六十四話
ガブリエルへと向けられた視線。それが、ジュリアンナの答えだった。
「なぁ、ジュリアンナ。お前はあたしの中からガブリエルの気持ちを聞いてたんだろ? まだこいつのためになんねぇなんて弱気な言葉で、自分の気持ちを閉じ込めるつもりなのか?」
ジュリアンナはぴくりと肩を揺らす。それでもジュリアンナは、ただただ瞳を揺らすだけだった。
「……あたしがガブリエルを選ぶって言ったら、お前は黙ってられんのか?」
その一言が、空気を揺らした。
固まるジュリアンナ、視界の端でびくりと揺れるガブリエルの足。そして、背後から放たれる鋭い殺気。
……わかりやすいな、全員。
「そ……それは……」
「答えられねぇんなら、それが答えだろ。それとも……本当に好きなやつ取られても、また泣くだけで終わりにするつもりか?」
ジュリアンナのライトグリーンの瞳が潤み、鈍く光を反射する。だけどそこには――先ほどまでとは違う、燃えるような色があった。
「また……泣いて終わらせる? それ以外に、私に何ができるというのですか? できたところで、その後どうすれば良いというのですか……!」
心をしぼりだすようなセリフ。どこまでも悲痛な声に、腹の底がぞわりと騒いた。
「全ての人が、貴女みたいに前に進めると思わないでください……!」
潤んだ瞳がギロリとこちらを睨む。見たことのないその表情にあたしは、にっと口角を上げた。
……なるほど、言うじゃねぇか。
「確かにそうだな。考え続ける体力も、抵抗するだけの力もなく、示された道にしがみつく。珍しいことじゃねぇし、むしろ外れる人間の方が少ねぇ」
「わかってるなら、何故――」
「だがな。そんなやつはそもそも禁術に手をだせねぇんだよ。その時点でお前は動ける側の人間だ。……お前は、自分で思ってるほど弱くねぇ。弱くあれと、そう抑圧されてきただけだ」
淡々と語るあたしの声に、ジュリアンナは黙りこくる。弱くあれと押さえつけられる屈辱も、力を奪われる恐怖も、わからないわけじゃねぇ。その経験が、あたしを一層饒舌にさせた。
「受け入れるってんならあたしはそれでも構わねぇ。だがな……お前の記憶が、感情が、それを拒否してたことをあたしは知ってる」
入れ替わった時に流れ込んできた記憶の一部に宿った、圧倒的な感情の熱。抑圧されたその思いは本物だった。だから、ここで背中を押してやりたいと思ったんだ。
ジュリアンナの顎を掴む手に力を入れる。柔らかな皮膚に指が食い込む感覚がした。
「決めるのはお前だ。ここで言うのか、何も言わずにまた逃げんのか。……選べ、ジュリアンナ」
あたしの言葉に、ジュリアンナはぐっと唇をかむ。あたしの手に伝わる下向きの力。いくらジュリアンナが俯こうとしても、頬を掴む手がそれを許さない。
ジュリアンナはぎゅっと固く目をつむってから、観念したようにゆっくりとその唇を震わせた。
「私っ……私は、本当は……ずっと……」
静まり返った部屋をか細い声が揺らす。震える声と赤く腫れた目は、まるで悪夢から起きた幼い少女のようだった。




