第六十五話
「ずっと――ガブリエルのことが、好きだったの……」
ぎゅっとスカートの裾を握るジュリアンナ。握られたその拳は、小刻みにカタカタと震えていた。
「ずっと守ってくれて、ずっと、私だけを見てくれて。でも……私たち姉弟だからって、そう、思ってたのにっ……」
ジュリアンナの言葉にあわせ、ぽたりと雫がこぼれ落ちる。
「ちゃんと、言えたじゃねぇか」
あたしは視線を上げる。そこには口元を押さえ、瞳を揺らすガブリエルがいた。
「ガブリエル。……お前は、どうしたい?」
「俺……?」
あたしはすくりとたちあがり、不安げに声を揺らすガブリエルと向かい合う。
「ジュリアンナはお前を選んだ。なら、次はお前の番だろ」
ガブリエルは目を見開いてから、あたしの目をじっと見つめる。不安げにひそめられた眉と、どこか熱っぽいその視線。
ガブリエルはふっとあたしから視線を逸らし、あたしの横を通り抜けた。
「……ごめん、ジュリ」
あたしにしか聞こえない、蚊の鳴くような声。押さえつけられたその声が、あたしの心に冷たい風を吹かせた気がした。
ジュリアンナの前に膝をつくガブリエル。やつは迷いを振り解くように、力強くジュリアンナの手を取った。
「俺は……ノアのことを『すぐに心変わりする男』なんて言ったくせに、俺自身も揺れてるような、そんな情けない男だ」
ガブリエルは一つ一つ吐き出すように言葉を紡ぐ。真剣なその姿を、ジュリアンナはじっと見つめていた。
「でも俺は、俺を愛してくれた姉さんを愛したい。だから……俺に、姉さんを選ばせてほしい」
「ガブリエルっ……!」
ジュリアンナはガブリエルの胸にすがようにしなだれかかる。ガブリエルはびくりと体をゆらしてから、そっとその背に腕を回した。
「ごめんなさい、私がもっと早く言えていれば……貴方に、そんな思いをさせることもなかったのに……」
「……愛してたって言えなかったのは俺も一緒だ。だから今まで言えなかった分……これからの一生をかけて、償わせてほしい」
どこか祈るようなガブリエルのそのセリフに、ジュリアンナは小さく頷く。そして、その唇がゆっくりと、ガブリエルへと向けられて――
「いや待て。あたし達がいること忘れてないか?」
ジュリアンナはびくり体をゆらし、一気にガブリエルの胸を押し退けた。
「す、すみません、私ったら……」
顔を赤く染め、俯くジュリアンナ。
どこか気まずい空気をかき消すように、あたしはガシガシと頭を掻く。
「とりあえず、その件に関しては解決だな。んで、次に一つ、決めなきゃいけねぇことがある」
あたしはジュリアンナを見下ろし、自分を包むように腕を組む。
今の所は順調だ。このまま、考えた通り進めるしかねぇ。
「……急にジュリアンナが二人に分裂しましたなんて話、誰も信じやしねぇ。かと言って禁術の話をすんのは論外だ。あたしか、お前か。どっちか片方がジュリアンナとして表の舞台にでる。なら、それをどっちにすんのかだ」
表舞台に出れなくなるってことは、選んだ相手の正妻になることができないということとほぼ同義だ。その意味を理解したのか、ジュリアンナは微かに眉をひそめた。
「……私が裏に回るしかないでしょう。貴女が殿下と結ばれるならば、裏に回る選択などありませんから。……それに、私とガブリエルは義理とは言えあくまで姉弟。むしろ、そちらの方が都合がいいかもしれません」
あっさりと受け入れるジュリアンナ。そのあっけなさに身構えた力が抜けそうになる。……いや、楽でいいんだけどさ。
「俺は姉さん以外の妻なんて考えたくもないが、仕方ないな。じゃあ問題は、どうやって姉さんを囲うか、だな」
ガブリエルは顎に手を当て悩ましげに目を伏せた。
「それなら心配ねぇだろ。……カーター家には妾を囲うための屋敷がある。お前が前に言ってた湖畔の別邸。あれは元々そういう目的で作られたもんだ。隠し部屋なら山ほどある」
「……そうなのか?」
しらねぇのか……まあ、あたしも他のナンバリングやってるから知ってるだけなんだが。
「あぁ。だからそこは問題ねぇよ」
ジュリアンナとガブリエルはどこか疑わしげにこちらをみながらこくりと頷く。とりあえずは、それでいいと思ってもらえたらしい。
これで、直近の問題は片付いた。なら、はっきりさせる必要があるのは――あと、一つだけだ。
「あとは、ジュリアンナの存在をいかにばれねぇようにするか、邪魔がはいらねぇようにするかだ。となると、一つ問題が出てくる」
びくりとジュリアンナが肩を揺らす。どうやら、気がついたみてぇだな。
「お前に禁術を教えたやつなら、分離の術のことも知ってるだろうな。しかも、そいつがなんの目的でお前に術を教えたのかもわかってねぇ」
あたしはすっと目をひそめジュリアンナを見つめる。視線の先にいるジュリアンナは、ぴしりと固まっていた。
……ここに関しては、ほとんど記憶が流れ込んでこなかった。だからこれは、あくまで賭けだ。
「なぁ、ジュリアンナ。――お前に禁術を教えたのは、あの図書館の男だな?」
あたしの声に、ジュリアンナは大きく目を見開いた。それがありありと、黒幕の存在を指ししてしているような気がした。




