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第六十九話


「くそっ、どこにもいやしねぇ……!」


 あたしはヘンリーの執務室にある来賓用の重厚な机をドンと叩く。暴いてやると心の中で啖呵を切って早三時間、ルーバンの姿はおろか目撃情報すらねぇなんて。


 前のソファに腰掛けたヘンリーが、自身の口元にそっと手をやる。


「今朝はいつも通り事務仕事をしていたはずだが」


「午前中に見かけたって話はあるが、12時になってから狙ったように居なくなってんだよな……。先生、ジュリアンナとの待ち合わせの件、話した記憶はあるか?」


 ちょうどヘンリーが術を使った時間だ。偶然だとは思えねぇ。


 ヘンリーは眉をひそめ、しばし考え込む。


「……いや。誰にも話していないはずだ。元々業務もない時間だからな」


「じゃあ、ヘンリーがその時間に術を使うって事まで予想してたってことか? そこまできたら未来予知だな」


 ヘンリーは真剣な顔で俯いた。


「未来予知……か」


 どこか含みがあるその言い方に、あたしはぐっと体を前に傾けた。


「……なんか、心当たりあんのか?」


「前に中庭で刺繍をしていた時、お前と会っただろう。……あの時、ルーバンに『悩みがあるなら中庭で刺繍をしてはどうか』と提案されたんだ。小さなことばかりだが、まるで未来が見えているようだと思ったことが何度かある」


 あたしはヘンリーの言葉にハッとする。


 ヘンリーの魔人としての姿を見た時。

 ガブリエルに告白された時。

 カフェであいつに会った時。


 タイミングが良すぎるあの現れ方も、未来が見えてたとしたら全部説明がつく。


 そしてその力には――前例が、ある。


「……昔現れた聖女は未来を見る力を持ってた。それに似た力を、ルーバンが持ってたとしたら?」


 シリーズ1作目のヒロインは聖女だった。未来を見る力と浄化の力を駆使し、国を建てた平民出身の英雄。ゲームにも出てこねぇやつがそんな特別な力を持ってるとは考えにくい。だが……可能性は、ゼロじゃねぇ。


「未来を見た事で、俺たちの知らない何かを知った。それにより、禁術を使い防衛魔法を早急に設置する必要があった……と言うことか」


「多分な。となると、あたし達があいつを探す事も全部知られてるってわけか」


 あくまで全部ただの妄想だ。決定的な証拠はねぇ。だが……それが正しんじゃねぇかと、そう思わせる材料が揃いすぎてる。


 そして、もしあいつの行動が全て未来を見た上での行動だとしたら。


 あたしはじっとヘンリーの姿を見る。こちらに向けられた紫色の瞳がわずかに揺れ、その口元がぴくりと動く。


 ヘンリーのことを妙に推してきたのも、ガブリエルの告白を邪魔したのも。全部、『未来の何かのため』だとしたら。


 ……もしそうだとしても、それでも、あたしは。


 覚悟を決めるように、あたしは大きく息を吸う。鼻腔に広がる執務室のインクの香りと、肺を満たす空気。それが、熱くなった脳を覚ましていく。


「……なぁ、先生。このままじゃルーバンがいつ捕まるかわからねぇ。とりあえず今日はここまでにしねぇか? 早めにやらなきゃいけねぇことがあるんだ」


「俺は構わない。……やるべきこととは、なんだ?」


「……この前ノア様に返事したのはあたしじゃなくてジュリアンナだった。あたしの言葉で、あいつに伝ることがあんだよ」


 ヘンリーはびくりと肩を揺らしてから、そっと目を伏せた。


「……そうか」


「それが終わったら……先生にも、話があるんだ」


「俺にか?」


 食い気味に返事を放つヘンリー。開かれた紫の瞳が揺れる。


「……わかった。予定が分かり次第時間を作ろう」


  ヘンリーはしばし視線を迷わせた後、じっとこちらを見つめ返した。いつも通り表情がないヘンリーの顔からは、何を考えてるのかは読み取れない。


 だが何故かその顔が、ひどく不安げに見えた気がして、ちくりと胸が痛んだ。


 ……だが、これは避けて通れねぇ事柄だ。あたしは自分の言葉で、自分の思いに決着をつけなきゃいけねぇんだから。


 あたしは細く息を吐き、手元に視線を落とす。


 明日、この半年の戦いに終止符を打つ。まだわからねぇことは多い。だが、それでも。


 この気持ちだけは嘘じゃねぇと、操られたものじゃねぇと。そう、あたしは信じているから。

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