第六十二話
鈍く光る剣先と、見開かれたジュリアンナの緑色の瞳。
くそっ……! どうすればいい! どうすれば止められんだ……!
満足に動くこともできないのに心臓が跳ね、息が荒くなる。あたしを嘲笑うように指先だけがカタカタ震えていた。
「ひっ……!」
ジュリアンナひきつった声が空気を揺らす。恐怖に染まったその顔と、迫る剣先。どこまでも無機質で冷たい光が、ジュリアンナの喉に突きつけられた。
誰も動けない、張り詰めた空気。荒い呼吸音だけが会議室にひろがっていき――それを打ち破るような大きな音が、扉の方から押し寄せた。
「ジュリ! いるんだろ!!」
聞き慣れたあたしを呼ぶ声と、既視感のあるノックの音。
ガブリエル……!?
その声にぴたりとヘンリーの剣が止まる。その先にいるジュリアンナは喉を震わせるが、声が出ないのか何も言わない。
なんでガブリエルがここにいんだ? いや、それはいい。やつならこの状況を打開できるか? そうだとしてこの状況をどう説明する?
この状況をみてガブリエルが大人しくてるとは思えねぇ。
もしガブリエルとヘンリーが対立したら――今のあたしに、止められるのか?
ぐるぐると働かない頭の中で思考が巡る。視界の端でちらつく剣先の鈍い光に、考える力が奪われていくような気がした。
「ジュリ……!」
……いや、んなこと考えてる場合じゃねぇ。とりあえず動く、そして変える。それが、あたしのやり方だろうが!
焦りをにじませるガブリエルの声。それをきいて、あたしはひたと前を向く。
「助けてくれ、ガブリエルっ……!」
自分でも聞こえないぐらい小さな、かすれた言葉。それをかき消すように――扉から、爆ぜるような音がした。
「ジュリ!!」
地を揺るがすような怒気をはらんだガブリエルの叫び声。風を切る音と共に二筋の光がヘンリーを襲った。剣を振るヘンリー。それと同時に鋭い音が弾け、2本のナイフが床に落ちる。
間髪入れずヘンリーの喉へと伸びるガブリエルの足。ヘンリーは身を引いて攻撃を避け、そのまま剣を構え直した。
「どういうつもりだ、ヘンリー……!」
ジュリアンナを背に庇うガブリエル。殺意をはらんだその視線はまっすぐにヘンリーを突き刺している。
ヘンリーは眉をひそめ、渋々といった様子で剣を下ろす。
「そいつは禁術を使った。その出所を聞いただけだ」
「は……?」
こちらに向くヘンリーの視線と、それにつられるガブリエル。
「ジュリが……二人……!?」
目があった瞬間、ガブリエルは溢れんほどに瞳を大きく見開いた。
「……そいつは殿下の寵愛を得るため別の人格をその身に宿し、不要となったそれを自分の中へと封じ込めた。そこにいるのは分離された別人格――俺たちが半年共にいた"ジュリ"だ」
淡々と語り続けるヘンリー。感情の感じられないその言葉はどこまでも冷たい。
「そんな……そんなこと、信じられるわけがないだろう!!」
擦り切れたガブリエルの声に、ヘンリーは軽く息を吐いた。
「そう思うのならば、そいつに聞いてみるといい。元々の人格――"ジュリアンナ"にな」
名前を呼ばれたジュリアンナはびくりと体を震わせる。その顔は全身の血を抜かれたのかと思うぐらい、血色が感じられなかった。
ガブリエルはジュリアンナを抱き起こすとぐっと顔を寄せる。
「全部、ヘンリーの嘘だよな? ジュリは……姉さんは、そんなことしないよな……?」
ひきつったガブリエルの声に、ジュリアンナはふっと視線を逸らす。
「それは……」
「なあ……嘘だって言ってくれよ……! じゃないと、俺は、俺はっ……!」
カタカタと震えたガブリエルの手。押し殺した悲痛な言葉が空気を振るわせた。
ジュリアンナは顔を伏せたまま黙りこくって口を開かない。それが何よりも明白に、ヘンリーの言葉を肯定している気がした。
「……俺は真実を知る必要がある。ジュリを守り、ジュリアンナの今後の処遇を決めるために」
「処遇……?」
どこか呆然とした様子で、ガブリエルはヘンリーの言葉を繰り返す。
「ジュリの幸せのためには、ジュリアンナの存在が枷となる。……もし、ジュリアンナが今後ジュリに危害を及ぼすならば――今ここで、消えてもらう」
「っ……!? そんなこと、させるわけないだろ!」
「ジュリアンナは禁術に手を出してまで殿下の寵愛を得ようとした。ジュリが殿下を選んだ場合、黙っているとは思えない」
「それは……」
淡々と追い詰めていくヘンリー。ガブリエルは顔を歪ませぐっと拳を握りしめる。ふるふると揺れるそれが、ガブリエルの葛藤を表しているような気がした。
「……お前が愛しているのは、姉であった"ジュリアンナ"か? それとも、お前を変えた"ジュリ"か?」
ガブリエルは言葉を選ぶように、わなわなと唇を震わせる。しかしそこから、何も出てくることはない。
ヘンリーはその様子をみて……剣を、ガブリエルへと突きつけた。
「もし邪魔をするならば容赦はしない。……お前は、どちらを選ぶんだ?」
無慈悲な問いが鼓膜を揺らす。生温かい部屋の空気が、今だけはひどく冷たく感じられた。
「俺が……俺が、愛してるのは……」
瞳を揺らしながらヘンリーの言葉を繰り返すガブリエル。短い呼吸に合わせて何度も上下する肩が、その葛藤を表しているかのようだった。




