1-9 『進化する、ネームド。』
カナデとマリエは目を瞑り、あの日の感覚を手繰り寄せる。身の内から現れる何か、自分の中から呼び覚まされる、自分を表す力。
その瞬間、カナデはスプレー缶を、マリエはハルバードを再びその手に宿す。生者の思いが具現化したその力は、あの世の者たちにとっては天敵とも言える力。
世界を揺るがさんとする死者達に、今を生きようとする者が負けるはずがない。
「ふきぃっ……飛べぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
渋谷スカイを一面に囲う多くのウヨウヨの内、ある一個体がマリエに攻撃を仕掛ける。
力強い突進をハルバードの斧部分で受けると、マリエはそのウヨウヨを力強く打ち返した。吹き飛ばされ、その後を追いかけていた者たちが報復に向かい来るが、
「止まれ!!」
その者たちの突進が、マリエの目前で止まる。彼らの身体を包むようまとわりつき、即座に硬直し、物質として空間に固定される赤い塗料。
カナデのスプレー缶は自由の幅が広い。敵からの防御も、攻撃の妨害も、そして、
「そんで、もいっかい吹っ飛べ!!!」
封じ込まれた者たちを前に、スプレー缶を自身の前の空間に吹きつけ、棒状の武器を描き空間に固定する。オリジナルの武器を創造し、手に取り、全身を使って思い切り薙ぎ払う。避けることもできずに場外まで飛ばされ、もう動かなくなった個体は、そのまま抗うことなく地上へと落ちていった。
「ふん、やっぱりやるじゃない。バイトとしてはいい腕ね」
「アンタの方こそ、中々の馬鹿力でしたよ」
「いや褒めてるの、それ?」
「そりゃもちろん」
「むーっ、素直になったり面倒臭くなったり、人間ってほんと忙しいんだから」
「でも、だからこそやりがいがあるってもんよ。君をあっと言わせて、私と一緒にいてよかったって、そう思わせてあげる。心の底から、必ず私のことを信頼させてやるわ!!
それが私の、今の生きる目標だから!!」
「……へへ、そうですか。そういう展開、俺も期待してますよ!!」
今回で渋谷への、あの世からのお尋ね者の襲撃も、二度目となった。一週間前の一度目も、今回の二度目も、奴らは渋谷アーバンの前にわざわざ姿を現し、カナデとマリエに襲いかかった。
分かってきたこともある。この襲撃は、自然に発生したような偶然ではない。今回も、恐らく前回も、これを指揮した『リーダー格の存在』がいる。
次々と仲間が消えていく中、残った個体達はある一点に集中する。先程も真っ先にマリエに突っ込み、今も目の前に立っている一個体こそが、恐らくはこのスクランブルスクエア襲撃の中心人物。
うろめきながらも、力を振り絞り、目の前のカナデとマリエを殺しにかかる。力がなければ、己の身での突進でも構わない。何度も突っ込め、そして突き落とせ。落として、グチャグチャにでもすれば、二度と動き出すこともないだろう。あの渋谷アーバンの二人が消えれば、そうすれば自分達はようやく……だが、
「ふふっ、いい気分だわ!!若い子に頼られようとして、必死に私自身の意志で動こうとしてる!!これよこれ、こういう風に生きてみたかったの!!全力で、自分が『したい』からって、してる!!」
「自分がしたいように……俺がここにいるのも……俺が、この人を選んだのも……それがその答えなら!!」
「「本当の自由は決めつけもこじつけもない、自分が心から思うこと、ただ一つだけだって!!」」
いたいからいるなら、いればいい。したいからするなら、すればいい。本当にそれを心の底から思っているなら、不満も、躊躇いも、何も感じないはずだ。
そして、それは人に勇気と力をもたらしてくれる。
カナデは突進してくる者を馬跳びで飛び越え、背後からスプレーを吹きつけその場に固定、頭上から振り下ろすよう棒で叩きつける。
マリエはハルバードの先端を足で蹴り飛ばし、手のひらで回転させ上下を反転させ、本来は持ち手の柄の箇所で、迫り来る者達を……まとめて串刺しにする。
「ふふん、名付けて焼き鳥カウンターアタックよ!!居酒屋浸りの私が言うんだもの、間違いないわ!」
「名前の割にやってることエグいけど……」
カウンターを受け、呻き塵となり、一人、また一人と消えていく者たち。普段なら寝転んでばかりで、絶対に出来ないような体の動作までもを可能にするのが、人の自由の力。すなわち、心から芽生え出る『能力の本質』。
これで全部。最後に残ったのは、奴らの中心格のみだ。
「もう後悔しても遅いわよ、覚悟固めた私たちの力、思い知るがいいわ!!」
「こんなとこで負けてられるほど、俺もこの人も暇じゃないんだよ!!俺だって見つけてやるんだ、この場所で、俺自身の本心を!!」
未来への熱意は変わらず、むしろより一層ハッキリと明確に、強くなった。望めば望むほど、生きようと思えば思うほど、能力は力を増す。この世界を変えたいなら、立ち向かうしかない。だからこそ二人は現実と、自分と向き合うことを決意したのだ。
もう突っ込むことしかできない、後には引けない。中心格も正々堂々単騎で突進してくる。その生きたいという意志も受け止めて、そして打ち勝ってみせる。
「「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」」
並ぶカナデは右から、マリエは左から身を捩らせ、手にしていた棒とハルバードで対抗する。生者と死者の命をかけた衝突。どちらが自分の未来を手にするのか、それは。
「……ふふっ」
胴体部に二本の切断線が生まれ、大量の粒子を吹き出し倒れ込む者の姿。手を伸ばすようにも見えるその姿は、誰の目にも映ることなく、誰からも知られることなく、ただ静かに消えていく。
どれほど足掻こうとも、生の渇望の強さは、彼らには到底及ばなかったのだ。
「ふう……終わりましたね、マリエさん」
「ええ、初めての時よりも、随分良く立ち回れてた気がするわ。上出来よ」
「何先輩ぶってんですか、まだまだこれからでしょ?俺も、アンタも」
「あら、流石に一回じゃ認められなかったかしら。年下君の、まだまだ手厳しいこと」
こうして、またしても人知れず渋谷を守り抜いた、渋谷アーバン。でも、どちらかと言えば世界の平和より、誰かの幸せより、自身のために戦ったといった方が正しい。
今日という一日は、存在証明の一日でもあった。何の意味もない、ただネームドであるだけの存在が自我を持ち、物語の中で一人でに動き始める。
それは、新しい人生の幕開けを意味する。
「でも、私は怯みはしないわよ。君のことをいつか絶対に堕としてみせて、信頼を勝ち取って……あろうことか、互いに裸で擦り寄るまでお近づきになってやるわよ。覚悟しときなさい?」
「すごいセクハラを約束されたけど……ま、ちゃんと叶えばいいですね?」
「ふん!まだまだ未熟な君なんざ、私の大人でクールな誘惑でイチコロよ!」
「へー……そういうアンタこそ、さっき俺が抱きついた時、すごい声出してた気がするけどな〜……あれれ?」
「うぐっ!?そ、それはだってその、い、いきなりでビックリだったし?」
「内心は、案外ちょろかったりして?」
「もー!!そーやってバカにしないの!!いじわる!いけず!ならずもの!!」
「ぶっ、ふふっ……」
「もう……ぷぷっ」
先程までの空気感が抜け、ようやく元通りの雰囲気へと戻っていく二人。普段はおちゃらけていても、何も考えずにぼーっとしていても、そんな一人一人には自我があって、一つ一つの思いがある。本当のネームドになった彼らの歩む人生そのものが、その証明へとつながる。
カナデは、自分の知らない本当の自分に出会うために。
マリエは、カナデにとって頼れる存在になるために。それぞれ軸を持って人生を生きるようになる。
「あっはは……ふう、じゃ、もうシリアスムードはおしまいね!明日からまた明るい、ちゃんと私たちらしい渋谷アーバンで行くわよ!!」
「またセクハラ祭りか……まあ、楽しければいいんですけど」
「ふっふっふ。なんなら、今から、でもいいのよ?」
「いやいや、もう今日は流石に疲れたでしょ!俺も眠いし、それはまた今度で」
「ふーん……ま、いいわ。まだ君との勝負も終わってないしね。私が君を従えさせられるかどうか。正々堂々、いや、卑怯じゃなければどんな手でもあり!これから毎日勝負よ!!」
「ええ、お互い恨みっこなしですよ!」
初めに倫理の壁を払い、次はトンチキな恋堕とし。彼らの奇妙な関係も、不思議な距離感を保ったまま、だが、着実に前へと進んでいる。
「よし、今日はここで解散!!お疲れ、バイト君!」
「はい、お疲れ様でした、マリエさん!」
この渋谷の中で、最も空に近い場所で手を交わす。
人間と悪魔の物語が、1ページ分だけ未来へと紡がれた。




