プロローグ-4 『新しい日々への、予感。』
カナデとマリエは、『あの世からのお尋ね者』達に蹂躙され、なぶり殺されてしまった……かのように思えた。
だが、現実は思わぬ結果へと転じた。
「……あ、れ……?」
気づけば、カナデはその手に一本の『スプレー缶』を持っていた。射出口は微かに赤く染まり、明らかに使用した痕跡がある。
「……ん、ん……?」
気づけば、マリエはその手に巨大な『ハルバード』を持っていた。黒光りする刀身には青い粒子が飛び散り、何かを斬った痕跡がある。
「これ、って……」
「もしか、して……」
整理が追いつかない頭を、落ち着かせる。焦りでかき消されていた感覚を思い出し、それが自らの身を救った確かな事実だと知る。
敵の攻撃によって死を覚悟したあの瞬間、カナデとマリエは、対抗する力の『能力』をついにその身に発現させたのだ。
カナデは線を描き創造を可能にするスプレー缶を、マリエはどんな理不尽も薙ぎ払えるハルバードを手にし、それを無意識のうちに放った。
『はぁっ!!』
『でりゃぁぁぁっ!!!』
スプレーを宙にふりかけると、それは一瞬にして空間に固定され、赤い粒子の壁を作り、攻撃を跳ね返す。一方、ハルバードを大きく振りかざすと、その広い攻撃範囲に巻き込まれ、周囲を囲んでいた無数のウヨウヨが一網打尽にされる。
青い粒子を撒き散らしながら、倒れ込むようにして次々と消滅する、あの世からのお尋ね者達。命の瀬戸際で手にした能力はどちらも強力であり、全く異なる性質をしている。
テクニックとアクティブ、二つの性質の力の前に、敵は一瞬にして消滅を余儀なくしたのだった。
「うそ……やっ、た……やったやった、やったぁぁぁ〜〜っ!!!」
肩を震わせた後に、マリエは手にしていたハルバードを宙に思い切り投げ飛ばし、両手を上げて万歳する。死ぬかもしれなかった危機的状況を脱し、さらには対抗する力である、念願だった能力までも手にした。
こんなことは今までなかった。能力を手にすることも、その能力を活かすことも、自らがアーバンエッセンシアとしての責務を成し遂げたことも。
「あんな大群、ほんとに、俺が、やっつけて……!?ダメだ、全然頭が追いつかない……」
「やったよ、やったんだよ、バイト君!!私たち能力を使えたんだよ!アイツらから、この街を救っちゃったんだよ!」
「街を……救った?」
「そう、これがアーバンエッセンシアの業務内容ってわけ!人知れず蔓延る悪を討ち、世界に迫る脅威を退ける!どう、段々秘密組織っぽくなってきたでしょ?」
カナデはもちろんのこと、マリエも実務を経験したのはこれが初めてだった。元々この渋谷は例の存在が現れにくく、他エリアに比べて平穏な街であるとされていた。だからこそ日の浅いマリエはここに配属されていたのだが、カナデとの出会いにより、彼女の日常にも変化が起こった。
「……アーバン、エッセンシア。これが、その」
日常が変わる日。予想とはかなり違った形ではあるものの、カナデもまた、人生の大きな転換点を迎えた。誰にも気づかれぬ間に、隠れて世界を救うアルバイト、それこそがアーバンエッセンシア。体育会系と比べて、接客系と比べて、果たしてどちらがいいのかは分からない。
「……」
「すっごいわ……こないだ漫画で見てた斧槍まんまだし……やっぱり強く思えば、神様はチャンスをくれるのね!!私もこれで、立派なアーバンエッセンシアの一員よ!」
「……」
「よかった、本当に、よかったわ……今度こそ私がマネージャーとして、キチンとお仕事こなせたのよね……!私にも、私にもやっと!!」
だが、目の前のマリエの笑顔を見ていると……どこか、いい意味で熱が冷めている自分がいることに気づいた。人のこと騙して、大事な休日潰して、メチャクチャで適当なことばかり言って、酒ばかりでふざけて、後先考えないで……なのに、
「ホ〜ントに……嬉しい!!私のところに来てくれて、ホントにありがとう……バイト君!!えへへっ!」
目の前で見せられた、心の底からの素直な笑顔。そこに悪意は微塵も感じられない。悪魔といえども、まるで普通の人間のような、むしろそれ以上に純粋な表情。
「……何、なんだろう、この感じ」
一緒にいるのも悪くない、何故か言うほど怒りが湧いてこない。この人は、根は悪い人じゃないんじゃ、チョロくても不思議とそう思ってきてしまう。どちらにせよダメダメなことに変わりないが、でも、どうも放って置けない。
自分も、この渋谷の街を……この人を。
「よーし!それじゃあ、早速明日から活動再開——」
「あの、俺、辞めるって言いましたよね。このアルバイト」
「あ、っ……そっ、か、そう、だったよね……ごめん、なんだか恥ずかしいな……勝手に、一人で盛り上がって」
「それ、やっぱり取り消しても……いいですよ」
「え?」
むしろ素直じゃないのは、自分の方だったのかもしれない。何の根拠もなく薄っぺらいプライドが、いつの間にか、人と自分を引き離す大きな距離を生んでいたのかも知れない。
カナデは変に何かを意識しながら、ぎこちなくマリエに寄り添い始めた。
「っ……その代わり、ちゃんと今日の分とこれからの分の給料、今度こそキチンと払ってもらいますから」
「ホントに……いい、の?」
「いいですから、だから後払いは今回限りにしてください、マリエさん」
「バイト君……!!!」
思春期の多感な少年に芽生えた母性は、まさかの歳上の女性に対するもの。
「俺も……その、さっきは色々と、言いすぎちゃって」
「あぁぁぁじぃぃぃがぁぁぁとぉぉぉ〜〜〜〜っ!!!!!!」
「ええ!?どわぁぁぁぁっ!!!?は、鼻水がぁっ!!」
本来手にするはずだった金の代わりに、カナデはマリエという、思わず放っておけない悪魔との関係を手にしたのだ。
「うぇぇぇえええええええん!!!!!寂しかったんだよ〜〜っ!!!前いた四人はみんなどっか行っちゃうし、君もず〜っと無視するし!!!私、確かに適当で、いい加減で、落ちこぼれかも知れないけど……でも、でも!!」
「わ、分かり、分かりましたって!!昼間から酒飲んでダラけてたのも、自分が出来損ないってことから、目背けてたってことでしょ?だったら、今度は俺も一緒に向き合いますから!」
「バ〜〜イ〜〜ト〜〜ぐ〜〜ん〜〜!!!!!」
「だから鼻水!?き、きたな、っ、ぎゃぁぁぁぁっ!!!!!」
母親に追い出され、自分の意思のないままアルバイトを始めたカナデ。
そして、経験不足なばかりに周囲に迷惑をかけ、自分に逃げて酒にすがり付いたマリエ。
「ちょっ、抱き付かないで……酒臭っ!!やっぱアンタまだ酔ってんだろ!!」
「えへへ〜、何か安心したら、また気分良くなってきちゃったわ〜……ぐ〜ぐ〜ぐ〜〜す〜〜ぴ〜〜」
「え!?マリエさ……ああもう、しょうがないな!とりあえず近くのベンチに……てか、起きるまで俺もいないと——」
性別も年上も年下も関係ない、未知の存在から街と人々を守るアーバンエッセンシア。
この大都会、渋谷の中心……から少し外れた縁側で、凸凹の男女二人のアルバイト生活が幕を開ける。どこに続くかも分からない道は、果たして、二人をどんな未来へと導くのか。
下品で泥臭い、でもそれぞれが今を生きるアーバンの物語が始まる。
アーバンエッセンシア プロローグ 完




