは練習です!」

「友達のほうが危険だ!!」

「それはそう」


 真琴は悟った。


(……やっぱりそうなんだ)


 そのとき、謁見室の外が騒がしくなった。


「ルミナシア王国の親衛騎士団が到着しました!」

「まあ! 私の護衛が来たようですわ!」


 入室した騎士隊長は、真琴を見るなり目を細めた。


「このお方が、“姫のお気に入り”の真琴殿か」

「え、言い方が誤解を……」

「姫のお心を動かすほどの人物。我らが守らねば」

「は?」

「真琴殿の安全は、我が国が──」

「寝言は寝て言え」

「貴国だけの守りで十分とは思わん」

「真琴の護衛は私だ」

「恋に溺れた騎士一人では不安だ」

「殺すぞ」

「殺さないでくださいませ!」


(――あ〜楽しい)


 団員たちがルミナシア王国の親衛騎士団と睨み合い、団長は完全に観客になる。


「真琴殿は、我が国の外交上の宝」

「うちの副団長の宝だ!」

「真琴は国家の宝であり……」


 リオンは叫んだ。


「私個人の宝でもある!!!」

「ちょ、リオン!」


(――言ったぁぁぁ!!)


「尊い!!」

「尊い!!」


(ダメだ、全員おかしくなってる……!)


「真琴さま」


 姫が真剣な顔で言う。


「こういうときは――“私が決めます”と言うべきですわ」


(……たしかに)


「真琴さまがお決めにならないと、副団長殿が不安で泣いてしまいますわよ?」

「泣かない」


(この間、泣いたじゃん……)


 真琴は深呼吸して、皆の前に立った。


「僕を守る権利は──」


 リオンが息を飲む。姫が祈るように見つめる。


「リオンがいいです」

「っ……!」


 リオンの蒼い目に、一瞬で涙が滲んだ。


「……む」

「まぁ……(尊死)」

「はい解散! 恋バナ議会閉廷!!」


 団長の一声で、すべては強制終了となった。


 帰宅後。リオンは真琴を抱きしめたまま、まったく動かない。


「あの、リオン?」

「嬉しすぎて……動けない」

「り、リオン〜〜〜!」

「……真琴……」

「なに……?」

「“守る権利”も“好きだと言われる権利”も……全部……私にくれないか」


 真琴は、静かに笑った。


(もう……この人どうしよう……)


 そして答えは、決まっていた。


 ――好き。


 国も姫も世界も巻き込みながら副団長の心は今日も、たった一人に完全管理されている。

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