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1-6 『浮つく熱意と、無謀。』

「ふわ〜っ……あ、おはよー、バイト君」

「おはようございます、マリエさん……相変わらず、すごい格好ですね」

「えぇっ?ちょっとなぁに急に、褒めても何も出ないわよ〜っ?」

「いや褒めてないし。ほら、いつまで寝ぼけてるんですか」


 渡されていた合鍵を使い、部屋に上がり込むカナデ。若干散らかった床に寝転んでいたのは、タオル一枚のみを身に巻いて、ほとんどの裸体を曝け出していたマリエ。

 彼女を起こしに、カナデは週末の日曜、朝一で職場へと出向いてきたのだ。


「ほら、今日は例のアレの日ですよ。それなのに……昨日こんなに酒、飲んだんですか」

「ん〜……って、あっ!!あれ、今日ってもう日曜日!?昨日って、カナデ君が初めてウチに来た日じゃなかったっけ?」

「いつと勘違いしてるんですか!?あれ、もう一週間も前ですよ!あれから毎日、学校終わりにムェックとかステュバとか行って、一緒に勉強してたじゃないですか!!」

「……あー、ぜんっぜん、分からん……てか頭いったた……」


 飛び跳ねるように起きると、落ちていた缶をいじるカナデの目などお構いなしに立ち上がり、二日酔いの重い頭をぐりぐりしながら伸びをするマリエ。

 タオルが肌を滑って落ちるが、カーテンを全開にして仁王立ちになり、窓から差し込む日差しに朝の挨拶を送る。


「よく恥ずかしげもなく……ブレないアンタがすごいよ」

「ふふ、当然よ。全裸ほど自然体でいられて、落ち着けるものはないわ!あ〜、気持ちのいいお日様ね〜〜っ、ほらバイト君も一緒に……」

「っ!?ちょ、こっち振り向かないでって、見えてる!!全部見えちゃってるから!!」

「なに、これもお得意のセクハラよ♪」

「ここ数日で何学んでんですか!」


 毎日見てるネット漫画の知識に、新たに現代用語の知識が混ざった結果、余計なことに関しては群を抜いて賢くなったマリエ。セクハラの意味をある程度理解し、ある意味人間の倫理観に一歩歩み寄ったとは言える。


「なんか癪だよ……」

「ふっふん、私の地頭の良さに惚れ惚れしちゃったんでしょ?」

「誰が惚れるか!!ほら、さっさと着替えて、『バイト』行きますよ!」

「はーい!あ、別に少しなら覗いてもいいけど?」

「いーから、は、や、く!」


 恥を知らないマリエに一歩優位に立たれているカナデは、少し釈然としない表情のまま彼女を引き連れ、共に渋谷の街へと赴いていく。

 どうして休日に早くから外に出るのか、その理由はと言うと、


「はーい、いらっしゃいませ〜っ!!こちら、ランチタイムのBセットとなってま〜す!!」

「マリエさん、それ違うとこのやつだって!ほら、こっちがその席の注文……ってあれっ?これも違うんですか!?」

「ちょ〜っと、バイト君!!私も間違えて君も間違えてるようじゃお話にならないじゃない!!」

「ぎく!そ、そりゃ、誰だって一度くらい人生で間違えることは……いや、話してる場合じゃなかったぁぁぁ!!」

「いやぁぁぁぁ!!!レジ打ちも配膳も回ってないじゃなぁぁぁぁぁい!!!」

「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!!」」


 客が絶えることのない、大都会渋谷の昼のイートインカフェ。二人はなんと、そこで今日からアルバイトを始めることにしたのだ。

 意味が分からない。アルバイトの中でアルバイトを経験する、実に本末転倒なことが起きているが、それもそのはず、これは誰かのススメでもなく、二人が自分達で決めたことだった。


「ぜーはー、ぜーはー……い、忙しすぎて死ぬかと思ったわ……」

「金稼ぐのって、こ、こんなに、大変なんだ……ほんっと、疲れた……」


 そもそも二人が真っ先に取り掛かったのが、事務所の確保と知識の習得……確かに最終目標ではあるものの、至るまでの具体的なプランは何もない。

 日夜テナント募集の広告を探してはその額に辟易し、街の本屋兼カフェに潜っては長居し、その際にビジネス自己啓発本を開いて、賢くなったつもりでいた。

 こんなものは、ただその場で足踏みをしてるだけに過ぎない。


「これ、目標金額行くのに、何年かかるのよ……」

「てか、貯まる前に先に俺たちの命が尽きるかも……き、給料入るの、今月末とか言われたし……」

「き、今日初日なのよ?アタシ達へばりすぎじゃない?」

「これが、帰宅部の末路……あ〜〜、引きこもってないで、もっと運動しとけば良かったぁっ!!!」

「も〜〜、私、家帰って漫画読みたぁぁぁい!!!」


 バイトでちまちまと金をかき集めながら、その間に社会の勉強を重ねて……そんな理想じみたプランなど、当然一日で崩落する。金がその日のうちに手に入るなど、まさに論外だ。

 部活にも行かず、スマホ片手に家で漫画三昧だったカナデと、日夜飲み歩き、スマホ片手に裸で漫画三昧だったマリエには、こんなハードなスケジュールなど到底こなせるはずもなかった。


「漫画……って、あっ!!そういえば、今日最新話更新日でしたよね!ほら、『時の最端』っていうループものSF——」

「ん?ああっ、そうだったわ!『私、異世界行ったらめちゃくちゃ強い斧持っちゃったので、お嬢様になってチーレム無双して男引っ提げて豪遊しちゃいますわよおほほほwwwww』の最新話!!」

「……え、えっ?ああ、そ、それもなんですね……そのタイトル大声で言う人初めて見たよ……」

「そーそー、そうだったわ!あれすーっごい見てて楽しいのよ!!ちょー強い『ハルバード』が急に道端に落ちててね?今まで冴えなかったのに拾った途端人生逆転!!はぁ、まるで宝くじに当たったみたいだわ……」

「ドテンプレすぎでしょ……って、あれ?そういうのどこかで聞いたような……」

「ん〜、聞いた途端に色々と吹っ飛んじゃったわ!!も〜、待ちきれない!ささ、早くステュバ行くわよ、バイト君っ!」

「わっ、ちょ、引っ張んないでって!!」


 そうして日が落ち始めた頃、二人は共通の趣味を掲げながら、打ち上げの場へと急ぐ。色々と課題はあるが、まずは一日働いて疲労を溜め込んだ身体を労るべきだ。


「……はーい、お疲れ様ー。かんぱーい!!」

「かんぱーい!!はー、喉乾いたー」

「ごく、ごく、ごく……ぷは〜っ!!!たまにはお洒落に気取って、アイスティーもいいわね〜」

「飲み方が完全にジョッキのそれだけど……まあ、酔わないだけマシか」


 ステュバで座り込み、なんか海外風なBGMが流れる中、二人は共通の趣味である漫画について語りながら、ドリンク片手に浸り込む。


「……まあ、そいうわけで、『おほほほ』の良いところはとにかくストレスフリーなところよ。確かにドテンプレだけど、どうすれば読む側が気持ち良くなれるかが考えられててね。だから、他にはない圧倒的な没入感があるの」

「ひょっとしなくても……マリエさんの能力の『あれ』って、その漫画由来?」

「うん、多分ね。きっと能力は『人の人生の中で大きく影響したもの』が関係してるのよ。私は漫画ばかりだったから、それになっただけ」

「うーん、そっか……俺の好きな漫画に、スプレー缶なんて出てこなかったけど?」

「大分尖ってるわよね、君の能力。ま、忘れてるだけじゃない?ちっちゃい時は、ブイブイ言わせてたりしてね?」

「どんな幼少期ですか、それ……」


 いつも通り駄弁り散らすのも、もう今日で一週間。初めに比べては慣れたような、やっぱり全然慣れてないような。ホモ・サピエンスと悪魔を隔てる価値観の壁はまだまだ厚いが、少なくとも悪い気持ちにはならなくなった。


「……まあ、なんだかんだで終わっちゃいましたね、今日も」

「そうね。すっごい疲れたけど、バイト君と話してたら、そんなのも気にならなくなってくるわ」


 気づけば、外も暗さが増してきた。ステュバを二人で出て、共に夜の街に出向く。ちょうど人が多くなってきた頃、途中にいくつも居酒屋があったが二人は素通りし、そのまま帰路に着いていた。


「あ……ふふっ、ねーねー、ばーいーとーくーんー?」

「うっ、急にい、嫌な予感が……何、ですか?」

「このままさー、私の家、泊まっちゃいなよ?今なら、また一緒にお風呂入ってあげてもいいんだけどなー」

「ひっ……え、ええええ遠慮します!あ、あの日のことは、思い返すだけで悪寒が……わひゃぁっ!!」


 気分が良かったせいか、マリエは急に大胆になり、抱きつくようにしてカナデを誘い込む。見事にトラウマを植え付けられたカナデは肩を震わせるが、マリエはわざと無視し、カナデの腕を胸に押し付けたまま離さない。


「ちょっ!?ここ人前なんですよマリエさん!?変なことしないでくださいってば!!」

「ふふ、バイト君ってば、照れてる照れてる♪」

「ちょ、もう……やっぱり倫理観合わないな!!」

「真面目な人間にもなれて、悪戯な悪魔にもなれる……なんだか私、狡猾な策士になった気分だわ!」

「もう何言ってんのか、分かんないよ!!」


 何故そこまでセクハラが好きなのかは知らないが、このまま騒げば周りの視線がさらに集中する。絶対に避けるべき光景が脳裏に浮かび、カナデは苦渋の決断を迫られる。

 そして、


「っ……こうなったら、俺だって……!!」

「ぇ?」

「うおりゃぁぁぁぁぁっ!!!!!」


 きっと変な気分になっていたのだろう。谷間に包まれていた腕を引っこ抜くと、カナデは逆説的な考えで、逆にマリエのことを思いっきり抱きしめ返した。


「へ……で、どぅぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!??!?」


 今朝からずっとやられっぱなしだったマリエへの、その仕返しになればと思った。

 身長差から、ちょうどカナデの下顎がマリエの胸に当たり、髪から香る若々しい男の匂いを吸い込む形になる。


「あ、あわわ、あ、あああああああの、その、えっ、ととととと!!!!?!」


 意外なことに、これが良く効いた。一方的にアレコレできたからこその自信だったと分かった以上、もうこっちのものだ。


「さあ、降参ですかマリエさん!!相手に突然セクハラされたらどうなるか、思い知りましたか!!はい!?」

「は、はい、すみま……そ、そそそそそそそ、そんなことないわ!!?経験豊富で、君より年上のこの私が、そ、そんな年下の男子の攻撃なんかで!?ねぇ!?」

「テンパりまくってるくせに、往生際が悪いんですよ〜だ!!このっ、もっとやってやる!!!」

「は、恥ずかしくなんて、恥ずかしくなんてないわ!!!セクハラ悪魔が、こんな年下に、ちょっとガツンと来られただけで、負けるなんて……!!!」


 お互い恥もプライドも捨て去り、目の前の相手を抱きしめて堕とそうと必死になっている。もはや周りなんて見えてない。

 結局おびただしいほどの目線を向けられ、訝しげに避けられながらも、二人はその場で相手を抱きしめ合う。


「絶対君なんかに負けてあげないし!!バイトでも戦いでも、私よりも上に立とうだなんて、何年も早いのよ!!」

「アンタこそ、上に立つつもりならちゃんと態度で示せって!!金払うまで、偉ぶろうだなんて思うなよ!!」

「ふん、絶対上だって認めさせてやるんだから!!」

「俺だって、これ以上舐めさせてなんかやらないぞ!!」


 寄ったり離れたりの距離感、しょうもない意地と意地のぶつかり合い、どうも素直になれない面倒臭い性格。真逆そうに見えて、実は似た者同士の二人が戯れ合っている、その横で。






「ねーねーおじさ〜ん、今日はどこ行こっか〜?……って、言うまでもない感じじゃん♡もー、おじさんマジ過ぎ〜♪」


 ふと、カナデとマリエの側を通り過ぎていくのは、スーツ姿の中年を連れた、軽い口調の女。その中年を誘惑するような口ぶりで、普段は理性の鎧に秘めた本性を引き出そうとする。

 この街では、人と人のすれ違いに特別なものはない。当たり前で、むしろ誰もいない時間なんかないほど……であるのに、


「あっ……」

「ん?ひょっとして、『#mireNa』ちゃん……?」


 その街で今日、マリエは奇妙な縁を感じることになるのだった。

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