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第六十三話


 剣を突きつけるヘンリー。その先で、ガブリエルは苦しげな顔で瞳を揺らしていて。


「俺が、愛しているのは――」


 唇を噛むガブリエル。苦しげに歪んだ顔に、まるで掴まれたようにあたしの胸が締め付けられる。


 ガブリエルはぎゅっと目をつむり、ゆっくりと、その唇を震わせる。


「俺には……選べない。俺をずっと支えてくれた姉さんのことも、俺を解放してくれたジュリも……俺はっ……二人とも、愛してるんだ……」


 揺れた不安定の言葉は、まるでガブリエルの心を表しているようだった。悲鳴のようなその告白に、自然とあたしの息が詰まる。


 ガブリエルは潤んだ瞳でヘンリーを睨みつけ、ジュリアンナを庇うようにその場に立ち上がる。


「それでも俺は……姉さんも、ジュリも守りたいんだ。都合のいい話だよな。でも……俺は、諦めない」


 ヘンリーはすっと目を細め、ガブリエルを見下ろすようにわずかに顎を引き上げた。


「ならば……そうすることとしよう」


 どこまでも冷徹なヘンリーの声。氷のように突き刺さる視線を、ガブリエルは正面から受け止める。


 状況は振り出しに戻った。剣の先に、ガブリエルが増えただけ。場面だけ切り出せばそうだが――確実に、さっきとは一つ違うことがある。


 じわじわと体を巡っていく魔力。やっとほぐれてきた喉に力を入れる。


「身体強化……!」


 脳のリミッターが外れたみてぇに、一気に体が軽くなる。それに反して軋む関節と、張ったままの筋肉。それが一時的なドーピングに過ぎないことをあたしに思い知らせた。


 だがそれでもいい。ヘンリーを止められんのはあたししかいねぇ!


 一気に体を起こし、間髪入れずにヘンリーの手元を蹴り上げる。


「っ……!」


 虚を突かれたのか目を丸くするヘンリー。その手からからりと大剣がこぼれ落ちる。その瞬間を見逃さずあたしはそのまま剣を部屋の奥へと蹴り飛ばした。


「何とち狂ってんだよ、先生!」


 あたしはガブリエル達を背に隠し、ヘンリーの方を睨みつける。


「いくらなんでもそれはねぇだろ! 頭冷やせ!」


 どこか艶かしい仕草で蹴られた手首をさするヘンリー。なのにゆっくりとこちらに向いた瞳は、ぞっとするほど暗い。


「ならば、どうするつもりなんだ? ジュリアンナは真相を話さない。こちらに協力するつもりのない同じ顔の人間がいる。……その危険性は理解しているだろう」


「だとしても受け入れられるわけねぇだろ……! あたしのためにお前の人生犠牲にしてどうすんだよ!」


「お前が幸せでいられるなら、俺はどうなっても構わない」


 破滅願望すら感じさせるヘンリーの言葉に、あたしは強く拳を握りしめた。


「どうなっても構わない? お前があたしのために手を汚して、それであたしが喜ぶと思ってんのか?」


 食い込んだ爪の痛みすら忘れるほどに強い胸の痛み。それが冷たい部屋の中で、あたしの体温を上げ続ける。


 気がつけばあたしはヘンリーの胸ぐらを掴んでいた。腕にかかる重さと抵抗。その全てをねじ伏せるように、喉にぐっと力を込める。


「……舐めんじゃねぇよ、ヘンリー」


 初めて口に出したその名前にヘンリーはぴしりと動きを止めた。わずかに動く唇。それが声を発する前に、あたしは噛み付くように言葉を紡ぐ。


「お前を犠牲にしてまで欲しいものなんて、ひとつたりともねぇんだよ……!」


 息を呑むヘンリー。その音すらも聞こえる距離で、あたしは紫色の瞳をひたと見据える。


「あたしは嫌なことは叩き潰すし、欲しいものは手に入れる。何一つとして諦めたりしねぇ」


 あたしはドンとヘンリーを押しのける。硬い感触に、じわりと拳に熱がにじんだ。


「……わかった。それならば俺はお前を信じるだけだ」


 あたしはヘンリーの言葉をうけてから、後方のジュリアンナへと体を向ける。ジュリアンナは怯えた顔でこちらを見上げていた。


 ここでただ協力者を聞いてもこいつは答えねぇだろう。何が原因かはわからねぇ。だがまず一つ、こいつに言いたいことがあった。


「……お前が禁術に手を出したのはノア様と婚約する以外に選択肢がねぇと思っていたからだ。違うか?」


「……」


 ジュリアンナは無言で視線を逸らす。転生する前は気にくわねぇと思っていた弱気な態度。だけど事情を知った今は、何故か少しだけ不憫に思えた。


「あたしも、少し前まではその幻想に囚われてた。あたしの運命の相手はあいつしかいねぇって、そう、思ってた」


 心の中を吐き出すように、少しずつ言葉がこぼれていく。その分軽くなっていくはずなのに、何故かひどく苦しかった。


「……狭くなった視界じゃ、大事なものも見えねぇだろ。お前が本当にそばにいて欲しいのは誰だ?」


 あたしの問にぴくりと肩を揺らすジュリアンナ。


「……ノア様、です。私は……ノア様の、婚約者で……」


 噛み締めるようなその言葉。そのはずなのに、あたしにはどうにも軽く感じられた。

 

 あたしはガブリエルの横をすり抜け、床に座り込むジュリアンナの横へと歩みを進める。そしてジュリアンナの前にしゃがみ込み、その顎をぐいと引き上げた。


「それが本当にお前の本心なのか? 表に出られねぇ間、一番頭から離れなかったのは――誰だった?」


「っ……!」


 揺れるジュリアンナの瞳。あたしの問いとともに、離れていく焦点。その視線を追った先には――不安そうに、こちらを見つめるガブリエルがいた。

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