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1-8 『今までなんとなくで、生きてきたから。』

「何だか、こんな感じ初めてかも」

「こんな感じって?」

「こう、ただ突っ立って、眺めて、立ち止まってぼんやりとするっていうか、今一度考え直すというか……今まで、自分でも分かってなかったみたい、私自身のこと」


 マリエは、これまでずっと堕落した日々を送っていた。それこそ金とは無縁の、苦労もなければ幸せもない、退屈な毎日。唯一漫画と酒に浸っている時だけが、そんな現実から目を逸らすことができた。

 これが普通なんだと思っていた。人生は退屈で何もないだけだと、意味なんてないと。だから気にしていなかった。気にしてないと、そう思い込んでいた。


「本当はね、もっともっと、今よりもずっと前から悩んでたのよ。私が人間のこと、社会のこと、何も知らないこと。こうしてマネージャーになる前、学校でやるべきだったこと、全部サボってて。最初は未来のことなんて、何も考えてなかったから、だから今さえ楽しければいいって思ってたの」


 悪魔の生活の中にも、人間世界のような学校は存在する。いわゆる大学のような場所で、マリエは当時、最低限の課題と出席、単位習得だけをこなして辛うじて卒業した。

 成績はいつもギリギリ。それどころか、遅刻は当たり前で居眠りは常習、問題児もいいところだった。

 未来のことなんて、わからない。だから今だけ楽しんでいたい。そう思っていたマリエは、大学や未来のことは二の次で、よく同じような雰囲気の仲間と共に校外でつるんでいた。


「笑っちゃうわよね。楽しんでいたいって言っときながら、本当は怖かったのよ。周りはどんどん学んで、色んなこと知って、未来を決めて。私には何も浮かばなかった。そのことがバレるのが怖くて、フラフラした自分が情けなくて……ずっと悩みの種だった」


 これまでの行動も、全ては自分のなんとなくから来たもの。マリエは、今の自分が楽しんでいると、本気で信じ込むようにしていた。マネージャーになってからも、熱心にアタックだけはした。

 でも、そこに自分の本心はあっただろうか。自分で何をするのか、自分は何がしたいのか、志はあっただろうか。いや、そんなものは何一つなかった。だから人を集めても酒を飲むだけで、どんなことも中途半端だった。


 自分は『空っぽ』だった。だから大学を出た後、急速に始まった身の回りの変化に、振り回されてばかりだったのだろう。

 マネージャーとなり、四人を引き込み、見捨てられ、その後一人の少年と出会い、共にアルバイトを始め、金に関しての勉強を始め、社会に対する理解を深め……ここ数ヶ月で、どれだけのことがあっただろう。


「……はぁ」


 なんとなくエモくて、未来に向かってる……『気がした』だけ。フラフラしたままでは、当然何も上手くいかず、そもそも何かをすることすら出来ない。

 思い返すだけで疲れて、マリエは深いため息をつく。天空から見下ろす、光り輝く街に意識が飲み込まれていく。頭の中を空箱にして、そうやって気分を落ち着かせていた。


「こうなったのは……俺のせい、でもあります」


 横にいたカナデも、周りが見えなくなっていた自分を止め、一度頭の中を整理しようとしていた。プライドに駆られて、好き勝手やって自分だけ失敗するのはまだいい。問題なのは他人のマリエが巻き込まれ、彼女にまで迷惑がかかってしまうことだ。

 自分が催促した事務所、バイト、給料。その全てでマリエ共々、フラフラとしたまま突っ走り、当然の失敗と挫折を得ることとなった。

 

「俺も……自分のことが、分かってなかった」


 とにかくやってみる、でも身体を無意味に動かすだけで頭を動かすことはしない。熱意だけで、実際に理想を現実にするために考えはしない。そんな中途半端にしか動けないからこそ、自分も、周りも不幸になってしまう。

 何故、渋谷アーバンに居ようと思ったのか。今一度自分というものを……確かに存在するはずの、自分の本心を見つけ出し、この現在の『空っぽ』の自分を変えなければならない。




——何も変わらない退屈な日常。その中で、自分と言う存在の意義を見つけたい。でも明確な指標も目標も、計画もなければ、考えることもできない。これまでの渋谷アーバンは、そんな『空っぽ』な心達が引き起こした暴走劇だった。




「……」

「……」


 今日一日は色々なことがあった。全部同じ日の出来事とは思えないような、甘さも苦さも沢山の一日。何度も疲れて、それで、やっぱり何度も疲れた。

 だけど、まだ帰りたくない。この奇妙で、でも不思議な今日を終わらせたくない。


「……ねえ、バイト君。今どんな気分?」

「どんな気分……ですか。全然、そんな良くは……」

「私はね、すごいポワポワしてて、なんだかエッチな気分」

「……は?」


 先程までの空気とは似つかない、急に気まずくなるような発言をするマリエ。突如現実へと引き戻されて、つい辺りを見回すカナデだったが、もう人は誰も残っていなかった。


「私を連れ去って、夜遅くまで街に残したんだもの。そういうこと、少しくらい考えてたんじゃないかしら」

「いや、ち、違……って、またお得意のセクハラですか、マリエさん。まあ、そんな冗談飛ばせるだけの元気が出て、ホッとしたけど——」

「冗談なんかじゃないわよ」


 いつもの冗談とは雰囲気が違った。でも普段通りにしか接することができなかった。本気にさせてしまった責任など、取れるはずがない。

 さりげなく無責任に流そうとしたカナデを、マリエは逃がすことなく押さえ込み、そのまま側にあった野外ソファへと押し倒す。


「うぉっ……え、ちょ、その……」

「お礼、欲しいんでしょ」

「う、嘘なんです、よ、ね?また、俺のこと辱めて、反応笑って、バカにするために」

「欲しいのよね。いいわ、お望み通り、存分に労ってあげる」

「え、えと……っ!?」


 首筋を撫でられた。これまでも身体には何度も触れられたことがあるが、ペタペタとしたそれまでとは違う、じっくり舐められるようなこそばゆい感覚。


「あ、っ……マリ、エ、ざ……」

「ふふっ、可愛いわね。経験もないくせに一丁前に男ぶって。もう後悔しても無駄よ、私に火をつけたのは、君だから」

「……っ、っ」

「全くズルいのよ。私のこと、いつまでもか弱い女の子扱いして。年上のマネージャーに優しくして、弱音吐かせるなんて、いい度胸してるじゃない」


 そう言って、今度は肩甲骨周りを優しくなぞるように撫でる。女性特有の滑らかな指が徐々に下へと降りていく。跳ね上がるその反応を見て、より頬を赤らめ、息が微かに早まる。

 乱れた髪を払い、そこにある小さな男の子の顔を覗き込む。緊張で強張っている、未知の経験に恐怖心を抱いた顔。その顔を覗くと、優しくて、可愛くて、愛おしくて……自然と、守りたいと思ってしまう。

 自然と……心の底から、自分の『本心』、から。


「待っ、て、マリエざ……俺は、ぞんなん、じゃ……」

「君に立場を教えてあげる。私だって、負けてなんかいられない。

決めたわ、私は絶対に君を従えて見せる。従わせて、『君が心の底から信頼できるような、そんなマネージャーに、人生の先輩になってみせる』」

「……えっ」

「だから、あまり舐めたマネしてんじゃないわよ、バイト君。私は君と一緒に、この渋谷で生き残りたい。どんな酷いこと言われたって、どんな理不尽なことに揉まれたって、誰にも、自分自身にも、折れたりなんかしてやらない。今の私自身の本心が何か……

それを気づかせてくれたのは、貴方よ」




「マリエさん……」

「私と、ここで、誓い(ケイヤク)を交わしなさい。サカバカナデ」

「……」




 今まで以上に色気を漂わせ、シリアスに真面目に、目の前の男と向き合う女。その姿は普段のような腑抜けたものではない、確かに、一人の女性の品格を持ち合わせていた。

 女としての本当の魅力を解放し、顔を近づけ、紅い魅惑の湖に彼を沈める。あと僅か、唇を奪われ、呼吸を奪われ、その身の全てが奪われる……その寸前のことだった。






[ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!]

[きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!]

「「!?」」






 それは、時を待たずして突然に起こった。

 数名の男女のけたたましい声が聞こえたのと同時に、渋谷スクランブルスクエアが大きく揺れ動き、長い事離れていた現実へと戻される。地上から、恐るべきスピードでビルを駆け上り、属する者たちを率先するのは、ある一体の『ウヨウヨ』。

 警備のスタッフを次々と跳ね飛ばし、向かう場所は渋谷スカイ、つまりカナデとマリエのいる場所だった。


「……っと、もう、こんな時に限って来るんだから」

「っ……あれって、一週間前に現れたあの……!!」


 1階から46階まで、侵食されるように青い光に飲み込まれ、渋谷スクランブルスクエアは瞬間的に無数のお尋ね者達の下に陥落する。イイ雰囲気を邪魔をされたマリエは、若干不満げにカナデを叩き起こし、渋谷スカイ中央部にて奴らと対峙する。

 未だに身体が熱を帯びている、その中でマリエは、一つの答えを掴みかけていた。


「さあ出番よ、バイト君。私たちは渋谷で生きる一個人、そして、アーバンエッセンシアのメンバー。私たちは自分達の考え方で生きることが出来るはず。誰にも、そして私たち自身にも左右されない軸があればね」

「っと……は、はい」

「私はもう、半端に立ち止まりたくない。私は私自身の考えで、君と一緒に未来へと進んでいきたい……それが私の見つけた今の本心」

「マリエさん……自分の本心を遠ざけて、ビビってるようじゃ意味なんてないって、ことですよね」

「そういうことよ。新しいことは、いつだって不安に満ちてる。でも立ち止まってたら、未来になんて一生辿り着けない。私はそんな人生から変わりたい。だから、動かなきゃ」


 心情を口に出して吐き、思考を整理して初めて分かったこと。

 自分達の中の焦り。大人や社会への憧れ。過去の自分への後悔。一個人の心の中の、様々なカオスな感情。

 見つめなおして、そして今どうあるべきか。自問自答の先で彼らを待つのは、より洗練された結論という名の未来。


「——さあ、さっきの誓いの続きよ。私たちの名前は?自信を持って、忘れないように、アイツらにハッキリと言ってやりなさい!!」

「……サカバカナデとノゾミマリエ、俺……いや俺たちは、正真正銘『二人で一つ』の渋谷アーバンです!!」

「上出来よ、バイト君!!他に誰もいない、私と君だけの世界。自分達だけの色を、これから見つけに行くわよ!!」

「本当の『自分自身』に出会うために……行きましょう、マリエさん!!それで俺を従えるなら、ちゃんと行動で証明して見せてくださいよ!」

「ふふっ、こんなにも多くの観客様がお集まりなのよ。この華麗なるノゾミマリエ様の勇姿、とくと目に焼き付けるがいいわ!!」


 自分と向き合うことで、渋谷アーバンはその場での足踏みを止め、ようやく数歩前進することが出来た。そうして繰り返すうちに、いずれは理想でしかなかった、思い描いた未来へと、この足は必ずたどり着くはず。

 だから着実に、ゆっくりでも焦らずに、本心を忘れず自分達らしくあり続ければいい。

 カナデとマリエは今日、『自分の本心』というものを、初めて意識した。

マリエは、明確な自分軸がないままフワフワと行動してそのまま大人になってしまった、いわゆるキョロ充。カナデは、プライドばかり先行するのに実力が伴わない、いわゆる悲しい奴が初期キャライメージになってます。キョロ充と悲しい奴が、具体的イメージの伴わない目標に向かって走れば、当然こうなりますよね。

現時点では主人公として終わっていますが、ここからどのように熟していくのか見守って欲しいと思っています。

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